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2021.02.07

ダイアナ妃やフロイトが愛した超絶技巧の木版画って?「没後70年 吉田博展」6000文字レポート!

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明治後期~大正時代にかけて洋画家として画壇のトップまで昇りつめながら、昭和初期には一転して木版画の世界へと身を投じ、人気版画家となった吉田博(よしだひろし)。ダイアナ妃や心理学者のフロイトなど、海外の著名人の中にも熱狂的なファンがいたことで、近年特に人気化している画家の一人です。

そんな吉田博の没後70周年を記念した展覧会「没後70年 吉田博展」が、2021年1月26日からスタートしました。2021年度前半は、他会場でも笠松紫浪、川瀬巴水など同世代の新版画家を特集した展覧会が集中しているように、今木版画が非常に熱いのです。

実は3年前にもSOMPO美術館(旧館名:東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館)で「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」という大規模な展覧会が開催されていたのですが、非常に好評だったため、会期終了間際は詰めかけたアートファンですごい熱気でした。

このときの展示、私も行きました!

「吉田博ってこんなに人気なんだ?!」と驚いたことを覚えています。なので、本展の東京展開催が決まったというニュースをTwitterで知った時は、思わずスマホを片手にガッツポーズしておりました。

ということで、本当に楽しみにしていた吉田博展ですが、開幕日前日のプレス内覧会でたっぷり取材させていただくことができましたので、見どころをまとめてみたいと思います!

「没後70年 吉田博展」では木版画家としての画業に注目

展示風景

現在、新版画の系譜に連なる木版画家としては、川瀬巴水(かわせはすい)と人気を二分する吉田博。作家名でGoogle検索をかけた時、ヒットする記事数はこの二人が圧倒的にずば抜けています。

ですが、吉田博は、実は木版画のみに携わった画家ではありません。約50年強にわたる彼の画業を見渡すと、最初の30年間は水彩画や油彩画の制作を中心に活動し、明治後期~昭和前期を通して、画壇を代表する人気画家として活躍します。

会場展示パネルより

当時は、腕に覚えのある画家はみな美術団体に所属し、文展・帝展や博覧会での賞レースにしのぎを削った時代。吉田博は、黒田清輝を中心とする東京美術学校系の「白馬会」に対抗する「太平洋画会」の中心メンバーとして活躍した、バリバリの西洋画家でした。

え、最初から木版画をやっていたわけではないんですね。

彼が本格的に木版画制作をスタートさせたのは、1925年以降。年齢にすると…49歳の頃からですね。まさに50の手習い。昭和初期の日本人の男性平均寿命が45歳前後だったことを考えると、この決断は凄い。以降、戦後すぐに73歳で亡くなるまで、約260点もの木版画を世に送り出しています。

本展は、こうした彼の画業の中から、特に人気の高い木版画にフォーカスした展覧会となりました。木版画の人気作品・代表作を網羅し、前後期あわせて約200点の作品・資料群が楽しめる画期的な展示となりました。東京都美術館の広い館内を活かして、非常にゆったりと観られる展覧会となっています。

それでは、彼の木版画について、もう少し詳しくみていくことにしましょう。

はじめての木版画はクラファンの返礼品?!

「明治神宮の神苑」渡邊版

吉田博の木版画第一号は、非常に変わった作品でした。

「明治神宮の神苑」は、まるで日本画のようにしっかりと軸装されています。実は、本作は普通に売り出された作品ではなく、財団法人明治神宮奉賛会が、明治神宮外苑の諸施設造営のために募った寄付を領収した際の返礼品として制作された作品なのです。渡邊版画店の制作指揮の下、3000点限定で手がけられました。今でいうとクラウドファンディングの返礼品的な位置づけですね。それにしても本作、ドローンを飛ばして上から見下ろしたかのような俯瞰視点がちょっと面白いですよね。

この比率の中で描かれた俯瞰の視点って、スマホで見た映像のような感覚です。

「牧場の午後」渡邊版 千葉市美術館蔵 展示期間:1月26日~2月28日

以降、吉田博は絵画制作を続けるかたわら、原画を手掛けた新版画7点を渡邊版画店から発表。1925年以降に発表される私家版作品と違い、現存する作品数が非常に少ないため、オークションでも非常に高値がつくレア作品となっているようです。

