Culture
2019.06.13

美人日本画家・宮下真理子が描く紫陽花ゆかた、創業177年の老舗・竺仙が染め上げる江戸の青【6/19~日本橋三越本店で個展開催】

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このたび、日本画家・宮下真理子さんと東京・日本橋の染呉服の老舗「竺仙(ちくせん)」とのコラボレーションによって、2019年の新作浴衣(ゆかた)4柄が発表されました。中でも、綿紅梅の白地にさわやかな青が印象深い紫陽花(あじさい)柄の浴衣は、日本橋三越本店のオリジナル商品として制作されたもの。6月19日から、同店美術特選画廊でスタートする宮下さんの個展にあわせて発売されます。令和最初の夏を彩る、このファッション(呉服)とアート(美術)の涼やかな饗宴について、宮下真理子さんと株式会社竺仙 代表取締役社長・小川文男さんの対談をお届けします。

日本画家・宮下真理子さんと江戸染めの伝統を守り抜く竺仙

日本画家の宮下真理子さんは、知る人ぞ知る才色兼備の女流画家。『週刊ポスト』(小学館)のグラビアページで「美しすぎる日本画家」として紹介される(!)ほどの容姿の持ち主であり、かつ東京藝術大学にて博士号(文化財)を取得している秀才です。現在は日本画家として作品を発表する一方、大学の講師として教鞭も執られています。

そして、その宮下さんがコラボレーションした竺仙(ちくせん)は、なんと天保13(1842)年創業! 職人による昔ながらの染色技術を守り抜き、上質な江戸小紋、浴衣を制作している呉服屋さんです。たとえ竺仙の名前をご存じなくとも、実は皆さん、雑誌やTVCMで竺仙の着物は目にしているはず。


竺仙の染めの技術を紹介した動画。型紙を使用して布の表面に糊を置き、糊の置かれていない部分をひと色ずつ丁寧に染めていく。その表現は実に多彩。

昨年に限ってご紹介しても、サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」のTVCMで女優の石原さとみさんが着ていた浴衣、コカ・コーラのTVCMで女優の綾瀬はるかさんが着ていた浴衣、年末の紅白歌合戦で歌手の椎名林檎さんと宮本浩次さん(エレファントカシマシ)が着ていたおそろいの着物……実はぜんぶ竺仙製なんです!

日本画の「間」が生み出す涼しさや優しさの本質

美人日本画家と老舗呉服屋の夢のコラボレーション。しかし、なぜ今あえて日本画家である宮下さんが、新たな浴衣の柄を描いたのでしょうか。宮下真理子さん(以下、宮)と竺仙の小川社長(以下、小)のお二人に、お話をうかがいました。

宮下真理子さんと竺仙の小川社長
日本橋の竺仙店頭にて、日本画家の宮下真理子さん(左)と竺仙の小川社長(右)。

 江戸時代から明治時代にかけての着物の柄を見ていくと−−特に浴衣については、実は日本画の大家と言われるような先生方が描いたものが、ずいぶん使われているようなんです。おそらく修業時代の習作や下絵のようなものが、図案として使われたんですね。ただ、絵画作品と違って、着物には画家のサインが入りませんから、後世になって、どなたが描いたものか検証することができません。まして私どもの染め物の場合は、型紙を彫るとき、絵も一緒に彫ってしまいますから、原画が残っていないんです。

竺仙の浴衣の型紙 参考資料として見せていただいた浴衣の型紙。紗を貼る(=網のような役割を果たす)ことで、型が抜けてしまうような繊細な図柄も染めることができる。

なるほど、昔はファッション(デザイン)とアート(美術品)の分野がもっと近しい関係にあったんですね。そういう意味では、今回のコラボレーションは、ひとつの古典回帰とも言えます。

 竺仙の初代の逸話に、こんなものがあります。川柳が好きだった初代は、当時の文化人が集まるサロンのような場所に出入りしていました。仲間内には、絵心のある人もいましたから、さらさらっと走り描きしたようなものの中から、これはというものをもらい受けて、着物の柄に使っていたそうなんです。

 そうした文化人たちの集いの中で、当時の流行が生まれていったと思うと、とても粋なお話ですよね。

竺仙社屋にて、宮下真理子さんと小川社長 竺仙では、古典柄の復刻から新柄まで、毎年1月に開催する展示会に向けて1000種近い浴衣の柄をつくっているとのこと。百貨店を中心に全国各地の催事スケジュールで、今まさに営業部は大忙し。

現代では、一歩間違えれば意匠の盗用云々といった窮屈な話にもなりかねないエピソードですが、177年におよぶ歴史の礎を築いた初代・仙之助は、おそらく才気と愛嬌にあふれた人だったのでしょう。竺仙という商号の由来は「ちんちくりんの仙之助」だとも。


