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2026.01.15

洋画家・小出楢重の「裸婦」は日本特有の美の結晶だった【府中市美術館】

今日のお題は、日本人が描いた日本人の裸婦。洋画家の小出楢重(こいで・ならしげ、1887〜1931年)は大正から昭和初期にかけて活躍した洋画家として有名ですが、東京美術学校では当初日本画科で学んでいたそうです。理由は何と、入試で洋画科に受からなかったから。孤軍奮闘、在学中に洋画科に転科がかなって卒業しましたが、今度は公募展に落選しまくる。なかなか浮かばれなかったようです。そんな楢重を支えたのは、家族でした。妻の重子や息子の泰弘は、しばしばモデルになりました。家族を描いた絵が画壇で認められ、欧州での遊学の後に極めた画題は、裸婦でした。しかも楢重は西洋の模倣ではなく日本人の裸婦を描くこと自体に大きな意義を見出し、孤高の境地を確立したのです。その神髄が見られる展覧会「小出楢重 新しき油絵」が、東京の府中市美術館で開かれています。出かけたつあおとまいこの2人は、いったい何が「新しき」だったのか? と興味津々。展示室でさまざまな発見をしました。

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

デフォルメ感が絵心をくすぐる

つあお:『Nの家族』という作品の「N」ってきっと「楢重」のイニシャルですよね。ということは、自分の家族を描いたんだ。それにしても、粋なタイトルですね。

『Nの家族』1919年 油彩、カンヴァス 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館(重要文化財)

まいこ:もしかしたら、西洋風にしたのかな。

つあお:別の絵では、自分の奥さんを描いた絵に『N夫人像』というタイトルをつけてました。確かに、家族は身近なモデルですね。しかし、どんなつもりで自分まで含めた家族の肖像を描いたのだろう?

まいこ:お子さんも小さいし、記念写真みたいな感じでしょうか?

つあお:なるほど。ただ、それにしては雰囲気が少し……。

まいこ:暗い。

つあお:奥さんもお子さんも少し下を向いてて、目線がばらばら。写真を撮る時だったら、普通はカメラのほうを見ますけどね。

まいこ:確かに。そして皆さん、特に笑ったりもしていませんね。

つあお:記念写真という雰囲気ではない。家族の肖像なのに部屋の中で帽子かぶってタバコをくゆらせてるのも、何か理由があるのかな?

まいこ:結構かっこつけだったのかなと想像しちゃいます(笑)。

つあお:あるいは、小道具のつもりなのかな。この絵は、布とかポットとかいろいろなモチーフが満載。小道具があると、絵が充実しますよね。タバコも煙を描くことに意義があるのかも。ちっちゃいお子さんは、結構キリッとした表情だな。

まいこ:ホント。果物をじっと見ている。お腹が空いてるのかも。

つあお:絵を描き終わるまで、果物は「おあずけ」だったりして(笑)。

まいこ:あらら。かわいそうに! それにしても楢重さんのあごがとても細く尖っていて、顔がすごく長く見えるのですが、気のせいでしょうか?

つあお:多分、細面(ほそおもて) のダンディだったんでしょう。

まいこ:ちょうどこの3人が映ったモノクロの写真がありますね。確かにダンディ! でもちょっとデフォルメしているかも(笑)。

妻・重子と長男・泰弘と鍛冶屋町の自宅にて(1919年) 写真提供:芦屋市立美術博物館

つあお:縦方向に彫りが深いこの絵のデフォルメ感は、結構心をえぐる感じがするんだけど、それはそれで魅力的だなぁ。目線がばらばらなのも、逆に画面に変化をもたらしてますね。やはり楢重さんの創造心があふれ出ているように見えます。

ルノワールとは真逆の表現

まいこ:この展覧会では、ほかの絵でも縦方向のデフォルメに出合いましたね!

『裸女結髪』1927年 油彩、カンヴァス 京都国立近代美術館

つあお:『裸女結髪』ですね。いやぁ、この絵は本当に魅力的だ! 後ろ姿に何か謎めいたものを感じるし。

まいこ:背中はまるで大黒柱のようにばしっとしていて、縦に長い。髪まで超まっすぐです。ちなみに、この縦長にデフォルメする表現方法は、楢重さんが洋行した後、特に強調されるようになったみたいです。

つあお:そうそう、大正10〜11(1921〜22)年に渡欧したんですよね。フランスから入って、パリ、ベルリン、カンヌ、ニース、モナコなどを巡ってる。

まいこ:うわぁ、今の私たちから見ても、うらやましいコースですね!