自ら版元に!50歳でスタートした「自摺」の木版画で大勝負へ

会場展示パネルより

転機となったのは関東大震災。彼は、被災し、版木と大半の作品を失った渡邊版画店と太平洋画会の仲間を救う資金集めのため、約800点の作品を携えて1923年に2回目の渡米を果たします。そこで、自作も含めた作品を販売しているうちに、アメリカ国内での日本の木版画の人気を実感。彼の気持ちは急速に木版画へと傾いていきました。

このタイミングで木版画へと興味が移っていったのですね。

ただし、版元や彫師・摺師の意向がより強く反映される伝統的な版画制作のやり方では、自らの理想を追求するのが難しいと判断した吉田は、自ら版元となるべく、木版画研究をゼロからスタート。木版画の技法や、紙や版木、顔料といった素材について研究を深めていきます。

そこで生まれたのが、原画制作はもちろん、彫り・摺りの各工程を自らの監督下に行う、“自摺”による多色摺り木版画制作でした。摺り・彫りについては自らの監督下で専属の職人に依頼。自刻自摺にこだわり、いわば新版画と創作版画の製作工程を融合させた私家版のような方法による木版画で勝負することにしたのです。

工程にもイノベーションがあったとは!

「日本南アルプス集」より「露営 北岳間の岳」部分拡大

どの作品にも(厳密には自分独力で摺っていないにも関わらず)”自摺”と必ず刻印されている点に、吉田博の矜持を感じられますよね。

以降、キャリア晩年まで、世界中の山岳風景、日本各地の景勝地、アジアの国々など、風景を中心に幅広い画題で約260点もの木版画を手掛けました。

吉田博の木版画の凄いポイント6つ!

ポイント1:大迫力!従来の木版画を超える超特大サイズに挑戦!

「雨後の穂高山」福岡市美術館蔵

通常、浮世絵や新版画では縦39cm×横26.5cm程度の寸法の紙が使用されます。吉田博は伝統的な規格にとらわれず、それよりも遥かに大きな作品に挑戦。迫力ある大画面で叙情的な風景を描き出そうとしました。

画面のサイズも規格外!

しかしサイズが大型化することで、制作の難易度は一気に上昇。湿度・温度の違いによって、版木が反りや伸縮の幅が大きくなるだけでなく、紙の伸縮幅も大きくなるので、「見当」を合わせて正しく摺るのが格段に難しくなります。

「雲井櫻」

こちらの「雲井櫻」は、吉田博にとって特に思い入れの深い作品。若手時代から、何度も同じような構図で描いている自信作だったのでしょう。そろそろ春の訪れが恋しくなる今の時期、一足先に満開の桜を楽しめる傑作です!

版木

本展では、大型作品で使われた版木の実物が展示されていますが、これは必見。よくぞこれをぴったり和紙に合わせて何十回も摺りを重ねることができたな……とその難易度の高さに改めて驚かされました。

実物の版木、見逃せないですね……!

ポイント2:モネも真っ青?!色替え連作シリーズ!!

近代以降、西洋美術の世界では、同じ画題、同じ構図を元に、季節や時間帯などを微妙に変えて制作された連作の事例がいくつも見られます。よく知られているのは印象派の画家クロード・モネですよね。彼は画業のキャリア後半となる1890年代以降、「積みわら」「ルーアン大聖堂」「睡蓮」といった連作を描き、個展でズラリと並べて見せ、来場者を唸らせたといいます。

ふむふむ。l睡蓮、有名ですよね。

浮世絵の世界でも、北斎の「赤富士」に対して、富士山の部分に使う顔料を青に替えて摺られた「青富士」という作品などが存在します。(これは激レア!)
吉田博もまた、原画を構想する段階から、連作として作ることを意識して、同じ版木を用い、摺色を替える「別摺」という技法によって木版画を制作しました。

原画の段階から連作を構想していたとは……!


