2021年7月13日から9月5日まで東京国立博物館・法隆寺宝物館資料室にて『8Kで文化財 国宝「聖徳太子絵伝」2021』として再展示が決定! 同じく東京国立博物館・平成館にて開催の聖徳太子1400年遠忌記念 特別展「聖徳太子と法隆寺」(日程は同じ)と合わせて8K体験してみよう。
飛鳥時代の偉人の伝記は、驚きエピソードてんこもり
古代から現代にいたる日本の歴史のなかで、この人ほど長く、多くの人の尊敬を集め、信仰されてきた人物はいないだろう。そう、聖徳太子(574-622)だ。太子は日本に仏教を根付かせ、遣隋使を派遣し、日本初の憲法である十七条憲法を制定するなど桁外れの活躍で知られる、飛鳥時代のスーパーヒーローである。
偉大な生涯と同時に、驚きのエピソードも伝わる。例えば、2歳のときに手を合わせ「南無仏」と唱えたかと思えば、30人以上に同時に話しかけられた言葉を聞き分け記憶、さらには神馬に乗って空を駆け富士山頂を越えて日本各地を旅した……なんていう超人伝説だ。
10世紀、太子の伝記『聖徳太子伝暦(でんりゃく)』がまとめられて以降、この伝記をベースに絵画化がされてきた。それが「聖徳太子絵伝」。なかでも、かつては奈良・法隆寺の絵殿(えでん)を飾り、現在、東京国立博物館が所蔵する国宝「聖徳太子絵伝」がよく知られる。現存最古で、最高傑作といわれる絵伝は、10~11世紀ごろに成立した初期やまと絵の貴重な遺例でもある。
そんな希少な国宝作品が2018年に高精細デジタル画像化され、映像アプリケーションを使ってググっと拡大して鑑賞ができる。2019年秋に開催され、大盛況だった展示がこのたび「8Kで文化財 国宝『聖徳太子絵伝』 2021」(東京国立博物館 法隆寺宝物館)として復活! 展示の体験の様子をお伝えしながら、文化財の未来像を探っていこう。
タブレット操作で超カンタン。8Kで明かされる、現代版「絵解き」
いまから千年近く前、1069年に絵師、秦致貞(はたのちてい)によって描かれた絵伝は、状態が良好とは言いがたい。長い年月を経て今に伝わったこともあるし、なにより法隆寺にあったころは太子の物語を人々に伝える「絵解き」に使われてきたため、摩耗が激しいからだ。綾絹は補われ、補筆も多いと聞く。
保存の観点から展示期間が限られた国宝絵伝は、展示される場合も照明が作品の負担にならないよう制限されている。だから、展示ケースに張り付くようにして目を凝らしても、絵をくわしく見ることは困難だった。内容がはっきり見えなくとも、作品の凄みは変わらない。けれど、価値ある国宝であればこそ、詳細を知りたいと思うのが人情。どうにかならないものだろうか?
「絵伝の内容を深く知りたい!」「だれか内容を解説して」。そんな美術ファン&鑑賞者の要望に、映像アプリケーション<8Kアートビューアー>が応えてくれた。文化財活用センターとNHKエデュケーショナルがコンテンツ制作をした、8K画質に対応する国宝「聖徳太子絵伝」の高精細デジタルデータでは、1面およそ縦2m×横1.5mの絵伝を計28画面に分割して撮影。この画面をつなぎ合わせて、1面で18憶画素、2面で36憶画素という、とんでもない解像度をもつ画像データをつくりあげた。
デジタルコンテンツでは、国宝「聖徳太子絵伝」の57のエピソードがまとめられ、見たい逸話がタブレットの操作で簡単に呼び出せる。各エピソードには鑑賞ガイドとなる解説文も付いている。自由自在にアクセスできて、内容を深く知る。現代版デジタル「絵解き」を実現しているのだ。
空飛びながら、笑ってたの? 研究者も初めて知った太子のほほ笑み
太子の超人伝説を物語るエピソードのひとつに「空中浮遊」がある。国宝「聖徳太子絵伝」では第1面の右上に描かれた、11歳の時の逸話だ。原本にある太子の大きさは約3㎝。ガラス越しに表情なんて見えるはずもない。
ここで<8Kアートビューアー>のトップにある、代表エピソードをまとめた画面で「空中浮遊」を選んでダブルタップしてみる。指定の像が70インチの大画面に映し出される。第1面を先に呼び出し、該当の箇所を映し出して拡大してもいい。<8Kアートビューアー>では、原画中約3㎝の大きさなら、約30㎝にまで画像の拡大が可能だ。さて、空飛ぶ聖徳太子のお姿は……口角をキュッと上へ上げ、にこやかにほほ笑んでいる! か、かわいい。
「<8Kアートビューアー>で見る拡大画像は、これまで国宝『聖徳太子絵伝』を調べてきた研究者でも未経験の視覚です。生まれたばかりの太子がほほ笑んでいるなんて、ほとんどの人が気づいていなかったと思います」とコンテンツの制作に深く関わった文化財活用センター、企画担当課長の松嶋雅人さんは意外なことを言う。
――絵伝の詳細は研究者にはすでに明らかで、一般の鑑賞者だけが知らなかったのでは?
