Art
2019.12.13

参勤交代の裏側を覗いたら大名たちの中堅サラリーマンさながらの気遣いが見えた

この記事を書いた人

これまで様々な「江戸と東京」にまつわる展覧会を開催してきた「江戸東京博物館」江戸博は常設展だけでも、雰囲気たっぷりのリアルな模型や体験型の展示が多く、いつ行っても「江戸時代に帰れる」貴重な博物館です。しかし見所はやっぱり特別展。
今回お届けするのは特別展「江戸の街道をゆく~将軍と姫君の旅路~」。(2019年4月27日〜6月16日 会期はすでに終了)

日本人は、昔から旅が大好き。もちろん江戸時代の人もです。本展では、主に将軍、大名、そして御台所となる姫君の旅にまつわる資料を通して、江戸時代の「旅路」を辿っていきます。展示品の数は全部で133件! 日本美術ファンを唸らせる膨大な数の浮世絵や美しい絵巻、本展で初公開となる美術品の数々など、見どころは盛りだくさん。リニューアル後初となる展覧会にふさわしい、非常に濃厚な内容でしたので、大興奮の現場から、レポートをお届けします。

展覧会の概要:江戸時代に整備された「五街道」とは?

関ヶ原の戦いを勝利した徳川家康は、翌年の慶長6年(1601)より、「五街道」の整備を進めました。五街道とは、江戸の日本橋を起点にして全国へと延びる、東海道、中山道、日光道中、奥州道中、甲州道中の五つの道のこと。この道を発展させたのは、大名の参勤交代や、将軍の京都や日光への旅でした。各街道には数多くの宿場が設けられ、大変賑わったといいます。
こちらのパネルでは、五街道それぞれのルートが地図上で確認できます。新幹線の路線図のようです。
本展では、将軍の上洛、日光社参、大名の参勤交代、そして姫君の江戸下向に注目して、五街道を行く旅の様子を語ります。彼らと一緒に旅をしている気分になって、わくわくしながら楽しめる展覧会です。ではさっそく、見どころを一気にご紹介します。
渓斎英泉「木曽街道続ノ壱 日本橋雪之曙」東京都江戸東京博物館蔵 ※後期(5/28〜) 五街道の起点、日本橋は江戸のランドマークとなりました。

見どころ 1 参勤交代の裏事情がわかる!

さて、江戸時代と言えば参勤交代です。「参勤」とは、各藩が将軍に拝謁するため、自国から江戸に行くこと。「交代」とは、逆に国許へ戻ることを指します。3代将軍家光は、1635年の「武家諸法度」にて参勤交代を制度化し、以後諸藩の大名は1年おきに江戸と国許を往復することが義務付けられました。

日本全国の諸藩が一年おきに大名行列を作って大移動するのですから、これは大変なことです。展示では、浮世絵や古文書、絵巻などを通して、各藩がとったルートなど参勤交代の細かい事情がよくわかるようになっています。
「諸侯船絵図」(前後期で場面替えあり)東京都江戸東京博物館蔵

こちらは、江戸から遠い西国の諸大名が利用した各種船の絵巻。船幕に家紋をつけ、船印には独自の意匠を施すなど、それぞれこだわりがあったようです。

絵に描かれている大名行列は、どれもとても華やかです。しかしその裏には、江戸時代の武士ならではの切ない事情や苦労もありました。その実情をちょっぴりご紹介します。

大名だって楽じゃない! サラリーマンさながらのお上への気遣い

大名家の上には徳川家という「武家の棟梁」がおります。参勤交代は、幕府によるきびしーい規定にのっとらねばならなかったようです。たとえばこちら。
「諸家家格儀礼書留」東京都江戸東京博物館蔵

こちらは武家社会における規則や法令を記したもの。江戸における武家屋敷の門構えが指定されたり、装束が指定されたり、参勤交代に使用する乗り物まで図解つきで仕様が定められています。こ、細かい! 他にも、大名が国許から参勤する時期について、わざわざ幕府にお伺いをたて、指示の書状を待ち、さらに請書も送って初めて移動できるなど、江戸時代の武士は大変だなあ、と思わせられる資料が盛りだくさんでした。
「酒井忠器書状」東京都江戸東京博物館蔵 幕府の指示に対して大名が送った請書。(口語訳付きです!)指示されていることに対して「ありがたく幸いに存じます」なんて返しています。現代サラリーマンの社交辞令さながらですね。

