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2020.02.17

POPでイケてる!ブーム再来!ラジカセのデザインや性能、歴史をどっぷり語ろう

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ラジカセが日本で誕生してから約半世紀になる。特に隆盛を極めたのは誕生直後の1970年代から80年代にかけて。2WAYスピーカー搭載の「studio1980」、ワイヤレスマイクが側面から飛び出す「MAC ff」、テレビまで搭載したSF的デザインの「JACKAL300」-。機能はもとより、とにかくデザインが秀逸だった。メカニカルで重厚ないでたちは当時の少年たちの憧れ。かつての日本製ラジカセを愛好するコレクターは今も世界中にいる。

ラジカセは発祥こそ海外だが、日本で独自に発展させたものが世界へ広まっていった日本発の文化だ。小さな箱の中に録音機とラジオを合体させた箱庭的発想。乾電池駆動でどこにでも持ち出せる携帯性。70年代には、屋外に持ち出して野鳥の声やSLの走行音を録音する「生録」やラジオの深夜放送の流行とともに全盛期を迎えた。80年代に入るとヘッドホンステレオに主役の座を奪われるが、海外では「ブームボックス」と呼ばれ、米国のヒップホップ文化の中で大きな役割を果たしていく。

今、カセットテープが再び静かなブームとなる中、ラジカセの往年の名機たちも改めて脚光を浴びている。昨年12月から今年1月末にかけては、東京・秋葉原でラジカセイベント「ラジカセDAY」が開催され、昭和ラジカセの魅力を紹介するワークショップやトークショー、カセットDJライブなどが行われた。あの頃のようなかっこよくて高機能・高音質の日本製ラジカセはもう出ないのだろうか。「ラジカセDAY」を主催したラジカセ研究家で、ラジカセ修理・販売会社「デザインアンダーグランド」を運営する松崎順一さんとともに、これまでの歴史を振り返り、今後を展望した。

ラジカセ研究家の松崎順一さん・東京・秋葉原で1月末まで開催されていた「ラジカセDAY」の会場で

カセットブーム再来の背景は

-最近カセットがちょっとしたブームになっているのは、カセットを知らない世代が初めて発見したみたいな感じなんでしょうか。

松崎: 昔から40~50代の人がカセットを懐かしいというのは一定のニーズがあったんですけど、今ブームになっているのは、どちらかというとカセットテープを知らない世代がファッションの一部として採り入れているところがあると思います。音楽を楽しむというよりは、自分のファッションのスタイルとして、カセットで聴くのがかっこいいと。自分の個性とか主張する一つのアイテムみたいな感じで、若い人たちの間で静かなトレンドになっている。カセットの音がいいから聴くというのではなくて。それがトレンディーな話題となっているのかな。

昔のカセットプレーヤーを模したデジタルオーディオプレーヤーも登場。ウォークマン誕生40周年を記念して2019年発売されたソニーのNW-A100TPS。カバーを装着すると初代ウォークマンそっくりの外観となり、音楽再生中は液晶画面にカセットテープが回転する様子が表示される

-カセットの再ブームで松崎さんの「デザインアンダーグランド」の商売に影響は出ていますか。

松崎: あんまり関係ないです。僕が今販売して一番買ってくれるのは、カセットを知っている世代の方です。今ちまたで出回っているラジカセだとあんまり良くない、音が自分の聴きたい音ではないということで、昔のラジカセにこだわって購入される方が多いです。

-実際に昔のラジカセを聴いて、今のものに比べて音はいいと感じますか。

松崎: ここ(秋葉原の「ラジカセDAY」会場)でも年代ごとのラジカセで同じカセットテープの聴き比べとかをワークショップでやるんですけど、全く違います。昔の方がいいですね。平成のラジカセは味付けし過ぎちゃって気持ち悪い、自然じゃないんですよ。昔のカセットテープの音が心地よく聞こえるのは70~80年代、あとはバブル期のラジカセもいい音がします。

