Culture
2020.09.15

薬局で見かける「レトロちり紙」を調査!静岡県富士市のメーカーを直撃してみた

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2020年2月の末、東京の西のほうへ取材に出向いた帰りに、何気なく北区のとある駅に降りて商店街を探検。普段なら両手にトイレットペーパーを持ち歩いたりしなそうな女性や、若いカップルが持って歩くのを複数見た。後になって「あれはトイレットペーパー不足・買い占め騒動だったのか!」と気づくことになる。

そういえば、薬局の店頭にレトロなちり紙が山積みになっていた。「下町らしく、この商店街は昭和レトロのまま時間が止まっているんだな」と、ほのぼの気分になったが、あれは売るものがなかったからだったのか!

令和の世にレトロなちり紙がまだ生きていたなんて。コロナ禍でその存在を再発見した人もいるはず、との思いを込めて、ちり紙をリサーチしてみた。

こちら、東京下町。ありそうで、意外とない!

我が家でよく利用しているネットスーパーでは、ロールタイプのトイレットペーパーが全部売り切れのときも、ちり紙だけは売られていたのでひとつ買った。

筆者は、ちり紙がよく似合う下町に住んでいる。だが、いかにもありそうな店に行っても、「かさばるから、いつの間にか置かなくなったねえ」などという声が複数。雑貨店や薬局などを数軒訪ねた結果、個人経営の小さな薬局でようやく発見した。

店先には、現在おなじみのロールタイプのトイレットペーパーが積まれているが、店主に事情を話すと、倉庫から「ベルスター」という銘柄のちり紙を取り出してくれた。このときはトイレットペーパー不足が解消されつつあった(撮影は2020年6月中旬)。

「何年も『これじゃなきゃ』って買い続ける人がいるので、ずっと扱っているんですよ」と教えてくれた。

それから、いわゆる荒物屋(アルマイトの金やかんや竹製ほうきなどを扱う古風な雑貨店)でも同じ「ベルスター」を発見。こちらでもロールタイプが主流だが、ベルスター愛用者が少なくないらしい。

自宅に戻って開封。手触りなどを調べてみた。

ベルスターはしっとりとした感じ

ソフトピピはちりめん状で目は粗め

こんなに長いちり紙があるなんて

さらに足を延ばして、隣町の某スーパーへ。ネットスーパーでちり紙を扱っていることを確認していたのに、店頭にはなし。高齢者も多い立地なので需要はありそうなのだが。売り場を圧迫する割に利幅が小さいから置かないのかも。

商店街に出ると、渋いおじさん店主の薬局でちり紙を発見。名は、「都白菊」。縦長のパッケージに、2000枚も入っているというボリューム感に圧倒され、購入には至らなかったが、写真だけ撮らせてもらった。かなりデカイ!

都白菊のことをあとで調べると、紙質はしっかりめで、介護やペットの世話などによいらしい。おしりふきの用途以外に、汚れをふき取るためのウエスや、緩衝材などとしても愛用されるロングセラーとのことだ。

電話やメールで取材をしてみたよ

なんの迷いもなく「ちり紙」という語を使ったが、「落とし紙」「便所紙」などと呼ぶ地域もあるらしい。また、「ちりがみ」でなく「ちりし」と呼ぶところもある。ところでそういえば、「毎度おなじみ ちり紙交換車でございます」と売り口上を響かせながら住宅街を回る軽トラも見なくなった。家庭で不要になった新聞や雑誌とちり紙を交換するものと聞く。

手に入ったベルスター、ソフトピピともに、製造元を見ると静岡県富士市とある。リサーチすると、富士山南西麓から富士川上流にかけての地域では紙すきが盛んで、江戸時代中頃には「駿河半紙」としてブランド化されたらしい。そういえば、富士市といえば、ふるさと納税の返礼品に「最高級トイレットペーパー」があるんだった!

富士市はその名の通り、富士に臨む風光明媚な土地

メーカーに電話で聞いてみると、「製造会社は年々少なくなっていますが、根強いニーズがあるので作り続けています」とのこと。最近の大きなニーズは、ペット用とのこと。厚さとハリがあるので犬の散歩時に糞便をキャッチするのに最適という。また、現在出回っているものは、ロールタイプのものと同じ紙質で、水洗トイレに流せる仕様なのだ。いつの間にか進化していたのね。

さらに、ネットの口コミを見ると、「片手麻痺の親でも使える」「親が認知症になりロールタイプが使えなくなったが、落とし紙なら失敗しない」など、好意的なコメントがずらり。

東京都知事の小池百合子氏は、以前「2020年度までに、都営地下鉄の駅の9割、公立小中学校の8割のトイレを洋式化する」という政策を発表した。コロナ禍で一瞬見直されたとはいえ、ちり紙なんて大都会・東京では見納めだろう思っていたしんみり感がすっかり消えた。

昭和~令和のトイレの歴史

そのほか、ちり紙について調べ回り伝聞したことをまとめると、以下のようになる。

「東京では1964年のオリンピックの前頃から、トイレが汲み取り式から水洗式に変わりはじめた。都心のホテルやデパートはさらに早く、小説家・永井荷風は『断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)』に、「昭和一五年〔1940〕五月二五日「先月来水道の水不足にて銀座築地辺二階に水上らず水洗便所使用すること能(あた)はず」と記している。

家庭のトイレも大多数が水洗になるころ、それまで新聞紙をやわらかくして使ったおしりふきの紙が、ちり紙に変わった。初期の水洗トイレは高いところに水タンクを置き、鎖を引っ張ると水が流れる仕組みであった。

さらに、和式に代わり洋式トイレが主流となると、ロールタイプのトイレットペーパーが普及。1985年のテレビCMでアメリカ発の引き出し式ティッシュ「クリネックス」が紹介されると、ちり紙は急速に存在感を消失。ただ、ちり紙のニーズは根強くあり、2020年のコロナ禍により、再度注目を浴びた」

便器の右上に見えるのがちり紙入れ。竹や籐のカゴが一般的

買いだめしなくても国産だから大丈夫

新型コロナウイルスは社会混乱を招き、「トイレットペーパーは中国で生産されていて、以後輸入されなくなる!」といデマが拡散され、トイレットペーパー買い占め・転売騒動が起きた。キッチンペーパー(ペーパータオル)やボックスティッシュなどの紙製品もその対象となった。1972年のオイルショックのときも同様だったらしく、これはやはり神経質な日本人ならではの習性……? というわけでもなく、アメリカやオーストラリアなどでも起きていたのが印象的だ。

人は生命の危機を感じると、神ではなく紙まで求めるのか。でも大丈夫。トイレットペーパーなどの紙はほとんど国産でまかなえるそうだし、メーカーはあり余るほどのストックを持っているらしいよ!