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2021.04.26

美術記者&アートラバー厳選!絶対に押さえたい「葛飾北斎の作品」はこれだ!

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葛飾北斎は、世界で最も有名な日本人の画家として知られている。中でも必見の名作を見てああだこうだ言っているのは、アートトークユニット「浮世離れマスターズ」のつあお&まいこの2人である。イギリスの大学への留学歴を持つまいこによると、「留学生や英国の学生の間でも、”I love Hokusai”って感じで、北斎はダントツに人気だったんですよ!」という。

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて、この2人の手、じゃない口にかかると、北斎の名作はどんな風に語られるのだろうか?

今までにない新鮮な記事ですね!ほんの少し合いの手でお邪魔します。

映画『HOKUSAI』公式サイトはこちら
葛飾北斎の情報を集めたポータルサイト「HOKUSAI PORTAL」はこちら

北斎の波はもともと怪物だった?!

葛飾北斎『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』 1825〜38年、シカゴ美術館

つあお:葛飾北斎の波の絵(『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』)って、やっぱり凄い迫力ですよね。

まいこ:舟が何艘か描かれてるけど、こんな波に立ちはだかられたら本当に怖いと思う。

確かに、冷静に考えてこんな波がリアルに現れたらこわすぎる。

つあお:この舟の人たちがみんなサーファーだったら大丈夫かなぁ。

まいこ:確かにサーファーだったら、むしろこの上に立っちゃいそう!

つあお:ハワイの映像とかでもこんな湾曲の波をときどき見るような……。

まいこ:波の壁がほぼ垂直に立ってる部分もあって、ホントに激しいですね。

つあお:実はね、北斎のこの大きな波の描写に関して、たわくし(=「私」を意味するつあお語)は一つの仮説を立ててるんですよ!

まいこ:なになに? どんな仮説ですか?

つあお:『北斎漫画』に、これとよく似た怪物が描かれているんです。

まいこ:怪物ですか!? 『北斎漫画』にそんな図柄があるとは知りませんでした。見てみたい!

葛飾北斎『北斎漫画』十編より「祐天和尚」 1819年、浦上蒼穹堂

つあお:「祐天和尚」というページの絵です。『神奈川沖浪裏』で舟に襲いかかっている波が、まさにこの『北斎漫画』の和尚さんに襲いかかっている怪物のように見えませんか?

まいこ:ホントだ! 2枚の作品を並べて引きで見ると、大波と怪物が相似形ですね!!

新しい視点!私も知りませんでした。

つあお:北斎は、ほかの画家が絵を描く参考になる「絵手本」として『北斎漫画』を出版した。結局それを自分で絵を描くために使っちゃったっていうのが、けっこう面白いなと思ってるんです。

まいこ:描いてみて、あまりに絵手本の図柄として秀逸だったから、自分でも使ったのですかね? 絵手本の使い方のお手本を自ら示したことになりますね!

つあお:たとえば怪物の顔の凄さとか襲いかかる手の感じとかが、結構リアルに波の形に表れている。だからこの波は怖いんだと思う。

まいこ:ぱっと見には大きな腕が2本ある怪物のように見えますね。波を細かく見ると、今度はそんな形をした手がいっぱいある感じです。

つあお:おお、フラクタル! 大胆な構図をとってるのが凄い絵なのに、結構細かくいろいろ描き込んでもいる!

フラクタル=部分と全体とが同じ形となる自己相似性を示す図形。
(出典:デジタル大辞泉)

まいこ:最初に『神奈川沖浪裏』を見た時に、何でこんな荒波の中、小舟でたくさんの大人たちが波の中にいるんだろうと不思議に思ったんです。

つあお:理由はわかったのですか?

まいこ:ずっと前にテレビで見たのですが、釣ったばかりのカツオを鮮度が高いうちに届けようと、全速力で日本橋の魚市場を目指す高速艇ということでした。早く届けるほどお金になるからということだったと思います。

つあお:それ、ホントなんですかね? お金のためにここまでの冒険するなんて。ホントだったとしたら、凄い話だな。

まいこ:私もその命がけの心意気にくらっときました。

つあお:そもそもこの絵、富士山をテーマにしたシリーズなのに、富士山が波の一部にしか見えないほど小さい。面白いですよね。

まいこ:富士山の色も青と白で、波の色とまったく同じ。まるで波の一部みたいですね。

つあお:ホント、素晴らしいデザインセンスだと思いますよ!

