オランダ黄金時代の代表的画家“ヨハネス・フェルメール”と江戸時代の天才絵師“伊藤若冲”。ふたりが描いた作品はどれも人々を魅了する名画ばかりです。その理由はどこにあるのでしょうか……。
和樂INTOJAPANでふたりの名画をズームアップし、魅力を探ってきたシリーズの第3回は、「黒」に隠された共通性をとおして、それぞれの名画にズームアップし、隠された「黒の秘密」に迫ります。
フェルメール「デルフトの眺望」×若冲「乗興舟」
Q.ふたりの風景画はどうして同じような心地よさが感じられるの?
フェルメールの「デルフトの眺望」には優しい空気が流れ、若冲の「乗興舟(じょうきょうしゅう)」には優美なモノクロの世界が描かれています。両者に共通する心地よい空気感はいかにしてつくり出されたのでしょうか。
A.秘密は黒のぼかしテクニック
フェルメールの、17世紀オランダで描かれた運河沿いの景色と、若冲が表した、京都と大坂をつなぐ淀川沿いの情景。この2枚の風景画に共通する人の気持ちを和ませる空気感の秘密は、実は黒のぼかしテクニックにありました! そのポイントをそれぞれの絵をズームアップしながら説明します。
ウェットインウェット技法を駆使したフェルメールの「デルフトの眺望」
「デルフトの眺望」の心地良い空気感をつくっているのは、画面の7割を占める夏の青空と、詩情あふれる街並み。その街並みにズームアップしてみましょう。
ヨハネス・フェルメール「デルフトの眺望」 油彩・カンヴァス1660~1661年 96.5×115.7㎝ マウリッツハイス美術館 西洋の風景画史上、最高峰とも称される名作。場所はデルフト南部のスヒーダム港。朝日に白く輝く塔は新教会。
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●影にズームアップ! ▼
フェルメールは古い建物の質感を出すため、黒の顔料に砂を混ぜて厚塗りをしました。さらに、絵具が乾かないうちに絵具を重ねてぼかす「ウェットインウェット」の技で、しっとりした“影の景色”を描写。この影と、朝の光に輝く建物との美しい対比が、風景に情緒をもたらしているのです。水面に揺れる影と船のしっとりした質感で、雨上がりの朝のような空気感を表しています。
●街並みにズームアップ! ▼
雨に濡れたような黒が、実はこの絵に詩情をもたらしています。古い煉瓦のゴツゴツした質感は、砂を混ぜた顔料で表現しています。
若冲は京友禅の技法をヒントにして「乗興舟」を描いた
伊藤若冲「乗興舟」 [部分]一巻 紙本拓版 江戸時代・明和4(1767)年 28.3×1160.0㎝ 大倉集古館 盟友、大典和尚とともに淀川下りを楽しんだ際の風景を表した。添えられた漢詩は大典の作。
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片や、若冲の「乗興舟」は、川下りの舟から見た景色をうつした「拓版画」。従来の版画とは違い、光と影を反転させたような画面が特徴です。若冲が試みたのは、京友禅からヒントを得たと思しきぼかし技。この優美なぼかしによって、春の陽気をも感じさせるモノクロームの世界を現出させました。
●民家にズームアップ! ▼
●川にズームアップ! ▼
「乗興舟」は、若冲が拓版画を手がけ始めた時期の作です。拓版画とは、絵柄を彫った板に濡らした紙を置き、凹んだ部分に紙を押し当てた後で、表から墨を塗る技法です。彫った線は白く残り、地の部分は黒になります。この絵のすごいところは、薄墨と濃墨による“ぼかし”の表現です。着色した染料の境目を丸刷毛で伸ばす「京友禅」の技法を使ったのでは、ともいわれています。
フェルメール「婦人と召使い」×若沖「葡萄図」
Q.2作に共通するファンタスティックな雰囲気は一体…?
黄色のガウンが印象的なフェルメールの「婦人と召使い」、流れるような葡萄の枝が味を出す若冲の「葡萄図」。この2枚のファンタスティックな雰囲気を作り出している技法は?
A.「黒と墨の輪郭線」の使い方が、まさに超絶マジック!
背景の黒と輪郭を融合させたフェルメール
「手紙には何が描かれているの?」「ええ、奥さま、実は…」。暗闇に浮かびあがるふたりが醸し出す、芝居の一場面のような空気感。「婦人と召使い」が見せるファンタスティックな雰囲気の正体は何でしょうか?
ヨハネス・フェルメール「婦人と召使い」 ©Bridgeman Images/PPS通信社 油彩・カンヴァス 1667年頃 90.2×78.7㎝ フリック・コレクション 室内画なのに窓や窓からの光が描かれていない、フェルメールには珍しい作品。背景に「黒」以外の要素がない分、どんな物語が繰り広げられているのか想像がふくらむ。
その秘密を解き明かすべく、輪郭線を拡大してみたのが下の写真です。毛皮のついた黄色いガウンが暗闇に溶け込んで見えますが、これこそがフェルメールのマジック。モチーフの輪郭部分と背景の黒を絶妙に重ねることで、幻想的な世界を演出しています。
●黄色いガウンにズームアップ! ▼
黄色いガウンを着た婦人の肩のあたりの輪郭の部分は、背景の黒を薄く重ねているのがわかります。フェルメールは、微妙なグラデーションをつくることで、“人物と空間が溶け合うような世界”を描き出すのを好みました。特に1660年代の室内画には、この輪郭マジックがよく用いられています。
若沖は輪郭を描かずに形を表した
伊藤若冲「葡萄図」 [部分]一幅 紙本墨画 江戸時代・18世紀 118.2×28.5㎝ エツコ&ジョー・プライス コレクション 署名は景和。比較的初期の作品と考えられている。細長い画面の両端から葡萄の枝を伸ばすことで、空間にリズムを生み出した。
輪郭線マジックを駆使した黒の名作といえば、若冲の「葡萄図」が挙げられましょう。右へ左へと奔放に伸びる枝が印象的なこの水墨画。用いられているのは、輪郭線を引かず、墨の濃淡だけで形を表す没骨法(もっこつほう)です。近寄って見ると、輪郭線が無いだけでなく、実や枝葉が重なる部分も白く塗り残されています。こうして描かれているから、葡萄図には、のびやかな生命力だけでなく、空間をたゆたうような浮遊感も感じられるのです。
葡萄の葉や蔓にズームアップ! ▼
没骨法で描かれた葡萄の葉や蔓。没骨法とは、輪郭を引かず、墨や絵具の濃淡だけで対象物の形を描く技法。若冲は、葉や実が重なる部分も白く塗り残し、墨色のグラデーションとの合わせ技によって、立体感を表しています。また、奇妙な形の枝や虫喰いの葉もそのまま描写。自然がもつ生命の輝きを表しました。