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2021.12.30

源義経が脇役の歌舞伎『義経千本桜』あらすじと見どころを解説!

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突然ですが、歌舞伎『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』をご覧になったことはありますか?
タイトルから、「源義経(みなもとのよしつね)が主役の歌舞伎?」と思った方もいるかもしれませんが、実は違うんです!

なんだって!?

『義経千本桜』の元ネタは、源義経とその家来たちを中心とした軍記物語『義経記(ぎけいき)』です。歌舞伎だけではなく、能や人形浄瑠璃の元ネタともなっていて、義経やその周辺人物のイメージの多くは『義経記』に準拠しているのだとか。
『義経千本桜』では、源平の戦いで功績のあった源義経が、兄・頼朝(よりとも)と仲が悪くなって都を落ちのびていく物語に、死んだはずの平氏の武将が実は生きていて、義経に復讐を企てたりと、様々な人間ドラマが繰り広げられます。でも、タイトルロールの義経は、各場面のヒーローキャラの引き立て役だったりと脇役扱い。さらには、義経の出番が全くない場面すらあるのです!

三大義太夫狂言の一つ『義経千本桜』

『義経千本桜』は、竹田出雲(たけだいずも)・三好松洛(みよししょうらく)・並木千柳(なみきせんりゅう)の合作で、全五段の作品。延享4(1747)年、大坂・竹本座で人形浄瑠璃の作品として初演されて大人気となり、翌年、江戸の中村座、森田座で歌舞伎として上演されました。

一勇斎国芳「江戸錦今様国尽 乳母お辻・源義経 讃岐・伊予」より 国立国会図書館デジタルコレクション
「小忌衣(おみごろも)」と呼ばれる歌舞伎独特の衣裳を着た義経を描いています。「小忌衣」は、位の高い人物の部屋着で、首の後ろで立つようになっている「ひだ」のついた襟(えり)が特徴です。

『義経千本桜』は、赤穂浪士の討ち入りを南北朝時代の『太平記』の世界に置き換えた『仮名手本忠臣蔵(かなてほんちゅうしんぐら)』、三つ子誕生のニュースを菅原道真(すがわらのみちざね)を取り巻く3人の舎人(とねり/皇族や貴族に仕え、警備や雑用などに従事していた者)に仕立てた『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』と並ぶ、三大義太夫狂言の一つ。現在でも人気のあり、上演の多い作品です。

平安時代に失脚して怨霊になった(とされる)菅原道真。今は学問の神様として有名ですね!

義太夫狂言とは、人形浄瑠璃(現在の文楽)から歌舞伎に移入された狂言のこと。舞台右手に位置する太夫が太棹三味線の伴奏に合わせて情感豊かに物語を語り、セリフと動作は舞台の役者が演じるのが特徴です。

『義経千本桜』のヒーローは、この3人!

『義経千本桜』では、3人のヒーローが活躍します。

1人目は、二段目「渡海屋(とかいや)・大物浦(だいもつのうら)」に登場する平氏の武将・平知盛(たいらのとももり)。『平家物語』をはじめ、能や人形浄瑠璃でも知勇を兼ね備えた武将として登場します。『義経千本桜』では、戦で亡くなったと思われていた平知盛が実は生きていて、幽霊に化けて義経を襲いますが……。
2人目は、大和国(やまとのくに/現在の奈良県)に住む、「いがみの権太」と呼ばれるヤンキーの青年。父親から勘当され、結婚して父親になってもゆすり・たかりが止められないワルですが、家族思いの一面も。
3人目(?)は、「狐忠信(きつねただのぶ)」と呼ばれる狐。義経の家来に化けて静御前のお供をしますが、その理由とは……。

香蝶楼豊国「見立三十六句撰 しつか・狐忠信」 国立国会図書館デジタルコレクション

『義経千本桜』は、源平の合戦という壮大な歴史絵巻の中で、ヒーロー3人(正しくは、2人と1匹?)の三者三様の生きざまを描いた、ロマンとファンタジーあふれる作品なのです!

幽霊のコスプレ+ヤンキー+狐。メンツが濃い。

あの登場人物の正体は?

歌舞伎では、「実は○○」という本来の身分を隠したキャラが登場します。恋人同士が実は兄妹だったり、敵同士が実は親子と判明したり……。
歌舞伎の様式美の中で、
「えっ~~、そうだったの~~。」
という、予想外の展開が繰り広げられます。

こういう設定、マンガとかドラマでもあるある~!

