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Culture
2020.01.15

海老蔵の名では最後の本興行!新橋演舞場公演から知る市川團十郎の「家の芸」とは?

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演劇評論家の犬丸治さんに歌舞伎の見どころをレクチャーしていただいて、より面白く、興味深く、歌舞伎を鑑賞してみましょう。今月は、新橋演舞場で上演中の襲名間近の市川海老蔵丈の公演に注目しました。

文/犬丸治(演劇評論家)

新・團十郎として、肚芸という演技術に向き合うときは必ずくる。

新たな年は、市川海老蔵にとって「十三代目市川團十郎白猿」襲名の年でもあります。五月から三か月に亘って歌舞伎座で催される襲名興行は、歌舞伎界挙げての空前の盛儀で、五輪との相乗効果もあって歌舞伎ブームがいやますことでしょう。今月の新橋演舞場は、海老蔵の名での最後の本興行になります。

その夜の部の最後の演目が『雪月花三景・仲国』で、「新歌舞伎十八番」と銘打たれ、父・海老蔵と並んで長女のぼたんが胡蝶の精でしっかりとした踊りを見せました。海老蔵は、父十二代目亡きあと、市川家で初演以来埋もれた「家の芸」の復活に力を注いでいますが、この「仲国」も、その一環と言ってよいでしょう。

『勧進帳』に代表される「歌舞伎十八番」は、天保年間七代目團十郎(俳名白猿)が制定したものです。七代目はさらに「新歌舞伎十八番」を増補するつもりだったようですが、それを引き継いだのが、息子で明治の「劇聖」と呼ばれた九代目團十郎でした。

西欧列強に追いつこうとする急速な近代化の荒波は歌舞伎も例外ではなく、「演劇改良運動」で「高尚な歌舞伎」が求められる中、九代目が創造したのが「活歴」と呼ばれるジャンルです。若い時から大和絵はじめ有職故実に通じていた九代目は、「これまでの芝居は皆ウソだ」と、あくまで史実に忠実に扮装、装置ばかりではなく、登場人物の役づくりに工夫を凝らしました。その結果、「活きた歴史」=「活歴」と皮肉を込めて揶揄されたのですが、「新歌舞伎十八番」はその集大成だったのです。

「十八番」というものの、実際には三十二曲、或いは四十曲あったと言います。私たちにお馴染みなのは『鏡獅子』を筆頭に『紅葉狩』『船弁慶』、今月歌舞伎座で吉右衛門が踊っている『素襖落』でしょうか。いずれも能狂言から移した舞踊劇です。執権高時が天狗に翻弄される『高時』は時々上演されますが、『大森彦七』『地震加藤』『酒井の太鼓』などは最近殆ど出ませんし、それ以外は埋もれてしまって、当時の評判記などで内容を偲ぶばかりです。

これらの作品の中で、九代目は様々な新演出を試みています。例えば「高時」の幕開き、主役が柱にもたれて横を向いているというのは、今では何ともありませんが、当時としては斬新だったのです。新作歌舞伎で、柝を入れずに幕を閉めるのは、九代目が新十八番「真田張抜筒」で始めたことでした。いずれも、従来の芝居らしさを極力排そうとしたわけですが、それを支えたのは、團十郎の朗々としたセリフ廻し。イロハ四十八文字を「イーロー」と張って半ばまで言えるほどだったそうで、「重盛諫言」「吉備大臣」の長セリフはそれで観客を酔わせたのです。

肚芸(はらげい)って何だ?!

もうひとつは「肚芸」と呼ばれる演技術です。「舞台に登りました以上は己を忘れ、其の役、其の者になりきってしまわねばどうしても本当のことはできません」と團十郎はいい、その為には表面ばかりでなく肚が大事で、心を写すのだと強調しています。

歌舞伎には元々「思入れ」といって、役の気持ちをリアルな心理描写ではなく、身体全体から醸し出す方法がありました。團十郎の言葉は、一見西欧劇の写実主義のようですが、この「思入れ」をさらに発展させたものでしょう。そこから、極力動かない、芝居であって芝居ではない演技が生まれました。

九代目團十郎という役者の底知れぬ巨きさ

今月の「仲国」は、明治二十四年十一月歌舞伎座で初演されました。「平家物語」や能「小督」に題材を採ったもので、高倉天皇に寵愛されたために清盛に疎まれた小督が嵯峨に隠棲しているところに九代目團十郎扮する源仲国が訪ねて来て、帝の手紙を渡すというものです。およそ、物語に起伏がない芝居らしくない一幕で、例によって当時の記録には「大渋物」「團十郎ひとり気持ち良くなっていて迷惑」といった悪評が並んでいます。ところが、うるさ型の劇評で知られる岡鬼太郎が、「紅葉狩」での五代目菊五郎の維茂と並んで、この「仲国」を「嗚呼、結構な事であった。面白い事であった」と激賞しているのです。

何がそれほど鬼太郎のこころを捉えたのか。その言葉には、明治の高尚趣味と、開化・刷新の気風への懐古というだけではない、九代目團十郎という役者の底知れぬ巨きさを覗く思いがします。

福地桜痴の初演台本は遺っていますが、無論そのまま現代に上演できないということなのでしょう。今回は小督(児太郎)に手紙を渡す役を仲国の弟仲章(莟玉)にして、最後は海老蔵の仲国と群衆のダイナミックな群舞で締めくくっています。しかしいずれ、海老蔵は九代目團十郎という存在と、彼が創始した「肚芸」に向き合うときが必ず来ることでしょう。それを乗り越えたとき、新・團十郎はさらに一回り大きく成長を遂げているのではないでしょうか。

公演情報

新橋演舞場 初春歌舞伎公演

昼の部『祇園祭礼信仰記 金閣寺』
   『鈴ヶ森』
   『雪蛍恋乃滝』
夜の部『神明恵和合取組 め組の喧嘩』
   『雪花三景 仲国』

公演日:2020年1月3日(金)~1月24日(金)
公演時間:昼の部 11時~ 夜の部 17時~
※25日(土)昼の部、夜の部追加公演
※15日(水)、22日(水)昼の部のみ
※16日(木)夜の部のみ

新橋演舞場 公式サイト

犬丸治

演劇評論家。1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。歌舞伎学会運営委員。著書に「市川海老蔵」(岩波現代文庫)、「平成の藝談ー歌舞伎の神髄にふれる」(岩波新書)ほか。