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2021.06.23

フランスで発見!『源氏物語』夕顔の死を描いた幻の絵巻物・盛安本の謎を解き明かす!

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「物語のキャラや場面をビジュアルで見たい! 続きを読みたい! 自分でも描きたい!」というファンの思いは、今も昔も変わらない―。『源氏物語』を描いた絵巻物や屏風絵、写本や印刷本などを見るにつけ、そう感じます。世界最古の長編小説『源氏物語』はいかにして、広く知られるようになったのでしょうか。「幻の源氏物語絵巻」と呼ばれる盛安本の「夕顔」断簡を日本初公開している印刷博物館の企画展『和書ルネサンス 江戸・明治初期の本にみる伝統と革新』(2021年7月18日まで開催中)のレポートを織り交ぜて、解き明かしていきたいと思います。

「盛安本源氏物語絵巻」は国内外に散在し、全容が不明であることから「幻」とされているそうです

2つの源氏物語絵巻を比べてみれば

『源氏物語』を絵にした作品は、源氏絵といいます。紫式部が執筆していた当時から数多く作られてきましたが、現存する最古の源氏絵は国宝《源氏物語絵巻》です。教科書や2000円札で、目にした人も多いでしょう。王朝文化の香りを伝える傑作です。

源氏絵の最高傑作 国宝《源氏物語絵巻》

国宝《源氏物語絵巻》は、物語が完成した100年余のちの12世紀前半、院政期に成立しました。54帖から各帖1~3場面ずつ描いた絵に、それに合わせた本文を書き写した詞書(ことばがき)が添えられています。元々は全部で80~90段の絵と詞書からなる豪華セットだったとされますが、現存するのは4分の1程度、19段分の絵と20段分の詞書のみ。このうち名古屋・徳川美術館に「柏木」や「宿木(やどりぎ)」など9帖15段分の絵と詞書、詞書のみの1段分、東京・五島美術館には「夕霧」など3帖4段分の絵と詞書が伝わっています。

私がこの絵巻に魅入られたのは、仕事の関係で名古屋に住んでいた時、徳川美術館で特別展示されていた実物を見たのがきっかけです。落とした照明の中、ガラスケース越しに浮かんだのは、色がはげ落ちて、地味で寂しげな絵。豪華絢爛(けんらん)な王朝絵巻を期待していたので、拍子抜けしたのを覚えています。

「国宝《源氏物語絵巻》「柏木三」 徳川美術館蔵 国立国会図書館デジタルコレクション 妻の女三宮が柏木と不倫をして生んだ子・薫を我が子として抱く光源氏。絵巻の中で最も劇的な場面とされる

細い目に、「くの字」の鼻の「引目鉤鼻(ひきめかぎはな)」に、屋根を取り除いて室内を覗き込む「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」。独特な描き方にも最初は戸惑うばかり。それでも、その場を離れがたい磁場を感じたのです。

一見、同じに見える人物の顔は能面に似て、微妙な違いで心の機微が伝わってきました。抽象的だからこそ、さまざまな感情を呼び覚まされました。千年という時の流れを感じさせる落剥(らくはく)に宿る寂寥(せきりょう)の美。常緑樹のように鮮やかに映える、畳や御簾、装束に用いられた緑青。天が冷酷に人々を見下ろすかのような構図。絵巻が醸し出す佇まいに、いつの間にか引き込まれていました。それ以来、徳川美術館で毎年秋に数点ずつ公開される特別展示に足を運び、展示監視のボランティアをしたこともありました。

夕顔の死を描いた幻の源氏物語絵巻

そんな源氏物語絵巻ファンの私の耳に、2019年1月、ニュースが飛び込んできました。国内外に散逸していた「幻」と呼ばれる《盛安本 源氏物語絵巻》のうち、夕顔の死を描いた断簡(だんかん、絵巻を掛軸に仕立て直した作品)が、フランスで発見されたというのです。この目で見てみたいと思い続けてきましたが、東京・小石川の印刷博物館で日本初公開されていると聞きつけ、取材に出掛けてみました。学芸員の中西保仁さん、式洋子さんの2人からお伺いした解説を交え、《盛安本 源氏物語絵巻》の秘密をたっぷりお届けします。

重要文化財 《盛安本 源氏物語絵巻》「末摘花 上巻」1650年代 石山寺蔵

まず、《盛安本 源氏物語絵巻》について、ざっくりと説明します。江戸時代初期の1650年代に制作され、奥書にあるプロデューサー杉原盛安(もりやす)の印から《盛安本 源氏物語絵巻》と言います。石山寺(滋賀県大津市)やニューヨークのメトロポリタン美術館などが所蔵する「桐壺(きりつぼ)」「帚木(ははきぎ)」「末摘花(すえつむはな)」「葵」「賢木(さかき)」の5巻が国内外で見つかり、注目を集めています。

《盛安本 源氏物語絵巻》でまず目に飛び込んでくるのは、キンキラキンの世界。枯淡の極致のような国宝《源氏物語絵巻》とは対極にあります。「建物の横にある黄金の庭から、フランスでは、《黄金の庭絵巻》と呼ばれています」と中西さん。人物の心情を託した樹木の描写に力を注いでいると分析する研究者も多いそうです。

人の心の描写が植物で表現されてるんだ!