動物たちの姿で描かれた団十郎(瓢箪)の死を悼む人々。愛らしい姿の「ちく仙のりす」は竺仙の初代、仙之助。柴田是真「七代目団十郎追善摺物(瓢箪涅槃図)」立命館大学アート・リサーチセンター所蔵(arcHS03-0007)

歌舞伎役者の七代目市川團十郎(1791-1859)が亡くなった際に制作されたと考えられる追善の摺物(木版画)には、イワシの姿で描かれた歌舞伎狂言作者の河竹黙阿弥(1816-1893)や、ヨシキリの姿で描かれた浮世絵師の歌川国芳(1798-1861)とともに、リスの姿をした仙之助が描かれています。常に商いのヒントを拾い集めていた小柄な当代の目利き。江戸の粋人たちのネットワークと、愛すべき「ちく仙」の姿が偲ばれます。

 ではなぜ日本画かと言うと、浴衣の柄は「間(ま)」が大事なんですね。絵の中のちょっとした間が、浴衣の涼しさや、優しさをつくるんです。日本画家の方が描く絵には、そうした間があります。

 掛軸などは、まさにそうですよね。

宮下真理子「紫陽花と山葡萄の夏衣」 宮下真理子「紫陽花と山葡萄の夏衣」1250×500mm (左) 三越オリジナルゆかたを着た宮下さん(右)。日本画の余白が生む空気感は、浴衣の柄にも通じるもの。葉は線描で、紫陽花の花と山葡萄の実を色とりどりの青で表現したさわやかな浴衣。(画像提供:日本橋三越本店)

 浴衣の柄は、細かく描き込んだ絵よりも、本画制作の前段階の下絵、いわゆるスケッチのようなものと相性が良いんです。道端の花にふっと心ひかれて、スケッチブックを取り出して、ささっと描き止めたような……その心ひかれた瞬間の、筆や鉛筆の勢いみたいなものを、そのまま染めの型紙に起こしたいと、私は常々思っていました。

呉服商の祖父に手を引かれて遊びに行った竺仙

浴衣の柄に、画家の描くいきいきした線を求めていたという小川社長。宮下さんと小川社長はどのようにして出会ったのでしょうか。

 実は、小川社長にお会いしたのは、画家を志す前なんです。母の実家が九州で呉服商をやってまして、竺仙さんとお取引があったんです。それで先代の頃から、私は祖父と一緒に竺仙さんに遊びに来ていました。

 そうなんです。それで、あの小さかったお嬢さんが、東京藝術大学に入学された、とうかがいましてね。

 小川社長は、私の藝大合格を親同然で喜んでくださいました(笑)。

日本画家の宮下真理子さん2006年に東京藝術大学大学院で博士号(文化財)を取得。この日も、非常勤講師を務める共立女子大学で授業を終えたあとに日本橋へ。「日本美術史の授業では、生徒と一緒に『鳥獣人物戯画』の模写などもやったりするんですよ」

 宮下さんが学生のときに、展覧会のご案内をいただいて、作品をはじめて拝見しました。花の作品でしたが、植物の生命力をそのままうつしとったかのような筆のタッチに、たいへん感銘を受けました。そのとき、ぜひ一緒に宮下さんと浴衣をつくりたいなと思ったんです。それで「いつか余力があれば、浴衣の柄を描いてほしい」とお願いしました。

 ただ、そこから実際に小川社長に絵を見ていただくまでには、かなり年数がかかってしまいました。当時の私には、まだ自信がなかったんです。やはり一定数量産される商品ですから「ちゃんとしたものを描かなければ」と、プレッシャーを感じてしまって。

そうして小川社長の最初の申し出から、宮下さんが浴衣の図案に着手するまでに、十年余の歳月が過ぎていました。

花を育てるような、江戸のものづくり

さて、浴衣の図案を描くために、宮下さんの新たな挑戦が始まりました。一枚のキャンバスの中で完結する絵画作品と、反物の上で繰り返される柄では、やはり勝手が違います。幼い頃から身近に着物のある生活を送っていた宮下さんと言えど、染色の型紙の特性を理解するのはなかなか容易ではなかったようです。

日本橋三越オリジナルゆかたの型紙の図案とゆかた2種日本橋三越本店オリジナルゆかたの型紙の図案(左)と2019年新作ゆかたの図柄2種(右)。紫陽花と山葡萄/金蓮花。反復されたとき不自然にならず、浴衣を着たときに映える図柄をつくるのは、かなり難易度が高い。

