「砥石で刃物を研ぐ」ということは、当たり前の行為のようにも思える。
しかし、これは「当たり前」ではない。なぜなら、良質の砥石に恵まれた地域は地球上で多く存在するわけではないからだ。
大陸プレートの境目にある日本では、本来なら地底深くにある岩石が地上に露出している。刃物を研ぐことができるくらいの細かい目を持った石である。これがあれば、ブレード自体を硬くしても十分に研磨できる。
日本の地理条件があればこそ、硬度に優れた日本刀が誕生したと言っても過言ではない。
日本は砥石の一大産地
ヨーロッパでは古代ローマ帝国以来、ベルギー産の砥石が使われていた。
だが、ベルギー以外の地域で砥石が産出されることはあまりなく、それが使えない場合はヤスリと皮革で代用した。現在よく見る棒状のシャープナーは、ヨーロッパの発想による製品だ。
もっとも、現代のナイフ研磨職人は洋の東西を問わずベルトグラインダーを使う。
一般家庭でも「自分でナイフを研ぐ」という光景はあまり見なくなった。それはスーパーマーケットに行けば切り身の状態の肉や魚が売られているということと、使い捨てのカッターナイフが普及したということに原因を見出せる。もちろんそれは責めるべき要素ではなく、我々現代人が不自由ない生活を送るには欠かせない進化なのだが。
とはいっても、自分自身が何かしらのナイフを所持している以上は砥石を使いこなしておきたい。
そこで今回は、筆者の所有するナイフを研いでみたいと思う。
肥後守を研いでみよう!
澤田はナイフマニアなのだから、どんなナイフでも自分の手で研いでいるのだろうと誤解されることがある。
筆者が研げるナイフは、セカンドベベルのない一般的なフラットグラインドのものだけ。これが蛤刃だったりホローグラインドだったり波刃だったりすると、さすがに自前では無理だ。素直に制作者の工房へナイフを郵送して研ぎ直しを依頼する。
今回は新しく買ったばかりの肥後守を研いでみよう。
使用する砥石は2種類。ひとつは100円ショップで買った荒砥ぎ用の石で、120番と240番の両面仕様だ。もうひとつはホームセンターで買った3000番及び8000番の石。まずはバケツに水を入れ、その中に砥石をドボン。気泡が出てくるので、それが止むまで待つ。10分程度でいいと思うが、筆者はいつも30分ほど待つ。そうしたほうがより研ぎやすくなる……というわけではなく、とくに意味のないルーティンみたいなものだ。
さて、準備は整った。まずは240番の面で研いでみよう。とはいっても、刃が欠けていない限りは240番で研ぐ必要はない。今回は箱出し状態の肥後守をシャープにする目的だから、240番での研磨は片面数回ずつで済ませる。
肥後守はブレードの中腹から刃の先端に連なる角度がつけられているため、それに従えば「研ぎの角度」に悩む必要はないだろう。そういう意味でも、肥後守はビギナーに優しいナイフである。
「カエリ」に気をつける
次に、3000番の石で研磨。このあたりから本気を出してやっていく。慌てる必要は全くない。一挙動ずつ確実に刃を動かすのがコツだ。片面を研磨したら、指で刃の側面をなぞる。これは「カエリ」と呼ばれる現象を見つけるためだ。刃を研いだら、その刃がめくれ上がってしまう。それを解消するために、反対の面からも研いでやる。もし刃の横を指でなぞっている時、ざらつきを感じたらそれがカエリだ。カエリを取り除いたのち、8000番の石に移行。これは仕上げであるが、実は仕上げが一番手のかかる作業だと筆者は考えている。今回、最も時間を費やしたのはこの過程だ。
見違えたブレード
こうして新品の肥後守は、本来の切れ味を帯びるようになった。最後は錆止めの油をブレードにつけてやる。肥後守はU字型の軟鉄に青紙という鋼材を割り込んで鍛造したナイフだが、軟鉄と青紙の境目が以前よりくっきりしたように思える。やはり、研いだ直後のブレードを見るのは気持ちがいい。
自分で研いだナイフには、何とも言えない愛着が湧く。たまの休日、ぜひ自らの手で包丁やナイフを砥石にかけてみてはいかがだろうか。