庭に漂う金雲の地の部分は、赤みを帯びた金の合金「赤金(あかきん)」、縁には金に銀を混ぜた「青金(あおきん)」で描かれています。さらによく見ると、横に筋が入っています。これは金粉を圧着するために瑪瑙(めのう)で磨いた跡。これこそが盛安本の最大の特徴で、日本美術研究者の佐野みどり・学習院大学教授らによる「夕顔」の断簡鑑定の決め手になりました。

この金雲の表現は、平安時代末期に平清盛が平家一門の繁栄を願い、厳島神社に奉納した経巻「平家納経(のうきょう)」で使われた、珍しい技法だったそうです。600年前の平安文化に対するリスペクトから、この技法を取り入れた《盛安本 源氏物語絵巻》のプロデューサー・杉原盛安とは、どんな人物だったのでしょうか。

書誌学の世界で古典の書物を数多く所蔵する愛書家で知られ、「盛安」という蔵書印の古書が数多く見つかっています。また、日本美術界でも「盛安」は有名でした。しかし、ジャンルを超えて活躍していた2人の「盛安」が同一人物だと判明したのは、近年のこと。生没年不明で、今なお多くの謎が残されています。

「盛安は古典文学に高い素養を持っていました。スポンサーとされる京の公家・九条家とも、和歌などを通じてつながりがあり、絵巻の奥書に記載されている市川光重ら有名な絵師たちを集められるパイプもあったと思いますね」と中西さん。

蔵書家だった盛安の「すべてをコンプリートしたい」というコレクター魂を感じたのは、《盛安本 源氏物語絵巻》が長大な『源氏物語』54帖すべてを絵画化し、全文を詞書に書き写そうとしたところ。前述した通り、国宝《源氏物語絵巻》など他の源氏絵は1帖ごとに1~2場面を選んで描かれるのが通例なので異色の絵巻です。

「夕顔」の断簡が発見された時、夕顔の死が克明に描かれた点が注目を集めました。なぜなら、不吉な場面を忌避するため、死の場面はほとんど絵に描かれてこなかったからです。「夕顔の死を敢えて描こうとしたのではなく、原作に忠実に絵画化しようとしたら、描かないわけにはいかなかったのでは」と中西さんは見ています。

《盛安本 源氏物語絵巻》「夕顔」断簡(「夕顔の死」の場面) 1650年代 個人蔵(フランス)

断簡の画面中央に横たわるのが、物の怪に襲われて亡くなった夕顔。彼女の額に手をやり、嘆き悲しんでいるのが光源氏。半蔀(はじとみ)や襖に穴が空いていて、荒れ果てた廃院の様子をリアルに表現しています。隣室には、異変に気づいて駆け寄る従者もいれば、 魔よけのまじないで弓の弦(つる)をはじき鳴らす従者、寝そべっている従者も。「すべてを克明に描く」ことに腐心した盛安の執念を感じます。

《盛安本 源氏物語絵巻》がもし、完成していれば、200巻以上になる最大規模の絵巻になっていたはず。しかし、藤壺中宮が出家する第10帖「賢木(さかき)」までしか見つかっていないので、制作は途中で頓挫したと考えられています。

未完に終わったとはいえ、無名の愛書家にすぎなかった盛安が、これだけの一大プロジェクトを企画できたことに驚かされました。白河上皇らが企画した国家プロジェクトだった国宝《源氏物語絵巻》とは大きく異なります。江戸時代初期には、源氏物語がそれだけ広まっていた証でしょう。

元々は人の手による写本で限られた人しか見れなかった源氏物語が、どうやって人々に広まっていったのかな〜?

