「風神雷神図屏風」であまりにも有名な俵屋宗達と、国宝「楽焼白片身変茶碗」など傑作を遺し「寛永の三筆」の1人でもあった本阿弥光悦。この2人を祖とし、のちに尾形光琳や酒井抱一らによって継承・発展を遂げてゆく「琳派(りんぱ)」という流派についてはご存じの方も多いでしょう(「琳派」についての解説はこちら)。
凛とした洗練されたイメージのある琳派ですが、その中でひとり、「かわいい」とか「おおらか」という言葉で作風を表現される画家がいます。
その人の名は、中村芳中(ほうちゅう)(?~1819)。生年は不明で、彼の生涯を知る文献資料は乏しく。謎多き絵師です。
大坂で指頭画の名手に
芳中は、京都に生まれて絵の修業を積み、青年期に大坂に移ったことは知られています。最初から琳派の作風に傾倒したわけでなく、当初は文人画を描いていました。
芳中は、大坂で暮らしているうちに、徐々に琳派へ惹かれていきました。ただし、直接の師はもたず、独学でその作風を学んだようです。そして、必ずしも琳派一辺倒ではなく、作品には俳諧や禅の精神が息づくものも多く見られます。さらに、宴席において絵筆以外(指や爪など)で描く、指頭画(しとうが)の名手としても知られており、多彩な人的交流があったことがうかがえます。
江戸に移り『光琳画譜』で琳派宣言
寛政年間の1799年、芳中は大坂の俳句仲間らに見送られ、江戸に向かいます。江戸に到着すると、江戸の四大家の一人といわれた俳人の夏目成美(なつめ せいび)を訪ねたのち、俳人で医者の鈴木道彦の裏店に落ち着きます。芳中自身も俳句を嗜んでいたことから、絵も描ける俳人として、多くの俳友のつてがあったことがわかります。
それから3年後の1802年、芳中の代表作となる『光琳画譜』を上梓します。「光琳」の名があるとはいえ、尾形光琳の作品を収載したわけでなく、模写集でもなく、純然たる芳中の作品集のようです。ただ、光琳の画風に倣って描かれた、動物、人物、草花などの絵が載り、光琳へのオマージュがよく感じられます。
以下、2点の絵は『光琳画譜』にあるものです。
「仔犬」は、現代の人をして「かわいい」「なごむ」と評させるものの代表格と呼べる作品でしょう。芳中の作風の特徴として、太くて緩やかな線描、単純化して大きく描いた対象物というのがあり、『光琳画譜』にはそんな特徴がよく出た絵をたくさん見ることができます。
大坂に戻り琳派的作品を精力的に創作
さて、芳中は、『光琳画譜』を刊行した後、大坂に戻ります。それから、文政年間初期の1819年に病没するまでの20年近くにわたり、芳中流の琳派作品を数多く生み出しました。
芳中のもう1つの有名な作品を見てみましょう。以下の2点は、12か月の草花を1図ずつ描いた「花卉図画帖」からです。
芳中は、ここでお家芸ともいえる「たらし込み」の技法を多用しています。たらし込みとは、描いた画面が乾く前に、濃度の異なる墨や絵の具をたらしてしみ込ませるもので、俵屋宗達が発案したと考えられています。これには、質感・立体感を出す効果がありますが、芳中はたらし込みを見せることが目的になったような絵もあり、かなりこの技法に入れこんでいました。
『花卉図画帖』は、花が画面いっぱいに広がるかのようなのびやかさ、そして葉や茎に使われているたらし込みと、芳中の面目躍如たる作品でしょう。
次は、月に向かって鳴く鹿を描いた「月に萩鹿図」です。軸装され、格調ある雰囲気を醸し出していますが、やはり鹿はどことなくユーモラスに思えるのは、気のせいでしょうか。鹿の脚の付け根にたらし込みを用い、立体感を出しているところにも注目しましょう。
人物画も芳中の手にかかると、こんな感じに。
画題の六歌仙とは、在原業平や小野小町ら6人の和歌の名人のことです。一見、ゆるさを極めた絵のようで、俳画の世界と相通じる奥深さが垣間見えませんか。
技巧派の面も見せる多才ぶりを発揮
一方で、数は少ないのですが、本格的な屏風絵も遺しています。
金地屏風に描かれるのは、朽ちつつも、なお花を咲かせる白梅とその枝に止まる1羽の鳥。風格ある老木の幹には、たらし込みがなされていますが、他の諸作品に比べてその主張は影を潜ませています。見る人によっては、こういった作品の方に光琳の雰囲気を感じるかもしれません。
芳中の作品には、草花を描いた扇面画も多く、やはりこうした作品にもたらし込みが多用されています。以下は、二曲一双の屏風に12枚の扇面を散らし貼った「扇面貼交屛風」の中の「大根に慈姑(くわい)」です。
扇面の画題に大根とは、なかなか意表をつくものですが、そこが芳中らしいと言えるかもしれませんね。
細見美術館にて芳中の作品展が開催中(※会期終了しました)
琳派の一人とされながら、唯一「なごみ系画家」ともいえる芳中の作品は、2019年12月22日まで、京都市の細見美術館で鑑賞することができます。
同美術館は、琳派作品の所蔵数では世界でも屈指で、定期的に琳派展が開催されています。その第21回が「没後200年 中村芳中」。上に挙げた全作品を含め、芳中の代表作から山水画、指頭画、俳画や俳書の挿絵まで分野を偏らず、多数の作品が展示されています。
同美術館の主任学芸員の福井麻純さんは、芳中の魅力について次のように語ります―
「当時、こういう“かわいい”絵を描ける人はなかなかいませんでした。これだけ簡潔に対象を捉えて、愛らしく描けるというのは、たぐいまれなる一つの技と言えます。素人っぽいと評されていた時代もありますが、素人っぽく描くのは画力が要るものなのです。実際に素人絵師が真似しようと思っても、描けないでしょう。
そして、当時はこういう絵の需要がありました。俳画がブームということもあり、軽妙で堅苦しさのない芳中の画風は、大坂や江戸で俳諧を好む人たちの支持を得ていました。画技を極めんと孤高の道を歩むより、人と楽しみ合い、人を喜ばせるのが好きな画家であったと思います」
琳派ではレア感のある、ほのぼのとした気持ちになれる作品に興味のある方は、一度訪れてみるとよいでしょう。
細見美術館 琳派展21「没後200年 中村芳中」 基本情報
住所: 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
電話: 075-752-5555
期間: 2019年10月26日(土)~12月22日(日)※会期終了しました
時間: 美術館・ショップは10:00~18:00(入館は17:30分まで)、茶室は11:00~17:00、カフェ:10:30~22:30(カフェタイムは~18:00、以降ディナータイム)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)および展示替期間、茶室は不定休
観覧料(一般):1400円
公式サイト:https://www.emuseum.or.jp/