「瀬戸内海集『帆船』シリーズ」

本展でも、帝展にも出品された「瀬戸内海集『帆船』シリーズ」をはじめ、昼と夜の2タイプが並べて展示されている別摺の連作シリーズがいくつか展示されています。展覧会場でまとめて展示された連作を見比べることによって、さらに作品を深く楽しめそうです。連作は特に力作揃い。ぜひ注目してみてください!

「印度と東南アジア」シリーズより、「タジマハルの朝霧 第五」(左)、「タジマハルの夜 第六」(右)

ポイント3:摺師泣かせ?!平均30摺り以上の徹底した重ね摺り!

「絵の鬼」との異名を取るほど、徹底的に郊外でのスケッチを極めた吉田博。彼は、生涯で実に170冊以上の写生帖を残しています。徹頭徹尾こだわる姿勢は、木版画制作においても同じでした。

写生帖No.141

その平均30数回という摺数は、妥協を嫌った性格の賜物といえるでしょう。いや、もし自分が摺師だったら根を上げて逃げ出しているかも(笑)。吉田のこだわりをキッチリ体現する摺師の職人魂も凄いと思います。

さ、さんじゅうも!?

浮世絵の摺数が、せいぜい十数回程度だったことに比べると、これは驚異的。まるで水彩画のような湿潤な大気の質感、滑らかな色彩のグラデーションが美しい雲海や流水の表現をぜひ楽しんでみて下さい。

肉筆のような情報量の多さ! もはやアニメーションのようです。

「溪流」

また、岩場を流れ落ちる奔流をダイナミックに描いた大作「溪流」では、彫りも自らが担当。1週間無我夢中で彫り進めていたら、自分の歯がガタガタになってしまっていた…という強烈な逸話が残っています。色彩の美しさはもちろん、吉田博作品随一の「線」の細かさは見事ですよね。

繊細すぎてレース編みのよう……!

「印度と東南アジア」シリーズより「フワテプールシクリ」

もう1点吉田博ならではの表現技術をご紹介。

図録裏表紙にも採用されているこちらの「フワテプールシクリ」をご覧ください。

窓から差し込む夕陽の逆光を受け、民族衣装に身を包んだインド人たちが室内で佇む様子が描かれています。柔らかい光が室内に充満し、静寂で落ち着いた空気感までも伝わってきますよね。黄色~オレンジ~茶褐色までの同系色でまとめられ、繊細なグラデーションが美しい作品です。

しかし、これほど繊細な色合いの階調をどのように調整したのだろう……と思って調べたら、なんと本作では同系色の版を実に47回も重ね摺りしているのだそうです。まるで水彩画のような繊細な色使いは、まさに超絶技巧。派手さはないかもしれませんが、凄い技術力です。

ハンパない技術力とこだわりの賜物!

本作同様、対象を逆光で捉えた作品や、暗がりの中でおぼろげに浮かび上がる情景を扱った作品は、本作以外にもたくさんありますので、ぜひ会場内で探してみてくださいね。

ポイント4:西洋絵画仕込み?!奥行きのある遠近表現!

絵画における遠近表現は、いわゆる透視図法を使った「線遠近法」、色彩のバランスで表す「色彩遠近法」、濃淡で表現する「空気遠近法」など様々な手法がありますが、吉田博の作品では、いずれもの技術が高度に取り入れられています。

特に色彩の効果を最大限活用することで、しっかりと奥行きの感じられる構図を作っているのが見事でした。

「冨士拾景」シリーズより「朝日」

この作品、写真と見紛う奥行き感です!

いくつかの作品を鑑賞するうち、手前のものは暗く描き、遠くのものを淡く、明るく表現する手法を多用していることがわかります。特に、山をモチーフとした作品群では、遠くの山肌ほど明るくキラキラと描かれていることが多いので、自然と目線が遠景へと誘導されていくのですよね。

