Culture
2020.11.13

僕ら80年代生まれの独創性は「写ルンです」が表現していた

この記事を書いた人
この記事に合いの手する人

この記事に合いの手する人

筆者は1984年生まれである。

この時代、日本の経済的繁栄は誰の目にも分かる形で表れていた。テレビもクルマもカメラもオーディオビジュアルも、いいものはみんな日本製という評判が海外でも不動のものになっていた。が、それはあくまでも世間一般の話。少なくとも、筆者の家庭にそうした恩恵は伝わっていなかったと思う。

貧困家庭というわけではなく、親父が公務員だったからだ。

そんな澤田家の記念日を写し出していたのは、富士フイルムの『写ルンです』だった。

公務員団地の思い出

基本的に、公務員というものは大幅な昇給が見込めない職業だ。不況に強い代わりに、バブル経済の好影響は一切伝わらない。

筆者が住んでいたのは神奈川県相模原市にある官舎、つまり公務員専用の団地である。親父は今はなき八王子刑務所の職員だった。神奈川医療少年院の隣の敷地に20年ほど前まで集合住宅が4棟あり、筆者の家族は2号棟に住んでいた。

この2号棟には武藤くん、川崎くん、加藤くん、下山田くんといった面々が住んでいて、筆者の遊び相手は専ら彼らだった。特に仲の良かったのは北海道出身の武藤くん。彼は本人もお父さんもゲームが大好きで、今話題のスーファミソフトは必ず持っていたほどだ。『ファイヤーエムブレム 紋章の謎』も『聖剣伝説2』も『マリオカート』も『ゼルダの伝説』も、武藤家は発売から間もないタイミングで購入していたと思う。

一方、澤田家の親父はゲームに対する関心はそこそこだったが、代わりに無線機マニアだった。どういうわけか、小型無線にハマっていた。決して多くはない可処分所得を無線機に回していた、というわけだ。

武藤家はゲーム、澤田家は無線機。互いの亭主が特定のものに入れ込んでいるから、大きなレンズのついている一眼レフカメラなどというものは持っていない。行楽に出かける時ですらも、当日に購入する写ルンですで済ませてしまう。

写ルンですは恐ろしく操作の簡単なカメラ……ではなく、レンズ付きフィルムだった。本体裏側の巻き上げダイヤルを回してシャッターボタンを押す。それだけだ。カメラの知識など皆無の小学生ですら扱えるものなのだから、放っておけば何枚でも撮影してしまう。筆者は調子に乗って写ルンですをまるまる1本無駄遣いし、親に怒られたこともある。

90年代を彩った製品

今回、この記事を書くにあたり写ルンですを買ってみた。

現在の筆者はフィルムカメラ好きで、しかもどういうわけか旧ソ連時代のロシア製カメラの愛好者。気が向いたらパチモノコンタックスとして有名な『キエフ』で遊んでいる。それに比べると、写ルンですはやはり操作機構が単純だ。筆者の恋人スズキSV400Sを撮影。被写体から最低でも1mは距離を撮らないとピンボケしてしまうのも、写ルンですの持ち味といったところか。このSVは初年度ロット、即ち1998年生産型である。それを写ルンですで撮影する。まるで90年代にタイムスリップしたかの光景だ。

現行販売の『写ルンです シンプルエース』の仕様は、シャッター速度1/140秒、絞りF10、ISO感度400。パッケージに予め最適な気象条件を記載しておけば、カメラ初心者でもミスショットを起こしづらい設定である。写ルンです以上に商業的成功を収めたレンズ付きフィルムは存在しない。

写ルンですを「レンズ付きフィルム」ではなく「使い捨てカメラ」と呼ぶ習慣が、当時はあった。よく考えれば、これだけ安っぽい製品を売り出してしまった富士フイルムの覚悟はとてつもないものがある。「安価な製品はメーカーのブランドイメージを傷つける可能性がある」というのは大人になってから知った知識だが、いずれにしろ写ルンですが「安さ重視のトイカメラ」ではなく「90年代の大衆文化を彩った製品」になったことは確か。

しかも、スマホの普及した現代になって写ルンですが見直されている。

僕らは今も

典型的な「写ルンです家庭」で育った筆者は、高級一眼レフカメラの写真に憧れていた。写ルンですのようなまったりとした写り具合ではなく、くっきりはっきりとした写真を撮りたかった。まるで、その場の景色をナイフで切り取ったかのような写真である。

しかしスマホのカメラでシャープな写真を撮れる時代が来ると、今度は写ルンですの風味が付加価値として認識されるようになった。スマホで撮影した画像を、わざわざ写真加工アプリで写ルンです風にする人もいる。

もしかしたらあの頃の筆者は、25年後の現象を先取りしていたのか……?少なくとも、あれほど憧れていた一眼レフカメラというものが今に至るまで「誰もが持っている製品」になっていないことは事実だ。あのオリンパスがカメラ事業を手放してしまったほどである。大衆は「写実的な画像」よりも「手軽さ」を選んだのだ。

僕らは今も、写ルンですの巻き上げダイヤルを回している。

▼写ルンですの購入はこちら
FUJIFILM フジカラーレンズ付フィルム 写ルンです スタンダードタイプ

書いた人

ノンフィクションライター、グラップリング選手、刀剣評論家。各メディアでテクノロジー、ガジェット、ライフハック、ナイフ評論、スタートアップビジネス等の記事を手がける。

この記事に合いの手する人

1995年、埼玉県出身。地元の特産品がトマトだからと無理矢理「とま子」と名付けられたが、まあまあ気に入っている。雑誌『和樂』編集部でアルバイトしていたところある日編集長に収穫される。趣味は筋トレ、スポーツ観戦。