2019年12月に公開された『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』。
メインキャラクターのひとり、カイロ・レンの壊れたマスクが修復され、再び登場するシーンがあります。前作で本人によって破壊されたこのマスク、傷を隠すのではなくヒビや割れた痕が赤いラインで残されたデザインになっていました。
監督のJ.J.エイブラムス氏によると、これは日本の工芸技術「金継ぎ」にインスピレーションを受けたものなのだそう。
「金継ぎ」それは、戦国の茶人が見つけた美
金継ぎとは、室町時代頃から伝わる日本ならではの修復技術。割れたり欠けたりした陶磁器や漆器などをうるしでつなぎ、繕います。
最大の特徴は、継ぎ目に金、銀、朱色などで装飾を加えて傷痕を「景色」として楽しむこと。傷をなかったことにするのではなく、歴史として受け入れ、新しい調和を生み出すのです。それは、まるで新たな命を吹き込むかのよう。
繕いを通じて芸術的、美的価値が高まる不思議。戦国時代の茶人たちがその美しさを追求していきました。
繕いの技術があると、壊れることも受け入れられる
近年、日本各地で金継ぎワークショップが開催され静かなブームが到来しています。また、海外でも注目を集めていて、講座が開かれるほか広告のモチーフになったり、ドキュメンタリー映画が作られたりするほど。
かくいう私も、金継ぎに惹かれてワークショップへ参加し、金継ぎに救われたひとりです。
気に入って買い求めた器を「割るのが怖い」「大事すぎて日常使いできない」と食器棚にしまい込んでいる人は多いといいます (私もそういうタイプでした…)。でも、せっかくの器は使ってこそ。大きなジレンマがありますよね。
自分で繕えるようになると、その意識がちょっと変わります。万が一壊してしまってもやり直せる、大丈夫、と以前より器と楽しく付き合えるようになった気がするのです。
10年続く、「6次元」の金継ぎ講座
金継ぎのことをもっと知りたくて、専門家の元を訪ねました。
訪れたのは、東京荻窪のブックカフェ「6次元」。
店主のナカムラクニオさんは、日本各地で10年以上にわたり金継ぎワークショップを開催している伝道師のような方。近年は海外で出張講座を開く機会も多く、国を超えて広く金継ぎ技術を伝えることに注力されています。
ナカムラさんのワークショップの様子を見せていただきながら、金継ぎの魅力を見つけてお伝えしていきます。
器の思い出から、人柄が浮かび上がる
「まずは今日持ってきた器について教えてください」
講座は持参した器を紹介することから始まりました。
器と自分の関係や思い出など、みなさん思い思いに語ります。初めて自分で買ったものだったり、長く使い続けてきたお気に入りだったり、大事な人から譲り受けたものだったり、はたまた金継ぎが好きでメルカリで割れたお皿を手に入れて持参される方もいたり……。
割れた器を通じて、その人の人生や人柄が伝わってきます。みなさんのお話を伺っていると、それぞれの器に私も愛着が湧いてくるようでした。
誰もができる金継ぎを
持ち寄ったものの紹介が終わったら、いざ金継ぎ作業の開始です。
「工芸」と聞くと、熟練の技が必要な独特の道具が思い浮かびませんか?
憧れつつ時にハードルを感じるものですが、ここで登場するのはカッターやマスキングテープ、瞬間接着剤など日常的に使っている文具ばかり。「普通の人が金継ぎを日常に取り入れられるように」というナカムラさんの思いから選ばれた道具でした。使い勝手がわかるので初心者も安心です。
サステナブルな新しい「うるし」とは?
