Culture
2021.01.09

「母子手帳」持ってる? コロナ時代の今こそ見直したい日本の大発明

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人生ではじめて自分のことについて書かれた手帳、今も持っていますか?
日本で生まれた方なら、それはきっと「母子健康手帳」、通称「母子手帳」です。

「母子手帳」というのは、妊娠したことを住んでいる地域の保健センターに届け出ると交付される手帳のこと。妊娠の経過や出産の記録、また生まれた子どもの乳幼児健診や予防接種の記録をつけることができます。子どもを迎え、育てる両親からのメッセージを書く欄もあります。また、妊娠中に起きる病気や感染症について注意すべきこと、食事と栄養についてのアドバイスなども載っています。

コロナ禍の2020年、わが家では母子手帳を見直すきっかけになったある出来事がありました。自粛期間中に思春期の子どもがストレスで体調を崩し、病院でこれまでの成長を聞かれ、答えるために母子手帳を引っ張り出すことになったのです。「母子手帳ってこんなふうに子どもが大きくなっても役立つものなんだ」と驚きました。
それを機に実家に確認してみたところ、残念ながらわたし自身の母子手帳は紛失してしまったとのこと。でも、夫は半世紀近く前に発行された自分の母子手帳を持っていました。

生まれてすぐに保育器に入ったと書いてあり「子どものころ体が弱かったと言っていたのは本当だったんだ」と思ったり、予防接種の記録を見て「やっぱり風疹の抗体検査を受けておいたら」と話したり。

たくさんの命の誕生によりそい、健康を支えてきた母子手帳。
現在では日本を飛び出して、途上国を含む世界50か国以上の国と地域で使われています。
国際母子手帳委員会の事務局長であり、途上国で保健医療の仕組みづくりを行っているNPO法人 HANDS(ハンズ)のテクニカルアドバイザーも務める板東あけみさんに、母子手帳のあゆみを教えてもらいました。

捨てないで! 母子手帳は命の道標

母子手帳の歴史は、第二次世界大戦中の1942年までさかのぼります。「産めよ増やせよ」の時代に妊娠中の女性に優先的に配給を保証し、また定期的な医師の診察を促すために母子手帳の前身となる「妊産婦手帳制度」が発足。
その後、児童福祉や母子保健に関する法律の施行とともに、また社会情勢なども踏まえ内容が改正されながら、1948年に「母子手帳」へ、そして現在の「母子健康手帳」という名称へとなりました。

1950年に発行された母子手帳。妊産婦と乳幼児に対して特別にガーゼと砂糖を配給したという記録が残されている。

1991年に都道府県の発行から市区町村の発行へと変わりましたが、妊娠の経過や出産、子どもの発育状態、乳幼児健診の記録などを記録するページは省令様式といって全国どこでも同じ内容。だから出産前後に里帰りをしても、引っ越しをしても、わたしたちは母子手帳を日本のどこの医療機関などでも使うことができます。

また、全国同じ省令様式のページ以外にも、発行する市区町村が自由に工夫できるページがあるのも特徴です。たとえば沖縄県では戦後低体重の赤ちゃんが多かったことから、継続的な支援ができるように20歳まで成長の記録を書き込めるようになっているのだそう。

「母子手帳は必要なときに持ち主にかわって、医療者に必要な情報を伝えてくれます」と板東さん。子どものころに病気にかかったかどうか、予防接種を受けたかどうかの記録が大人になってから海外に行くときに役立つこともあるので、絶対に捨てないでほしいと話します。

それだけではありません。お母さんが妊婦健診へ通った記録、出産の記録、子どもの発育の記録、そして母子手帳には妊婦さんやお母さんが気がついたことや悩みを聞き取れるように、気持ちを書く欄もあります。それは、生まれてくる命が愛され、守られていたというしるし。子どもが大きくなったときに、親の思いを知り自分の命の価値を知り、自己肯定感を高める一つの道標になるといいます。

子どもへの思いは世界共通

板東さんはこの母子手帳を世界に広める活動をしています。
1998年にベトナム南部のベンチェ省で導入を提案したのをスタートに、ベトナム全土で導入が決定したエピソードを話してくれました。
もともと特別支援学級の教師として障がいのある子どもの教育に携わってきた板東さん。30年前に「ベトナムの子ども達を支援する会」というNGOを立ち上げ、ベンチェ省で障がいのある子ども達の総合的なケアに取り組んできたそうです。

母子手帳を提案したのは、いつから障がいがあるのかと訊ねたときに、「1~2歳の頃に熱が出て、それからかなあ?」とはっきり分からない人が多かったのがきっかけ。分娩時仮死や、重度の黄疸などが主な原因となるアテトーゼタイプという脳性麻痺が、日本では約10%なのに対し、ベンチェ省では46%にのぼることが分かり、「早めに手立てを打てば防げるケースがあるのではないか、そのために母子手帳が役に立つのでは」と考えたのです。

