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Culture
2020.10.03

レタスのようなコレ、何だ?日本の小学生の4人に1人が実践している驚異の学習法とは

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(1)辞書(国語辞典)と付箋を用意する(2)付箋に数字を書き込む(3)言葉を探す(4)知っている言葉を見つけたら付箋を張る(5)調べたことを褒める — 。多くの小学校で行われている「辞書引き学習法」の手順である。この作業をひたすら繰り返す。繰り返すたびに付箋が増える。付箋が増えれば辞書が膨らむ。膨らめば形が変わる。2万3000枚の付箋を蓄え、背表紙が反り返り、丸みを帯びた辞書はまるで葉物野菜だ。どのような経緯で生まれたのか、どんな利点があるのか。そもそも効果はあるのか — 。辞書引き学習法を提唱・開発し、現在も普及に努めている中部大学現代教育学部教授の深谷圭助さんに、この学習法の要点を聞いた。

日本の小学生の4人に1人が体験している?

— 先生は辞書引き学習法で使われる小学館の『例解学習国語辞典』の編者代表でもいらっしゃいますね。

深谷(以下略):ええ。ですが、もちろん、他社の辞書でもまったく差し支えありません。小学館とは雑誌の『和樂』に携わっておられる彬子女王殿下のプロジェクトをお手伝いする立場でも関わってきました。その縁で『和樂web』編集長の高木(史郎)さんとも懇意ですよ。ユニークな方です。

— 世間は広いようで狭い……。ところで、こういう言い方はナンですが、先生が開発された辞書引き学習法で使われる辞書はインスタ映えする。なんかグイグイ迫る力を感じます。

自ら言葉を拾い、付箋を付けたことに対する努力の跡が形になっているからだと思います。一種の見える化ですね。夥(おびただ)しい付箋の量は子どもたちに満足感や達成感を覚えさせ、自信を芽生えさせる効果があります。

— 現在、国内ではどれくらいの小学校が導入しているのですか。

少し古いデータですが、10年ほど前にベネッセが行った調べによると、約2000の小学校に採用されています。小学校の総数はざっと2万ですから、10%ですね。現在も大きくは変わらないと見ています。

ただし、2000は「学校ぐるみ」の数字ですから、学級単位や個人的な取り組みを加えるとそれよりは多い。だいたい4人に1人の子どもがなんらかの形で体験していると思います。そう考えると25%ですね。体験はしていないけれども言葉は知っているという数字を加えたら、もっと増えるでしょうね。

辞書引き学習経験者ほど高い国語の力

— 辞書引き学習に対しては高く評価する声がある一方で、本当に役立つのかどうか正直、分からないという親御さんもいます。効果を示す客観的なデータはありますか。

例えば、首都圏の公立小学校が2012年の1学期に行った調査があります。児童を1学年から辞書引き学習に取り組んだグループと、取り組まなかったグループに分けて国語の正答率を比較したものです。

この調査では、辞書引き習慣が身に着いたグループはそうでないグループに比べて正答率が10ポイントほど高いことが分かりました。

図書館貸出数の比較(2012年4~10月)では、習慣が身に着いたグループのほうが3割程度多く借りています。辞書引きによって、読書への取り組みや自ら調べる学習の態度が醸成されているとみてよいと思います。

2017年と2018年に1年生と3年生に対して行った語彙力測定でも、日常的に辞書を使っている子どたちのほうが多いという結果が出ています。

きっかけは「ゆとり教育」の試みだった

— 辞書引き学習法はどういう経緯で生まれたのですか。

私は1989年に小学校の教員になりました。やや硬い話になりますが、この年に告示された学習指導要領で「新しい学力観」という考え方が登場します。後に「ゆとり教育」と呼ばれる改訂です。ごく簡単にいうと、学力を評価する目安として「関心・意欲・態度」を重視しようという取り組みです。

しかし、数値として測定したり評価したりするのは難しい。「そういうものを学力と言うのは無理があるのではないか」という見方もありました。ともあれ、国の方針ですから、教員はこの線に沿って教えねばならない。その手立ての一つとして、辞書を引くことで自ら学ぶ態度や学び方を習得させられるのではないか。そう考えたのが始まりです。

— 支援ツールとして付箋を使った狙いは。

最初は調べてきたことに対し、一種のインセンティブとしてシールを張っていました。しかし、そういうニンジンをぶら下げても、やらない子はやらない。なぜか。簡単なことですが、面倒臭いからです。

そのうちに、調べることそのもののハードルが高いことに気づきました。調べたいことが何か分からないからです。要するに、何が分からないかが分からない。でも、意欲を高めたい。考えあぐねているうちに、付箋の利用を思い付きました。実は付箋業界(?)も使い方を模索していたんです。

学校でも家でもいいから、調べたら貼る。そして剥がさない。どんどんためていけば、学習の跡が残るからです。それを楽しいという子が出てきた。やがて、競い合いが起きてきます。そうするとしめたもの。自分から学習する態度が身に付くばかりでなく、自ら言葉の力を付けることができるからです。

調べるのでなく、探したり見つけたりする

— この学習法を普及させていく上で、重視されたことはなんですか。

第一に、子どもがどのように自分から学ぶか。第二に、どのように言葉と親しんでいけばいいか、ということです。辞書引き学習で一番大切なのは、言葉を調べるのではなく、言葉を探したり見つけたりすることから始めることです。