ラジカセで聴く楽しさとは

-ラジカセというのはどちらかというと1人で自分の部屋で聴く。なおかつヘッドホンではなくスピーカーで聴く。そういう聴き方の良さってあるんでしょうか。

松崎: ヘッドホンで聴くのって、耳だけで聴いているので、ピュアな感じに聞こえると思うんですけど、スピーカーで聴くと他の音と混じって聴くので、音がもっとナチュラルというか、空気を伝わって体全体、五感で聴いているので、聴く感じも違うんでしょうね。あとは遠くでラジオをかけていて、かすかに音が漂ってくるとか、そういう聴き方はヘッドホンではできない。

 今の若い人たちも通常はヘッドホンで聴く人が多いんですけど、ダウンロードとかサブスクで聴く以外だと、ライブに行くんですよね。ライブに行って、ボディーソニックじゃないけど、五感で音を感じたいという欲求があるのかなと思っています。だからCDは売れなくなっているけど、ライブは全然なくならない。逆にすごく盛り上がっている。そういう場を若い人たちも求めているのかなと思います。いろんな聴き方の棲み分けはしている感じがします。TPOに合わせて、ラジカセも、ヘッドホンも、ライブもいいよねと。

-今はオーディオは大型のピュアオーディオよりも、むしろコンパクトが主流になっている気がします。

松崎: ピュアオーディオはやっぱりちゃんと聴く場所とかがないと。

-突き詰めるとリスニングルームとか住宅の設計まで行ってしまうけど、そこまでしなくても小さい機械でいい音が出ることが技術的に実現されたというのもあると思います。そういう意味ではラジカセ的な小型のものが復権する可能性はあるのかなと。

松崎: 今のライフスタイルに合わせた製品が登場すれば、ラジカセの立ち位置はまた変わってくるのではと思います。今見ても従来型の物しか出てないので。

海外のコレクターにも人気のソニー「JACKAL300」

-まず、部屋に置いてかっこよくないとだめですよね。デザインが良くないと。

松崎: そうなんですよ。今の若い人たちが、物を持たない、断捨離の世代って言いますけど、かっこいい物は置きたいんですよね。ただ、あんまり大きい物は…。デザインとサイズ感でしょうね。あとはクオリティーが合えば。それからコストがかみ合えば行けるんではと。そういうのができれば、自分の年代でも欲しい方多いと思うんですよ。シニア層でもコンパクトでいい音が出る物があれば欲しいという方、僕のお客さんでもいらっしゃるので。昔のラジカセを整備しなくても。そういう方向性でいろんなものができてくればと思ってますね。だから今は僕がラジカセの復権で望んでいるのは、新たなハードの登場なんです。

-昔録りためたカセットテープを持っている人にとっては、クロムテープやメタルテープ対応とか、ドルビーのノイズリダクションに対応したラジカセも出るといいと思うんですが。

松崎: 今はノーマルテープを再生する物しか売ってないですね。ノイズリダクションについては、技術的には、再生するときにドルビーに対応する回路があればいいだけなので、そんなに難しくないはずです。

-松崎さんは昔のラジカセの修理・販売をもう十数年やっていて、今どんな感じですか。

松崎: もう16年になります。ラジカセとかカセットテープは始めた当時は見向きもされなかったけど、今はほとんどの方が「はやってるんだよね」っておっしゃるので、一定の底上げはできたんじゃないかと思っています。

-海外ではラジカセのコレクターの世界も盛り上がっている。

松崎: 世界中でいろんなメーカーがラジカセを出しているので、コレクターは世界中にいます。そういうサイトをグループでやっているところが多いですね。海外にはそういうマニアのサイトがいっぱいあります。

デザインの多様性が70年代ラジカセの魅力

大ヒットしたソニーの名機「studio1980」

-それではラジカセの黄金時代を振り返っていきましょう。70年代ラジカセの魅力を一言で言うと。

松崎: 70年代はラジカセが誕生してすぐの時代から、後半になると高性能のラジカセができる。劇的にラジカセの性能が進化した10年間で、どちらかというと各メーカーが競っていたのが、ユニークなデザインでした。どのメーカーも性能が横並びだった時代に、どこで消費者に魅力を感じさせるかというと外装のデザインしかなかったんですよね。80年代には無難なデザインになるけど。70年代はへんてこなデザインがあって、一目でメーカーが分かるような特徴的なデザインが多かった。デザインの多様性は70年代ラジカセの魅力だと思います。

