美術史家マドセンが日本に感動した理由
「日本の画家たちのモチーフはシンプルで、私たちの趣味からすると、絵にはむしろ少なすぎるくらいだ。鳥が枝にとまっている様子や、ネズミが2匹、植物、魚など、それで十分なのだ。
——しかし、小さなものの中に偉大さが隠されていることを、私たちは今まで本当に知らなかった。そのことを教えてくれたのは日本の画家たちだった」
(カール・マドセン著『日本の絵画』1885年)
美術史家カール・マドセン(1855–1938年)が、スカンジナビア語で日本美術についての書籍『日本の絵画』を初めて発表した同じ年、彼の親友カール・イェンセン(1851–1933年)は、ある大きな油絵を描きました。それは『静物画。背景にアマテラスの再来の日本の描写』という題で、後にデンマークの静物画におけるジャポニスムの代表作の一つとなりました(図1)。
図1 カール・イェンセン『静物画。背景にアマテラスの再来の日本の描写』(油彩、1885年。個人蔵)© ブルーン・ラスムッセン・クンストオークション
Fig. 1 Karl Jensen: Nature Morte. Som Baggrund en japansk Fremstilling af Ameterassus Gjenkomst, oil on canvas, 1885. Private collection. @ Bruun Rasmussen Kunstauktioner
当時の多くの「ジャポニスト」たちと同様に、イェンセンも日本を訪れたことはありません(図2)。実際、彼が日本と最も近い関わりを持ったのは、同じく日本を訪れたことのなかったマドセンを通してでした。しかし、マドセンは日本(そして中国)の芸術をスカンジナビアに広める役割を果たし、いくつかの展覧会を行い、それについて詳しく執筆しました。それによって、デンマークという国を、フランスやドイツ、イギリスのような国々と肩を並べる存在にしようと試みたのでした(図3)。
図2 N.E. シンディング:カール・イェンセン(1876年。デンマーク王立図書館蔵)
Fig. 2 N.E. Sinding: Karl Jensen, 1876. Collection of the Royal Danish Library
図3 カール・マドセン(写真家不詳、年代不明)
Fig. 3 Photographer unknown: Karl Madsen, undated.
行ったことのない国「Japan」を想像しながら
マドセンはイェンセンに、東洋、特に日本の芸術や文化の世界を紹介し、彼の美術コレクションの品々が、イェンセンの静物画の焦点となりました。
1876年7月、マドセンは「グランド・ツアー」でパリを訪れ、フランスのジャポニスムの重要人物のひとりであるパリの美術商シーフリード・ビングに出会いました。マドセンはビングから日本(および中国)の物品を多く購入し、それを1879年の秋にデンマークへ持ち帰りました。 これらのコレクションには、江戸時代中期から明治時代初期にかけてのものが含まれ、印籠、茶入れ、酒器、陶磁器、書道用具、根付、楽器、かんざし、織物、掛け軸、浮世絵、書物などアンティークと土産品が混じった品々でした。イェンセンは、自身の絵にどの品物を取り入れるか、実に豊富な選択肢を持ってこの絵を描いたと言えるでしょう。
描かれた品々は今、国立博物館に
あらためてイェンセンの静物画を見てみます。まず、青緑色の絹の布の上に「ランダムに」置かれた日本と中国の陶磁器類を見ることができます。さらに、煙管、中国の緑釉のショウガ壺、さらに4つある中国製の輸出用陶器のカップの1つはお茶で満たされ、温かみのある雰囲気を演出しています。そして日本の漆塗りの皿、伊万里焼の花瓶、根付、置物なども描かれています。
1888年、デンマーク国立博物館がマドセンのコレクションの大部分を取得した際、イェンセンのこの絵画に描かれた品々が実際にどのようなものだったのかが判明します。絵のタイトルにもある『アマテラスの再来』の中心となっているのは、江戸時代の大きな掛け軸で、アマテラスが天の岩戸から現れる場面を描いたものでした。絵の背景には、漆塗りの箱の上にいくつかの根付が置かれ、その上に蛇を抱える骸骨の形をした置物が見られます。また、金箔の蒔絵技法で徳川家の紋章が描かれた黒漆の茶入れもあります(図4)。
図4 茶入れ(木製漆塗り、江戸時代、カール・マドセンのコレクションより)© デンマーク国立博物館
Fig. 4 Tea caddy, lacquer on wood, Edo-period, from Karl Madsen’s collection @ The National Museum, Denmark
一際目立つのは、黒釉で焼かれた大きな布袋の陶像で、これはマドセン自身が1881年に描いた小さな静物画にも登場し、現在はスカーゲン美術館のコレクションに収められています(図5)。
図5 カール・マドセン『東洋の品々を用いた静物画』(油彩、1881年)© スカーゲン美術館
Fig. 5 Karl Madsen: Opstilling med orientalske Genstande, oil on canvas, 1881 @ Skagens Kunstmuseer