言葉を変えれば、目当ての言葉をあらかじめ子どもがもっている状態ではなく、子どもに辞書を読ませることから始めることです。こうした活動を通して、辞書の中には自分の知っている言葉、好きな言葉、なじみのある言葉がたくさん載っていることに気づかせるんです。

— 調べることより、探すことに力を入れるのはなぜですか。

例えば、人ごみの中で知らない人とすれ違っても気にも留めないけれど、知っている顔を見つけると遠く離れていても声を掛けたくなるでしょう。それと同じです。

多くの子どもは言葉の一部しか知りません。たくさんの使い方があるのにその方法を知らない。だから、分かっているようなふりをする。そこを突き崩して辞書を引く楽しさを身に着けさせるのが狙いです。

— その過程で付箋が生かされる。

そうですね。付箋には通し番号を振り、見つけた言葉を書き入れます。この作業を続けていくことで、子どもたちは辞書が「言葉の宝箱」であることに気づきます。

結果的に、辞書を読むのが好きになり、付箋の量でやる気を促す。最も大きな成果は学ぶ習慣や方法を身に付けることができる点でしょう。生涯学習にも通じます。

紙に印刷された辞書の再認識に一役

— 開発者として、辞書引き学習法が国語教育に投じた一石はどんな波紋を広げたと見ていますか。

大層なことは言えませんが、少なくとも紙の辞書が再認識されるようになったと思います。紙にはデジタルにはないメリットがあるということも含めて。そして、辞書の売れ行きを後押しした。

学習指導要領では辞書を使うことに触れていますが、その引き方において活用されているのは事実です。言葉を大切にする態度を育むうえで有効なメソッドであると言われたのは嬉しかったですね。

— 四半世紀に及ぶ活動を振り返って自己採点すると100点満点で何点ですか。

120点です。自分の教室でほそぼそと始めたことが世の中に認知され、海外でも評価されているという点において。実際、開発当初は、こんなに広がるとは思わなかった。現在、日本語のほか、英語、中国語、タミル語の学習でも活用されています。

— プライベートで使う辞書の第一選択はなんですか。

『角川必携国語辞典』です。フォントが見やすいので気に入っています。次に引くのが『岩波国語辞典』。スタンダードな語意を確かめるのに重宝します。抑えとして三省堂の『新明解国語辞典』(第4版)。癖はあるけれども、ある言葉がどんな風に描かれているかを読む楽しみがあるからです。

土下座を謝罪にしたのは水戸黄門だった?

— 最も頼りになると思われる辞書は?

小学館の『日本国語大辞典』(日国)です。先に挙げた3冊はいずれも小型辞典という分類ですが、すべての辞書でというと、これに尽きます。頼りにしています。ある言葉がそもそもの語源からどのように広がったり進化したりしたかについて現存辞書で最も詳しく書かれているからです。

例えば、ドラマの『半沢直樹』で注目された「土下座」。大和田さんの熱演のせいか、多くの人が「謝罪」の意味で使っていますが、もともとは身分の高い人に対して低い人がひざまずいてひれ伏すことだった。ところが、日国には二つ目の意味として、1955年に発表された文学作品の当該箇所を示して「謝る」という今日の使い方を取り上げています。

調べてみると、往年の時代劇役者、月形龍之介が水戸黄門を演じた同名映画が二つ目の意味を広めたらしいんです。黄門様と知らずに狼藉(ろうぜき)を働いた悪代官が後日、土下座をする場面。本来は相手の身分が高いからそうしただけなのに、あいつは悪いことをしたから謝っている、という解釈が独り歩きしてしまったフシがある。

— 月形龍之介版『水戸黄門』の封切りは1957年ですから、時期的にも合う。なんか推理小説の謎解きのようですね。

そんなことがちゃんと書いてあるんです。だから頼りになるし、手放せないんです。

完璧を求めず、習慣化させ、褒めてあげる

— 率直に言って辞書引き学習がうまくいくかどうかの差はどこにあると思いますか。

親御さんのスタンスだと思います。端的に言えば、子どもが自分で引くようになるまで粘り強く待つことです。「引きなさい」という言葉はNGですね。とにかく、自分で調べる言葉が出てくるまで待つ。でないと、習慣化しないからです。

— 意外と親の存在が大きいんですね。だとすると、どんな風に接するのが望ましいのですか。

辞書引き学習をしている時に何を調べたのか、どれだけ調べたかを見てあげることが大切です。学習を通じて新しい発見をした時には聞いてあげる。結果的に親子の交流も増えます。

その際の留意点は3つ。まず、完璧を求めないこと。次に、習慣化させること。そして、褒めてあげることです。たとえ探す時間がかかっても、付箋が曲がっていても口出ししたい気持ちをこらえるべきです。言葉を探させる時には意味をすべて読ませるといった完璧さを求めてはいけません。

褒める時は自発的に調べる喜びを味わわせるようにします。どんな言葉を見つけたかにも興味を持ってあげていただきたい。見つけた言葉に対する気づきや興味、使い方を学ぶことができるからです。何より、言葉への態度が変わる。そこが重要なんです。

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書いた人

「新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。『難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に』(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是高血圧。」