 特に東芝は他のメーカーにない過激なデザインが多かったので、東芝のラジカセほしさに親に買ってもらったという話を今でもよく聞きます。

-東芝とか日立とか重電系メーカーが面白いラジカセ出してましたよね。マイクが飛び出す奴とか。

松崎: マイクが飛び出すのは、ナショナルの「マック」が、横から飛び出して、外すとワイヤレスマイクになるというのを出していました。70年代前半には日立の「パディスコ」なんかもマイクがポンと飛び出す。東芝の「アクタス」は本体の横にマイクを差すところが付いていて、角度を変えられたり、抜くとワイヤレスマイクになったり。各メーカーいろんなギミックがあった。性能が均一なときに各メーカーが取り組んだのは、男性がぞくぞくするようなギミックの面白さでした。同時期に流行したBCLラジオなんかも、ジャイロアンテナとか。

ジャイロアンテナを搭載したナショナルのBCLラジオ「クーガ7」

-ラジカセとBCLラジオが合体した製品もありました。

松崎: 有名なのはソニーのCF-5950。ラジカセなのに「スカイセンサー」という名前が付いていた。ただめちゃくちゃ高くて買えなかったけど、当時は誰もが憧れた。あと、アイワのTPR255という、今でもBCLの名機として知られている製品もありました。

ラジカセの誕生と隆盛-1970年代前半

-アイワがラジカセ1号機を出したのが1968年。これは世界初のラジカセだったんでしょうか。

松崎: カセットテープの規格を作ったフィリップス社が、日本が出す前にラジカセを作っています。ただ、あまり普及しなかったみたいです。やはり日本のメーカーが作ってから一気に普及したと思うんですね。そういう意味では日本からラジカセが広まったというのは正しいと思います。

-それから6年ほどたって、ソニーの名機「studio1980」(CF-1980)が登場するのが1974年。その間にラジカセは一気に普及して、「生録」だったり深夜放送を聴いたりするのに使われるようになりました。

松崎: 若い人たちがみんなやってたのは、外に出ると音を録って、家に入ったらラジオのエアチェック。ラジカセ1台あれば昼でも夜でも遊べた。当時はほかに遊ぶ道具が今と違ってなかったので、それだけブームになった。それで各メーカーもしのぎを削って新しい製品を続々と出した。

-また、その間に、実用的な位置づけから、ちょっとしたオーディオ的な物にも変わっていきました。

松崎: ラジカセの進化って、カセットテープの進化とイコールなんですよ。テープが良くなれば、そのポテンシャルを引き出すためにラジカセも高性能化する。ラジカセが高性能になるとまたカセットもいい物が出る。そういう相乗効果で製品が成長していった。

ソニー「studio1980 markII」

-アイワがラジカセ1号機を出した頃は音楽用とは考えていなかったんでしょうか。

松崎: アイワの1号機は「ラジオ録音機」と言っていたんですよ。ラジオは放送時間にしか聴けない。聴き逃したら二度と聞けなかったので、カセットテープに録って後で聞くというのが当時からあったが、ラジオとカセットテープレコーダーを接続するのが面倒くさかったのを1台にしてラジオを録音するための機械として出した。ラジオぐらいの音質ならノーマルテープで十分だったんですけど、ソニーがクロムテープを出して、音楽を録ってもきれいに聴こえるようになって、そこから進化してきたんですね。

ークロムテープとかメタルテープとかデュアドカセットとか出てきたのが70年代半ばぐらい。

松崎: そうですね。72,73年ぐらいから出始める。

-同じ頃、ナショナル(松下電器 現パナソニック)のラジカセ「マック」が口径18センチの大スピーカーを売り物にしたり、ソニーの「studio1980」も2WAYウェイスピーカーにしたり、音質をアピールするようになった。

松崎 「studio1980」が出た時代は、アイワが1号機を出した時代に比べて性能が飛躍的に上がってるんです。機械もテープも性能がアップしながら値段はあまり上がっていない。コスパがいいというか。そこで爆発的にヒットしたんですね。「studio1980」なんかソニーに言わせると何十万台も売れた。