二重設定のキャラは、『義経千本桜』にもたくさん登場します。キャラを演じ分け、一瞬で違ったキャラに変身して魅せる演技力が、役者さんにも求められます。

物語の鍵を握っているのは、やはり義経!

源平の合戦で大きな功績をあげながら、兄・頼朝と対立して悲運の最期を遂げた源義経。その生涯の物語は昔から人気が高く、強い力を持つ側よりも、弱い立場の者に肩入れする「判官びいき」という言葉も生まれています。
「判官」は「ほうがん」または「はんがん」と読みますが、源義経は「ほうがん」です。

豊原国周「源義経 市川団十郎・静御前 岩井半四郎・狐忠信 尾上菊五郎」 国立国会図書館デジタルコレクション

義経の活躍と悲運の最期は多くの伝説や物語を生み出し、いつしか「判官」といえば義経のことを指すようになっていきます。
『義経千本桜』では義経は脇役扱いですが、義経を勤める役者さんには御大将にふさわしい大きさと品格、追われる貴公子としての風情が求められる難しい役でもあるのです!(もちろん、見た目も大事!)

ひゃ~確かにこれは難しそう!! 

『義経千本桜』は、こんな作品 ~あらすじと見どころ紹介~

『義経千本桜』では、源義経と死んだと思われていた平家の3人の武将-平知盛、維盛(これもり)、教経(のりつね)-の運命を軸に、いがみの権太、狐忠信の挿話が複雑にからみながら物語が進行します。

【初段】大内・北嵯峨庵室・堀川御所

大内】源義経は平氏を滅ぼした後、後白河法皇から禁裏の重宝「初音(はつね)の鼓」を賜ります。しかし、義経が兄・頼朝と不和になったのを知った法皇の側近の左大臣・藤原朝方(ふじわらのともかた)の陰謀で、鼓には「兄・頼朝を討て」という謎が込められていたのです!

北嵯峨庵室】維盛の御台・若葉内侍(わかばのないし)と若君・六代(ろくだい)は、北嵯峨の庵室に身を潜めていましたが、家来の主馬小金吾(しゅめのこきんご)に伴われ、維盛にいる高野山へと逃れます。

堀川御所】義経に謀反の疑いをかけた頼朝は、鎌倉から川越太郎重頼(かわごえたろうしげより)を使者として送ります。義経の申し開きと、義経の正室・卿の君(きょうのきみ)の自害により、その疑いが晴れたように見えたのですが……。

卿の君は平時忠(たいらのときただ)の養女ですが、実は、川越の娘。義経が平氏に心を寄せているとの疑いを晴らし、実の親を助けるため、卿の君は自害します。しかし、短慮な武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)が鎌倉方の軍勢を討ったことにより、すべてが水の泡に。

ひ、ひどい……(´;ω;`)

義経は、やむなく都を立ち退き、西国へ落ちのびていくことにしました。

初段は「初音の鼓」が登場し、『義経千本桜』の発端となる場面なのですが、歌舞伎では上演されることが少ない場面です。

【二段目】鳥居前・渡海屋・大物浦

鳥居前】都の外れにある伏見稲荷の鳥居前まで落ちのびてきた義経。義経の後を追ってきた静御前は、義経の供を願いますが、義経は許されず、形見として「初音の鼓」を預けます。
鎌倉方の追手がやって来て、梅の木に縛りつけられた静御前を捕らえようとしますが……。

「静御前、危機一髪」のところに、義経の家来の佐藤忠信(さとうただのぶ)が登場! 鎌倉方の追手を追い払い、静御前を助けます。
伏見稲荷への参詣を終えて戻ってきた義経は、静御前を助けた忠信に、いざという時には自分の影武者になるようにと「源九郎」の名と着背長(きせなが/着替え用の鎧(よろい))を与えます。そして、自分は家来とともに西国へ向かうので、静に同道して都に戻るよう伝えました。

