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2020.08.08

上杉謙信が愛した、炎のような名刀。火車切広光が美しい……

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日本において、刀剣は単なる武器ではありませんでした。邪悪なものを退ける力を持ち、持ち主を守る存在として大切にされてきたのです。

そのため、妖怪や病気などを退散させたというエピソードを持つものもいくつか見られます。
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火車切広光(かしゃぎりひろみつ)も、そうした雰囲気を感じさせる名刀です。

火車切広光とは?

火車切広光は、越後(現在の新潟県)の上杉家で大切にされてきた、重要文化財に指定されている脇差(わきざし:刃の長さが30センチ以上・60センチ未満の刀)です。所蔵館である佐野美術館図録によると、上杉謙信の愛用品だったといいます。独特の形をした黒塗りの鞘・緑がかった革で巻かれた柄・小さな鐔、という謙信好みの拵(こしらえ:刀身を納めている外装)も一緒に残されているのも素敵ですね。

刃長は1尺2寸7分弱(約38.4センチ)、刀身全体に刃文が入る、非常に華やかな「皆焼(ひたつら)」の刃文が焼かれ、刀身の表には不動明王の梵字と不動明王の持ち物である三鈷柄剣(さんこづかけん)、裏には梵字(薬師如来か)と護摩箸(ごまばし:護摩行の時に使う道具で、不動明王を示す)が彫られています。

製作年月も作者銘とともに切られて(刻まれて)おり、「康安二年十月日」とあることから、南北朝時代にあたる西暦1362年の作だと分かります。南北朝時代の刀の特徴「幅広で薄めの刀身」も、この脇差によく出ています。

小振りながら力強く、かつ品格を感じさせる凛々しいこの名刀は、華やかな皆焼を多く焼く広光の作品中ひときわ華やかといわれます。展示されたらぜひ観ていただきたい刀の1つです。

名付けの由来

火車切広光の名付けの由来は、確実な話としては残っていません。ただ、「火車(かしゃ)」という、人の亡骸を奪っていく猫のような姿をした妖怪(アイキャッチ画像参照)がいると言われるため、この妖怪を斬ったエピソードがあるのでは、と推測されています。

また、刀身に炎を思わせる刃文が焼かれていること、不動明王などの彫物があることから、こうした姿に起因する可能性もあるのでは、とも言われます。

「火車切」は2本あった?

「火車切」の名前を持つ刀は、実はもう1本ありました。現在は行方不明となってしまっているのですが、別の刀工・加賀(現在の石川県)の藤島友重(ふじしまともしげ)の手になるものと伝わります。

信濃諏訪藩の家老・諏訪図書家の家宝でしたが、こちらは明確に「妖怪火車を斬った」というエピソードがありました。この火車切も、いつか再発見されることを期待したいですね。

相州広光とは?

火車切広光の作者は、相州広光です。南北朝時代(1336~1392年)に相模国(現在の神奈川県)で活躍した刀工で、この時代の相州(相模国)を代表する刀工の1人です。相州広光は7代目まで続いたとも言われ、火車切広光の作者は初代と目されます。一説に、貞宗と名乗った有名刀工と同一人物ではないか、とも言われる、非常に評価の高い刀工です。

作品はほとんどが短刀で、火車切広光のような華やかな皆焼の刃文を焼いたものが多く見られます。
「広光」を名乗る刀工は20工程度が確認されており、武蔵・駿河・美濃・備前・畿内・陸奥・九州など、各地で活躍しました。

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書いた人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。