-バージョンが変わったりして。

松崎: 「studio1980」は3代続くんです(初代機の後、「マーク2」「マーク5」を発売)。あそこまで続いたのは「1980」が最初で最後では。

「studio1980」の最終型「mark5」

-デザインもあそこで一つの完成形になった。

松崎: あのデザインは後々のモノラルラジカセのデザインとして各メーカーに継承されていくんです。ザ・ラジカセというスタイルを「studio1980」が確立したと言っても過言ではない。当時のカタログを見ると音質重視でスピーカーも大きくて2WAY。一般のエンドユーザーから、企業とか、あらゆるところ使われた名機だった。ほかにも性能で言うといい物がいっぱいあるが、一つの時代を作ったとか、のちのちのラジカセの基礎を作ったという部分では、「1980」の存在は大きいのでしょうね。ソニーが新しい物を次々に出して、他のメーカーが追従したという構図は、90年代ぐらいまでは続くので。

ソニーの「studio1980」に対抗して松下電器が1977年発売した「HiFi MAC」RQ-568。18cmウーファーにツイーター、スコーカーの3WAYスピーカーを搭載し、システムコンポに迫る高音質をアピールした

-ソニーは「1980」が成功した後、さらに大型で20cmウーファー搭載の「1990」を出したりして。

松崎: ソニーには、他のメーカーがやってないような、小さいまま音質を良くするとか。ソニーイズム、ソニーらしさをいつの時代も感じてましたよね。逆にそこが一般ユーザーのニーズと合わないときも多々あって。一般のユーザーは値段相応の大きさを望んだのに、小さくしたので売れなかったとか、小さく高性能にしたために開発費がかかったり。でもそこがソニーらしさという感じがするんですよね。

リズムボックス機能が付いたソニー「リズムカプセル9000」

ステレオ化の時代-1970年代後半

-「studio1980」以降、70年代後半になると、ラジカセはステレオ化していく。かっこよさで記憶に残るのがソニーの「ジルバップ」です。

松崎: 「ジルバップ」は76年ぐらい。「studio1980」の三代目の「マーク5」が出た頃には「ジルバップ」が出ている。なので「1980」の三代目はあんまり売れなかったんですよ。一気にステレオの時代に入った。当時はクロムテープが使えて、音楽をエアチェックという時代に入っていった。でも当時は今と比べるとFM局があまりなくて、寂しい時代で。

1976年発売されたソニーのステレオラジカセ「ジルバップ」CF-6500

-しかしFM雑誌が売れてましたね。曲の放送時刻とか分数とか掲載されていて。

松崎: あれを見てテープを買ってスタンバイする。それが若い男性の日課でしたね。雑誌を切って、カセットのケースに入れて資料にできたんで。それが楽しかったですね。

ウォークマン登場とダブルラジカセ-70年代末

-1979年にヘッドホンカセットプレーヤーの第1号機、ソニーの「ウォークマン」が発売されてから、ラジカセの位置づけも若干変わってくるのでは。

松崎: カセットテープの楽しみ方が増えてきたというだけだとは思うんです。「ウォークマン」が出た年は、シャープが世界初のダブルラジカセを出した年でもあるんですよ。それまではラジオからカセットに録音して、要らない部分を切って編集するには、2台つないでやらないと編集できなかったのが、1台で2台分の機能を持つ製品が出て、大ヒットするんですね。

-謎なのは、カセット同士のダビングだと絶対音は悪くなるはずなのに、何で売れたんだろうと。

松崎: でも、もともとカセットの音質はそんなにいいものではないので、普通に聴く分には問題なかったと思うんですね。あと本当に好きな方はきちっとしたシステムコンポでデッキでダビングしていたので。

-オープンリールでエアチェックしてカセットに編集する。

松崎: 僕も家にシステムコンポがあったので、エアチェックとかレコードの録音はシステムコンポで録ってからカセットにダビングしていましたね。編集したカセットテープをカーステレオで聴いたりウォークマンで聴いたり、いろんなシーンで使い分けていましたね、当時は。ウォークマンも再生専用で。ラジカセはそれなりに重いのでウォークマンは大活躍しましたね。またヘッドホンで聴くスタイルが、当時としてはかっこよかったんですよね。今の人たちがスマートフォンに憧れるような、最先端の機械を持つ喜びがあった。