イェンセンは、1884年の小さな静物画でも日本のテーマを取り入れており、『静物画。丸い日本の鏡とその他の物品』というタイトルを付けています。残念ながらこの絵の状態はあまり良くなく、特定の物品を識別するのは困難ですが、おそらくこれらもマドセンのコレクションからだったのでしょう(図6)。
図6 カール・イェンセン『静物画。丸い日本の鏡とその他の物品』(油彩、1884年)© デンマーク国立美術館
Fig. 6 Karl Jensen: Nature Morte. Et rundt Japansk Spejl og andre Gjenstande, oil on canvas, 1884 @ Statens Museum for Kunst, Denmark
20年近く描き続けた「日本」とその影響
『背景にアマテラス〜』を描いた15年後の1900年、イェンセンは再び日本をテーマに取り上げます(図7)。このときは、馬に乗り完全武装した侍を描いています。
図7 カール・イェンセン『鎧に身を包み馬に乗った日本の武士』(エッチング。クリスチャン・バンソン著『民族誌の概要』に掲載。P.G.フィリプセン出版、コペンハーゲン、1900年)マレーネ・ワグナー所蔵。
Fig. 7 Karl Jensen: Japansk Kriger i Rustning og Tilhest, etching, illustrated in Etnografien, fremstillet i dens Hovedtræk by Kristian Bahnson, P.G. Philipsens Forlag, Copenhagen, 1900. Collection of Malene Wagner.
このエッチングは、デンマークの考古学者クリスチャン・バンソン(1855–1897)が書いた書籍『民族誌の概要』に挿絵として掲載されました。このモチーフは、1888年にデンマーク国立博物館に収蔵された侍と馬の鎧をもとにしており、その馬の鎧は、デンマーク王・フレデリク7世(在位:1848年 – 1863年)が所有していたアイスランド馬の剥製の一つに装着されていたものでした。この二つの静物画とエッチングは、1916年に開催されたカール・イェンセンの作品の大規模な展覧会に出品されています(図8-9)。
図8 カール・イェンセンの2つの「日本的」静物画に関するカタログの記述(1916年にV.ウィンケル&マグヌッセンで開催された展覧会に出品された作品を含む『カール・イェンセンの絵画、アクアレル、エッチング1873-1916』より抜粋)。
Fig. 8 Catalogue entry of Karl Jensen’s two ‘Japanese’ still-lifes, in Fortegnelse over Karl Jensens Malerier, Akvareller, Raderinger 1873-1916 af hvilke en del findes paa en af malende Kunstneres Sammenslutning arrangeret udstilling hos V. Winkel & Magnussen, Copenhagen, 1916.
図9 カール・イェンセンの侍のエッチングに関するカタログの記述(1916年にV.ウィンケル&マグヌッセンで開催された展覧会に出品された作品を含む『カール・イェンセンの絵画、アクアレル、エッチング1873-1916』より抜粋)。
Fig. 9 Catalogue entry of Karl Jensen’s samurai etching, in Fortegnelse over Karl Jensens Malerier, Akvareller, Raderinger 1873-1916 af hvilke en del findes paa en af malende Kunstneres Sammenslutning arrangeret udstilling hos V. Winkel & Magnussen, Copenhagen, 1916.
マドセンもイェンセンも、日本人が手掛けたような絵を描いているわけではありません。けれども、彼らが日本美術や文化に深く魅了されていたことは、マドセンのコレクションから、そしてそれらの「宝物」を描いたイェンセンの作品に如実に現れています。19世紀後半のデンマークにおけるジャポニスムの影響は、特に日本においてはまだまだ知られていないことがほとんどですが、ここにその重要な要素が象徴されているのです。
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マリーヌ・ワグナー
キュレーター、アートディレクター、「Tiger Tanuki: Japanese Art & Aesthetics」創設者。日本美術史の修士号取得後、出版業界やオークション業界を経て、現在はさまざまな観点から日本美術に関する執筆やキュレーション、アートディレクションを行っている。専門は日本の版画と19世紀から20世紀にかけての日本と西洋の文化交流。https://www.tiger-tanuki.com/