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ART

若冲VS蕭白 同時代を生きたライバル対決!

ふたりの奇才が放った空前絶後の超絶技巧

伊藤若冲『旭日鳳凰図』VS曾我蕭白(そがしょうはく)『鷹図』

『鷹図』を描いた曽我蕭白は若冲と同じく京都の商家に生まれますが(14歳下)、実家が没落したため、生活の糧を得るために画家になります。当時の京都では、「奇」なる精神をもつ者こそ「聖人」に近いという中国的思想が流布していたこともあり(蝦蟇仙人や鉄拐仙人に象徴される)、彼は自ら進んで「奇」を演じ邪道に走る絵師としてその名を馳せました。
 
その意味でも若冲とは対照的な人生を歩んだのですが、このふたつの絵に記された賛(さん)をくらべてみても、ふたりの人となりの違いが象徴的に浮かび上がります。

▼画像スライドで名画比べ!


左 曽我蕭白、右 伊藤若冲

蕭白の絵には目立つように「我は明の皇帝の子孫にして曽我蛇足(室町時代の有力な画系・曽我派の絵師)の直系」とあり、自らの出自を声高に主張(すべて自称)しているのに対し、若冲のほうは遠慮がちな大きさで「花鳥は実物をよく観察して描くべきだが、鳳凰は見られないのだから他の絵を参考にした」と、真の物に対して描くことを是としているのにできないことを詫びているかのような賛なのです。

しかし、普段の素行も性格も境遇も対照的に過ぎるふたりですが、こと絵の中に展開される超絶技巧という点では大いなる近似性を感じないわけにはいきません。はたして両者は京都の街中で顔を合わせたことがあったのでしょうか?そんなことを想像するのも楽しい対決です。

曽我蕭白『鷹図』

曽我派につらなると自称していた蕭白は、曽我派の特徴的な絵である鷹の絵を数多く残している。現存することが確認される着色の鷹図は3点と少ないが、本作ほど背景に至るまで精緻(せいち)で多彩な描写が施されたものはない。スクリーンショット 2017-05-19 14.10.46一幅 紙本着色 136.3×59.0㎝ 江戸時代・明和1〜4(1764〜67)年ごろ 香雪美術館蔵

伊藤若冲『旭日鳳凰図』

若冲40歳の作。絵師に専念し始めた直後にしてこの力量はどうだ。波打ち際の岩上に並ぶ雌雄(?)の鳳凰の羽根の細緻な描写と、妖しくも艶めかしい表情が、若冲の実力を物語っている。スクリーンショット 2017-05-19 14.10.55一幅 絹本着色 185.5×113.8㎝ 江戸時代・宝暦5(1755)年宮内庁三の丸尚蔵館蔵

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