「過去にはここまでの解像度で撮影ができませんから、研究者でさえ知ることはなかったんです。太子が怒っているのか、泣いているのか。やまと絵では線で顔の表情やしぐさを表して感情表現をしていますが、これが8Kの高精細画像で明らかになりました。モティーフの描かれ方から、当時の人々の聖徳太子に対する思いが判断できます。今後、この国宝の研究がもう一段進みますよ」
拡大してなお、力強い。国宝「聖徳太子絵伝」の魅力
松嶋さんは日本絵画史を専門とする。2018年に文化財活用センターが発足し、同センターの業務を兼任する以前から、日本のカメラメーカーや大手印刷会社と協業して、最新テクノロジーを活用した複製制作、プロジェクションマッピング、VR映像、体験型展示、高精細映像事業などを数多く手がけてきた。
「これまでは各メーカーの先進のデジタル技術が先にあり、それに合うネタはないかと相談されることが多かった。しかし、<8Kアートビューアー>の国宝『聖徳太子絵伝』の場合は、高精細画像で撮影し、拡大して鑑賞するのに意味ある作品を絵画の研究員とともに考えて、たどり着きました。近世の絵画ではなく、緻密に描かれた奈良や平安時代の絵画がふさわしいと選びました」。絵伝が法隆寺献納宝物としてとりわけ有名だから、という理由でのセレクトではないと念を押す。
「千年余りも前の作品ですから、本当に傷んでいます。しかし、拡大してもその傷みが気にならない。なぜかというとモティーフを表す線が全部見えているからです。墨線は強いので、残る。拡大し続けると墨の線が絵として見え、あとから繕った絹地も目に入らなくなる。そういう視覚的な効果も今回のデジタル化では確認することができました」
革新進むニッポンのテクノロジー。複製の活用が文化財の未来をひらく
文化財活用センター、通称<ぶんかつ>は、名前のとおり日本の文化財の活用を推進する機関だ。多くの人に文化財に親しんでもらうために、複製を有効なツールの一つとして考えている。「芸術の世界は複製の歴史です。日本でもずっと複製が行われてきました。狩野派もしている。権力者は財力を使って、世界に二つとない貴重な文物を職人に複製させた。芸術家は前の世代の技法を模倣し技術を習得して、その先を開こうと努力した。現在は技術の伝承でも所有欲を満たすためでもなく、日本の優れた文化財の魅力を広く伝えることが第一の目的です」と松嶋さん。
日本のメーカーの先進技術は世界でもまれにみるほどに高い。高精細でのデータの取り込みが可能になったと同時に、印刷の分野ではまずは和紙に、さらには金箔にも印刷ができるようになった。クオリティは本物と見間違えるばかり。もはや複製は原本の代替物とは考えていない、と松嶋さんはいう。「国宝屛風の本物を鑑賞する場合、ろうそくの光で見ることや展示照明以外のライトも当てられませんが、印刷物であれば1年中、照明や自然光を当てられる。屛風が実際に使われていたしつらえで体験できます」
複製屛風は有料で貸し出しも可能だ。会議室や貴賓室の調度にだって使える。国宝「聖徳太子絵伝」の8Kデジタルデータなら配送に宅配便を使う必要もなく、整備が進む5G回線で瞬時に送信が可能になるかもしれない。離島などの遠隔地に住む人がデジタル絵解きで文化財に触れられる未来も、そう遠くはないのだ。
現状は屛風など絵画の数が多いが、今後は重さや肌触りなど五感をフルに使って体感する複製もつくられていくそう。「複製を知ったら、本物の文化財の鑑賞が俄然面白くなるはず。トーハクに会いに来てほしいですね」(松嶋さん)
8Kで文化財 国宝「聖徳太子絵伝」2021
会期:2021年7月13日(火)~9月5日(日)
会場:東京国立博物館 法隆寺宝物館 資料室
住所:〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
料金:(総合文化展)一般1,000円、大学生500円、高校生以下無料
※総合文化展観覧料または開催中の特別展観覧料(観覧当日に限る)で鑑賞できます。
※入館にはオンラインによる事前予約(日時指定券)が必要です。
休館日:月曜日(ただし月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館)
https://cpcp.nich.go.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=dtl&id=25
文化財活用センター
公式webサイト https://cpcp.nich.go.jp