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2021.04.03

クイズ!「玉の輿」の語源と伝わる女性はだーれだ?ヒントは徳川家のあの美女!

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玉の輿(たまのこし)とは、女性が結婚によって、裕福になることを意味します。現在ですと、IT起業家に見初められて結婚する女性とかでしょうか?

この言葉は、日本で古くから使われてきましたが、実はその由来となった女性がいるのはご存知でしょうか?

えっ、知らない!

さて、ここで問題です! その女性とは誰でしょうか? 3人の中からお選び下さい!

1. 細川ガラシャ

2. 桂昌院(けいしょういん)

3. 豊臣秀吉の妻・寧々(ねね)

 
答えは……。

2番の桂昌院でした! 桂昌院というと、徳川三代将軍家光の側室で、五代将軍綱吉の母として有名ですね。どうして、この言葉の元となったのでしょうか? 謎が深まります。

桂昌院は、京都の八百屋の娘だった!

桂昌院は、京都・西陣で八百屋を営む仁右衛門(にえもん)の次女として生まれたと伝えられています。織屋の娘だったとか、畳屋の娘だったという説もあり、はっきりとはしません。しかし、庶民出身であったことは確かなようです。

桂昌院が幼いころに実父は亡くなってしまいます。美人で評判だった母は、桂昌院とその姉を連れて、公卿侍の本庄宗利(ほんじょうむねとし)の家に奉公に上がります。その後、母が宗利の後妻となったため、桂昌院は養女になります。父の死という不幸な出来事がきっかけでしたが、身分がレベルアップした訳ですね。

でも、ここからどうやって家光の側室に...?

サクセスストーリーの始まりは、江戸行きから!

美人で利発だったという桂昌院の運命は、また大きく動きます。公卿の六条家の娘であった伊勢慶光院の住持(じゅうじ)は、環俗して大奥入りが決まり、お万の方と称します。

この時に、お万の方の縁故で、桂昌院が側仕えの女性に抜擢されたのです。当時、京都から江戸へと出向くのは、かなりの大事でした。この勇気ある選択が、後の桂昌院の人生を切り開いたのでしょう。

今なら新幹線で2時間ちょっとだけど、江戸時代は14日くらいかかったんだって。めちゃめちゃ遠い!

家光の側室となり、ついには、将軍の母に!

桂昌院は大奥に入り、部屋子としてお万の方に仕えていました。そこで、大奥を取り仕切っていた春日局の目に留まるのです。家光の乳母の春日局は、家光が若い頃に女性に興味を示さないのを心配していました。そのために、大奥を整備したと言われています。春日局は跡継ぎを生んでもらえるならと、家柄は重要視していませんでした。美貌と才覚のある若い女性を見つけては、スカウトし続けていました。

ここで家光との接点が!それにしても春日局は合理的な人だったんですね。

桂昌院は家光の側室となり、やがて後の将軍となる綱吉を出産するのです。「玉の輿」の語源はこのエピソードからきています。桂昌院は玉と呼ばれていました。玉が輿に乗って江戸へ嫁いだことから、低い身分から裕福な男性に見初められる出来事を、「玉の輿」と呼ぶようになったのです。桂昌院は最初は、お万の方に仕えるために江戸へ行ったので、実際に輿に乗ったのかどうかは定かではありません。

桂昌院は、流れに逆らわない順応性と、美貌と頭の良さを兼ね備えた女性だったのでしょうね。桂昌院は故郷である西陣の興隆に努め、生地の社である今宮神社の再興にも力を尽くしました。今宮神社には桂昌院のレリーフが飾られていて、玉の輿を願う女性が大勢お参りに訪れています。

順応性か〜人から固い!と言われる私には勉強になるなぁ。そして今宮神社はあぶり餅食べて終わってたから今度行くときはちゃんと見よう

アイキャッチ:メトロポリタン美術館

参考文献:日本大百科全集 小学館

紫野今宮神社

書いた人

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。

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‪‪銀行に10年務めたあと和樂webのスタッフに。音声コンテンツ『日本文化はロックだぜ!ベイベ』聞き手担当。頭も体も硬いので、今一番欲しいのは柔軟性。

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