『源氏物語』普及を支えた印刷革命

実は《盛安本 源氏物語絵巻》制作の半世紀前、1590年頃、源氏物語普及に寄与した画期的な技術革命が起きていました。活版印刷が16世紀末、豊臣秀吉による朝鮮出兵やイエズス会の宣教師来日などを契機に、日本にもたらされていたのです。

古活字版で出版 日本古典文学リバイバル

『源氏物語』は、紫式部の書いた原文を手で書き写した「写本」によって、広まりました。写本は貴族など一握りの上層部の知識階級の間に秘伝のように伝わっていただけでしたが、活版印刷の登場が『源氏物語』大衆化への道を切り拓いたのです。

活版印刷の中でも、木活字や銅活字で印刷・刊行された書物を「古活字版(こかつじばん)」といいます。京都の富裕層が、平安や鎌倉時代の古典作品を古活字版で次々と出版し、一般に広まるきっかけとなりました。しかし、残念ながら、古活字版の時代は短期間で終わりました。アルファベットの活字を作れば済むヨーロッパとは違い、日本では漢字や平仮名など数千もの文字があるため、2~3字ずつをひとかたまりにした活字を組む古活字版は、効率が悪かったからです。結局、古活字版が作られたのは、1590年頃から1640年頃までの50年間。その後は、ページごと木版を彫って刷る木版印刷に取って代われるようになります。

文字の成り立ちと印刷技術って関係があるんだ〜

古活字版の半世紀の歴史で、約1200点が出版され、その半数は日本の古典文学作品でした。印刷博物館の中西さんと式さんたちが調べたところ、出版数が多かった文学作品の上位ランキングは、1位『徒然草』(26点)、2位『太平記』(22点)、3位19点同点で『伊勢物語』と『平家物語』でした。

つれづれなるままに…という冒頭だけは覚えてる

長すぎて1位じゃなかった『源氏物語』

てっきり『源氏物語』が1位かと思っていましたが、6位の15点。54帖がそろわないと完本とはならないので、出版が難しかったのかもしれません。

「10行本 源氏物語」紫式部・著 京都 1601(慶長6)年以前 活版 実践女子大学図書館蔵 右手に積まれているのは、「桐壷」「蓬生(よもぎう)」が欠けた52帖分。1部刷るだけでこれだけのボリュームがある

古活字版で印刷された最古の源氏物語は、「10行本 源氏物語」。平仮名交じりの文が1ページ当たり10行分印刷されているので、「10行本」と呼ばれています。活字とは思えないほど、流麗な文字が並んでいます。

「伝嵯峨本源氏物語」紫式部・著 京都 慶長年間(1596-1615) 活版 「10行本」に次いで古い古活字版の『源氏物語』。彫る技術が進歩して活字が小さくなり、1ページに11行印刷されています

古活字版1点当たりの印刷部数は、最大でも数十部しかありませんでしたが、正しいテキストが、京都から全国に伝わったのです。古典文学の読者層は、武家や裕福な商人階級にも拡大しました。「平安や鎌倉時代の古典文学作品を再発見する『和書ルネサンス』につながった」と、中西さんはその意義を強調します。《盛安本 源氏物語絵巻》も、この文化潮流の中で生まれたのでしょう。

江戸時代に花開いた出版文化

出版文化が花開いた江戸時代、本屋が本や浮世絵の制作・発行も企画し、卸や販売も一手に引き受けていました。今でいうと、出版社と出版取次会社、書店を兼ねた一大企業のイメージでしょうか。源氏物語の楽しみ方も一気に大衆化。エンターテインメント小説版の『源氏物語』も登場します。

大ベストセラーになったパロディー小説

通油町(とおりあぶらちょう、現在の日本橋)の本屋、仙鶴堂が放った江戸時代最大のベストセラーが、『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』。タイトルから察しがつく通り、『源氏物語』のパロディーで、作・柳亭種彦(りゅうていたねひこ)&画・歌川国貞のコンビが生んだ長編の絵入り娯楽本です。

『偐紫田舎源氏』 柳亭種彦・著 歌川国貞・画 裏表紙には源氏香の5本線のマークが散りばめられている
結構文字がびっしり!

主人公の足利光氏(みつうじ)は、光源氏から好色を引き継いだキャラ。その他の登場人物たちも源氏ゆかりの設定で登場します。室町時代に置き換えて、応仁の乱を背景に、逆臣を懲らしめる勧善懲悪話でした。企画展で展示されている本の裏表紙には、源氏香の5本線のマークがデザインされています。「細部までおしゃれが行き届いていると思いました」と式さんがしきりと感心していました。

キャラ立ちした主人公・光氏(光源氏)

江戸っ子たちの大評判を取った理由の一つが、国貞の歌舞伎調の挿し絵でした。光氏のトレードマークは、大髷(まげ)の髻(もとどり)に紫色のひもを使い、先端を2つに割った「海老茶筅髷(えびちゃせんまげ)」という独特の髪型で、国貞が考案したとされています。キャラ立ちがすごいです。ただ、この出で立ちでなぜモテたのかが不思議です。