 ふだんスケッチをするときって、ものの形状を正確にとらえようというより、そのものが内包している命の耀きや力強さをとらえようとしているんです。小川社長が私に求めているのは完成されたデザインではなく、そこの部分なのだということに気付いてから、肩の力がすっと抜けて、ようやく最近は、さらっと一筆描いたものでも「どう思います?」ってお見せできるようになりました。

 花にしろ、鳥にしろ、水にしろ、私たちがいま目にする「生きているもの」を描けるということは、とても尊いことだと思っています。そこにある生命力を、浴衣に吹き込むことができれば、着ていただく方もきっと心地よいでしょう。技術的に絵の上手い方はたくさんいらっしゃいますけれど、竺仙の考える「生きた線」を描ける方はなかなかいません。さらに浴衣の柄には、先ほど申し上げた「間」を設ける、心の余裕も必要になってきます。

宮下真理子さんの紫陽花のデッサン宮下さんが描いた紫陽花のデッサン。このデッサンをもとに、今回ゆかたの図案と日本画の作品の双方を制作した。

 以前、小川社長が「浴衣の柄に、石蕗(つわぶき)はどうだろう」と提案くださったんですね。面白いな、と思ったんですけれど、石蕗の花の咲く時期は、まだだいぶ先だったんですよ。それでいったん、その課題は放っておいて、しばらく時間が経った頃に「石蕗の花が咲いたので、描きました」って、絵を持っていきました(笑)。

 そういうことが、われわれの仕事では大事なんですよ。世の中に、期限を定めた仕事はいっぱいあるけれど、そうではない仕事の中に、今の時代が求めているものがあるんじゃないかって、私なんかは思うんです。5年、10年という蓄積の中で、生まれてくるものがあります。

宮下真理子「花絵巻(夏の花衣)」宮下真理子「花絵巻(夏の花衣)」380×910mm

 花が咲いたら、出来上がる。それが竺仙さんの浴衣なんだと思うんです。季節の中で、日本の歳時記の中で、生まれてくる浴衣。一緒にお仕事をしていて、竺仙というブランドのものづくりって、画家や作家に近いなって、勝手ながら思っているんです。

 宮下さんはね、私のそういう仕事の仕方を、すごくよくわかってくださる方なんです。

 そう言っていただけると嬉しいですね。

 だって、言った当人が忘れた頃に、宮下さんから電話がかかってくるんですから(笑)。

モノクロの景色に色彩をやどす

宮下さんと小川社長のお話からは、両者の制作に対するスタンスの相似、仕事における親和性が感じられました。そしてどうやら、日本画と着物、それぞれを楽しむお客様の側にも、共通点があるようです。

 最近のお客様は、商品にストーリーを求められます。なんの花なのか、どこに咲いている花なのか。漠然とした花柄では物足りないのでしょうね。その点、宮下さんの場合は、実在の花をスケッチしています。モデルがあり、実体験にもとづいた物語があります。

 ストーリーが求められる傾向は、日本画もすごく似通っていると思います。「紫陽花」というタイトルの作品だけでは、なかなかお客様の心に響かない。作品とともに、「鎌倉の東慶寺の紫陽花」を、画家がいつどんな想いで描いたか、という説明が求められるんです。

宮下真理子「空衣の花」「朝の裏小道」宮下真理子「空衣(そらごろも)の花」4号(左)「朝の裏小道」10号(右)英国の旅で出会ったアイリスの花とロンドンの路地裏。画家の旅先での体験が作品の物語性に結びついていく。

物質的に豊かな時代であればこそ、人々はものを選ぶ動機として、背景や物語を求めるのかもしれません。

 根のない花はないと言えますが、やはり人は花を見ていながら、根っこの部分、つまりルーツを知りたがるんでしょうね。モノクロの花の絵を見ても、お客様は「もとの花は何色で咲いていたのだろう」って想像されるんです。不思議ですよね。だから、紺と白の浴衣の図柄にも、人は色彩を見出そうとするのではないでしょうか。そこを意識して浴衣の図案を描いたら、もとの花の色彩を想起させるような、紺白でありながら色彩にあふれた浴衣がつくれるのではないのかなって思うんです。

 つくり手にとっても、イメージを共有することは重要ですね。浴衣が商品になるまでには、本当に多くの人の手を経ていきます。私だけが「この柄は良いなぁ」と思っているだけではダメで、この絵のどこが良いのかを、型紙を彫る人、生地を染める人にきちんと伝えていかなければ、良い商品になりません。宮下さんは私が求めているものを理解して描いてくださるから、型紙彫りも彫りやすいんですよ。