有名な『神奈川沖浪裏』でも人によってこんなに解釈が違うなんておもしろいですね!

北斎は鳥の目を持っていた?!

葛飾北斎『冨嶽三十六景 凱風快晴』 1825〜38年、メトロポリタン美術館

葛飾北斎『冨嶽三十六景 山下白雨』 1825〜38年、シカゴ美術館
それぞれ赤富士、黒富士の名で有名な二作品!

つあお:富士山をででーんとでかく描いた『凱風快晴』と『山下白雨』、それぞれが名作なんだけど、並べてみると別の面白さが見えてきますね。

まいこ:確かに! この2枚、構図はほぼ同じように見えるのに、富士山の色も空の表情も全然違う。

つあお:「赤富士」として有名な『凱風快晴』のほうは、結構べったりとした平面的な絵だけど、『山下白雨』のほうは割と立体的に見える。この違いは、比べるとよくわかる。

まいこ:『山下白雨』は左側にちらっと遠景が見えたりして、まるで飛行機の上から眺めてるような感じですね!

つあお:そうか、北斎は鳥の目を持ってたのかも。

まいこ:飛べなくても想像で描けてしまうところが凄い!

つあお:やっぱり一流のクリエイターは素晴らしいなぁ。ラクガキスト(落書きを趣味にしていることから、勝手に自分で名乗っているつあおの肩書)のたわくしはもうタジタジです。こうなったら恐山に行って北斎の霊に弟子入りしようかな。

まいこ:(ラクガキストの戯れ言は聞かないふりをして)それにしても、赤富士のほうは空の青と裾野の緑に挟まれているから、コントラストがはっきりしてますね!

つあお:緑と赤は一番対照的な色なんですよね。

まいこ:よく「補色」って聞きますけど、その2色はクリスマスカラーですね。

つあお:北斎は時代を先取りしていたっていうことですかね。

まいこ:センス抜群! 空の青も何か特別なものなのでしょうか?

つあお:この青は、当時ヨーロッパから輸入した「プルシアン・ブルー」という絵の具なんだそうですよ。

まいこ:それまで日本にあった青色と何が違うんですか?

つあお:鮮やかさだと思います。だから富士山の赤が映えるわけです。

まいこ:なるほど! 緑と同じくらい赤を映えさせる青ですね! 今気がついたんですけど上空は夜のように青が深いですね。

つあお:浮世絵は摺師のグラデーションの技術が素晴らしかったので、深い青からだんだん浅い青になるのは、腕の見せどころなんだと思います。

まいこ:へぇ。

つあお:でも北斎はひょっとしたら、この絵では宇宙を描いたのかもしれないなんてことを、まいこさんの言葉から想像しました。

まいこ:宇宙!! 江戸時代にすでに宇宙に想像が入っていたなんて、とっても北斎らしいかも!

つあお:『山下白雨』には、裾野のほうに何か変な線が入ってる。これも、普通の地球にはなさそう。

まいこ:幾何学模様に見えます。どうやら稲妻のようですよ。

つあお:なるほど。富士山は背が高いから、雷様が頂上よりもずいぶん下のほうにいても不思議じゃないってことか。

まいこ:そういうことなのですね。普通の稲妻の形をしてないのと、上空から来てないのとで、ぱっと見には分かりにくいかも。

つあお:やっぱり北斎は鳥の目を持ってたんだ。じゃないと稲妻はこんな風には見えない。この形はデザインとして見ると、また素晴らしいですね。

まいこ:そうなんですよ。このデザインセンスは現代にも生かされていて、すみだ北斎美術館のロゴにもなってるんですよ!

稲妻の描き方かっこいい。私もこんな風にセンス抜群になりたかったなぁ…。

滝の絵に異世界への出入り口が見える

葛飾北斎『諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧』 1828〜38年、シカゴ美術館

つあお:北斎はデザインの天才でもある。その視点では、この滝の絵も、とっても面白いと思います。

まいこ:この絵をじっと見ていると、滝の上に鏡の国があるような気になってきます。

つあお:ホントですね。この丸い水の出口、すごくシュールだなぁ。

まいこ:江戸時代に描かれたということが信じられないくらいです。

つあお:周りの、植物が生えたところがなかったら、何を描いたのかがわからない抽象画のようにしか見えないかも。

まいこ:滝の上の丸い水の出口が、実在するとはとても思えない。不思議すぎます。異世界にワープできそうな感じにも見えます。

つあお:戻ってこれなさそうで怖いなぁ。

まいこ:意外と現代と江戸を行き来できたりして楽しいかもですよ!