「武士は食わねど高楊枝」の実態が切実すぎる

天下泰平の江戸時代、江戸の町の物価は人口増加に伴って高騰し、武家も厳しい生活を強いられることが多かったようです。とはいえ、どんなに財政的に厳しくても、武士としてのプライドだけは維持しなければなりません。

本展の参勤交代セクションでは、そんな武士たちの涙ぐましい「プライド維持」にかける努力が伺える資料も豊富です。


安達吟光「旧諸侯江戸入行列之図」東京都江戸東京博物館蔵 ※前期(〜5/26)のみの展示となります! お見逃しなく!

たとえばこちらの錦絵では、大名行列のもっとも華やかなシーン、お江戸入りが描かれていますが、行列の半分以上が日雇いのアルバイトだったといいます。大名行列は華やかさがもっとも大事ですから、金銭的に厳しい藩だからといって行列が少なくては「ハク」がつかないのです。先頭で毛槍を放り投げて交換するパフォーマンスを行っているのも、期間付きのバイトで雇われた「中間(ちゅうげん)」と呼ばれる人達。派手なパフォーマンスが見事に決まると、見物している人たちから歓声があがったといいます。

武具はファッション

大名行列の華やかさを決めるのは、行列の多さだけではありません。旅に用いる諸道具類も、立派な装飾を施した華美なものを整えます。中でも武具は武士のトレードマークということで、こだわりました。しかし現代と比べてもずいぶんと平和だったらしい江戸時代、戦闘用の武具が活躍する機会はほぼありませんから、実用ではなく、(プライド維持のための威信をかけた)ファッションです。

「梨子地星梅鉢紋散木目文刀筒」東京都江戸東京博物館蔵 こちらは久松松平家の刀および刀筒。
「三引両竹雀紋散蒔絵刀筒」東京都江戸東京博物館蔵 刀筒とは、刀を持ち運ぶための収納具。使う機会がなくても、男子なら誰もが欲しくなるかっこいい一品です。

見どころ 2 日本美術ファン必見! 将軍様のお通りだ! 当時の雰囲気がわかる屏風や浮世絵が盛りだくさん

五街道を旅したのは、大名だけではありません。「武家の棟梁」たる将軍も、日光社参のために「日光御成道」などを旅し、京都への上洛のために東海道を利用しました。将軍ともあれば、使われた人馬は半端な数ではありません。行列も、そのスケールは大藩の参勤交代を大きく上回りました。

中でも、民衆を騒がせたスペクタルな旅は、将軍一行が江戸から京都に入る「上洛」です。15人いた徳川将軍のうち上洛したのは初代家康、2代秀忠、3代家光、そして14代の家茂です。そのうち家茂は、幕末の政情不安を打開するため、3度も上洛しています。

会場では、家茂の上洛を描いた錦絵が所狭しと並びます。家茂の上洛に際して出版された錦絵は、絵師16人、版元20軒以上、総数は160枚以上(!)に及んだという「東海道名所風景」(文久三年、最初の上洛)と、「末広五十三次」(慶応元年、3度目の上洛)です。将軍の上洛に際して、民衆の関心がどれほど高かったかがよくわかります。

浮世絵には、家茂一行が旅した難所や彼らの様子にとどまらず、見物人や宿場の混乱ぶりなども描かれていて、当時の熱狂した雰囲気が生き生きと伝わってきます。
歌川芳幾「末広五十三次 程ヶ谷」東京都江戸東京博物館蔵 こちらは東海道の保土ヶ谷を描いたもの。外国人も興味津々です。

見どころ 3 「隠れ朱傘」を探してみよう!