竺仙の浴衣の型紙 これだけでも飾っておきたくなる染めの型紙。取材にうかがった日は、泉屋博古館分館で浴衣の展覧会がスタートした翌日。2012年に三菱一号館美術館で開催された「KATAGAMI Style」展のお話など、お二人の対談はアートな話題が盛りだくさんでした。(泣く泣く割愛。)

琳派のように、受け継がれるもの

かつて購入した竺仙の浴衣を15年近く大事にしているという宮下さん。ゆるぎない信念が通った職人の仕事に、日本画家として深い敬意を抱いていらっしゃいます。

 現代のプリントの浴衣は、型紙という制約が無いから、色も柄もすごく自由なんですよね。その反面、一貫したディレクションの不在のために、スタイルが確立しづらい状況にあると思います。でも竺仙の着物は、街中で見かけるとわかるんです。タグやロゴが表に出ているわけでもないのに。これが、本物のブランドなんだろうと思います。江戸時代から続く歴史の中で、「竺仙」というスタイルが確立されているんでしょうね。私が下絵を描いても、最終的にできあがってくる浴衣は「竺仙スタイル」なんです。

 それはもしかしたら、琳派みたいなものなのかも知れませんね。一種の画風というか。宮下さんは、この「竺仙」の系譜をつないでいってくださる方だと思ってますから。

株式会社竺仙の小川文男社長対談のあいだ、終始笑顔の絶えない小川社長。宮下さんの画家としての活躍を親のように見守り支える粋ひとがら。

一目で分かる「竺仙スタイル」。それはやはり、つくり手との時間をかけたコミュニケーションを包括した、竺仙流のディレクションの賜物なのでしょう。

 私自身が「竺仙」の一番のファンなんですよね。竺仙の浴衣を着ると、なんだか気持ちがアガるんです(笑)。この特別な気持ちって、きっと竺仙の歴史であったり、職人さんたちの技術であったり、妥協のないものづくりの姿勢に裏打ちされているんだと思うんです。色とか柄とかではなく、哲学みたいなものなんでしょうね。

個展とゆかたの販売は6月19日より日本橋三越本店で

2019年6月19日(水)より日本橋三越本店で始まる宮下さんの個展のタイトルは「爽穹の息吹」。メインビジュアルとなっている日本画の紫陽花のイメージも相まって、万物の生命力に満ち溢れた、雨上がりの空気を彷彿とさせます。

宮下真理子「空色の夏衣」宮下真理子「空色の夏衣」8号。空の色を吸い込んだような紫陽花の青が爽やか。

 今回、一枚の紫陽花のデッサンから、浴衣の図案と日本画の作品の両方を描き起こすということを実践してみました。個展会場では、日本画と浴衣の両方を展示します。夏の浴衣は、若い方でも気軽に日本の文化に触れることができる貴重な機会です。できれば、ちょっとお値段が張っても、自分が納得のいく上質なものを選んで、帯や小物でアレンジしながら、長く大切に着て欲しいと思います。紫陽花の花期は、浴衣のシーズンの前半で終わってしまいますが、今回の浴衣は秋口まで着られるように、紫陽花と一緒に山葡萄を描いて工夫しました。ぜひ会場で、浴衣と日本画、ふたつの紫陽花の物語を楽しんでください。

宮下真理子さんと竺仙社長個展の開催を控え、小川社長からの宿題が山積みという宮下さん。それでも「次は男物の浴衣の柄にも挑戦してみたい」と意気込む姿に、小川社長も嬉しそう。

日本の伝統文化の現在を丁寧に紡ぎ上げる宮下さんと小川社長。お二人の言の葉と青の色が、すっと心に沁みた取材でした。
先日、関東は梅雨入り。どんより雨空の日のおでかけは、ぜひ紫陽花がはれやかに咲き誇る、宮下さんの個展会場へ。

◆爽穹の息吹 宮下真理子 日本画展◆
会 期 2019年6月19日〜24日(最終日は17:00閉場)
    ★ギャラリートーク 6月23日(日) 14:00〜(予約不要)
会 場 日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊
公式サイト(個展出品作のデジタルカタログ掲載中)
※ 記事内にてご紹介したオリジナルゆかたは、日本橋三越本店 本館4階 プロモーションスペースで開催する「アートゆかた発表会」にて7月2日まで展示。

取材協力/宮下真理子株式会社竺仙、日本橋三越本店

書いた人

東京都出身、亥年のおうし座。絵の描けない芸大卒。浮世絵の版元、日本料理屋、骨董商、ゴールデン街のバー、美術館、ウェブマガジン編集部、ギャラリーカフェ……と職を転々としながら、性別まで転換しちゃった浮世の根無し草。米も麦も液体で摂る派。好きな言葉は「士魂商才」「酔生夢死」。結構ひきずる一途な両刀。