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2020.02.21

家康の天下取りに一役かった!?江戸幕府御用達、1300年の歴史を誇る美濃和紙ツーリズム

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大河ドラマ「麒麟がくる」の好スタートで、明智光秀出生の地と言われる「美濃・岐阜」にも注目が集まっています。でも改めて考えると、「美濃ってどこだっけ?」「岐阜って何があるの?」という人も多いのではないでしょうか? 「高山」や世界遺産の「白川郷」は知っていても、それ以外はあまりよくわからず、名古屋と京都に挟まれて、通過地点に甘んじてしまっている部分もあるようです。しかし、大河ドラマを見てもわかるように、美濃は有名な戦国武将を数多く輩出していますし、京都や伊勢にも近く、伝統産業が生み出された地域です。その一つが1300年以上の歴史を持つ美濃和紙であり、「本美濃紙」は国の重要無形文化財にも指定されています。

美しい清流・長良川の水運のおかげで、物流が盛んになり、美濃和紙が岐阜の和傘や提灯、うちわなどの多くの産業を生み出しました

美濃和紙で作られた正倉院に所蔵されている「最古の戸籍用紙」

この「美濃」という言葉、そもそも大河ドラマに出てくる美濃は7世紀ごろに成立した美濃国のことで、岐阜県の南部に存在した令制国。美濃地方とは、岐阜県の岐阜、西濃、中濃、東濃を総称して呼びます。今回紹介する美濃和紙のふるさとは、岐阜県中濃にある美濃市です。かくいう私も美濃和紙は、美濃地方で作られている和紙ということだと思っており、美濃市周辺の産業という認識がありませんでした。この美濃和紙、古くは奈良の正倉院に残されている「最古の戸籍用紙」に使用されていたり、質の良さや薄さから大般若写経紙としても重用されていました。また、戦国時代には、美濃国守護の土岐氏が美濃和紙を奨励し、この地域で月に六回「六斎市」という紙の市を開かせ、斎藤道三が岐阜(稲葉)城下町で行っていた楽市楽座に呼ぶなど、賑わいを見せていたたといわれています。

関ケ原の戦いで、徳川家康の勝利に関係していたのが美濃和紙だった!?

さらに、天下分け目の関ケ原の戦いで、徳川家康が使った采配は、美濃の紙漉き職人・庄司彦左衛門が作ったものといわれ、現在、美濃和紙の里会館にこのレプリカが展示されています。徳川家康が天下を取ったというゲン担ぎもあり、美濃和紙は、江戸幕府の御用達になりました。さらには尾張徳川藩の加護もあり、京へも近く、近江商人が買い付けに来たり、伊勢型紙に使われたり、長良川の水運を利用して盛んに物流が行われ、商家町として栄えていきました。

築100年の建物から伝わる町の歴史と息遣い

旧松久才治郎の邸宅。重厚な扉のある蔵は、1棟すべてが金庫として使用されていました。いかに和紙産業が盛んであったかを物語っています。高い天井や梁をそのまま活かした贅沢な空間です

邸内には客人をもてなすための茶室も設けられ、その茶室から愛でることのできる趣のある日本庭園もそのまま残されています

明治から大正にかけて発展した美濃和紙は、この町の主要産業となり、最盛期には約3000から4000軒もの紙漉職人がいたと言われています。中でも、豪商と呼ばれた和紙の原材料問屋を営んだ松久才治郎は、「才治郎が楮(こうぞ)を仕入れに鉄道の切符を買うと、相場が動く」という逸話が残るほどだったそうです。

豪商が客人をもてなすための別邸が、地域活性の拠点に生まれ変わる

この松久才治郎の邸宅を美濃の活性化の拠点にしようと、2019年7月に「NIPPONIA美濃 商家町」がオープンしました。美濃和紙を中心とした生活や営みに出逢うことのできる地域体験型宿泊施設というユニークなコンセプトの宿です。エントランスにはフロントと美濃和紙の専門店「Washi-nary」があり、美濃市内で活動をする紙漉き職人の和紙を直接買うことができます。また、贅を尽くした6つの客室には、ふんだんに美濃和紙が使われ、障子、ランプ、壁紙に和紙のアートと、部屋に泊まりながら、美濃和紙を体感できるようになっています。人口2万人の小さな地域で、新しい町おこしとして注目を集めるこのホテルの運営を担っている「みのまちや株式会社」の代表である辻晃一さんに、地方創生の可能性を秘めたホテルについてお話を伺いました。

みのまちや株式会社の代表であり、丸重製紙企業組合の理事長である辻晃一さん(右)。同じく丸重製紙で働く弟の辻将之さん(左)。二人は懐紙作家としての肩書も持ち、和紙ブラザーズとして、コンサルからモノ作りまで様々な活動をされています

美濃弁を話す地元スタッフがフロントでお出迎え。和紙と木とスタッフの笑顔から温もりが伝わります

美濃の魅力を丸ごと体験できるホテル

―辻さんたちが目指されている「美濃 商家町」とはどのようなものでしょうか。

辻さん:ここは30年近く空き家となっていた和紙の原料問屋さんの建物で、市に寄贈されていたんです。ただ美濃市としては市の文化財ではなく、民間で活用してほしいという思いがあり、プロポーザル方式(※)での募集となりました。それで私の稼業である和紙製造の丸重製紙と全国で古民家再生事業を手掛ける株式会社NOTEが共同して、分散型ホテルを起点とした街づくりの企画を提出し、採択されて事業をスタートすることになりました。僕自身、大学で東京に出て、そのまま東京や名古屋で働いていたんです。それが、稼業を継ぐことになり、美濃に戻ってきたんですが、思っていた以上に町が衰退していた。通っていた小学校も中学校も廃校になり、人口も減少し、和紙という産業自体も縮小され、このままでは立ち行かないと思いました。美濃市が元気じゃないと美濃和紙自体が成り立たなくなってしまう。それで「美濃と和紙を元気にする」をテーマに、地域活性を模索し始めたんです。その中で、どうしたら和紙産業を持続可能なものにしていけるかと考えた時に、空き家の活性化と美濃和紙のストーリーを併せて提案していこうと思うようになったんです。
※ プロポーザル方式とは、体制などを含めた提案書を提出し、設計者を選ぶ方法

