ミイラというと、エジプトを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。確かに、魅せるためのミイラとして高い技術を獲得した地域ではありますが、その他の地域でもミイラを見ることができ、実は日本においても、数は多くないものの数十体は確認されています。
そこで、日本のミイラがどういう工程で出来上がるかご説明するとともに、そのほかの国の事情においてミイラが作られた理由や工程についてご紹介します。
ミイラができる理由
ミイラは偶然によって自然にミイラが出来上がることもあれば、防腐のための処置を施して作られることもあります。何れにしても、なんらかの理由により、細菌などの微生物が動物の死体を分解する腐敗の働きが抑えられたとき、あるいは細菌自体の酵素によりタンパク質・脂質・糖質などが分解され柔らかくなる“自己融解”の作用が止められたときにミイラができます。
具体的な環境としては、水分含有率が20%以下となる乾燥状態、10度以下もしくは40度以上の湿度。そして、蝋のように変化する屍蝋化や、ある種の植物の樹脂で皮膚をなめすといった科学変化によって腐敗が抑制されることでできるとされています。
日本のミイラ
一概にミイラといっても、その工程は様々です。日本においては、大きく分けて自然ミイラ、即身仏、学術的ミイラの3つがあります。
自然ミイラ
夏は高温多湿という日本の気候はミイラの保存に適していません。ですが、先ほど説明したミイラができる条件が揃い、自然にミイラ化したものは20体前後の報告がされています。
具体的には、『江戸時代の兄弟ミイラ』などが挙げられます。このミイラたちには屍蝋化組織が認められ、地下水がたまりやすい地層で埋葬されたために屍蝋化したと考えられます。このような屍蝋の見られるミイラは日本各地で数体発見されています。
即身仏
五穀や十穀などの穀物を一切食べない“穀断ち”を行い、土中などに作られた室(むろ)で座禅を組み続けることで達成される特殊な状態のミイラです。仏となるために高僧や修行者が座禅を組み、「死ではなく永遠の瞑想に入る」とされる入定を行います。鈴を鳴らし続け、その鈴の音が途絶えたとき、入定した人は仏になるとされています。狭い空間に入り食事を取らないこの修行は非常に耐え難く、たとえ高僧であっても、出ようと足掻いた爪痕が残っているのだそう。自然ミイラと同程度、20体前後の報告がされています。
特に有名なのは真言宗の高僧である『弘智法印 宥貞(こうちほういん ゆうてい)』のミイラで、石でできた薬師如来像の中で入定しています。この僧は、CTスキャンによって背中に非常に辛い病気を抱えていることがわかっており、強い痛みの中、過酷な修行を積んで即身仏になったのではないかと推察されています。
日本における宗教的な考えのひとつに、腐敗しないことは高僧の証であり、不浄のものは遺体が腐敗するというものがありました。芥川龍之介の『羅生門』や『九相図』でもその世界観が記されています。また、実際の即身仏は、山形県の『海向寺』『南岳寺』『本明寺』などでお参りすることができます。なお、『本明寺』は、事前予約が必要です。
学術的ミイラ
知られている限り、自然発生もしくは宗教目的以外の、学術的な探究心でミイラになった人は日本で一人とされています。江戸時代の本草学者(現代の博物学・薬学)だった彼は、生前に自らの遺体を保存する方法を考案し、「後世に機会があれば掘り起こして見よ」と言い伝えていました。
第2次世界大戦後、墓地移転の際に、子孫の方の立会いのもと掘り起こすと、脳は縮んでしまっていたものの、脳が残った状態でミイラ化することに成功していました。ミイラ化の具体的な方法については語られていませんが、他のミイラと比較すると、ミイラが赤茶けていることが特徴的です。これは死ぬ直前に大量摂取した柿の種子に含まれ、保存に適しているとされる『タンニン』による影響だとされています。
なお、本草学者のミイラは上野の国立科学博物館で行われている特別展「ミイラ」で観ることができます。
世界各地で違うミイラ事情
特別展「ミイラ」では、日本を含めた世界各地のミイラそのものと、ミイラが作られた事情などが説明されています。世界最古の人工的に作られたミイラは、南米チリで栄えたチンチョーロ文化のもので、約7000年前のものなのだそう。当時のミイラは売買されていたもので、誰のものであるかという基本情報は重視されなかったため詳細な情報が失われており、現在は様々な科学的手法によってミイラ自体から情報を引き出し、学術的価値を取り戻すプロジェクトが行われています。
現在、世界各地の研究でミイラの工程やミイラ化する理由が異なることが明らかになっています。具体的には、インカ帝国では神々の怒りを鎮めるための生贄として動物や子ども、さらには皇帝をミイラ化していました。また、現代のペルーやボリビアを中心とした地域で栄えた古代アンデスでは、死んだ後も地域社会の一員であると考えられ、あまり手を加えず自然に任せてミイラ化させていました。一方、古代エジプトでは残された人のためのものではなく、死者自身の来世の復活のためであり個人の願いを叶えるためのものであったため、ミイラ作りの技術が積極的に開発されており、約70日かけてミイラを作るという大作業によって作られていきました。また、死者の食事、あるいは来世でもペットとして、さらには神の捧げ物として動物をミイラ化することもありました。
まとめ
日本では自然ミイラの他に、宗教的な理由や学術的な探究心からミイラになった人がいます。また、世界各地では自然ミイラのできる環境や、人工ミイラの工程の違いから、その見た目も全く異なります。特別展「ミイラ」では、それぞれの特徴などをわかりやすく展示していますので、ぜひ足を運んでみてください。
※アイキャッチはイメージです。
特別展 ミイラ ~「永遠の命」を求めて 基本情報
会場:国立科学博物館
会期:2019年11月2日(土)〜2020年2月24日(月・祝)
住所:110-8718 東京都台東区上野公園7-20
営業時間: 09:00-17:00 (金曜・土曜は20時まで)
※入場は各閉館時刻の30分前まで
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)および12月28日(土)〜1月1日(水・祝) ただし2月17日(月)は開館
公式webサイト: https://www.kahaku.go.jp