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2020.12.04

刀剣が火災・水害に遭うとどうなる?大坂城とともに燃えた刀剣たち、壇ノ浦に沈んだ刀剣たち

この記事を書いた人

こんがり焼ける。のんびりお風呂に浸かる。

そんなほのぼのとした光景ではないのである。
灼熱地獄、血の池地獄。

―― 今、大いに混乱している。
もともと自分が訳わからんヤツだというのは自覚している。が、初っ端からこんなことを口走ってしまうくらいには動揺している。

何に?
失われた名刀の膨大さに、である。

無論、戦闘のさなかにその命を終えた刀剣は数多あるだろう。が、そうではない理由、例えば火災や水害に遭ったがゆえに、といったものが相当数あるのだ。

そうしたものの存在はこれまでも聞き知ってはいたのだが、改めて列挙されたものを眺めてみると、どうにも胸がざわつく。
本当は数の問題ではないし、どんな原因であれ、失われたという事実に変わりはないのではあるが。

炎に包まれた刀剣

刀剣の製作に、燃え盛る炎は欠かせない。素材である砂鉄などから鋼を作る際、刀剣に適した鋼に鍛えていく際、形を整えていく際、刀身に刃文を焼き入れる際。

しかし、完成した後に高熱に晒されるのは命取りだ。
程度によって差があるが、刃文が失われ、刀身の反りが戻り(場合によってはなくなり)、ぶつぶつと煮えたような肌が浮き出てくる。


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失われた、の定義がやや曖昧だったかもしれない。ここでは、完全に焼失してしまったものと、本来の姿が失われてしまったものの、両方を含めている。正確に言うと、存在自体は残っているものを「焼身(やけみ)」と呼ぶのだが、とりあえずこれらをすべて内包したものとして話を進めていく。なお後述するが、個人的には存在が残っているものを「失われた」とは必ずしも思っていない。

では、火災によって多くの刀剣が失われた事件をいくつか挙げていこう。
(以降、※印は刀剣固有名、その他は刀工の名前)

大坂城落城

慶長20(1615)年5月、家康の猛攻で豊臣家が滅亡した大坂夏の陣において、大坂城が炎上した。
大坂城内にあった名刀たちも、多数炎に包まれた。

・一期一振吉光 ※
・親子藤四郎 ※
・大坂新身藤四郎 ※
・鯰尾藤四郎 ※
・ゑもんのせう正宗 ※
・豊後正宗 ※
・若江十河正宗 ※
・上下龍正宗 ※
・大坂長銘正宗 ※
・獅子貞宗 ※
・清水長光 ※
・小左文字 ※
・小尻通新藤五国光 ※
・海老名小鍛冶宗近 ※
ほか


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明暦の大火

明暦3(1657)年1月、江戸の町の大半を焼き尽くした明暦の大火は、江戸城をも呑み込んだ。
将軍家の宝物も多数焼失し、名刀も罹災を免れることは叶わなかった。

・無銘藤四郎 ※
・豊後藤四郎 ※
・しのぎ藤四郎 ※
・飯塚藤四郎 ※
・江戸新身藤四郎 ※
・包丁藤四郎 ※
・米沢藤四郎 ※
・樋口藤四郎 ※
・三吉(三好)藤四郎 ※
・八幡藤四郎 ※
・骨喰藤四郎 ※
・吉光一振ノ陰 ※
・江戸長銘正宗 ※
・対馬正宗 ※
・横雲正宗 ※
・道合正宗 ※
・江雪正宗 ※
・伏見正宗 ※
・宗近正宗シノキ ※
・青木来国次 ※
・三斎来国次 ※
・岐阜国次 ※
・不動国行 ※
・太子屋国吉 ※
・村雲当麻 ※
・義元左文字 ※
・三吉(三好)江 ※
・西方江 ※
・上杉江 ※
・上野江 ※
・肥後熊本紀州江 ※
・蜂谷江 ※
・上(北)野紀新大夫行平 ※
・秋田紀新大夫行平 ※
・注連丸行平 ※
・小脇差行平 ※
・国綱
・宗近 此作無類

享保年間(1716~1735)に刀剣鑑定の権威である本阿弥家によって将軍家に提出された『享保名物帳』によると、名物と呼ばれた名のある刀剣のうち、81口までがこの書物が書かれる以前に火災に遭ったという。

日光東照宮宝蔵の火災

文化9年大晦日(該当日はグレゴリオ暦1813年)、延焼によって日光東照宮奉納品の大部分が焼失した。
名だたる名刀がこのときに罹災し、炎に包まれた刀剣は186口に及んだ。

・青江包次
・備前三郎国宗
・古備前友成
・古備前正恒
・古備前助平
・来国行
・了戒
・備前雲次
・備前長船盛光
・畠田守家
・奥州宝寿
・2代越前康継
ほか

関東大震災

大正12(1923)年9月1日の関東大震災でも、刀剣が火災の影響を大きく受けた。

・児手柏包永 ※
・新藤五国光
・相州行光
・越中則重
・燭台切光忠 ※
・上下龍正宗 ※2回目
・無銘貞宗
・備前長船光忠
・備前雲次
・備前三郎国宗
・大左
・源来国次 ※
・織田左文字 ※
・宗近
・古備前正恒
・古備前助平
・粟田口国吉
・備前親依
ほか

太平洋戦争

昭和16~20(1941~1945)年の太平洋戦争下および戦後処理における罹災刀剣の詳細な記録は、現在知られていない。しかしこの際にも、名槍・御手杵(おてぎね)はじめ、国宝・重要美術品を含む数多くの名刀が失われた(多く、存在自体がなくなった)ことが分かっている。