確かにワープできちゃいそう!北斎もしてたりして?

つあお:よく見ると、横に結構な高所で滝を見物してる人がいますね。ひょっとして「滝見」なんていうレジャーがあったんですかね?

まいこ:現実にそんなレジャーがあったらびっくりです!

つあお:やっぱりそんなレジャーも北斎の想像力が作ったものだったのかな。滝は信仰の対象になることもあったから、わざわざ拝みに行く人々はいたでしょう。修行僧による滝行という滝に打たれる修行もあったし。

まいこ:神秘的!

つあお:でも、この作品に描かれた人たちは、ござのようなものを敷いているからやっぱり見物に来てるのかも。北斎って、こんな絵を描いて人をびっくりさせるのが好きだったんじゃないかな。

まいこ:あはは! 私、北斎の思うがままになってますね。北斎は、今の時代なら人気の映画監督とかにもなれそう。こんなに険しく上空何百メートルに見える場所で、人々は軽装だし悠長にお酒を飲む準備をしてる!

つあお:酔っ払ってここにいたら、きっと危ない(笑)。

まいこ:ゾクっとします! でも私は何となく、酔っぱらって落ちそうになったら、あの滝の上の丸い空間が吸い上げて助けてくれるような気もしますよ。

つあお:そうか。滝は一種の怪物なのかと思ってたけど、実は神様だったのかな。

まいこ:この滝はきっと女神ですよ。

つあお:おお。だったら、たわくしもこの人たちと一緒に滝を見ながらお酒を飲みたいと思います。

北斎の作品世界を再現した映画とか観てみたいなぁ。

見ているだけで美人になれる

葛飾北斎『合鏡美人図(あわせかがみびじんず)』 1804〜30年頃、個人蔵
見ているだけで美人になれる。マジすか?

つあお:葛飾北斎と言えば風景画が有名だけど、実は結構いい美人画も描いてるんですよ。たわくしは、この『合鏡美人図』を見て、ちょっとゾクッとしました。

まいこ:黒い薄手の羽織物を着た女性の後ろ姿、すごく美しい!

つあお:この絵、実は版画じゃなくて肉筆画なんです。

まいこ:北斎自身の筆で描かれた、この世に1点しかない作品ということでしょうか?

つあお:そうです。北斎など浮世絵師の有名な作品はほとんどが木版画。北斎が描いたのは、実は下絵の輪郭線だけだったんです。彫師とか摺師の力を借りて、あの美しい風景画などの作品ができていたわけです。

まいこ:ということは、有名な「冨嶽三十六景」シリーズも、彫師や摺師との合作なのですね! でも、『合鏡美人図』は、北斎が一人で描いたということですよね。

つあお:そう。だから、筆の跡が作るマチエールに、木版画とは別の味わいが出ているんです。

まいこ:筆遣いで特に面白いなと思ったのは、着物の襟のあたりのもにょもにょとした線と、着物の切れ目から足と一緒にちらりと見える下着のような布のもにょもにょの線です。

つあお:おお、ダブルもにょもにょ! 確かに、細かいところの描き込みがホントに凄いですね。一番上に羽織ってる着物の曲面の描き方も魅力的だ。

まいこ:そもそもこの女性、実際にこんな姿勢をしたら背骨がボキボキいいそうなくらいの反り方です。足も、右足を踏み出して左足をかなり後ろに引いているように見える。でもそうしてできた曲線が超色っぽいなと思います。

つあお:おお、いいところに目をつけましたね。こうした極端な反りって、多分北斎はすごく好きだったんだと思うんですよ。風景画でもときどき極端な反りのような造形があるんですよね。

反り!美人画って描いた絵師によって美人の基準(?)が違うみたいで面白いなぁ。

まいこ:なるほど〜! 歌舞伎で見栄を切るような劇的な雰囲気を感じちゃいます!

つあお:まいこさん、ぜひこの反りを真似してみてください。

まいこ:無〜理〜。子どもの頃から体がカチコチに硬いので、まずはヨガ教室に通ってからトライしたいと思います。でもこんなにセクシーになれるなら、私はベストを尽くしますよ!

