マスク着用が日常化している昨今、「口臭が気になるようになった」「口呼吸が増えて口の中が乾きやすくなった」など、口内の悩みを抱えている人が増えているのだそう。また、おうち時間が増えて歯医者に行く機会が減り、虫歯などのトラブルが悪化しやすくなっているのだとか。
こういった現代病とも思える口内の悩みですが、実は江戸時代にはすでに存在しており、江戸っ子たちも熱心にオーラルケアに励んでいたのだそうです!では実際彼らはどのようなお手入れをしていたのでしょうか?今回は江戸時代のオーラルケア事情を深堀りしていきます!
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意外と古い!釈迦もすすめた歯磨きの歴史
虫歯や歯周病といった悩みはいつ頃から始まったと思いますか?なんと初期の人類アウストラロピテクスやネアンデルタール人の頭骨にも形跡が見つかっているのだそう!もはや人とは切っても切り離せない悩みとなっています。
そのため、必然的に歯磨きも古くからおこなわれるようになり、その起源は古代インドにまで遡ります。あの釈迦も歯磨きの必要性を説いており、弟子たちが守るべき戒律として定めていたようです。日本には奈良時代に仏教とともに伝来。701年には大宝律令で歯科医療が制度化されており、この頃にはすでにオーラルケアの必要性が認識されていたことがわかります。
江戸時代は身分が高い人ほど虫歯率が高かった!?
平安時代の医学書『医心方』には虫歯対策として歯磨きをすすめる記載があり、貴族など一部の上流階級ではある程度習慣化されていたと思われます。一般庶民に歯磨きの習慣が広まったのは江戸時代以降。歯科医療が庶民でも受けられるようになったことや、歯ブラシ・歯磨き粉が商品化されたこと、さらに砂糖を使ったお菓子文化が発展したことなどが後押しとなったと考えられます。
その後、次第に白い歯は粋の象徴とされるようになり、オーラルケアは江戸っ子のエチケットとして定着。歯磨きはもちろん、当時ベストセラーとなった美容本『都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)』や健康本『養生訓(ようじょうくん)』でも口臭を防ぐ方法や丈夫な歯を保つ方法が紹介されており、効果のほどはさておきさまざまなオーラルケアがあったようです。
〇口の臭きを治する伝
びゃくし 白芷
粉にして食の後、水にて飲むべし
出典:『都風俗化粧伝』
毎日、時々、歯を叩くこと36度すべし、歯かたくなり、虫くはず、歯の病なし
出典:『養生訓』
一方で虫歯に悩んでいる人も多く、『むし歯の歴史 または 歯に残された ヒトの歴史』(砂書房)によると、江戸の庶民には一人平均4〜5本の虫歯があったのだそう。特に将軍家や大名家など上流階級の人々の虫歯率が高く、中でも大のスイーツ好きとして知られる14代将軍徳川家茂は、なんと30本もあったのだとか!上流階級の人々は庶民に比べて咀嚼を必要としない柔らかいものや甘いものを摂取する機会が多かったため、口内トラブルを起こしやすい傾向にあったようです。
カワイイ看板娘が売る江戸の歯ブラシ「房楊枝」
当時歯磨きに使われていた道具は、房楊枝(ふさようじ)と呼ばれるもの。京都郊外で考案され、猿屋の商品として売り出されたのがはじまりと言われています。材料は楊柳(ようりゅう)で、一端は枝を砕いて房状にし、もう一端は爪楊枝のように細く削られていました。今でいう歯ブラシとデンタルピックが一緒になったような形です。
この房楊枝は、楊枝店で買うことができました。当時浅草寺界隈には楊枝店が何件も並んでおり、若くてカワイイ売り子が販売。当時の江戸は男女比が倍ほど違う男性過多の社会だったので、歯ブラシとはいえ美人目当てに足しげく通う男性客も多かったのかもしれません。特に浅草寺奥山の楊枝屋「柳屋」のお藤は大人気で、水茶屋「鍵屋」のお仙、同じく水茶屋「蔦屋」のおよしと並んで“明和の三美人”と呼ばれていました。
江戸時代には歯磨き粉が100種類以上もあった!?