つあお:ただ、洋行帰りの洋画家のヌードとしては、『裸女結髪』はちょっと特殊な感じがしますよね。

まいこ:確かに。例えばルノワールのようにふくよかで柔らかく、女性らしさ全開という雰囲気はないですねー。

つあお:うんうん、愛がほとばしり出ているルノワールとは真逆の表現に見えるな。たわくし(=「私」を意味するつあお語)のモットーは「絵=愛」だからルノワールの表現は好きなんですけど、楢重さんの裸婦は違う。ただね、目を覚まさせてくれるクールさがある。これはこれですごいなぁと思います。

まいこ:楢重さんの裸婦が、体のパーツの形や縮尺も、実際の女性の体からはかけ離れていると思いました。あと、ものすごく硬そう。

つあお:実はね、楢重さんは裸婦を極めて重要な画題と考えていたそうなんです。ここでちょっと、裸婦について語った楢重さんの言葉を連ねていいですか。「複雑極まりなき立体感」「微妙な色調」「デリケートな凹凸」「決してごまかし得ない処(ところ)の人体の形」「描き出す事は、最も困難な仕事」……随筆でこんなことを言ってるそうなんですよ。だから裸婦にはいつも「真剣勝負」で臨んでいたというのです。

まいこ:うわっ! すごいですね。「真剣勝負」であんなにたくさん描いたんですね。

つあお:ちなみに、『裸女結髪』のモデルはどうも奥さんの重子さんらしいんですけど、『Nの家族』に描かれたのと同じ人とは思えない。逆に楢重さんが重子さんを後ろから見て絵筆を握っている真剣な眼差しが、目に浮かんできました。

まいこ:重子さんは写真で見ると、意外と柔らかい表情をしているので、『裸女結髪』の硬質感は、楢重さんのスタイルなのかもしれない。

つあお:「新しき」裸婦、そして「新しき」重子さん! 重子さんはきっと、楢重さんが描きたかった「新しき油絵」につき合ってあげてたんでしょうね。偉いなぁ。でも、この絵のものすごく長い黒髪にたわくしは、無性に惹かれます。

まいこ:ほー。色気を感じるということですか?

つあお:むしろ、髪の毛自体の存在感の強さに魅力を感じているのかも。濃密な描き方が素晴らしい!

まいこ:へー! 私はちょっと怖い髪だと思っちゃったのですが、さすが「絵=愛」のつあおさんです(笑)。

日本人の女性の裸婦を描くことに強いこだわり

つあお:アンリ・マティスの影響が強いからか、楢重さんは横たわった裸婦の絵もたくさん描いてますね。

『前向きの裸女』1930年 油彩、カンヴァス 横須賀美術館

『裸女と白布』1929年 油彩、カンヴァス 東京国立近代美術館

まいこ:確かに。こけしのようにシンプルな顔とか、背景をデコラティブに作り込んでいるところとか、いかにもマティスっぽい!

つあお:一方で、楢重さん本人は日本人の女性の裸婦を描くことに強くこだわっていたのだとか! 顔が日本人なのに首から下はどう見ても西洋人の理想形だった黒田清輝の裸婦などとは対照的です。

まいこ:それは面白い。言われてみれば、横たわった裸婦も柱のようにまっすぐで、長い背中がそのままころっとなったような感じ。西洋の曲線的な裸体とは違うイメージです!

つあお:確かに丸太のような感じもあるかなぁ。でもね、横たわった裸婦では曲線美も追求しています。むしろラインにこだわっているところに目が行く。もはや形で遊んでるようにも見えちゃう。裸婦の輪郭のキュキュキュっていう感じが絶妙なんですよね。

『横たわる裸婦』(=左、1930年、石橋財団アーティゾン美術館)と『裸女結髪』 展示風景

まいこ:まさに。この左の絵みたいなお尻は、人間離れもはなはだしい(笑)。まるで、ジャン・アルプの彫刻が中に入ってるみたい!

