Culture
2020.03.20

ロボット棟梁は宮大工の夢を見るか?千葉大学平沢研究室の自動化施工技術化施工技術

この記事を書いた人

日本にはたくさんの寺社仏閣など伝統木造建築があり、それらの新築や修復を手掛ける職人が宮大工です。伝統木造建築は木の柔軟性を活かし、複雑に切り込みを入れた部材を組み上げて建物を構成するのが最大の特徴。金物を使わず、仕口・継ぎ手といわれる刻みを入れた部材をはめ合わせることでつなげていきます。一方、現在の木造建築で主流となっているのは、ボルトやプレートなどの金物を使った接合方法。木材に複雑な加工を必要とせず、大量生産に適した工法です。
伝統木造建築に必要な非常に高度な技術を学ぶには地道な下積みが必要なことに加え、職人特有の師弟制度が敬遠されるようになり、現在は宮大工の人材育成が難しくなっています。その一方で、日本は多雨多湿な気象状況にあるために、木造建築は絶えずメンテナンスが必要。文化財建造物の大多数は木造建築であり、修復を担う宮大工の数は足りません。そんな中で後継者として名乗りを上げたのは、なんと“ロボット棟梁”なのでした。

チェスの駒の細かな細工を試作する平沢研究室の五軸加工ロボット

伝統木造の部材加工はおまかせあれ

千葉大学大学院工学研究科の平沢岳人教授はロボットによる木造建築の部品加工を研究。五軸加工ロボットや、自動車工場などに使われている多関節ロボットに加工用の刃物を持たせて自動で木材の加工をさせています。コンピューターで切り出す部材のモデリングをしておけば、数値制御により微妙な角度や形を正確に裁断可能。丸のこやドリルなどの道具を自分で持ち替えて、すべての作業を連続してこなします。人間が削るときには加工の前に墨付け(切る部分の目印となる下絵描き)をしますが、ロボットにはその必要はありません。
「宮大工は原寸図を描いて頭の中で3次元に変換していますが、それには豊富な経験と能力を要します。ロボットの場合、3次元のデータさえ入力すれば、直接木材を切り出すことが可能です」と千葉大学の平沢岳人教授は言います。

伝統木造建築のパズルのような複雑な納まり

ロボット9割、宮大工1割の分担で

現在、平沢研究室のロボットは都内の伝統建築物新築の部材の加工を手掛けています。この時、ロボットによる加工は仕上がりの9割まで。残り1割の仕上げは人間の宮大工の手で行います。理由のひとつは、木材特有の性質である歪みや反りなどを調整するには現場での宮大工の腕が必要なこと。もうひとつは、切り出したままのツルッとした表面ではなく、最終的に宮大工の手でカンナの削り痕など手仕事の風合いを入れたいからです。あくまでも大工が楽になるような分業作業として、ロボットがお手伝いするという立ち位置。3次元的な微妙なカーブの量産などはロボットの得意とするところですが、加工中に欠けやすい尖った末端部はわざと加工せずに残しておき、現場で宮大工が仕上げます。根気が良く疲れを知らないのもロボットの偉いところ。一つひとつ違う部材が多く集まる伝統木造など、多品種少量生産にも向いています。時間の掛かる複雑な部材の加工をロボットが手伝えば、経験豊かな宮大工は部材の仕上げ部分や現場での指示など、重要な仕事だけに専念できます。ロボットがお手伝いをすることで、一人の宮大工が受け持てる物件の数を増やせるかもしれません。

社寺建築などに使われる木鼻の細かな細工もロボットが彫り上げる

彫刻刀を使った細かな装飾もお手のもの

ロボット棟梁は伝統建築の修復にも腕を振るいます。建築物の古くて傷んだ部材を一旦取り外してスキャンし、欠けてしまった部分や虫食い痕などを修正した3次元データをロボットにわたせば、その通りに削り出すことができるのです。現在の技術では再現が難しいと言われている複雑な欄間も、ロボットなら加工が可能。彫刻刀で削るような細工もできるようになってきました。
「さらに数種類の刃物を使いこなしたり、木の固さによって力加減を変えられたりする制御を覚えさせたいと思っています。人間が実際に使う刃物を、人間のように使いこなすロボットの開発が今後の目標です」

平沢研究室に飾られたロボット加工による欄間

現在はまだ実験段階といえるロボットによる加工ですが、より大きく頑丈な加工機を製作することで、実用的な部材の生産も夢ではありません。今後は実物大での加工が可能な研究開発環境を整備すると同時に、実際の修繕現場での適用実験を目指しています。
人工知能ならぬ「人工技能」を提唱する平沢教授のロボット棟梁。宮大工とロボットが共同作業として建築を行う未来がすぐ近くまで来ているのです。

千葉大学大学院工学研究科

平沢岳人(ひらさわ・がくひと)教授 博士(工学)
専門分野:建築におけるコンピュータビジュアライゼーション
     伝統木造建築のデジタルアーカイブの作成
平沢研究室ウェブサイトhttp://www.hlab-arch.jp/index.php

書いた人

1969年生まれ。一級建築士。建築をはじめ、さまざまなジャンルの取材をしています。魅力ある建築とおいしい食べ物を探す嗅覚には自信あり。建物も食も、つくった人の息づかいが感じられるようなものに出会うと心がときめきます。