ベトナムでの導入前研修で、「母子手帳は未来の青年を育み、豊かな国を創る」と話す板東さん。母子手帳は決して、妊婦さんと赤ちゃんだけのものではない。

「子どもを守りたいという思いは、本当に世界共通。母子手帳の意味を理解してもらえれば、お母さんもお父さんも熱心に使ってくれます」
母子手帳をベトナム全土に導入するために、少数民族の住む山岳地帯の地域でも使えるかどうかを確認した方がよいと考えた板東さん。ベンチェ省での導入後、中国国境沿いのハーザン省全域での母子手帳導入にも協力しました。
根底にあるのは、「だれひとり取り残さない(Leave No One Behind)」という母子手帳が掲げる信念です。

郡病院で出産した母親と付きそう父親。「妻は読めないので、ぼくが読んで妻に説明をしています。入院した時にぼく自身が妻の状態をうまく説明できなかったのですが、母子健康手帳を持ってきて病院の人に見せるだけで、妻の妊娠中の状態をよくわかってもらえて、妻のためにきちんとしてくださるので母子健康手帳があると、本当に助かります」。ハノイから車で6時間(300㎞)、ベトナム最北端にあるハーザン省にて。

ベトナム保健省は独立行政法人国際協力機構(JICA)やEUなどの国際協力機関、民間企業の協力を得て試行事業を行い、その後、全ての省で導入研修を終えました。そしてついに2020年からベトナム全土で、政府主導の母子手帳を「唯一の家庭保管の母子手帳」として統一的に使用するという決定に至ったのです。

リトルベビーハンドブックを知っていますか

「だれひとり取り残さない(Leave No One Behind)」
その思いは今、日本でも新しい取り組みとなって広がりつつあります。母子手帳のサブブックとして、小さく生まれた赤ちゃんと家族のために作られた冊子、「リトルベビーハンドブック」です。

静岡県のリトルベビーハンドブック。小さく生まれた赤ちゃんを育てるママのサークル「ぽこあぽこ」が2011年に初めて作ったのが、リトルベビーハンドブックのはじまり。

母子手帳では、赤ちゃんの成長を記録するグラフは体重1㎏、身長40㎝から始まります。それよりも小さく生まれた赤ちゃんは、身長や体重の記録ができません。また、赤ちゃんの月齢に応じて「あやすと笑うか」「首がすわったか」といった成長の目安を訊ねる質問がありますが、どうしても「いいえ」が重なりやすいのです。

リトルベビーハンドブックは、小さく生まれた赤ちゃんを育てるお母さんの気持ちに寄り添い、不安を和らげ、孤立を防ぐための冊子。母子手帳と組み合わせて使えるように、お母さんが精神的にとても辛い出産後すぐの時期に、新生児集中治療室(NICU)で配られます。
内容は赤ちゃんがNICUにいる時の記録や、決まった時期に「はい」「いいえ」で答えるのではなく、クリアできた日付を書くといった細やかな様式による発達の記録。そして、これまでに小さく生まれた赤ちゃんを育ててきた先輩のお母さん達からの、たくさんの経験談が載っています。

身長や体重は0から記録ができ、赤ちゃんのペースで細かく発達の記録ができる。しずおかリトルベビーハンドブックより

2018年から静岡県で公式に作成され、その評判を聞いた各自治体の関係者や医療関係者、そして小さく生まれた赤ちゃんを育てているお母さん達の声をきっかけに、愛知県名古屋市、埼玉県川口市、福岡県、岐阜県などで導入が始まっています。2020年現在作成中の県も複数あるとのこと。
NICUのある病院には、近隣の市区町村から赤ちゃんが集まります。こちらの赤ちゃんに配ってこちらには配れないということのないよう、できれば都道府県単位で全国へ広めていきたいと板東さん。

また、 NICUで配るときに、赤ちゃんと家族が退院後に暮らす地域の担当保健師に同席してもらうことが大切だと考えていると教えてくれました。これは、実際にリトルベビーハンドブックを作成した県庁職員から聞いたアイデアとのこと。
リトルベビーハンドブックを作成するための話し合いなどを通して、行政と医療と地域保健と当事者のネットワークが強まっていく、それがとても重要なことだと話します。
退院後も切れ目なく寄り添って社会支援ができるように。その目は、ずっと先まで見つめています。

「リトルベビーハンドブックの導入について関心のある方がいたらぜひ、NPO法人 HANDSまで連絡ください」と目標へ1歩1歩進んでいく、その姿に圧倒されました。

新型コロナ時代の今、誰もが孤独を感じやすいときかもしれません。
もしもあなたの家に母子手帳があったら、どうか捨てずにとっておいてください。
もしも新しい命とともに母子手帳を手にすることがあったら、たくさん書き込んでください。1冊1冊が、大切な命の記録です。

取材協力:
国際母子手帳委員会 事務局長 板東あけみさん
NPO法人 HANDS
URL:http://www.hands.or.jp/

書いた人

岩手生まれ、埼玉在住。書店アルバイト、足袋靴下メーカー営業事務、小学校の通知表ソフトのユーザー対応などを経て、Web編集&ライター業へ。趣味は茶の湯と少女マンガ、好きな言葉は「くう ねる あそぶ」。30代は子育てに身も心も捧げたが、40代はもう捧げきれないと自分自身へIターンを計画中。