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読み物
Culture
2020.12.03

幼い光源氏を残してこの世を去った、母と祖母。孤独に戦った2人の無念

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『源氏物語』の主人公・光源氏と言えば、帝の息子で絶世の美男子。女性関係も華やかで、何もかもに恵まれた男……というイメージがあるかもしれません。しかし、光源氏の母はいじめによって若くして亡くなり、祖母もまた後を追うように亡くなってしまいました。

あまりスポットライトの当たらない、光源氏の母・桐壺更衣(きりつぼのこうい)と、祖母・北の方の苦しみを紐解いていきたいと思います。

シングルマザーだった、光源氏の祖母

光源氏の祖母は、夫・大納言を亡くし、いわばシングルマザーとして娘・桐壺更衣を育てました。平安時代に夫や父を亡くすということは、妻や娘たちの後援者を失うことをも意味します。経済的に困るだけでなく、世間から軽んじられることもありました。

桐壺更衣 画:西川祐信 メトロポリタン美術館蔵

それでも、光源氏の祖母にあたる北の方は、両親が揃っている女性たちにも負けないよう、精一杯娘を支援します。それは全て、夫の遺言でもある娘の入内(じゅだい、帝のお妃の一人になること)を叶えるため。大勢いる妃の中では身分が劣るものの、何とか入内を果たした娘は、誰よりも帝から愛されました。そして光り輝くように美しい男の子、光源氏が生まれるのです。

嫉妬に嫌がらせ…心労による母の死

帝には大勢の妃たちがいます。誰もが「帝に愛され、将来天皇となる男の子を産む」という使命にかられ、一家の期待を背負って入内します。そんな中、身分が劣る桐壺更衣が帝の愛を独占。当然、他の妃たちは嫉妬に狂います。

桐壺更衣は、たくさんの嫌がらせを受けました。通り道の廊下に糞尿をばらまかれたり、閉じ込められたり。帝から愛されれば愛されるほど、周囲からさげすまれあら捜しをされ、もともと病弱だった桐壺更衣は、いよいよ死の床についてしまいます。

当時、宮中で人が死ぬのはいけないこととされていました。そのため桐壺更衣は、実家に帰らなければなりません。しかし帝は「死ぬときは一緒と約束したではないか。私を残して行かないで」といつまでも更衣を引き止めるのです。

せきたてられてようやく実家に帰った桐壺更衣ですが、そのまま消えるように亡くなってしまいました。まだ、10代後半~せいぜい20代前半だったと推測されます。この時光源氏は3歳。母が亡くなった際の様子は『源氏物語』にこのように書かれています。

何ごとかあらむとも思したらず、さぶらふ人々の泣きまどひ、上も涙の隙なく流れおはしますを、あやしと見たてまつりたまへるを。

(光源氏は)何が起こったかおわかりにならず、傍に仕える人々が泣きまどい、父帝もとめどなく涙を流しておられるのを、不思議なことと眺めていらっしゃる。

まだ物心のつかない光源氏。何もわからず佇む様子から、幼い子を残して去った桐壺更衣の死の悲しみがより一層深まります。

娘を失った悲しみに溺れる母の姿

最愛の妃を失った帝の悲しみは言うまでもなく、それ以上に悲しんだのが、桐壺更衣の母(光源氏の祖母)です。

「遺体を見ていてもまだ生きているかのよう。火葬で灰になるところを見て、諦めをつけましょう」と気丈にふるまって火葬場まで行ったものの、いざ娘が焼かれるとなると、車から落ちてしまいそうになるほど狼狽するのです。

これからが盛りの若く美しい娘。生きてさえいれば、帝と光源氏とともに、末永く幸せな日々を送れたかもしれない……。そんな希望も煙となって消え果て、ただ悲しみに暮れる毎日。娘のために手入れしていた庭も、雑草が生えて荒れてしまうのでした。

「早く娘のところに行きたい」その願いが届いたのか、光源氏の祖母も、6歳の光源氏を残して亡くなります。母を亡くした記憶のない光源氏ですが、祖母の死の折は物心もついていたので、恋しさのあまり涙を流します。光源氏は6歳という幼さで、母と祖母を亡くしたのです。

亡くなった2人の魂の行方

娘を喪った北の方の苦しみ・幼い息子を残して亡くなった桐壺更衣の無念さは、どれほどのものだったでしょうか。私には、この2人に、母親としての苦しみが凝縮されているかのように感じます。

桐壺更衣母子は、物語の序盤で消えてしまいます。しかし、残された光源氏は、母に生き写しと言われた義母・藤壺に母の姿を重ね、その恋に苦しみ続けるのです。

藤壺に生き写しの少女、若紫を垣間見る光源氏
『源氏物語五十四帖 和紫』画:広重 国立国会図書館デジタルコレクションより

2人の魂は無念のあまり成仏することなく、光源氏に生涯ついてまわっていたのでは、と感じるのは私の考えすぎでしょうか。

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誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ

アイキャッチ画像:『源氏物語五十四帖 桐壷』画:広重 国立国会図書館デジタルコレクションより
参考:日本古典文学全集『源氏物語(1)』小学館

書いた人

大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。

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