-最初にウォークマンを聴いたときの印象が、それまでのラジカセなんかの音に比べると、めちゃくちゃ音がいいじゃんと。そういう意外性があった。あんなちゃちなヘッドフォンで、乾電池駆動の小さいプレーヤーなのに。

松崎: そこのギャップ感が大きかったですね。それまでは大きいシステムじゃないといい音は出なかった。そういうハイファイの音を外でも気軽に聴けるポータブルプレーヤーなので大ヒットしたんですね。

-ヘッドホンオーディオが出てから、ラジカセはどのように変わっていったと思いますか。

松崎: ウォークマンと共存する道を選んでいると思うんですよ。たとえば家ではウォークマンで聞くテープをラジカセで作ったり。またラジカセ自体の一部がウォークマン化して、ラジカセの中に収まる製品が出たり。

-合体ロボみたいなラジカセ。日立が出してましたね。

ラジカセからカセットプレーヤー部が分離するビクター「ダブルス」

松崎: パナソニックとかいろんなところで出していました。そういう共存の道を選んで。ウォークマンを持っていても、ラジカセも持っていた方がより楽しく使えるよと。両方持っていると楽しみ方が2倍になると。今のパソコンとiPadとかのように。

マイクロカセットテープを使った合体型ステレオラジカセも登場。サンヨー「飛びだせテレコ88」

貸しレコード店の登場とカセットの百花繚乱-80年代初め

-1980年ごろから「黎紅堂」や「友&愛」をはじめとする貸しレコード屋が続々とできて、カセットのニーズが一気に広がります。それまでは高いお金を出してレコードを買うか、友達からレコードを借りてカセットにダビングするか、エアチェックで我慢するしかなかった。

松崎: そこにもう一つの選択肢として、レコードの定価が当時2500円ぐらいなのが、1泊で借りると10分の1ぐらいの料金で、LP1枚自宅に持って帰って録音して。当時は自分で買ったレコードも1回カセットに落とせばしまってましたもんね。

縦型の斬新なデザインでステレオヘッドホンジャックを備えたソニー「ミュージカン」

-レコードは再生するたびに音質が落ちていくから。

松崎: そう。それに、だいたいレコードで聴くのって、家の中でコンポの前でしかできなかった、それに比べるとカセットってもっと気軽にできるじゃないですか。その辺のカジュアルさ、音楽を聴く手軽さ。そことレコードの音の良さが結びついて、貸しレコード屋は大ヒットしたんですね。僕も当時、近所の「友&愛」から借りてましたけど、店内には録音用のカセットも山積みになってましたもんね。

-本当は著作権の問題とかがあって。でも途中から貸しレコード店がレコード会社に補償金を払うようになったんですよね。

松崎: 訴訟問題なんかがあって、和解して。それでレンタルレコードでは途中から新譜を置かなくなったんですよ。発売後6カ月間ぐらいたってから貸しレコード屋に並んだ。

 また、CDが80年代半ばに出てきて、CDってレコードより長く録音できるので、それまでカセットテープには46分と90分と120分ぐらいしかなかったのが、54分とか74分とか110分とか中途半端な分数のテープがいっぱい出たんですよね。その中からCDにぴったり録音時間が合うようなテープを選んで録音したんですよね。

重低音と大型化-80年代

シャープの大型ダブルラジカセ「ザ・サーチャーW」

-80年代半ばにソニーが「ドデカホーン」という重低音の響くラジカセを出しました。

松崎: 「ドデカホーン」は86年ぐらいからですね。最初はカセットの「ドデカホーン」が出て、80年代後半からCD付きの「ドデカホーン」が出て。

-その後、大型化の流れができますよね。サンヨーとかがばかでかいのを出した。

松崎: バブルラジカセの時代ですね。重低音を存分に出す方法で各メーカーが競い合って、いろんな方式で。90年前後ぐらいのCDラジカセは、重低音が各メーカーすごいですよ。いろんな方式を組み合わせたり、パワーと重低音で競い合っていた。基本的には、エンクロージャーというか、ラジカセの中に音の組み合わせ、重低音が出る仕組みとか、あとは電子回路でブーストしたり。

