今の状況が幸せなことに間違いはないけれど、もしかしたらもうちょっとだけいい思いができるかもしれない……。なんて欲を出した結果、今の幸せも希望も失ってしまった男がいました。彼こそが『源氏物語』の主人公、光源氏。権力も愛もほしいままに生きてきた華やかな人物、というイメージがある光源氏ですが、実は彼の晩年は暗いものでした。中でも最大の苦しみは、最愛の妻、紫の上(むらさきのうえ)の愛を失ってしまったことでしょう。
自らの抑えきれない欲望で晩節を汚してしまった、光源氏の陰の部分をご紹介します。
下心を抑えきれず、25才年下の妻を娶る
光源氏には、紫の上という最愛の妻がいました。しかし、40才という当時としては晩年に差し掛かる年齢を迎えてから、姪っ子で非常に高貴な身分の女三宮(おんなさんのみや)と結婚。この時女三宮の年齢はわずか14,5才です。
もともと光源氏は、この縁談を断るつもりでいました。しかし、長年恋焦がれていた藤壺宮(ふじつぼのみや)という女性と女三宮の血筋が近かったため、「もしや愛しのあの人に似てるのでは……」と下心が首をもたげて結婚に至ったのです。この結婚が、最愛の妻、紫の上の死期を早めてしまうとも知らずに。
幼妻が本当に幼くてガッカリ&不倫のダブルパンチ
憧れの藤壺宮に似ているのでは、という期待を胸に結婚したものの、女三宮は藤壺宮に似ていないどころか、ただ幼く子どもっぽい女性でした。これにガッカリする光源氏。幼妻を前に自分の老いも際立ちます。
しかも、女三宮は後に柏木(かしわぎ)という男と不倫関係に陥り、身ごもります。まさに泥沼です。これに光源氏は「この2人は年寄りをバカにして!!」と憤るのです。あの、キラキラ輝く若き日の「光源氏」とはまるで別人かのように、みじめで落ちぶれた男として読者の目に映ります。
最愛の妻に愛想を尽かされ「構ってちゃん」に
平安時代、貴族の男性が何人もの女性を妻として迎えるのは、ごく当たり前のことでした。とはいえ、プレイボーイとして名高い光源氏が交際した女性は数えきれないほど。紫の上は、光源氏の浮気に長年心を痛めてきました。
そんなプレイボーイも晩年に差し掛かり、そろそろ落ち着いて2人の時間を過ごせるのではと思った矢先、自分より高貴な身分の女三宮と光源氏が結婚。正妻の座を事実上奪われた格好の紫の上は、これまでになく心を痛めました。
それに追い打ちをかける光源氏。なんと、この状況で朧月夜(おぼろづきよ)という別の恋人にも会いに行ってしまうのです。この一件で紫の上は光源氏にすっかり愛想を尽かし、嫉妬する気にもならなくなってしまいました。そんな紫の上を前に光源氏は「あれっ、何で嫉妬してくれないの?」と戸惑い、自分から浮気を白状する始末。すっかり「構ってちゃん」になり下がってしまいました。
紫の上の死と女三宮の出家で独りぼっちに
不倫がバレて、光源氏に嫌味を言われながら出産した女三宮。不倫相手の柏木は、光源氏から嫌がらせを受けて心身を病み死亡。思い悩んだ女三宮は、幼い子どもと光源氏を残して出家してしまいました。
また、表面上は平静を装っていた紫の上ですが、心労がたたって病に倒れ、光源氏を残してこの世を去ります。衰弱していく紫の上を前に取り乱す光源氏を、紫の上はもはや達観したかのようなまなざしで見つめていました。そして、再び光源氏への愛に満ち溢れることがないまま命の灯を消してしまったのです。
あの時下心を出さなければ、紫の上と末永く幸せに暮らせたのかもしれません。しかし、全ては後の祭り。光源氏は大切な人を最後まで幸せにできぬまま、その心は独りぼっちになってしまいました。
紫式部が暗い晩年を書いた理由とは
人生も残りわずかとなると、光源氏のように最後の希望を求めて、取り返しのつかない失態を犯してしまうのかもしれません。若い時の失敗や過ちは美談として語られることもありますが、「晩節を汚す」という言葉があるように、年をとってからの失敗は許されないもののようです。
『源氏物語』の作者・紫式部は、「類まれなる玉のように美しい子」として生まれた光源氏に、なぜこのような暗い晩年を送らせたのでしょう。年を取ると理性が働きにくくなる、という話も聞きます。もしかしたら年老いていく自分自身、読者への戒めのためかもしれません。
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