一勇斎国芳「源氏雲浮世画合 初音 佐藤忠信」 国立国会図書館デジタルコレクション

忠信は、火焔隈(かえんぐま)と呼ばれる隈取りに仁王襷(におうだすき)という荒事らしい扮装で登場しますが、実は、忠信に化けた狐(=狐忠信)なのです! 鎌倉方の軍兵との立ち回りでは、荒々しさの中に、ところどころで狐の妖術を使う動きを織り交ぜて見せます。幕切れの「狐六法(きつねろっぽう)」と呼ばれる花道の引っ込みにもご注目ください。

たまに出ちゃう狐感がかわいい♡

渡海屋】義経一行は、摂津国(せっつのくに/現在の大阪府北中部から兵庫県南東部あたり)大物浦の廻船問屋(かいせんどんや)・渡海屋で、天候が回復するのを待っていました。
渡海屋の主人・銀平は、実は平知盛。女官の典侍局(すけのつぼね)を妻・お柳、安徳帝を娘・お安として身をやつし、廻船問屋を営みながら、一族を滅ぼした義経に復讐する機会をうかがっていたのです!
知盛は、わざと嵐の中に義経一行の船を出し、自身は白い鎧姿の幽霊なりすまし、長刀(なぎなた)を持って義経を討つために出かけていきますが……。

冒頭、弁慶が寝ているお安をまたごうとして足がしびれるという場面がありますが、これは、お安がただ者ではないことを暗示しています。お安は、実は壇ノ浦で入水して死んだはずの安徳天皇で、しかも、女の子であったという設定なのです。
銀平の女房・お柳は、実は安徳天皇の乳母・典侍局という設定。渡海屋の場面では庶民の女房の姿から、大物浦の場面では本来の身分に立ち返り、十二単姿に! 渡海屋の女中たちも、官女の衣裳に変わります。

「渡海屋・大物浦」の場面は、登場人物の衣裳にも注目!
渡海屋銀平(実は平知盛)が花道から登場する時の上着は、アイヌ民族に伝わる「アツトッシ」という模様が特徴的な織物で、水運業に携わる人のアイコン的なファッション。当時の流行ファッションが歌舞伎に取り入れられ、現代まで受け継がれています。

一勇斎国芳「大日本六十余州之内 淡路 新中納言平知盛」 国立国会図書館デジタルコレクション

後半、知盛が白装束に長刀(なぎなた)を持って登場するのは、能の『船弁慶』で悪霊となって義経一行を襲うときの扮装をふまえています。
この衣裳をよく見ると、狩衣の下には銀の鎧を着ているし、衣裳の蝶の文様も銀色。衣裳だけではなく、烏帽子や長刀、毛皮の沓(くつ)などの小物も、白に銀をあしらった配色なのです! この白と銀の配色は、亡霊に化けていることを暗示しています。

衣装にはさまざまな意味が込められているんですね! 歌舞伎鑑賞の時は要チェック

途中、義経の探索で渡海屋にやって来る相模五郎と入江丹三の二人は、銀平にやりこめられて、ほうほうのていで帰っていきます。二人のコミカルな様子と、魚尽くしのセリフで笑いをとりますが、実はこの二人は知盛の家来で、義経一行を油断させるための一芝居だったのです! 大物浦の場面では、ロックな衣裳で二人が再登場します。

大物浦】義経は、銀平の正体を見破っていました。
死闘の末に悪霊のごとき形相となった知盛の前に、安徳天皇を保護した義経が現れ、帝の命を守ると約束します。
典侍局は、安徳天皇を義経に託して自害。知盛も、重い碇(いかり)の綱を身体に巻き付け、碇とともに海中へ沈んでいくのでした。

「大物浦」の場面は「碇知盛(いかりとももり)」とも呼ばれ、満身創痍の知盛が碇とともに背面飛びで海中へ沈んでいくところがクライマックス! 知盛の白い衣裳には、べっとりと血糊(ちのり)がつき、壮絶な戦いであったことを表します。血糊は手形で付けていたり、昔から引き継がれてきた型がある一方、演じる役者さんによって、血糊の形や色にこだわって工夫をすることもあるのだとか。

豊原国周「新中納言平知盛卿 市川団十郎」 国立国会図書館デジタルコレクション

源氏に復讐心を抱いていた知盛ですが、「安徳天皇を守る」という義経の約束と、安徳天皇の「義経に感謝しているので、仇に思うな」という言葉を聞いて源氏に対する復讐心も消え、「平清盛(たいらのきよもり)の野望で、安徳天皇を男子と偽ったために平氏に罰があたった」と嘆くのでした。

知盛は大きな碇をかついで崖の上にのぼり、身体に太い碇綱を巻きつます。両手で大きな碇を高く持ち上げて背後の海に投げ込み、そのまま引きずられるように、背中から海にダイブ! V字型に開いた足の裏が、きれいに天井を向いたまま落ちるのが理想とされています。危険でダイナミックな大技に、観客は固唾をのんで見守ります。

これは盛り上がりそう! 歌舞伎初心者でも楽しめそうですね!

