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Culture
2020.08.27

日本初の国立劇場をつくったのは聖徳太子!芸能発祥の地、土舞台を訪ねてみた

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古くから愛されてきた日本の芸能。歌舞伎、人形浄瑠璃、獅子舞……など、パッと思いつくものはいくつかありますが、芸能の発祥地となると知らない人も多いのではないでしょうか。奈良県桜井市に「土舞台」という場所があり、芸能の発祥地と言われています。その実態を確かめるべく今年6月、実際に訪れてみました。

日本初の国立劇場・土舞台とは?

今から遡ること約1400年前、推古天皇の時代に、摂政となった聖徳太子は少年らを集め、伎楽を習わせました。伎楽は612年に百済の味摩之(みまし)という人物が日本に伝えた仮面劇のことで、行道というパレードと滑稽味を帯びた無言劇で構成されました。これを伝習させた場所が土舞台であると伝えられています。当時の様子については、奈良時代に編纂された『日本書紀』(※)や鎌倉時代の『聖徳太子伝暦』、江戸時代の『大和名所図絵』などに登場しますが、時代を経て知られざる存在となってしまいました。

そうした中で、奈良県桜井市出身の文芸評論家、保田與重郎(やすだ よじゅうろう)は、日本最初の国立劇場と国立演劇研究所が設けられた場所と伝えられてきた土舞台を、顕彰すべきことであると趣意書をしたためました。昭和47年には、顕彰式典が開かれ「土舞台」と刻した標石が建てられたのです。

伎楽は鎌倉時代以降、衰退したと言われていますが、伎楽やこの土舞台が後世の芸能に影響を及ぼしたことは間違い無いでしょう。後々、猿楽や雅楽、獅子舞をはじめとする多くの芸能に受け継がれたとも言われているからです。そのような伎楽が最初に伝承された土舞台とはどんな場所だったのか、レポートします。

(※)『日本書紀』の推古天皇20年の記述によれば、聖徳太子が桜井で少年を集めて伎楽を習わせたと書かれています。ここでいう桜井とは、土舞台ではなく飛鳥の豊浦寺の前身の桜井寺の事であるという説もあります。

桜井駅から徒歩20分、道に彷徨う


降り立った場所は、近鉄とJRが通る奈良県の桜井駅。早朝の澄んだ空気感が古代へのロマンをかきたてます。ここから徒歩20分ほど、地図を頼りに土舞台へ向かいます。

途中、道路沿いに「土舞台」という看板がありました。地元の人にとっては有名な場所なのかもしれません。看板には「芸能発祥の地」と書いてあります。

看板を右に曲がると、丘があり急な坂道が続きます。周囲は森に囲まれ鬱蒼としていて、人の気配はありません。聖徳太子の時代はどのような景色が広がっていたのか、想像をめぐらせながら歩きました。視界が森に遮られると、そういった想像力も豊かになってきます。途中、道が分かれたので、少し迷ってしまいました。

丘の頂上の先に土舞台を発見

丘の頂上付近には、桜井公園が広がっており、看板には安倍山城跡と書かれていました。安倍山城は南北朝時代に細川氏が陣を構えた城で、戦国時代には松永久秀が布陣した城であるとも言われています。その頃の人々は「土舞台」の存在を意識していたのかとても気になります。

さらに桜井公園の奥へ進むと、見えてきたのは開放的な広場。ここがまさに目的地である「土舞台」です。実際の大きさは、遊具がいくつか収まる小さな公園と同じくらいでした。写真だけでは、公園の広場と変わりがないようにも見えます。しかし、静かで鬱蒼とした森の中にぽっかりと空いたその空間は、歴史の重みと相まってとてもエネルギーを持った場所に感じられました。この場所で伎楽が人々に教えられていたのかと思うと感慨深いです。

土舞台の顕彰式にはノーベル賞受賞者が関わっていた

さて、この土舞台の広場の一角にあった看板には、詳しい解説が書かれていました。昭和47年の11月に設置された顕彰碑の除幕式が大変盛り上がったことが伺えます。天理大学雅楽部による演目「獅子奮迅」が披露されたようです。さらに、芸能関係者の他にノーベル物理学賞受賞の朝永振一郎もこの式典に参加されたのだとか。なぜ物理学者が出席したのでしょうか。

朝永氏は学生時代に浄瑠璃や寄席に関して趣味人だったそうで、量子力学に関する演劇の原作を書いた話などが残されています。様々な人の想いがあってこそ、この場所が今にひっそりと語り継がれていることが再確認できました。

土舞台を通して、芸能の原点を見つめる

土舞台を実際に自分の足で訪れることでその土地の空気感まで感じられ、良い経験ができました。土舞台は当時の人々にとって革新的な場所だったと考えられます。しかし、今の時代において、劇場があること自体に珍しさは感じられません。芸能も多様化しており、歌舞伎や浄瑠璃、獅子舞などの伝統芸能のみならず、漫才やコントなど非常に幅が広がっています。そのような中で、土舞台は芸能の原点を見つめ直せる貴重な場所なのです。

トップ画像:「おどりの図」江戸初期 一部 国立国会図書館デジタルコレクションより

書いた人

千葉県在住。国内外問わず旅に出て、その土地の伝統文化にまつわる記事などを書いている。得意分野は「獅子舞」と「古民家」。獅子舞の鼻を撮影しまくって記事を書いたり、写真集を作ったりしている。古民家鑑定士の資格を取得し全国の古民家を100軒取材、論文を書いた経験がある。長距離徒歩を好み、エネルギーを注入するために1食3合の玄米を食べていた事もあった。