盆栽が気になるけど、どうやって見たら良いのか分からない。初心者は、どんな点に注目して盆栽を鑑賞すれば良いのでしょうか? 今回は初心者にも分かる盆栽鑑賞のポイントを、さいたま市大宮盆栽美術館の主事・橋本浩明さんに教えてもらいました。
盆栽が分かる3つの質問
まずは、盆栽の定義やお手入れに関して気になる3つのことを聞いてみました。
Q1.盆栽と鉢植えの違いは?
橋盆栽の要件は、樹木を鉢に植えて自然の景色を表現するために美しく仕立てること。樹木をただ鉢に植えただけだと「鉢植え」ですが、そこから手を入れて、形を整えて、大きな自然を小さな鉢の中に再現していく作品が「盆栽」です。例えば、この盆栽。よく見ると枝に針金をかけているの分かりますね。こうやって重心を下げていくように形を整えていくことで、古木の味わいや雪の重みを表しています。
もうひとつ、盆栽ならではの表現として「席(せき)」と呼ばれる空間の単位があります。盆栽自体だけでなく、その空間のどこにどうやって配置するかを考えることで、ないものまで想像させるという点が重要なポイントです。この盆栽は、流れるような形をしているので、あえて少し左側にスペースをあけて風の存在を感じさせながら、視点の流れの終わりに水石(鑑賞石)を置くことで、1席をひとつの芸術作品として見立てているのです。
Q2.華道のような「流派」はあるの?
橋盆栽の世界に明確な流派はありません。ただ、盆栽を育てている盆栽園や盆栽師によって得意な樹種や手入れの仕方はあります。なので盆栽に詳しい人でしたら、手入れの特徴でどこの盆栽園で作られたものか分かることもあるかもしれません。
ちなみに、初心者の方ですと「盆栽=松」のイメージが強いかもしれませんが、盆栽に使う樹木の種類にもルールはありません。大きな分類では、常緑の針葉樹である松や真柏などで作られたものを「松柏盆栽」、一方で花を咲かせたり紅葉する樹で作られたものを「雑木盆栽」と呼んでいます。
こちらは花梨の盆栽。
海外でも盆栽は「BONSAI」として親しまれていて、その土地・その気候にあった植物で楽しまれているのですが、ヨーロッパにはラフランスやオリーブ、アフリカにはバオバブの盆栽もあるんですよ。
Q3.盆栽を育てるためのお手入れは?
橋盆栽の手入れと聞くと、鋏でちょきちょきと剪定して形を整えていく作業を想像しますが、実際の手入れにはさまざまな作業があります。代表的な作業を2つ紹介すると、まず植え替え。盆栽は樹木を非常に薄い鉢で育てるために、根がどんどんギュウギュウに詰まってしまいます。なので数年に1度、古い根を切ってスペースを作り、リフレッシュさせる作業が必要なのです。
たしかに、盆栽の鉢はどれも浅い。
そして、一番重要な作業が水やり。薄い鉢のため土の量が限られているため、毎日水やりしないとすぐに乾いて弱ってしまうのです。樹木の種類や樹齢、木それぞれの個性、その日の気候や環境を見極めて「今日この状態だったら、いつ・どれくらいの水をあげよう」と、かなり繊細な調整をしています。その適切な水やりの量がわかるまで長い修行が必要なため、盆栽師の世界には「水やり3年」という言葉もあるんです。
盆栽を見るときの5つのポイント
橋本さんに「盆栽とは?」を教えていただいたところで、今度は鑑賞するときに覚えておきたいポイントを教えてもらいました。
1.表と裏
橋まず、盆栽には表と裏があります。根や幹、枝葉が見どころなので、それらが見やすいように手を広げてこちらへおじぎするような形状になっているほうが表面。対して、裏面は背中を丸めているような形状をしています。基本的に、正面から見たときに最も形が美しく、奥行きを感じさせるように整えているので、まずは正面から鑑賞してみましょう。
正面から鑑賞していただいたら、次は腰をかがめて盆栽を見上げてみてください。盆栽は自然の姿を鉢上に再現している作品なので、下から見ることによって、自らが小さくなりまるで大木を見上げるような、自然を想像する楽しみが膨らみます。
2.自然を表す形態
橋盆栽は人の手を加えて整えていくものですが、それは大げさな形に仕立てるためではなく、より自然な姿へと磨いていくための技術になります。ですので盆栽の形態にも自然を表現した特徴的なものがあります。
例えば「吹き流し」と「懸崖(けんがい)」。盆栽の中には、樹木が自然環境の厳しさに耐えている姿を表現したものがあります。幹を傾けて強い風になびく姿に作った盆栽が「吹き流し」、切り立った崖から垂れ下がる形に仕立てたものが「懸崖」という表現です。
こちらの盆栽は「懸崖」
それから「根連なり」と「寄せ植え」。ひとつの根元から複数の幹を左右に伸ばし木々が身を寄せあっている姿を表した盆栽が「根連なり」、ひとつの鉢にいくつもの苗木を植えて森林の趣を表現しているのが「寄せ植え」です。
こちらの盆栽は「根連なり」
3.ジンとシャリ