天井には和紙で作られたモビールが優しい雰囲気を醸し出しています

客室までの通路がノスタルジックな雰囲気をさらに高めてくれます

美濃和紙の工程を辿ることで見えてくる受け継ぐべき暮らし

―空き家も多い、伝統産業は高齢化している。これは日本全国の地方都市の課題であると思うのですが、どこに活路を見い出しているのでしょうか。

辻さん:ただ観光地を作っても名古屋と高山の間で、日帰りで遊びに来るだけの場所となってしまう。観光客は増えても、滞在してもらわないと町にお金は落ちない。だったら、美濃市に泊まってもらえる魅力を作ろうと。町ごと楽しんでもらい、町を好きになってもらうために、美濃の魅力を丸ごと味わえる宿泊施設を企画しようと思ったんです。美濃和紙をツーリズムとして考えた時に、ワインでいうワイナリーツアーのような、実際の現場を見てもらえるものを作りたかった。和紙の原料である楮(こうぞ)の畑での作業や和紙職人の工房、近代化された工場で高度な透かしの技術など、和紙ができる一連の工程を知ってもらい関心を持ってもらう。ホテルでは、和紙のインテリアや和紙の撚糸を織り込んだタオルなどの生活品を使って、実際に触れてもらう。和紙の空間や江戸時代から受け継ぐ街並みを体感して、美濃のファンになってもらう。ここで働いている人も、サービス業に従事しているというより、地元の人みんなでお客さんを迎え入れる。そんな循環を生み出していこうとしています。

畑で採れた和紙の原材料となる楮を水で晒し、皮を手作業で剥いでいきます。傷をつけないように丁寧に手早くやるのがポイント

宿泊とセットになった「手すき和紙体験」プランもスタートし、本格的な美濃和紙制作が、工房で体験できます

飲食業から和紙職人へ弟子入りした千田崇統さん。師匠から工房を引き継ぎ、オリジナリティあふれる作品も数多く生み出しています

丸重製紙の工場では、機械による製造工程を見学。他ではなかなか見ることの出来ない透かしの技術も見ることができます

「和紙のつくった町」に出逢える宿

―想像以上に個人のお宅に招かれたようなアットホームな居心地の良さを感じられました。街並みも普通の暮らしが息づいているからなのか、旅をしているというより、美濃で生活しているような気分になります。

辻さん:美濃市は重要伝統的建造物群保存地区に指定されているんですが、こんなに素晴らしい街並みがこの規模で残っているのは全国でも珍しいと思っています。そしてそこに生活文化が根付いている。この場所で普通に暮らしている人々の様子が、この美濃市の魅力になっていると思います。ホテルで働いているスタッフや和紙職人にもIターンで来た若い人たちが増えています。美濃和紙や美濃の自然環境に興味を持ってもらい、1300年も受け継がれてきた伝統産業がどんなものかをぜひ見に来てもらえたらと思います。

江戸時代、領主・金森長近が作った城下町がそのまま残されている貴重な街並み。「うだつがあがる」の語源となった「うだつ(防火壁)」は裕福な家でないと上げられなかったことから、このような言い方が使われるようになった

障子から差しこむ光が美しい「満月」は、本美濃紙をふんだんに使った障子が贅沢な和の雰囲気を醸し出しています

金庫蔵を利用した客室「金剛」は、古さを感じさせない和モダンのインテリアで大人の隠れ家といえます

ヒノキの香り漂う内風呂も贅沢な空間

築100年の建物は、改築ではなく、大工さんたちに修繕としてお願いしたと言います。リノベーションをして、新しい建物を作るのではなく、あるものをそのまま活かしながら、かつて存在していた空間を再現する。木材と和紙で作られた建物の中にいると、すーっと心が落ち着いていきます。壁紙の和紙には、出雲大社のしめ縄にも使われている古代植物のマコモが漉きこまれていて、空気を浄化してくれる作用があるそうです。古い木造建築なので、多少の隙間風が入りますが、それさえも現代の甘やかされすぎた生活を振り返るきっかけになります。外の寒さを感じた後にヒノキの風呂につかれば、体を温めることの意味を再確認できます。自然と共存することで、次世代に繋がる暮らし方を提案していく。それが美濃ツーリズムといえそうです。ローカル電車の長良川鉄道に揺られ、車窓から美しい清流の長良川と深い山間を見ていると、本当の贅沢とは何かを改めて考えさせてくれる旅となりえます。ぜひ、この冬、美濃市を訪れてみてはいかがでしょう。

美濃太田から刃物の町、関や郡上踊りの郡上八幡などを走るローカル列車・長良川鉄道。車窓から見る風景は旅気分をぐっと盛り上げてくれます

NIPPONIA 美濃 商家町基本情報

NIPPONIA 美濃 商家町
住所:岐阜県美濃市本住町1912-1
電話番号:0575-29-6611
mail:info☆nipponia-mino.jp (ご連絡される場合は☆を@に変えてお送りください)
NIPPONIA 美濃 商家町公式ホームページ

書いた人

旅行業から編集プロダクションへ転職。その後フリーランスとなり、旅、カルチャー、食などをフィールドに。最近では家庭菜園と城巡りにはまっている。寅さんのように旅をしながら生きられたら最高だと思う、根っからの自由人。