幕切れ、鎮魂のために弁慶が吹く法螺貝(ほらがい)の哀愁を帯びた音が、静まった海に響き渡るのでした。

【三段目】木の実・小金吾討死・鮓屋

三段目の主役(ヒーロー)は、いがみの権太。大和国・吉野に住む「田舎のヤンキー」で、見るからに悪いヤツなのですが……。

木の実】悪臣・藤原朝方に追われる若葉内侍と六代、主馬小金吾は、大和国下市村(しもいちむら)の茶店で休憩します。
そこにやって来たのが、いがみの権太。親切を装って若葉内侍一行に近寄ります。そして、わざと荷物を間違えたふりをして、金をだまし取るのでした。

一勇斎国芳「源氏雲浮世画合 椎が本 若葉内侍・六代御前・権太」 国立国会図書館デジタルコレクション

その様子を見ていたのが、権太の妻で、茶店を営む小せん。どこか色っぽい小せんは元遊女。権太は公金を使い込んで、惚れた女を身請けしたのです! 小せんは、権太にゆすり・たかりをやめるよう意見をしますが、言い争いに。そんな二人を止めたのが、息子の善太。実は子煩悩の権太は機嫌を直し、家族3人で仲良く家路につきます。
権太は悪いヤツだけど、どこか色気があってカッコよく、妻や子どもには優しいという一面も持っています。

ゆすり・たかりはダメだけど、なんだかほっこりするシーン♡

小金吾討死(こきんごうちじに)】藤原朝方の追っ手に見つかってしまった若葉の内侍一行。乱戦の末に負傷した小金吾は、若葉内侍と六代を逃がして息絶えます。
そこへ通りかかったのが、下市村の鮓屋(すしや)「釣瓶鮓」の主人・弥左衛門。ある計画を思いつき、小金吾の首を落として家に持ち帰るのでした。

この場面の見どころは、「ドンタッポ」というゆったりとしたBGMにのって繰り広げられる若武者・主馬小金吾と大勢の追っ手たちとの立ち回り。薄暗い舞台は、暗闇の竹藪(たけやぶ)の中で行われている、という設定だから。
取り縄を使ったダイナミックな立ち回りが特徴的で、これは「立ち廻りの神様」と呼ばれた坂東八重之助(ばんどうやえのすけ)が無声映画をヒントに創案したもの。小金吾に向かって大勢の捕り手が蜘蛛の巣のように放射状に取り縄を組み、小金吾を乗せ、すぐにさっとほどけるように工夫をしています。

小金吾は前髪のある若衆姿ですが、実は20歳前後の若者。戦乱のため、元服(げんぷく/成人の儀式)の機会を逃したという設定です。死の前には、六代君に細やかな指示を与えるなど、言動はしっかりとした大人の態度を見せます。

鮓屋】鮓屋・釣瓶鮓(つるべずし)の主人で、権太の父親・弥左衛門は、旧恩のある平重盛(たいらのしげもり)の息子・維盛(これもり)を弥助(やすけ)と名前を変えてかくまっています。
父の留守中、母親にお金をせびりにきた権太ですが、父親が帰ってくるのを見て、慌ててお金を鮓桶の中に隠します。帰宅した弥左衛門は、隠し持ってきた小金吾の首を、やはり鮓桶に隠しました。
大勢の家来を従えて鮓屋にやってきた鎌倉方の武将・梶原景時(かじわらのかげとき)は、弥左衛門に維盛の首を渡すよう迫ります。その時、権太がやって来て、維盛の首と縛り上げた若葉内侍、六代君を差し出しますが、……。

釣瓶鮓で作っているのは「なれずし」で、鮎の腹に米飯を詰め、桶に詰めて重しをかけて発酵させた素朴な保存食です。
「鮓屋」の場面の前半は、鮓屋の下男ながら上品な優男・弥助(実は平維盛)と、弥助に恋する田舎娘のお里の対比が見どころです。

ラブストーリーも挟んであるんですね!