つあお:おお! ジャン・アルプも抽象彫刻で造形美を追求した人でしたからね。

まいこ:よかった! 今回初めて楢重さんの裸婦を一度にたくさん見て、女性の裸をそのまま描こうとしたというよりは、オブジェとして捉えて描いていたのかなという印象を持ったんです。

つあお:そうそう、楢重さんは形フェチだと思うんですよ。それを裸婦の伝統がある西洋のものではなく、日本人の中に求めた。今回裸婦の絵がたくさん出品されてますけど、よく見ると、初期の絵とは違って輪郭線が描かれてるものが多い。やはり裸婦の姿を借りて形の美を突き詰めたんじゃないかな。

まいこセレクト

今回は、裸婦を中心として楢重さんの人物画をたくさんご紹介しましたが、実は静物も好んで描いたそうで、残された油彩画の数は裸婦像よりも多いとのこと。確かに、独特な魅力を醸し出す野菜や果物が登場する静物画もいろいろ展示してありました。いびつでねじれた形のものをわざわざ選んだといい、こちらの絵などは、キワモノばかりが黒い台の上に所狭しと乗っているように見えます。文句を言い合いながらも楢重さんのためにポーズをとっているみたいで、ほのぼのとしますね。

『卓上静物』1928年、油彩、カンヴァス、京都国立近代美術館

また、こちらの静物画は、うねうねした変わったものが乗っかっているなと思ってよく見たところ、それらは「毛糸の束」でした。楢重さん、やはり視点が面白いなぁ。

『毛糸の束』1926年、油彩、カンヴァス、茨城県近代美術館 展示風景

ガラスの水差しやエスプレッソメーカーなど他の静物が端正で気取っているのに、「毛糸の束」らは、グデーっとしてなんとなくダレているような……。無機的な裸婦像に、キャラ立ちする静物画……。一癖も二癖もある楢重さんワールドに、どんどんハマっていく自分がいました。

つあおセレクト

『ラッパを持てる少年』1923年 油彩、カンヴァス 東京国立近代美術館

このかわいらしい子どもは楢重の息子の泰弘で、描いた1923年は、楢重が欧州から帰国した翌年のことになります。旅先からはお土産をいくつも持ち帰ったようで、泰弘が脇に抱えているラッパも、どうもその一つらしいのです。当時、泰弘は5歳くらいでしたから、大きさから考えて、この「ラッパ」はおもちゃだったのでしょう。5歳だと、じっとしているのは大変だったでしょうね。耐えて立ってくれたおかげで、存在感を強く放つこの絵ができたのではないでしょうか。

ちょっと不思議なのが、吹く時に指で押さえるピストンが4つついていること。現在演奏の際に使われている普通のラッパ=トランペットのピストンは3つです。うーん、画家はその辺りけっこういい加減に描いたのかとも思い、調べてみると、まれに4つピストンがある楽器もあることがわかりました。

ところが、楢重はほかの絵にもラッパを小道具として登場させていました。たとえば、『帽子をかぶった自画像』。うわっ! ピストンが8つもある! ネットで探しまくったところ、海外の博物館に、ピストンが6つ、あるいはピストン代わりのキーが10個あるラッパがあるではありませんか。「ああ、いろいろなラッパがあるんだ!」と驚き桃の木でした。『ラッパを持てる少年』でピストンが4つしかないのは、抱えた腕に残りが隠れていると解釈できます。さらに何か確かめられるものはないかと調べた中で、『聞書き 小出楢重』という、泰弘の息子さんの小出龍太郎氏が著した本をめくっていたら、何と、ありました。8つのピストンがついたラッパが、2本も映っているではありませんか。楢重は決していい加減ではなかったんです。ああ、すっきりした(笑)。

しかし、ラッパはどちらの絵にも、面白いアクセントをもたらしています。もともと和装で過ごしていた楢重は、欧州から帰国後、洋装をするようになったと聞きます。この自画像では山高帽までかぶっている。ラッパも欧州の要素。欧州で感得した文化をどうすれば自分の絵に生かせるかを研究した成果だったのでしょう。楽器があるとないとではずいぶん空気が変わる。楽器は音を出してなくてもなかなか面白い存在なのだなと、改めて思いました。

『帽子をかぶった自画像』1924年 油彩、カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館

小出楢重の欧州のお土産(小出龍太郎著『聞書き 小出楢重』(中央公論美術出版)より転載)

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『馬らしき猫』

勇猛な馬に憧れた黒猫のクロ。新しき世界を目指す姿は素敵そのものですよね。

「小出楢󠄀重 新しき油絵」展覧会基本情報

展覧会名:小出楢重 新しき油絵
会場:府中市美術館(東京・府中市)
会期:2025年12月20日〜2026年3月1日
公式ウェブサイト:https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/tenrankai/kikakutenkaisai/2025_koide_narashige.html

参考文献

小出龍太郎著『聞書き 小出楢重』(中央公論美術出版)

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浮世離れマスターズ つあお&まいこ

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。
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