アジア全域の漆産業の調査を10年以上実施し、現地で工房などのフィールドワークを続けているナカムラさん。金継ぎのワークショップでは、「新うるし」という素材をおすすめしています。
「『新うるし』は、天然素材100%の植物性樹脂です。乾燥が早く、かぶれません。値段も500円程度で買うことができます。その上、完全に乾燥した後は、鉛の含有量もミネラルウォーターよりも少ないというデータが出ています。その他の材料も、食品衛生法の基準をクリアした素材を使い、できるだけ手に入りやすい材料を使っています。」
「うるしは、木の樹液です。古くから使われてきた魅力的な素材ですが、かぶれるので一般に広く金継ぎの技術を広めるには向いていません。
新うるしは、森林を伐採せずに作られるので、環境にも優しい素材なのです。アメリカやスウェーデンなど環境問題に関心の高い国でワークショップを開催する際には、サステナブルな新うるしはとても喜ばれます。ちなみに、本うるしは、アレルギーやかぶれる危険があるため海外のワークショップでは使えません。日本国内での漆器制作には本うるし、日常的な金継ぎには使い勝手も環境にも良い新うるし、という風に適材適所で使い分けができたら良いなと思っています」
失敗しても、やり直せばいい
さて、器をつなぎ合わせたら、いよいよ金粉とうるしを混ぜてヒビやパテで埋めた部分に塗っていきます。
細いヒビは、細かいゆらぎを活かして描くと良い景色が生まれるのだとか。慣れない絵筆の作業にドキドキしますが、嬉しいのは「やり直し」が効くというところ。
乾く前であれば拭き取ってまた描き直せます。納得のいく線が描けるまでじっくりと器と向き合う時間です。
金継ぎをしていると「割れてしまったものは仕方ない、また繕えばいい」と心に余裕ができるというか、失敗が許せるようになる気がします。筆で景色を描くときにも同じように感じました。
修復されるのは、モノだけではないのかもしれない
ナカムラさんが金継ぎを始めたのも、大切な器を直したいという思いがきっかけだったそうです。
「ある日、毎日大事に使っていた湯のみが小さく欠けてしまいました。どうにか直したいと試したのが、金継ぎのはじまりでした。東急ハンズでよくわからないながらも材料を調達してやってみました。いざ直してみると、思ったよりも簡単にできたんです。
その頃、忙しすぎて身も心もボロボロになっていたのですが、そんな自分自身の心が丁寧に修理されたようなスッキリした気分になりました。ほんとうに直したかったのは、自分自身だったのだなとその時気づいたんです。」
金継ぎが注目される理由のひとつに、セラピー効果への期待があるのだそう。特に海外では、マインドフルネス (瞑想) と同じように、心を整えたり癒したりする行為としても認識されています。
「東日本大震災や熊本大地震の時に、金継ぎボランティアの活動をしていました。震災後、ある程度の時が経って、みなさんの生活が落ち着いた頃に被災地を訪ねて、被災した方々の器の繕いを引き受けたんです。
思い出深い漆器や湯呑は、形見であったり、お守りであったりします。それが割れてしまうのは、とても辛いことですよね。
割れてしまった品が修復できたときの嬉しそうな顔は、忘れられません。そして何より驚いたのは、たくさんの直筆の手紙をいただいたことでした。
『形見の品だけではなく、自分自身が修復された気持ちになりました』
そんな言葉ももらいました。
器は、本やぬいぐるみなどと同じように『持ち主と心がリンクしている』ということを強く感じるようになりました。
金継ぎには、『何かを再生する儀式的な行為』 によって、『精神的つながりを修復し、自己治癒を行う』一面があるのではないかと思っています。」
震災後、金継ぎの需要は急激に増えたのだそう。みんなが必要としている技術だったんですね。
そんな気づきから、金継ぎを広めようと活動するナカムラさん。身近な道具でできる金継ぎ講座のほか、金継ぎにまつわる映像作品への協力やSNSでの発信も行なってきました。そして2020年には、アメリカで画家のマコトフジムラさんと共に「Kintsugi Academy (金継ぎアカデミー) 」を設立し、文化で心を癒す「カルチャーケア」という活動をはじめています。
「カイロ・レンのマスクは金継ぎの影響」と監督が言ってたけど、最近では逆に自分がカイロ・レンのマスクに影響を受けてしまってる気がする。スターウォーズを介した奇妙な日米文化交流。 pic.twitter.com/t0UXS9gSSJ
— ナカムラクニオ(6次元) (@6jigen) December 24, 2019
物を大切に長く使うために生まれ、美意識とともに進化した金継ぎ技術。
美しいだけでなく、時に心の支えとなり、何度でもやり直せること失敗を許すことの大切さを私たちに教えてくれます。
今の時代らしい形で、暮らしに取り入れていきたいものですね。
ブックカフェ「6次元」
定期的に金継ぎ講座が開催されています。
詳しくはサイトをご覧ください。
■東京都杉並区上荻1-10-3 2F
■不定休
■http://rokujigen.blogspot.com/