三代目歌川豊国「俳優似顔東錦絵 すし屋娘おさと・弥助実はこれ盛」 国立国会図書館デジタルコレクション

外回りから帰ってきた弥助が、いかにも重たげに担いでいる天秤棒の桶を、お里が軽々と受取ります。「お里と弥助を祝言させよう」という父・弥左衛門の言葉を聞いているお里は、「夫婦になった時の練習」だと言って、夫が帰宅した時のふるまいなどをレクチャー。弥助と二人きりの場面に現れた兄・権太に対しては「びびびびびっ~」とかわいらしく悪態をついたり、閉店後には「お月さんも寝やしゃんしたわいなあ」と弥助を誘う積極性も!
そこへ現れたのが、一夜の宿を訪ねてやって来た若葉内侍と六代。維盛と若葉内侍から事情を知ったお里は、自分がかなうことのない身分違いの恋をしたことを知り、維盛一家を逃亡させます。

お里~~~!!!(´;ω;`)

一方、権太は維盛一家を捕まえて報奨金をもらおうと、うそ泣きをして母をだましてもらったお金を入れた桶と間違えたふりをして、小金吾の首の入った桶を持ち去り、維盛一家の後を追います。

梶原景時は、権太が差し出した首桶の中を確認し、維盛の首と断言。景時は、褒美として頼朝の陣羽織を与え、若葉内侍と六代を引き立てて去っていきます。弥左衛門は怒って権太を刺しますが、実は、権太が差し出した維盛の首は小金吾の首。しかも、若葉内侍と六代と見えたのは、「権太の勘当を解かせてあげたい」と願って自ら進んで身代わりとなった小せんと善太だったのです。
頼朝の陣羽織の中には袈裟と数珠が縫い込まれており、維盛へ出家を促す暗示でした。梶原は、偽首と知っていたのです。

父親の窮地を救うことで勘当を解いてもらおうと心を入れ替えるつもりでやったはずが、命を落とすことになってしまった権太。権太は、単なる田舎のヤンキーではなく、家族思いの優しい心根も持ち合わせているのですが……。

切ない。切ないことが多すぎて泣けてきた……。

なお、権太の演出には、原作浄瑠璃に近く、田舎の小悪党として演ずる関西系の型と、五代目松本幸四郎と六代目尾上菊五郎によって完成された江戸っ子らしい、いなせな男前の関東系の型があります。関東系の型では、五代目松本幸四郎にちなみ、左の眉上にホクロをつけるのが特徴です。

【四段目】道行初音旅・川連判官館

道行初音旅(みちゆきはつねのたび)】静御前は、義経の家来・佐藤忠信を供に、義経が身を寄せているという吉野に向かいます。
吉野山でひと休みをする静に、忠信は壇ノ浦の合戦の話などをして慰めるのでした。

「道行初音旅」は、通称「吉野山」と呼ばれる舞踊劇で、単独で上演されることも多い演目です。

豊原国周「よし経 市川権十郎・しづか 中村福助・忠のぶ 市川団十郎」 国立国会図書館デジタルコレクション

桜が満開の吉野山にやってきた静御前は、はぐれた忠信を探して「初音の鼓」を打つと、花道のスッポンから忠信が現れます。スッポンとは、花道の七三の位置にある切穴のことで、スッポンから現れるのは動物や妖怪変化、忍術使いなど、普通の人間ではないもの。つまり、スッポンから登場する忠信は、狐の化身であることを暗示しているのです!
狐忠信の衣裳の模様は「源氏車」と呼ばれる車輪のような形のもので、源氏方であることを示します。忠信は、義経の家来なので、静御前からは一歩下がった立ち位置をとります。忠信は、忠実な家来としてふるまいつつ、途中で鼓の音に酔ったようにうっとりしたり、狐のようなしぐさを見せたりした後で、「ハッ」として元の勇ましい姿に戻ったりするところに注目してください!