次に、水没した刀剣について、見ていこう。

水に沈んだ刀剣

刀剣は、想像以上に繊細である。
僅かな塵に気づかないまま刀身を拭うとたやすく傷がつき、硬いものに軽くぶつかっただけで刃がこぼれ、あるいは刃先が曲がる。抜き身の刀を手に持ったまま会話をすると唾が飛び、かなり早期に錆が出る(早ければ1時間程度)。刀身に素手で触れるのは、保存の意味からすれば(研磨作業などごく一部の例外を除き)もっての外だ。

水も、刀身を錆びさせる大きな原因となる。錆は酸化であるから、水を用いた作業をする際、研師はアルカリ性を保つ処置を施して慎重に作業を行っている。

かつては藁を焼いた灰を研磨作業の水に入れていた

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壇ノ浦の合戦で、三種の神器の1つ「天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)/草薙剣(くさなぎのつるぎ)」は平家一門とともに海へ沈んだという。
また、太平洋戦争直後、海中に投棄された刀剣がいくつもあったという(※GHQの刀剣接収による影響。「刀剣は凶器にあらず。日本刀を壊滅の危機から救った、悲劇と絆の物語」参照)。

残念だが、これらの入水した(させられた)刀剣が蘇ることはあるまい。海辺の家に錆が出やすいように、刀剣もまた海水や潮風が大敵だからである。

近年、台風などによる罹災刀剣が急増している。刀職による必死の作業の様子がネットで話題になっていたりするが、浸水は人のみならず刀剣にとっても一刻を争う事態といって過言ではない。水自体の問題、そして濡れた鞘に納めておくことによるリスクは計り知れないからだ。

速やかに鞘と刀身を分解して上水で洗い、水分を拭い取り、錆止めの作業を施す。しかし、作業開始の時点で既に錆が噴き出していることも少なくない。

ただ、こうした際の対処を誰もができるよう、というのはなかなか実現の難しいことだろう。各地域における人材の育成を切に望みたい。

君よ、もう一度

2019年1~2月、静岡県三島市の佐野美術館で、罹災刀剣を集めた展覧会「REBORN 蘇る名刀」が開催された。

それは一種異様な光景だった。展示室いっぱいに並べられている刀剣、そのうちの幾つもに光はなく、黒ずんで沈んだ色を放つ。刀身が波打っているものもある。これは葬送の列だろうか……。

その一方でこうも感じたのだ。
数口を除いて、「まだ、生きている」。

この感覚を説明するのは至難の業だ。しかし、通常の展覧会などで見かける、誇らしげに輝いている刀剣と同じ空気の欠片を、展示品のほとんどにも感じたのである。


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「再刃(さいは・さいば・さいじん)」という、焼けるなどして刃文がなくなってしまった刀剣に再び焼き入れを行い、新たな刃文を作る、という技術がある。本来の刃文は失われ、独特の雰囲気は出るものの、刀剣を「蘇らせる」ことができるものだ。

ただ、状態によってはこの方法が効かないこともある。焼けの程度であったり、鉄の状態であったり、その後の保存状態であったり。焼けてしまった、では再度焼き入れをすればよい、とはいかないのである。

再刃によって新たな命を吹き込まれた名刀は、「骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)」「鯰尾藤四郎(なまずおとうしろう)」「義元左文字(よしもとさもんじ)」はじめ、数多くある。
想像に過ぎないが、「まだ、生きている」感覚がこれらにも非常に強くあった、それがゆえに施された「反魂術(はんごんじゅつ。魂を呼び戻す呪法)」だったのではないだろうか。

刀剣は単なる武器として生まれてきたものではない。そうしたことを実感として覚えた、不思議な時間だった。

おまけ:刀剣の手入れ・修理について

刀剣の日々の手入れについては、誰でも容易に覚えられる。そして、刀剣を守り伝えていく上で、これほど重要なものもない。
手前味噌ではあるが、過去記事で方法を紹介したものがあるので、刀剣所持を検討しておられるかたは、参考にしていただければ幸いである。
刀剣の鞘と手入れ方法を解説!石川五エ門の刀は実は昼寝中だった!?

修理については、僅かなものであっても安易に手をつけず、専門職に託すことを強くお勧めしたい(刀剣専門店などでも相談できる)。たとえ刃物の扱いの心得があったとしても、刀剣は構造からして異なるし、日本刀剣独特の価値観や形式というものもある。よかれと思った修理によって、取り返しのつかない事態に陥った事例をいくつも目にしたことがあるし、聞いたこともある。

刀身の修理は不可逆な摩耗であり、減らすことでしか錆や傷の除去はできない。仏像や絵画などの修理を、技術や知識なしにやろうとは思わないだろう。刀剣もそれと同じことなのである。所有者は、「ただ一時的に歴史から文化財を預かっている」に過ぎない。

刀剣は、日本の誇る文化財である。国宝指定された工芸品のうち、半数近くを占めているのが刀剣である(2020年11月現在)。
刀剣に関心の集まっている今だからこそ、できることがあると期待してやまない。

参考文献:
・佐野美術館展覧会図録『REBORN 蘇る名刀』2019
・展覧会図録『名物刀剣』2011~2012、※根津美術館・富山県水墨美術館・佐野美術館・徳川美術館、4館共通図録
・『ブリタニカ国際大百科事典』ブリタニカ・ジャパン

アイキャッチ画像:月岡芳年『月百姿 – 煙中月』、メトロポリタン美術館より

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書いた人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。

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