出版された錦絵のタイトルは「東海道名所風景」や「末広五十三次」です。なぜ「家茂の上洛」と言わないのか。また個々の絵のタイトルも、場所を題名にしたり、わざわざ「頼朝公の行列」とことわったり、「将軍様ではありませんよー」とアピールしているようです。

実は江戸時代、徳川家を絵画や芝居の題材にすることは禁止されていたのです。それではなぜ、これらの絵が家茂を描いたものだとわかるのかというと、それを示唆する記号が描かれているからです。それが、古来より貴人のみが持つことを許されたという朱色の傘、「朱傘」です。
歌川国綱(二代)「東海道 鳴海」東京都江戸東京博物館蔵 ※後期(5/28〜)

こちらの絵も、タイトルは「東海道 鳴海」で、いかにも「名所絵」風ですが、朱傘や源氏の家紋である「笹竜胆紋」が描かれていることから、家茂を描いたものだとわかります。本展では、数々の浮世絵や絵巻物に朱傘が登場します。「あ、ここにもある!」と「隠れ朱傘さがし」をしてみるのも楽しみ方の一つです。

見どころ 4 女性必見! お姫様の婚礼道具がずらり

本展第二章では、将軍の御台所となる姫君の婚礼の旅路を通して、江戸時代の街道をたどります。ここで要注目なのは、乙女心をくすぐる豪華絢爛な婚礼道具の数々です! 箪笥に長持、お重、櫛台、茶碗に茶台、鏡に雛道具まで! きらびやかな道具にぐるりと囲まれると、かつて「いつか王子様が」と憧れた乙女心がうずきます。
「黒塗桐鳳凰文様金銀蒔絵貝合道具」東京都江戸東京博物館蔵

こちらは薩摩藩から徳川家の御台所となった、日本のリアル・シンデレラガール、篤姫(あつひめ)所用と伝わる貝合(かいあわせ)道具。貝合とは、ハマグリの貝殻を対にして、トランプの神経衰弱のようにして遊ぶゲーム。ハマグリは同じ貝同士じゃないとぴったりと合わないことから、夫婦和合の象徴とされたとか。
「村梨子地葵紋散蒔絵提重」(左)と「梨子地葵紋散唐菊唐草蒔絵薬箪笥」(右)東京都江戸東京博物館蔵

なんだか大仰な名前がついていますが、左がお弁当箱で、右が薬箱です。左の「提重」は銚子・重箱・小皿・盆などがワンセットになった行楽用の携帯用食器だそうです。どちらも徳川家の家紋「三葉葵紋」が散らされています。

そして絶対見逃せないのが、今回江戸博では初お披露目となる婚礼道具の品々です。

江戸博では初公開! 島津家ゆかりの「女乗物」

「黒漆丸十紋散牡丹唐草蒔絵女乗物」東京都江戸東京博物館蔵
薩摩藩島津家ゆかりの女乗物。これ、会場で見るとかなり迫力があります。大きさや外装のきらびやかさもありますが、内部にも四季花鳥、松竹梅鶴亀などの絵が描かれ、豪華さが光ります。総重量はなんと71.5kg! 担ぎ手の苦労を思うと涙が出ます。

初公開! 和宮所用の銀製茶碗・茶台

「葵葉菊紋散花桐唐草蒔絵茶碗・茶台」東京都江戸東京博物館蔵
14代将軍、家茂に嫁いだのは、皇女和宮(かずのみや)。彼女もまた、大規模な旅をしています。行列の数はなんと約3万人(!)に及びました。本展では、和宮の旅路を描いた絵巻の他、婚礼道具も多数展示されています。

この他にも、今回初公開となる婚礼道具はまだまだあります。ぜひ会場でお確かめください!

見どころ 5 全長約24メートル! 楽宮の下向を描いた絵巻

そして今回、「お姫様セクション」で圧倒的存在感を示すのが、楽宮(さざのみや)の江戸下向を描いた絵巻物です。本展では、通期に渡って全長約24メートルに及ぶ全シーンが公開されます!