-ラジカセでもあんな重低音が出るんだという驚きがありました。

女性向けおしゃれラジカセの登場

1979年発売されたサンヨー「おしゃれなテレコU4」

松崎: 80年代のラジカセは大型化と小型化の二極に分かれたんですよ。特にサンヨーなんかは80年代に先駆けて、女性向けのラジカセを出した。

ー小型で横長の。

松崎: 横長で赤い。もともとラジカセは70年代は男性向けに作っていたので、男性が好むようなメカニカルな、色もダークな物が多かったけど、サンヨーは女性向けに目を付けた。あれが予想外の大ヒットで、ソニーとかパナソニックも焦って追従した。サンヨーやシャープはもともと大手メーカーにないようなエポックメイキング名製品を作ってたんですよ。

カラフルな子供向けラジカセも登場した。サンヨー「ROBO」

ラジカセが丸っこくなってきた

-「ドデカホーン」とかバブルラジカセの頃になると、ラジカセのかつての直線的でメカニカルなかっこよさがだんだんなくなってきたような気がします。

松崎: そう。カクカクっとしたデザインは基本的には80年代中頃、84~85年ぐらいで終わるんですよ。80年代中頃は各メーカーともCADで設計できるようになった。それまでは平面でしか設計できなかった。ドラフターで描いていたので曲線の再現はできなかったのが、コンピューターの造形で自由にできるようになり、そこで一気に曲線に飛びついた。当時は丸っこいのがかっこよかったんです。

 92~93年にはUFOみたいな感じにまで行っちゃって。つるんとした感じで。あとエアロダイナミックフォルムとか、別に空力関係ないのに(笑)、ここまでやるかというところまで行っちゃう流れが一時期あったんですね。でもそれもやっぱり92~94年で行き着いちゃって、その後はベーシックな方向に回帰するんです。

-あのあたりで私自身もラジカセに魅力を感じなくなってくるんですけど。

松崎: 90年以降はメイド・イン・ジャパンのラジカセがなくなってきて、中国とか東南アジアにソニーとか各メーカーが一斉に移るんですね。ラジカセ自体が日本で生産されなくなった。91年ぐらいでバブルが崩壊して、その後は量産化と低コスト化に入るので、海外に行ってしまう。家電の生産ラインの移転はやむを得なかった面がある。

-ただ、生産は海外に移っても、デザイン自体は日本でやっているはずなのに、安っぽくなって、かつてのかっこよさが失われてくる。

松崎: 安っぽさの背景には、コストをかけない時代になってきたことと、あとは70~80年代に比べると、極端に製品のサイクルが短くなってきた。昔は一つの製品が2年とか3年もったのに、バブル崩壊後は製品のサイクルが1年とか2年。どんどん新しい製品が出てくるようになって、コストをかけないで新しい製品を出してくる考え方にだんだんなってきた分、デザインや内部のメカニズムにかけるお金がなくなってきた。

 もう一つは、部品の小型化ガあります。80年代だとまだ基板の中にいろんな電子部品がくっついて、それが全体的にラジカセの重さにもなっていたけど、90年代になると部品のコンパクト化が進んで、10分の1とか100分の1とかの基板で済んじゃう。すると、外側は人間が手で動かすのである程度の大きさが必要ですけど、中はスカスカになる。どんどん軽くなっていく。その辺がちょっとチープ化したという意味合いにも捉えられているのでは。

-昔のラジカセは、スイッチ類の多さが多機能の証のようなところがありました。だんだんそういうメカニカルな感じがなくなってきた。

松崎: 一番ピークだったのは、バブル期のラジカセが、いろんな機能を搭載していた。本体にもスイッチが付いてるんですけど、リモコンにいろんな機能が付いていて、リモコン一つでラジカセの機能がすべてオペレーションできる、それが多機能の頂点だった。その後はラジカセがシンプル化していく時代に入る。自分たちが多機能を使いこなすのではなく、ラジカセが聴く人にとって最適な音を提供しますと、ラジカセの機能が進化していく。エンドユーザーが自分の好みの音を設定しなくても、その場にあった音楽はこれで十分ですよ。ラジカセが音を提案してくれる。ユーザーがいろんな音を決めなくて済む時代に入っていく。

