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濱田庄司記念益子参考館

ART

栃木県・濱田庄司記念益子参考館はこんなところ!

全国個性派美術館への旅、今回ご紹介するのは濱田庄司記念益子参考館です。

益子の奥座敷に広がる「暮らしと仕事」が見える美術館

濱田庄司記念益子参考館

民藝運動の中心人物として活動し、重要無形文化財保持者(人間国宝)にも認定された陶芸家、濱田庄司は、益子焼(ましこやき)を世に広めた人でもあります。陶芸家の道を志した濱田は、現在の東京工業大学卒業後、京都市立陶磁器試験場に入り研究を行いますが、20代半ば、日本の工芸に閉塞感を感じていたこともあり、イギリス人の陶芸家バーナード・リーチの帰国に同行し、英国で作陶を始めます。ロンドンでのギャラリーで個展を成功させるなど活躍し、3年後に帰国。英国の田舎町で見たライフスタイルに感銘を受けた濱田は、田舎の暮らしを望み、生活の地として選んだのが益子でした。1977年に開館した「濱田庄司記念益子参考館」には、当時の家もそのまま展示しています。また「参考館」という名のとおり、自身の作品だけでなく、彼が蒐集し、作品作りの“参考”にしたコレクション約2000点も所蔵。

濱田庄司記念益子参考館2018年2月には2回目の「濱田庄司登り窯復活プロジェクト」が行われ、今回は近隣の85人の作家が参加した。

美術館は山の斜面全体に広がっています。敷地内には展示館は5棟あり、工房、登り窯なども展示。濱田が住んでいた家は、近くの農家から移築してきた大正時代の古い建物。暮らしの息づかいを感じる建物に惹かれ、また社交的な性格のもち主でもあった濱田は、建て替えや代替わりする家などを近くの村で探しては自ら交渉して移築したといいます。土地に根付いたものを多く蒐集した濱田にとって、家もひとつのコレクションだったのかもしれません。

濱田庄司記念益子参考館茅葺き屋根の4号館。濱田庄司の別邸を展示し、家具や食器類などの収集品を公開。

展示室には、アフリカの先住民が使っていた暮らしの道具、沖縄の山奥で見つけた工芸品など生命力に満ちた作品が数多く並びます。なかでもネイティブアメリカンによるミミズクの素焼きは、かわいらしいなかにもたくましさを感じるもので、訪れた人たちに人気です。

濱田庄司記念益子参考館かわいらしい佇まいは訪れた人にも人気。

現在は「没後40年記念 濱田庄司の歩んだ道」展を開催中。自身も「京都で道をみつけ、英国で始まり、沖縄で学び、益子で育った」と言うように、濱田の作品には、時代ごとに過ごした土地の雰囲気や技法が生かされています。展覧会では、京都の陶磁器試験場で顔料ゴスの研究をしていたころの「染付面取鉢(そめつけめんとりばち)」など貴重な作品も見ることができます。

濱田庄司記念益子参考館試行錯誤しながら個人の作風を探った初期の作品。

益子の奥座敷ともいえる場所に位置する美術館をゆったりめぐり、帰りには近隣の窯元を訪ねるのも楽しそうです。

濱田庄司記念益子参考館

濱田庄司記念益子参考館

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