橋盆栽の細部を見るときに、根や幹、枝葉ももちろんですが、特に注目していただきたいのがジンとシャリです。漢字にすると「神」と「舎利」。シャリはお釈迦様の遺骨である「仏舎利(ぶっしゃり)」から名付けられたと言われています。木の細部枝先の白く枯れた部分をジン、幹の一部で枯れている部分をシャリと呼びます。
枝先の枯れた部分、ジン。
幹の枯れた部分、シャリ。
こういったパーツがあることで、生きている部分との対比、あるいは自然の中でたくましく生きる樹木の生命力を表現したり、鮮やかな葉の色とのコントラストも見どころになるのです。
4.樹齢と持ち込み
橋盆栽美術館に訪れる人たちから盆栽の樹齢についてよく質問をいただきます。樹齢は盆栽の価値に関係あるかと言えば、ひとつの価値の基準にはなっています。古ければ古いだけ手入れが難しいこともありますし、表現として樹齢相応の味わい深さもあります。
キャプションの中には推定樹齢が書かれたものもある。
例えば、これは当館で一番樹齢の長い蝦夷松(えぞまつ)の盆栽です。推定樹齢は1000年。
幹の中が空洞になっていて、厳しい時間の流れを感じさせますよね。
樹齢が長いと大木になるイメージもあるかもしれませんが、小さな樹木を選んでいることはもちろん、盆栽に仕立てる過程で枝を曲げたり小さく形を切り詰めていくことが多いです。ただ、この蝦夷松のように極寒の気候で育つ樹木はもともと大きくなりにくい性質のようで、一説によると100年で500円玉くらいしか太くならないというお話もあります。
ただもうひとつ、樹齢と同じくらい大切なのが「持ち込み」という時間の捉え方です。樹齢は樹木そのものの年齢ですが、「持ち込み」は盆栽として鉢に培養されてきた年月のことを指します。つまり、ただ樹木としての味わい深さががあるかではなく、年月をかけて手をかけ美しい形にしてきたかの価値基準になるんです。
5.盆栽師の技
橋盆栽は誰がどんなふうに手がけたかで全く異なる表情を見せます。盆栽は長いものだと100年以上も手入れされているものもありますが、そうなると1人の盆栽師だけではなく、何代も人の手を受け継がれていくことになります。前任の考え方を尊重するケースもありますが、その際に全く異なる表現に変更するようなケースもあるんです。
前任は「ここが正面だ」といっても、後継者が「この木は裏面こそが表にふさわしい」と、正面を変えることもあるので、そうしていくうちに表裏どちらともに美しくなっていくことがあります。例えば、当館には年に一度公開している「日暮し」という名前のついた五葉松があるのですが、これが表から見ても裏から見ても素晴らしい。こういった作品から、盆栽業界には「名木に表裏なし」という名言もあるんです。
盆栽は、生きている芸術作品
ここまで「盆栽とは?」と盆栽の鑑賞のポイントについてを教えていただきましたが、最後に、盆栽の魅力について橋本さんに改めて語っていただきました。
橋盆栽は他の芸術作品と違って生命のある樹木が主役なので「生きている芸術作品」と紹介させていただくことがあります。樹木が落葉したり花をつけたりと四季折々で異なる表情を見せるところも、盆栽師たちの手により常に完成することなく磨かれ変化していくところも、盆栽ならではの醍醐味です。もちろん、盆栽園でもたくさんの盆栽を鑑賞することができますが、私たちさいたま市大宮盆栽美術館は、初心者の方にも楽しんでいただけるような「盆栽のいろは」にまつわる解説や資料展示を多くしています。盆栽ファンのみならず、ひとつの芸術鑑賞として多くの方に足を運んでいただけたら嬉しいです。
初めて足を踏み入れた盆栽の世界。ダイナミックな自然を鉢の中にぎゅーっと閉じ込めた芸術作品としてとらえらえると、その楽しみ方も、より味わい深いものになります。少しでも盆栽に興味のある方は、盆栽そのものを味わうことはもちろん、鑑賞のコツから学べる「さいたま市大宮盆栽美術館」へ、ぜひ一度訪れてみてください。
初心者にもおすすめ 大宮盆栽美術館
日本で唯一の盆栽に特化した公立美術館。所蔵している盆栽の数は約130点、常時約70点の盆栽が館内外に展示されています。美術館の展示内容や構成に関して、詳しくはこちらの記事をお読みください。
■盆栽の聖地は埼玉にあった。さいたま市大宮盆栽美術館 訪問レポート
さいたま市大宮盆栽美術館 施設概要
住所:〒331-0804埼玉県さいたま市北区土呂町2-24-3
電話:048-780-2091
Webサイト: http://www.bonsai-art-museum.jp/
休館日:木曜日(祝日の場合は開館) ※年末年始、臨時休館日あり
開館時間:
3月-10月は9:00~16:30 ※入館は16:00まで
11月-2月は9:00~16:00 ※入館は15:30まで
アクセス:
JR宇都宮線「土呂駅」下車 東口より徒歩5分
東武アーバンパークライン「大宮公園駅」下車 徒歩10分
写真 / きむらゆう