-逆に言うと、音楽好きな人が自分の好みの音を作るというのができなくなっていく。

松崎: メーカー側がこの音ですよと設定しちゃう。唯一あるとすると、音楽のジャンルでポップスとかジャズとかクラシックとかの棲み分けしかなくて。それが現代のラジカセの風潮なのかな。ただ、それを今の人たち、現代のラジカセ好きが望んでいるかというと、そうでもないんですよね。そこはメーカーの主張と、ユーザー側の本当はもっといい物が欲しいんだよねと言う意見の相違は今でもいっぱいあります。

ソニーは諦めていない

ソニーが1991年発売したラジオ・録音機能付きの「ウォークマン」WM-GX90。いわばヘッドホン式のラジカセだ

-松崎さんはラジカセにとどまらず、昔の家電の収集や研究もされてますね。

松崎: たとえば昔の家電の考え方とか、そこから何か次の世代の家電につながるヒントを得られないかなと、デザイン、機能、性能、当時の物作りの考え方を今は探求しているところです。昔の家電の魅力を紹介する方に今はシフトしています。

-家電が日本製だった頃ですね。

松崎: 時代背景になるのが、日本が高度成長期に入って、70年の大阪万博が頂点で、それが終わった後も景気が良かった時代が続いている。80年代に入って、半ばからはバブルが始まるじゃないですか。家電を作る側としても時代の好景気の波に乗って自由にいろんな物を作れたという背景があるんです。

 今は物が売れない時代なので、メーカーもシビアになって売れる物しか作らない。コストもかけない。デザインも商品サイクルが短いのでそんなにお金をかけない。悪循環のスパイラルに陥って、中で物を作っているデザイナーやエンジニアの人たちが悶々としている。自分がこれがいいという物をメーカーの中で自由に作れない。そういうことを、メーカーのエンジニアの人がよくお話ししてくれますね。

-消費者の側からしても、心がときめく製品が少なくなった。

松崎: なかなか巡り会えない。まあ今はどちらかというと小さいメーカーで面白い物を作れる時代に入ったので。たとえば、今面白い動きをしているのが、バルミューダ。あそこはやっぱり日本の中ではユニークなメーカーで、通常の概念にとらわれないアイデアや機構を採用して、デザインもシンプルだけど今の時代に合わせて、かといって安っぽくない高級志向を狙っている。現代ならではの家電メーカーだと思います。

-逆に言うと大手メーカーではそうした製品は出にくい。

松崎: 大手はチームで作っていくので、ある程度の売り上げを見込めないと作れない。あとはとんがった物が作れないんですよ。一番大きなマスに向けて、一般の人が好むような家電しか作れないので、高級志向とかデザインでとんがっているとかいうのが作れない。

-昔はソニーがとんがった製品を出して、それが売れると松下が追いかけるという流れがあったが、今はソニーも挑戦的でなくなった感じがします。ラジカセとかオーディオでもかっこいい製品を出せなくなっている気がする。

松崎: ここ(秋葉原の「ラジカセDAY」展示会場)にはソニーのエンジニアの方が品川の本社から山手線で遊びに来るんですよ。「この年代のこういう製品が好きなんだ」と。そういう方が今何をやっているかというと、ハイレゾウォークマンとかデジタル系のギンギンの製品を作っていながら、こういう仕事をやりたいというので見に来るんです。それで話をするんですけど、「諦めてはいない」と言ってましたよ。「ソニーも今はようやく持ち直してきたので、数人でプロジェクトを作って、面白い物を作っていきたい」と、ソニーの数人のエンジニアの方が。僕もちょっとまぜてもらって、面白いのを作りたいと動き出したんです。

書いた人

北九州市生まれで小学生の頃は工場萌え。中学3年から東京・多摩地区で育ち、向上心を持たず日々をのんべんだらりとすごす気風に染まる。通信社の文化部記者を経て、主に文化・芸能関連を取材。神戸のビフカツと卵焼きを挟んだ関西風卵サンドが好物。