『偐紫田舎源氏』12編上 国立国会図書館デジタルコレクション 主人公・足利光氏 伊勢エビが乗っかっているような「海老茶筅髷」がトレードマーク

大ヒット作に便乗する動きは江戸時代も同じで、『偐紫田舎源氏』の成功は数多くのパロディーや二次創作を生みました。『偐紫田舎源氏』は1829年から14年間に38編152冊が出版されましたが、光氏の暮らしぶりが将軍家斉の大奥を描いたとされ、天保の改革で絶版の処分を受け、未完に終わりました。

『風流源氏絵合』 (左)3代豊国・画 (中)と(右)初代歌川広重・画 伊勢屋兼吉・出版 江戸 1853(嘉永6)年 木版

『偐紫田舎源氏』の大ヒットを受け、錦絵でも源氏絵が流行しました。『風流源氏絵合』は3つのパートに分かれています。中央と右の部分の渡月橋や法輪寺を描いた京・嵯峨野の情景は、風景画を得意とした初代歌川広重が担当。左部分は、人物画で有名な3代豊国が筆をふるいました。2人の絵師がコラボした贅沢な一品です。さて、ここでクイズです。源氏物語ゆかりの絵だと知らせる「暗号」が絵の中に仕込まれているのが分かりますか?

実は、左の女性の着物の柄に「む」「ら」「さ」「き」とあるのです。女性が眺めている花は、紫の上が源氏物語の「野分(のわき)」の巻で、好きな花だと語っている山桜。分かる人には分かる。そんな粋がきいています。

源氏物語の人物を描く絵手本も

読んだり、見たりするだけにとどまらず、「自分で源氏絵を描いてみたい」と、江戸時代の読者たちは思ったようです。そのニーズに応えた本が、『人物略画式』という人物をテーマとした絵手本で、葛飾北斎による『北斎漫画』の先駆けともいわれています。

『人物略画式』 鍬形恵斎・画 1813(文化10)年 木版 実践女子大学図書館 左のページに源氏物語の登場人物のモチーフが描かれている
今で言うイラスト素材集みたいな感じかな?

この中には、『源氏物語』の登場人物のモチーフも。上の写真には、「桐壺」「帚木」「夕顔」「若紫」「末摘花」が描かれています。この本を必要としたのは、自作の詩歌や俳句に即興で絵を添えたいと思っていた絵の素人たちでした。町人文化が栄えた江戸時代、人々は遊び心を持って源氏物語に親しんでいました。

現代に入っても、『源氏物語』は漫画や映画、歌舞伎などに形を変えて受け継がれ、作家たちが競って現代語訳を発表しています。このように広まった背景には、縁の下の力持ちとして支えた写本の書き手や活字の作り手、絵巻の描き手、摺師(すりし)たちの存在と、ファンたちの熱量があったことを、今回の印刷博物館の企画展で知り、胸が熱くなりました。機会のある方は企画展に足を運び、普及を支えた人々の軌跡に思いを寄せてほしいと思います。

展覧会情報

企画展「和書ルネサンス 江戸・明治初期の本にみる伝統と革新」
会期:2021年4月17日(土) ~ 2021年7月18日(日)※2021年4月28日(水)より臨時休館していましたが、6月1日(火)より再開館
場所:印刷博物館(東京都文京区水道1丁目3番3号 トッパン小石川本社ビル)
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:月曜日
入館料 一般800円、学生500円、高校生300円、中学生以下および70才歳以上は無料
公式サイト
※新型コロナウイルス感染拡大のため、最新情報は公式サイトでご確認ください。
参考文献
『NHK国宝への旅 第8巻』NHK取材班・著 日本放送出版協会1987年
『源氏物語 天皇になれなかった皇子のものがたり』三田村雅子・著 芸術新潮編集部・編 新潮社2008年
『源氏物語絵巻の謎を読み解く』三谷邦明 三田村雅子・著 角川選書1998年
『週刊朝日百科 世界の文学24 源氏物語』1999年

『源氏物語』の作者、紫式部に関する基礎知識はこちら

紫式部はどんな人? 意外と苦労の多かった女流作家の素顔とは。3分でわかる記事は以下よりどうぞ!

書いた人

大阪生まれ、横浜育ち、名古屋を経て東京住まい。就職浪人ののち記者歴20年超。ロスジェネ世代ゆえの粘り強さとフットワークの軽さが身上。小4から新聞中毒。社会問題から舞台やアートなど全方位に興味があり。橋本治に私淑。国際演劇評論家協会(AICT)日本センター会員で『シアターアーツ』編集部員。アイコンは5歳の時に描いた自画像。正面向きでも鼻を明示したくて青で塗った個性は「五つ子の魂 百まで」。

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編集長から「先入観に支配された女」というリングネームをもらうくらい頭がかっちかち。頭だけじゃなく体も硬く、一番欲しいのは柔軟性。音声コンテンツ『日本文化はロックだぜ!ベイベ』『アートラジオ』担当。ポテチと噛みごたえのあるグミが好きです。