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2020.03.05

爪に絵具、塗ってみない?京都・上羽絵惣の「胡粉ネイル」ビビッドな和の発色に胸キュン

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昔の人の肖像画が好きでよく見る。様々な表情、目を凝らすと精巧に書かれた衣装の柄が見えてくる。その細部にわたる美しさが素晴らしい。機動戦士ガンダムでジオン公国の突撃機動軍大佐マ・クベが愛蔵する白磁の壺(北宋のものらしい)を見ながら「これはいいものだ」というシーンはガンダム好きにはよく知られているが、まさにそのような感じで「これはいいものだ」とうなることが多い。しかし、それらの絵をかくのにいったいどんな絵具が使われているかということはあまり考えたことがなかった。
不勉強を恥じて関係資料をめくっていると、江戸時代から日本画の絵具を扱っているお店が京都にあると知った。そしてそのお店が10年前から絵具の原料をネイルカラーにしたものを手がけていることもわかった。絵具から発想されたマニキュアを爪に塗ると、いったいどんなふうになるのだろか。さらに、どうしてその発想が製品化に至ったのかを調べた。

日本画絵具ってどんなもの??

日本画絵具の多くは自然の中に存在する鉱石や土などを砕いてできる顔料(色の素)を絵具として用いる。顔料は水や油に溶けない性質があり、そのままでは画面に定着しないため、膠(にかわ)などをまぜて使用する点がちょっと独特だ。なぜなら、一般的な絵具は画用紙やキャンバスに顔料をくっつける「のり」のようなものを含み、そのまま定着させることができるからである。

そんな日本画絵具は、以下のように種類が豊富だ。

岩絵具…鉱石を原料とし、砂のような粉末が美しい
水干絵具…土を原料とし、微粒子で伸びがよい
胡粉(ごふん)…貝殻を原料とした白色の粉末
朱…硫黄と水銀からつくった化合物
丹…鉛から人工的につくられた化合物
珊瑚…珊瑚虫の死滅後に残ったものを粉砕したもの
コチニール…ウチワサボテンなどに棲息する紅蟲から抽出した色素をつかったもの
藍…染料を顔料化したもの
さいかち、やしゃぶし…果実を煮出して用いるもの

日本画材

実にさまざまな原料から、いろいろな色が生み出されてきた日本画の世界。先人たちの色への探求心に感嘆せずにはいられない。

260年の歴史!京都の絵具屋さんはこうして始まった

多種多様な日本画絵具のうち、貝殻を材料にした胡粉を主に取り扱っているのが、京都市下京区にある上羽絵惣株式会社である。初代ゑのぐや惣兵衛が1751(宝暦元)年に京都市下京区東洞院通松原上ル(燈籠町)において、上羽絵惣(胡粉業)を創業したのがその始まり。明治時代には日本画に最適な高級顔料に定着剤と天然高級デンプン質を加えて仕上げ、丸皿に入れた鉄鉢の携帯用として、小さな角容器にいれた顔彩を考案した。

胡粉

現在も日本画用絵具専門店として、プロの日本画家も使用する胡粉、水干絵具などを販売しており、手作業にこだわった、繊細な和の色を作り出している。

上羽絵惣ではネイルカラーの製造・販売も行う。全国展開しているため、和風でキュートな瓶を雑貨屋さんなどで見かけた方もいるだろう。でもなぜ絵具屋さんがネイルカラーを企画したのか? 上羽絵惣の広報担当・川村恵美さんにネイルカラーをはじめとした化粧品を取り扱う理由を伺った。

「ネイルカラー製造のきっかけはラジオで聴いたエピソードでした」と川村さん。「バブル崩壊後、絵画市場、ひいては日本画の需要は落ち込んでおり、職人の方々の技術や経験をどう継承していくかを考えねばなりませんでした。そんな時『ホタテ塗料を爪に塗って楽しんでいる人がいる』というエピソードを当時の取締役がラジオで聴きました。ホタテが使えるなら古くから扱っている胡粉も、というのが出発点です」(川村さん)。建築でのホタテ塗料とは、ホタテの貝殻を原料にした資材として使うものである。用途が違うといえども元は同じ貝。そこに目をつけたのは見事だ!