「米国」シリーズより「エル・キャピタン」/ヨセミテ国立公園内の有名な一枚岩の花崗岩。明るい光を受けてキラキラと輝く山肌を描いた本作は、特に印象的でした。

ポイント5:山を極めた漢にしか描けない山岳風景

「日本南アルプス集」より「露営 北岳間の岳」

次男に「穂高」と山の名を名付け、自らも「高山の美を語る」という著書まで出版してしまうほど山を愛してやまなかった吉田博。21歳の時に、まるで修行僧のような格好で、日本アルプスの山々を踏破しながら約2カ月間の山ごもり写生旅行を敢行して以来、海外・日本を問わず毎年のように名峰を自分の足で登って絶景を描き続けてきました。

書籍「山と水の画家 吉田博」安永幸一著(弦書房)P31より引用

『…何んでも高い山を見ると其テッペンを登り切らないと腹の虫が収まらないと言う一種の高山病乃至雷鳥の生れ代わりと謂うか、トモ角毎年高山に寝泊りして来ないと生甲斐がないそうであります。穂高や、富士なぞは自分の家の庭位に考えて居る用です』(「老友のエピソード」『太平洋』3号、昭和12年2月より引用)

なるほど、これじゃ雄大な山の風景を描いた作品が多くなるわけです。

「冨士拾景」シリーズより「山頂劔ヶ峯」部分拡大 展示期間:1月26日~2月28日

特に印象的だったのが、山頂からの眺めを写し取った雄大な景色と一緒に、山岳を登るワイルドな男たちを描いた登山風景。ダイナミックな雪渓や、強風にたなびく複雑な形の雲煙、武骨で壮大な稜線などは、山歩きに精通した吉田博にしか描きえない絶景です。

山を愛する気持ちが、圧倒的な表現につながっていたとは。

「穂高山」

ポイント6:5度の海外旅行で残した旅情あふれる世界各地の風景!

「北朝鮮・韓国・旧満州」シリーズより「北陵」

吉田博は非常に海外滞在歴の多い「旅する画家」でもありました。アメリカ、ヨーロッパ、インドとへと出かけた他、戦時中には戦争従軍画家として中国や朝鮮にも渡航。こうした異国の地で見聞きした内容も、詳細に写生帖に記録され、後にそれぞれ地域別の木版画シリーズへとまとめられました。

「印度と東南アジア」シリーズより「ベナレスのガット」

題材として撰ばれたのは、山岳風景をはじめ、景勝地の街並み、珍しい建築、現地の生活風景など多岐にわたります。

本展では、地域別に作品が展示されています。コロナでしばらく海外旅行に出かけられない昨今、本展で海外旅行に行ってきたような気分にも浸れます!個人的には「印度と東南アジア」シリーズに非常に心惹かれるものがありました。絵の中で描かれたエキゾチックなイスラム建築の迫力と美しさは絶品でした!

吉田博の作品で、GoTo海外した気分になれますね!

まとめ:ダイアナ妃もファンだった!海外のファンからも愛される吉田博!

会場展示パネルより

明治後期から昭和初期にかけての激動の時代、世界中を訪ね歩き、貪欲に制作を続けた吉田博。彼の生涯を振り返りながら本展の作品を見ていくと、その作品制作への信念の強さと、大胆な行動力に本当に驚かされます。

野生児のように山々を駆け巡った修行時代、片道分の旅費のみで出かけた冒険的な第1回渡米旅行、意外としたたかな商才、黒田清輝との対立、夏目漱石の「三四郎」への登場、GHQに相手に一歩も引かず、接収されそうになった自宅を守ったエピソードなど、吉田博には他にも魅力的なエピソードがいっぱい残っています。

作品展示とともに、こうした逸話もパネルや映像としてまとめられています。ぜひ、本展を通して吉田博の魅力的な人物像も感じ取ってみてくださいね。

展覧会基本情報

展覧会名:「没後70年 吉田博展」
会期  :2021年1月26日(火)~3月28日(日)
※会期中、一部展示替えがあります。
休館日 :月曜日
会 場 :東京都美術館 企画展示室(〒110-0007 東京都台東区上野公園8-36)
公式HP:https://yoshida-exhn.jp
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

書いた人

サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。

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我の名は、ミステリアス鳩仮面である。1988年4月生まれ、埼玉出身。叔父は鳩界で一世を風靡したピジョン・ザ・グレート。憧れの存在はイトーヨーカドーの鳩。

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