つあお:期待しちゃうなぁ。あと、この絵では鏡に映る顔を見て初めてその美貌が見られるっていうすごくこじゃれた仕掛けになっているのも、なにげにいけてます。

まいこ:本当ですね。北斎は演出家としても素晴らしい才能を持ってたのではないでしょうか! 前の手と後ろの手両方で鏡を持っていますね。

つあお:だから「合鏡」っていう言葉がタイトルに入ってるんだ。後ろに持った鏡の背面の模様も、すごく美しい。

まいこ:北斎マジックですね! 鏡の後ろの漆と金の豪華さが髪に憑依しています!

つあお:多分この美しさは、見ているまいこさんにも憑依しますよ。

まいこ:見てるだけで美人になれるとは、なんて便利な! ドラえもんの道具の一つに加えられそう!

まいこセレクト/『迦陵頻伽』

葛飾北斎『迦陵頻伽(かりょうびんが)』1820〜33年、メトロポリタン美術館

『合鏡美人図』は生身の女性でしたが、『迦陵頻伽』は、上半身が人で、下半身が鳥の想像上の生物。極楽浄土に住むとのことで、カラフルな色使いと絢爛豪華な優雅さは「浮世離れ」感に満ちあふれている! ということで、「浮世離れマスターズ」としてもイチオシの作品。
たなびく羽衣と長いしっぽが描く無数の弧が、身体や手指の曲線と共鳴していてフェミニンですね~。『合鏡美人図』もそうだったけど、フェミニンな色香を発散させるには、身体や装飾品を駆使して曲線をたくさん作るのがコツなのかもですね!

北斎ってこんな作品も描いていたんだ!

つあおセレクト/『百人一首うばがゑとき 藤原道信朝臣』

葛飾北斎『百人一首うばがゑとき 藤原道信朝臣』 1835年頃(オリジナル) 大江戸木版社による復刻版

藤原道信が詠んだ次の和歌に想を得て制作された錦絵。

おおっシックでかっこいい感じ!

 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら
  なほ恨めしき あさぼらけかな

夜明けとともに女性のもとから去らねばならないことを嘆いた男性の心情がよくわかる恋歌が、実に味わい深い絵画となって表されている。つあおは特に、手前が薄暗く、遠くに夜明けの色が見える絶妙な光の表現に感心している。百人一首のシリーズは、百首すべてを題材にした錦絵の制作が計画されていたと考えられるが、何らかの事情で27点にとどまったという。なお、復刻版はオリジナルから下絵を取って彫師と摺師の手を経て制作されるので、オリジナルと同じ味わいを持つ。

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『冨嶽五十六景 護自裸黒猫観音』 2016年

ゴジラのような怪獣に化けてしまった荒波の上に観音様になったつもりでいる黒猫が乗って悟りを開いたと勘違いしている風景。Gyoemonはこのシリーズを56枚描くつもりでいるが、まだ本作以外はできていない。

シュール…

5月28日(金)劇場公開! 映画『HOKUSAI』

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

工芸、彫刻、音楽、建築、ファッション、デザインなどあらゆるジャンルで世界に影響を与え続ける葛飾北斎。しかし、若き日の北斎に関する資料はほとんど残されておらず、その人生は謎が多くあります。

映画『HOKUSAI』は、歴史的資料を徹底的に調べ、残された事実を繋ぎ合わせて生まれたオリジナル・ストーリー。北斎の若き日を柳楽優弥、老年期を田中泯がダブル主演で体現、超豪華キャストが集結しました。今までほとんど語られる事のなかった青年時代を含む、北斎の怒涛の人生を描き切ります。

画狂人生の挫折と栄光。幼き日から90歳で命燃え尽きるまで、絵を描き続けた彼を突き動かしていたものとは? 信念を貫き通したある絵師の人生が、170年の時を経て、いま初めて描かれます。

公開日: 2021年5月28日(金)
出 演: 柳楽優弥 田中泯 玉木宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高 辻本祐樹 浦上晟周 芋生悠 河原れん 城桧吏 永山瑛太 / 阿部寛
監 督 :橋本一 企画・脚本 : 河原れん
配 給 :S・D・P ©2020 HOKUSAI MOVIE

公式サイト: https://www.hokusai2020.com

主要参考文献

小川敦生「世界の画家の手本になった『北斎漫画』」(『日経ビジネスオンライン』2017年11月4日公開記事)

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

この記事に合いの手する人

1995年、埼玉県出身。地元の特産品がトマトだからと無理矢理「とま子」と名付けられたが、まあまあ気に入っている。雑誌『和樂』編集部でアルバイトしていたところある日編集長に収穫される。趣味は筋トレ、スポーツ観戦。