胡粉ネイル

ネイルカラーの製造を思い立った時期は、上羽絵惣では一般の人にも広く日本画絵具に親しんでもらえないかと考え、それまでの絵具商から「アート全般を扱う会社」と自社を位置づけることになった時期でもあった。そして「メイクもアートのひとつ」という観点から、爪を小さなキャンバスに見立てたネイルカラーの開発を進めることに。これが10年ほど前のことで、試行錯誤を重ねた結果、爪への負担が少なく胡粉も活用できる基剤である水性エマルジョン(溶液)にたどり着き、「胡粉ネイル」を完成し、発売したのであった。

発売当初の胡粉ネイルは手を洗っただけでもすぐに落ちてしまうものだったが、改良を重ねた結果、いまでは手を洗ったくらいではおちないほどに持続性が高まっている。ツヤも増し、表現できる色も増えたため、製品のラインナップも豪華に。ムラにならず、かつ一度塗りでもムラなく塗ることができるよう、ハケの改良なども行った。

好評を博す胡粉ネイル、どこが魅力?

胡粉ネイルを使った人からは「ネイル特有の匂いがない」「一度塗りでも発色がよい」「独特の色がよい」「爪への負担を感じない」「パッケージがかわいい」といった声が寄せられ、なかなか好評の様子。

「開発にあたっては、生活や仕事、あるいは病気などの事情があってネイルを塗れない方の不便を解消したものをつくろうという思いがありました。その思いが通じたのか、長くネイルから離れていた方や、ネイル未経験の方にもご利用いただいています。胡粉ネイルには匂いがないため、お子さまがいらっしゃる方やペットを飼っていらっしゃる方であっても、気がねなく使えると喜んでいただいているようです」(川村さん)

その他、高齢者施設のボランティアの方や、抗がん剤治療中で爪の色が悪くなってしまった方も胡粉ネイルを使っていると川村さんは教えてくれた。自然由来の原料を使ったネイルならではの低刺激性などが好まれているケースが多いようだ。

一方で「ヌーディーな色が少ないから増やしてほしい」との要望もあるそうだが、川村さんは「個性的な色も弊社の特長かなと感じております」と答えてくれた。たしかにヌーディーな色もあったら助かるが、胡粉ネイルのよさが生きるのは伝統的な和の鮮やかな色のように思える。

自分がキャンバスになってみた!

実際のつけごこちが知りたいと思い、胡粉ネイルの中から「京紅」を買ってみた。素敵な色がたくさんあるので悩んだのだが、「最初はオーソドックスなもの」「『京』がつくのが雅な感じでイイ!」「やっぱりネイルは赤かピンク系」というのが最終的な決定理由である。しかしここで一つ問題が。ムラにならないようハケの工夫がされているとは聞いても、不器用なのでうまく塗れる自信がなかった。トホホである。

今回選んだ「京紅」。ホームページの商品説明によると「恋しさや秘めた想いを感じているあなたにオススメ」の色だそう

考えた末、いつもお世話になっているネイルサロンUlukanail(ウルカネイル)のネイリスト・小林希(のぞみ)さんにお願いして塗ってもらった。はじめての胡粉ネイル、ちょっと緊張してしまった。

瓶のなかでハケをならしている小林さんの口から出たのは「やわらかい」という言葉。ネイルのプロには質感の微妙なちがいがやっぱりわかるのか…塗ってもらって正解…。爪は1本ずつ丁寧に塗られてゆく。「ハケが太いのではじっこが塗りづらいかもしれませんが、ムラになりにくいですね」と小林さん。「発色もいいし、乾くのが速い!」とも。小林さんも「見かけたことはあったけれど使うのは初めて」という胡粉ネイルに興味を持ってくれたようだ。予想できるようでできない仕上がりにワクワクしているうちに塗り終わっていた。手をかざしてみると……

なんということだろう。これまでのネイルカラーでは見たことがないような色。限りなく赤に近いピンクは、「京紅」の名にふさわしく、着物や浴衣によく似合いそうだ。

なによりとてもキュート!!自分の爪とはいえあまりにかわいくて、ずっと見ていられる気分になってしまう。他の色もためしてみたいと希望がふくらんだ!

