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2019.08.15

富嶽三十六景とは?葛飾北斎が72歳で描いた代表作を徹底解説

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浮世絵の富士山といえば、誰もがこの絵を思い浮かべるはず。江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎。その代表作であり、2020年のパスポートの図柄にも選ばれた「富嶽三十六景」を徹底解説します。

富嶽三十六景とは、どんな作品?

富士山をさまざまな地域・角度から描いた、葛飾北斎の最高傑作「富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」。46図からなる錦絵です。
発表当時の北斎の年齢は、なんと72歳。
場所、季節、気象条件によって刻々とその表情を変えて行く富士山の姿を、類い稀なる想像力と演出の妙によってさまざまに描き分けた浮世絵ですが、実は、作品のすべてについて、彼が実際の風景を見て描いたわけではありません。北斎は、伝統の画題や過去の名所図絵に見られた構図を巧みに再構築して、この富士山の見える46か所の風景画を描き出しました。

版画でありながら、色鮮やかで描写も構図も自由自在なこの浮世絵は、19世紀に起こったジャポニスムによって、この作品は海外の人々にも知れ渡りました。日本のみならず、ゴッホやドビュッシーなど世界の芸術家にも大きな影響を与えたと言われています。

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代表的な8つの図を解説

1.富嶽三十六景 江戸日本橋

葛飾北斎は富士山をどこから見ていたの?「富嶽三十六景」を超分析!「江戸日本橋(えどにほんばし)」

江戸の中心だった日本橋。その橋を画面の手前に描き、川の向こうに江戸城を描いています。遠近法を駆使した一作。

2.富嶽三十六景 神奈川沖浪裏

DMA-U0010700L「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」

題名の「神奈川」は宿場のあった現在の横浜市神奈川区あたり。船は房総から江戸に鮮魚を運んだ押送船(おしおくりぶね)であることから、現在の「海ほたる」近辺の情景とされています。

3.富嶽三十六景 相州江の島

葛飾北斎は富士山をどこから見ていたの?「富嶽三十六景」を超分析!「相州江の島(そうしゅうえのしま)」

江の島は江戸時代の行楽地として、また弁財天信仰の聖地として人気の場所だった。引き潮を見計らって島に渡る人々を長閑(のどか)に描いています。

4.富嶽三十六景 甲州三嶌越

DMA-U0011500L「甲州三嶌越(こうしゅうみしまごえ)」

三嶌越とは甲府から籠坂峠(かごさかとうげ)を越え、御殿場を通って三島へと抜ける街道。峠付近にあった大木を象徴的に描き、見る者を惹き込みます。

5.富嶽三十六景 田子ノ浦

葛飾北斎は富士山をどこから見ていたの?「富嶽三十六景」を超分析!「東海道江尻田子の浦略図(とうかいどうえじりたごのうらりゃくず)」

山部赤人の名歌で知られる田子ノ浦から望む富士山。今は工場越しの風景となってしまいましたが、かつては名勝として知られていました。浜辺では塩焼きする人々が描かれています。

6.富嶽三十六景 諸人登山

DMA-U0273100L「諸人登山(しょにんとざん)」

当時大流行していた富士登山を象徴する一枚。山頂付近の岩室には富士講の人々。富士の峰が描かれない唯一の作品。

7.富嶽三十六景 甲州三坂水面

DMA-U0272700L「甲州三坂水面(こうしゅうみさかすいめん)」

現在の御坂峠(みさかとうげ)から見た河口湖と富士。不思議なことに岩肌が見える夏の富士なのに、水面に映る逆さ富士は雪景色。北斎の遊び心でしょうか。

8.富嶽三十六景 凱風快晴

DMA-U0270400L「凱風快晴(がいふうかいせい)」

シリーズ屈指の傑作として名高い通称「赤富士」。どこから見た風景かははっきりしていませんが、河口湖付近ではないかと言われています。

富嶽三十六景のここが凄い!5つの見どころ

1.北斎らしい奇抜で大胆な遠近法

その評判は、すべて異なる斬新な構図によるところが大きいのですが、北斎はそこに遠近法のマジックを用い、よりいっそう印象的に仕上げるというワザを隠しています。
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『冨嶽三十六景 尾州不二見原』
(ふがくさんじゅうろっけい びしゅうふじみがはら)

尾州不二見原の情景を描いた一枚で、富士山ははるか遠くに白く小さく描かれています。また、桶は斜め向きになっているのに、樽職人の体や桶の正面は平行になっていて、視座がはっきりしません。ですが、桶の丸い枠をフレームのように配しているため、主題である富士山は小さいながらも存在感があり、遠近の視座が混在していることで絵としてのインパクトも増しています。遠近法を手玉にとって、大胆で奇抜な構図をつくりあげるとは北斎おそるべし…。

2.小さいながら白が目を引き主役の貫禄

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遠くにある富士山を小さく描き、用いた色は白。これは冠雪を意味するのではなく、目立たせたい部分には白を効果的に用いていた葛飾北斎ならではのアイディアのひとつ。

3.まるで写真のようなフレーム使い

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ほぼ中央に描いた桶の丸い枠がフレームとなって、遠くの富士山の存在感を強調。それはまた、樽職人に引かれた目を主題の富士山へと導くための効果も与えている。

4.これまでの浮世絵にない配色

初夏の早朝、凱風(南風)を受けて一瞬赤く染まった富士山を切り取った『凱風快晴』。通称「赤富士」は『富嶽三十六景』の中でも珍しい、山の全景が描かれた2図のうちのひとつで、もうひとつの『山下白雨』、そして『神奈川沖浪裏』と並んで北斎の名を世界にとどろかせた名作です。
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『富嶽三十六景 凱風快晴』
(ふがくさんじゅうろっけい がいふうかいせい)

この絵が強烈なインパクトを与えた理由は、何よりもその配色にあります。赤い富士の山肌、鰯雲(いわしぐも)が広がる青い空、そして点描(てんびょう)とぼかし摺りを用いて緑がかった裾野(すその)の樹海。わずか3色で構成されたシンプルな絵は、彩色の美しさで耳目(じもく)を集めた錦絵の中にあってもひときわ鮮烈で、海外では驚きの目で迎えられたといいます。

5.世界を魅了した北斎ブルー「ベロ藍」

特に注目されたのは青空の澄んだ青。これは当時西洋からもたらされた人工顔料ペルシアンブルー、通称「ベロ藍」によるもの。『富嶽三十六景』の美しさの裏には、新たに開発された舶来(はくらい)の顔料があったのです。

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ベロ藍を用いた空は白い鰯雲との対照で澄みきった青を呈し、山肌を染める陽光は赤のグラデーション。樹海の緑は点描とぼかし摺りの技法を駆使。たった3色なのに、細部に技巧を駆使して深い余韻を漂わせたのが北斎のすごさ。ちなみにベロ藍とはベルリンでつくられたことから名付けられたもの。
※色見本は編集部が調査したものです。

ベロ藍についてもっと知りたい方は「富嶽三十六景から始まった「北斎ブルー」とベロ藍とは?」をぜひお読みください。

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