1803年、12代将軍家慶と楽宮の婚約が内定すると、翌年、当時わずか9歳だった楽宮を乗せた一行は京を出発します。美濃国落合村の記録には、「前代未聞の通行だ」と記されているそうで、ギャラリーの熱狂ぶりが伝わってきます。

絵巻では、行列を一目見ようと興奮した様子の見物人や、いつもとは違うイベントに賑わう宿場町の様子も描かれています。現代でも、芸能人が地元に来るとなれば大騒ぎですが、こうした一大イベントに関わりたい、あわよくばお姫様を一目見たい、という民衆のミーハー心が垣間見えるようです。
青木正忠「楽宮下向絵巻」(部分)東京都江戸東京博物館蔵 めでたいことで、行列もなんだか浮足立っているような雰囲気です。楽宮は木の陰に隠れて描かれていませんが、ここでもまた、「朱傘」によって楽宮の存在を示唆しています。

見どころ 6 サンドアート集団「SILT」のライブパフォーマンスが見られる!

今回の江戸博は、コラボコンテンツもかなり充実しています! 中でも特筆すべきなのは、SILTによるコラボパフォーマンスです。SILTは、2016年に国宝「知恩院三門」の前で伊藤若冲生誕300周年を記念したライブパフォーマンスを行うなど、最近メディアにも展覧会にもひっぱりダコのサンドアート集団。国内のテレビ出演やCM制作にとどまらず、カザフスタンで開催された「アスタナ万博」に出演するなど、国際的にも活躍の場を広げています。今回はなんと、そんなSILTのライブパフォーマンスが、各回先着30名に限り特別展の観覧券で見ることができるのです!

何もなかった空間に、砂によって人物や町が描き出されていく様子、そしてそれがものの数分で全く別の絵に変わっていく様子は圧巻です。今回描かれる作品はもちろん、今展で展示される錦絵や絵巻をモチーフにしています。展示を見てから、砂によるアートで描かれる江戸の世を見るもよし、逆にサンドアートを見てから、実物の展示を見ても、比較ができておもしろいかもしれません。パフォーマンスが見られるのは、5/3〜5/6のみです! 幻想的なサンドアートに触れる機会を、ぜひお見逃しなく!

リニューアル後初の特別展は気合い充分! 歴史ファンも美術ファンも唸らせる!

武家の威信をかけた参勤交代、将軍や姫君のスペクタクルな旅路、そして姫君たちの豪華絢爛な「嫁入り道具」。リニューアル後初となる本展は、章ごとのコンテンツがとにかく盛りだくさんで、お姫様に憧れる女性も、武士に憧れる男性も大満足できる内容となっています。また、浮世絵や絵巻、屏風絵などもかなり揃っていますので、歴史ファンのみならず日本美術ファンも充分楽しめるかと思います。ぜひ、将軍や姫君、大名たちと一緒に長い長い五街道を旅している気分で、ゆっくりとお楽みください。

展覧会情報

展覧会名:特別展「江戸の街道をゆく~将軍と姫君の旅路~」
会期:2019年4月27日(土)〜 6月16日(日)
前期:4月27日(土)〜 5月26日(日)
後期:5月28日(火)〜 6月16日(日)※前後期で一部展示替えあり
開館時間:午前9時30分 〜 午後5時30分(土曜日は午後7時30分まで)
休館日: 5/7(火)・5/27(月)・6/3(月)・6/10(月)
公式サイト

SILTによるサンドアートパフォーマンス概要

日時:5月3日(金) 〜 5月6日(月)
11:00〜/13:00〜/15:00〜(1公演30分程度、各日程3公演)
入場料:無料(本展覧会の観覧券が必要です)
※各回先着30名(当日の状況により人数が変更になる可能性があります)

書いた人

横浜生まれ。お金を貯めては旅に出るか、半年くらい引きこもって小説を書いたり映画を撮ったりする人生。モノを持たず未来を持たない江戸町民の身軽さに激しく憧れる。趣味は苦行と瞑想と一人ダンスパーティ。尊敬する人は縄文人。縄文時代と江戸時代の長い平和(a.k.a.ヒマ)が生み出した無用の産物が、日本文化の真骨頂なのだと固く信じている。