実は江戸時代は、空前の歯磨き粉ブームが起こった時代でもあります。元々日本では古くから塩で歯を磨く習慣がありましたが、歯磨き粉として製品化されたのは江戸時代初期のこと。1643年、丁字屋喜佐衛門(ちょうじやきざえもん)という商人が朝鮮から伝授された歯磨き粉を「大明香薬(だいめいこうやく)」として販売したのがはじまりとされています。房州砂(ぼうしゅうずな)という粘土の細かい粒を原料に、丁子(ちょうじ)や龍脳(りゅうのう)などの香料・香辛料を加えて作られたもので、歯のホワイトニングや口臭予防に効果的なものとして評判となりました。その後も「乳香散(にゅうこうさん)」や「漱石香(そうせきこう)」など数多くの商品が販売され、有名作家や浮世絵師の作品に登場させて宣伝効果を狙うプロモーション活動も行われるように。その結果、文化・文政期(1800年代初頭)には100種類以上もの歯磨き粉があったそうです。
歯磨き粉は小間物店と呼ばれる雑貨屋や銭湯、寺社の境内の露店など、色々なところで販売されていました。
また、大道芸で客を集めて商品を売る歯磨き粉専門の行商人もいました。
価格は1袋8~10文(約200~250円)ほどのプチプラなものから、1袋130文(約3,000円)の高価なものまでさまざま。ちなみに、当時は現在のような練り状のものではなく、すべて粉末状でした。
家康や杉田玄白も入れ歯だった!意外と古い日本の入れ歯史
念入りなオーラルケアを行っていても、美しい歯を長年キープし続けることは現代でも至難の業。当然江戸時代の人びとも虫歯や加齢などによって歯を失うことがありました。そんなときに活躍していたのが入れ歯です。
世界でもっとも古い入れ歯はエジプト・ギザのピラミッドから発見されており、紀元前2,500年頃のものとされています。日本においても奈良時代の頃から義歯のようなものがあり、室町時代末期頃のものと思われる和歌山市願成寺(がんしょうじ)の尼僧・仏姫(ほとけひめ)の入れ歯は、木製のものとしては現存する世界最古のものとして知られています。
もともと入れ歯作りは仏師の内職として始まりましたが、江戸時代になると専門の職人も登場。当時は木ロウで型を取り、ツゲの木を削って作ったものでした。徳川家康や将軍家兵法指南役だった柳生宗冬(やぎゅうむねふゆ)といった武家の人々のほか、本居宣長や杉田玄白、滝沢馬琴ら文化人の間でも使用され、一般にも広く普及していたことがうかがえます。
オーラルケアにも効果的だったお歯黒
江戸時代で歯に関することといえば、お歯黒を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
お歯黒の起源については諸説ありますが、古墳時代以前から明治初期頃まで続いた伝統的なメイクの一種で、地方によっては大正時代まで続いていたそうです。
もともと公家や貴族を中心に行われていましたが、江戸時代になると公家と女性に限定されるように。江戸っ子の白い歯とは対照的ですが、女性のお歯黒は“二夫にまみえず”という貞操観念を表したもので、結婚、あるいは出産を機に歯を黒く染めるようになりました。
このような既婚女性の証である一方、高いオーラルケア効果もあったようで、北陸の一部地域では「お歯黒の女性に歯医者はいらない」ともいわれていたそうです。
お歯黒に使われるのは、沸騰させたお茶に焼いた古釘・飴・麹・砂糖を入れた鉄漿水(かねみず)と*五倍子(ふしこ / ふしのこ)。鉄漿水の鉄分や五倍子に含まれるタンニンに歯や歯茎を強化する効果があり、またムラなく染めるためにお歯黒をする前に歯の汚れを楊枝でキレイに取り除く習慣があったことが、虫歯予防につながっていたようです。
*五倍子…ヌルデの若葉に寄生したヌルデシロアブラムシの刺激によって、植物体の保護成分 であるタンニン酸が集中し、膨らんだもの。虫こぶの一種。
オーラルケアもニューノーマルな時代へ
以上のように、一つの文化として確立していた江戸流のオーラルケアの多くは、明治時代に入ると終焉を迎えます。現在の形に近い毛を使った歯ブラシや西洋処方の歯磨き粉が普及し、海外からの評判が良くなかったお歯黒も廃止されました。医療においても江戸時代までの主流であった漢方医学に代わって西洋医学が台頭。近代的な公衆衛生の観点に基づくオーラルケアが定着していきました。
すこやかな口内環境をキープすることは、いつの時代でも変わらない共通のテーマ。けれども、時代とともにそのケアの方法も変化していきます。
そして現代のお手入れ方法も、いつでも手軽に口臭ケアできるタブレットや災害時にも使える歯磨きシートの登場、おうち時間を有効に使えるリモート診療の導入や歯科衛生士によるオーラルケアのオンラインレッスンの実施など、江戸っ子もびっくりなニューノーマルな時代を迎えつつあります。今後時代とともにオーラルケアがどんな進化を遂げるのか、ぜひみなさんも注目してみてはいかがでしょうか?
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【参考資料】
『江戸っ子は虫歯しらず?』(講談社)石川英輔
『むし歯の歴史 または 歯に残された ヒトの歴史』(砂書房)竹原直道・他
『歯にいいはなし』(医歯薬出版株式会社)香川県歯科医師会 編
『都風俗化粧伝』(平凡社)佐山半七丸 / 速水春暁斎 画図 / 高橋雅夫 校注
『貝原益軒 養生訓』(やずや)やずや編集部・訳 / 木村尚三郎・解説
『歯の風俗誌』(時空出版)長谷川正康
公益社団法人神奈川県歯科医師会 歯の博物館HP
『【歯科医院88カ所に聞いた、コロナ禍における来院患者の実態調査】歯科医院の4割以上が、コロナ禍において「口内環境が悪い患者が増えた」と回答。』
『【最新口腔ケア情報5つ】乳酸菌サプリ、抗菌グッズで口内環境改善!』
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