川連法眼館(かわつらほうげんやかた)】吉野山の川連法眼の館に身を寄せる義経の元に、佐藤忠信が訪ねてきますが、その後に、静御前が忠信を供に到着したとの知らせが。怪しむ義経は、静に命じて、二人の忠信のどちらが本物かを確かめさせます。
静の「初音の鼓」を打つ音に誘われるようにして現れた狐忠信。鼓の音に聞き惚れる様子を怪しく思った静が問いただすと、親恋しさから人間に化けて静に付き従ってきたのだと白状するのでした……。

通称「四の切(しのきり)」と呼ばれる「川連法眼の館」の場面では、一人の役者が本物の佐藤忠信と狐忠信を演じ分けるところが見どころ。「狐ことば」と呼ばれる独特の甲高い台詞まわしや、狐のような手の動きなどにも注目です。欄干(らんかん)を渡り歩いたり、突然消えたと思ったら思いがけないところか現れたり、一瞬のうちに真っ白な狐の衣装に変わったり。目まぐるしい早変わりや仕掛けも、この場面の楽しみの一つです。

豊原国周「忠信 市川団十郎・しづか 中村福助」 国立国会図書館デジタルコレクション

狐忠信は、雨乞いのために殺され、鼓の皮にされてしまった狐の夫婦の子。「初音の鼓」は朝廷の宝となり、子狐は近づくこともできなかったのですが、宮中から義経の手を経て静の手許に預けられたので、忠信に姿を変えて静の身近にいて、守護していたのです。子狐の孝心に感動した義経は、狐忠信に「初音の鼓」を与えます。
狐忠信は、鼓のお礼に、横川覚範(よこかわのかくはん)が夜討ちを企てていることを義経に知らせます。
獣である狐忠信の両親へのひたむきな情愛を見せることで、骨肉の争いに明け暮れる人間の残酷さを浮き彫りにしているのかもしれません。

【五段目】吉野山中

吉野山で、本物の佐藤忠信は、狐忠信の助けをうけて、義経を狙った僧・横川覚範を追い詰めます。実は、覚範は西海に沈んだはずの平家の猛将・平教経。義経への復讐のため、僧に姿を変えて吉野に潜んでいたのです!

五段目の「吉野山中」は、四段目「川連法眼館」とまとめられて上演される場合がほとんどです。本物の佐藤忠信は登場せず、狐忠信が横川覚範が率いる悪僧たちを霊力で川連法眼館へ引き入れ、化かして退散させます。
最後は、市川猿之助さんなどの澤瀉屋(おもだかや)系の演出では、狐忠信は花道の上を宙乗りで立ち去ります。一方、尾上菊五郎さんなどの音羽屋系の演出では、狐忠信が舞台上手(客席から見て舞台右側)の上手にある桜の木にスルスルと登りますが、これは、桜の木に仕掛けがあるからです。

へ~! 役者さんによって演出が違うんだ!

この後、義経のはからいで、安徳帝は母の建礼門院(けんれいもんいん)のもとへ連れて行かれて出家します。義経一行は、奥州へと向かいます。
千本桜が花ざかりの吉野山で、義経をめぐる物語はひとまず大団円を迎えるのでした。

様々なアレンジで上演される作品『義経千本桜』

源平の合戦をテーマに、タイトルロールの源義経を軸にして、義経をめぐる3人(正しくは、2人と1匹?)の男の運命を壮大なスケールで描いた物語が『義経千本桜』。
そして、演じる役者さんによって、演出が変わるのも歌舞伎の面白さです。

『義経千本桜』は通し狂言として上演されることもありますが、上演時間の関係もあり、各段、あるいは一つの場面が独立して上演することが多い作品です。他にも、「鳥居前」「吉野山」「川連判官館」の狐忠信が関わる場面を組み合わせて上演することも。
どの場面をピックアップしても楽しめるのが歌舞伎『義経千本桜』であり、だからこそ、人気狂言として長く愛されているのかもしれません。

2022年1月は、歌舞伎座で『義経千本桜』の公演がありますね。ぜひ足を運んでみては!

主な参考文献

▼参考文献はこちら
歌舞伎の101演目 解剖図鑑(イラストで知る見るわかる歌舞伎名場面)

書いた人

秋田県大仙市出身。大学の実習をきっかけに、公共図書館に興味を持ち、図書館司書になる。元号が変わるのを機に、30年勤めた図書館を退職してフリーに。「日本のことを聞かれたら、『ニッポニカ』(=小学館の百科事典『日本大百科全書』)を調べるように。」という先輩職員の教えは、退職後も励行中。

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