小林さんからは「色の持ちがよさそうですが、爪の表面を整えたり、塗った後の色を保護するためには、やはりホームページにあるように、専用のベースコートとトップコートを合わせて使うのがよさそうですね」とアドバイスをいただいたた。リムーバーも専用のものがあるのでそちらを使うことにしよう。

塗ってよかった胡粉ネイル。塗らなかったらこんなにかわいいって知らないままだった。その日は日本画の美人になった気分で1日「京紅」に包まれた爪を見ながらウキウキしてしまったのであった。

日本画絵具のよさをもっと知ってもらいたい

2020年、発売10周年を迎えた胡粉ネイル。上羽絵惣では今後どのように展開してゆくのだろうか。

「引き続き日本の伝統色をベースにみなさんに楽しんでいただけるような色づくりをするのはもちろんですが、世界中の人たちに届けられたらいいですね」と川村さんは言う。「3月からは上羽絵惣本店とECショップのみで扱っているリキッド口紅の「京花舞(きょうはなまい)」と薬用ハンドジュレ「瑞々(みずみず)」を全国展開します。そのほか、ネイルをご愛用くださっている方々の要望も取り入れ、さらに気分よく使ってもらえるものを目指して企画していきたいと考えています」(川村さん)

薬用ハンドジュレ 瑞々

また、胡粉を通したアートの展開も考えていると教えてくれた。「上羽絵惣は創業当初から京都で商いをしているため『京都を感じていただけるもの』ということも大事にしています。胡粉ネイルのスタートは、日本画絵具や色をどう継いでいくかという課題でした。近年、アーティストの方を講師にお呼びして絵具を使ったワークショップを行ったり、若い方にも親しみやすいアーティストの方に絵具を使っていただくことで弊社のサポーターになっていただいたりしています。来年(2021年)は創業270年を迎えますので、これまで以上に日本画絵具のよさ、色のきれいさをより多くの方に知っていただけるよう、活動を広げていきたいと考えています」(川村さん)

ワークショップで使われた絵具とできあがった作品

日本画を志さない限り、日本画絵具である胡粉には出合うことがない人がほとんどだと思う。けれども上羽絵惣が21世紀に「胡粉ネイル」として胡粉の新たな活路を見出したことで、ぐっと身近な存在に。ネイルになってくれたからこそ、わたしも胡粉との思わぬ邂逅を遂げることができた。かわいいネイルで気分もアガるなんて「日本美術サイコー」「日本画絵具サイコー」。日本画絵具で描かれた絵画を見に行こうという気分にもなってしまう。たとえば秋冬限定カラーだった「伯林青(べれんす)」はあの北斎ブルー。爪を北斎色にして、北斎を見に行くのもとてもよさそうだ。こんなふうに、鑑賞予定の日本画に合わせたネイルのおしゃれを楽しむのは、古今の日本文化の融合ではないか。ぜひひろまってほしいと願う。

レトロキュートな色のネイルをしていると、いつもつまずいて転んでばかりいるわたしでさえ、なんだかいいことがありそうな予感に包まれる。胡粉ネイルを塗って、日本画の中から飛び出した気分になれば、踊りだしたくなること請け合いだ。

上羽絵惣株式会社

住所:京都市下京区東洞院通高辻下ル燈籠町579
https://www.gofun-nail.com/

Ulukanail

住所:東京都目黒区青葉台1-16-9サクラガーデンウエスト2F 美容室リトム(rythme)内
営業時間:平日…12:30~21:00、土…10:30~20:00(予約制)
【定休日】火・日・祝 ・第3水曜
https://www.instagram.com/ulukanail/

書いた人

岡山市出身、歴史学の博士号をもつ大の歴史好き。レトロという言葉だけでは語れない、戦前の日本文化を伝えたいと思っている。趣味は読書と街歩きと宝塚観劇と漫才で笑うこと。紺野ともという名で詩人もしている。