Culture
2022.07.01

昔話や浮世絵がインスピレーションの源?日本ファンタジーノベル大賞受賞作家・藍銅ツバメさんインタビュー

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何百年、何千年も前からさまざまな世代の人々が伝承してきた昔話。昔話が今に至るまで残っているのは、話自体が面白くて魅力があるためですが、伝える側に語りの力や熱意があったことも大きいのだろうと思います。

2021年の日本ファンタジーノベル大賞を受賞された藍銅(らんどう)ツバメさんの作品『鯉姫婚姻譚(こいひめこんいんたん)』は、父から屋敷を譲り受けた主人公の男性が、庭の池に棲む人魚に、人と人あらざるものの歪な婚姻譚を聞かせるという話で、主人公が語る物語は昔話がベースになっています。今回は、妖怪などの異類異形のものたちが好きだという藍銅さんに、日頃のインスピレーションの源や、昔話や妖怪への愛を語っていただきました。

※取材中は、マスクを着用しております。

♦︎藍銅ツバメ…小説家。1995年徳島県生まれ。第4回ゲンロンSF新人賞優秀賞、2021年日本ファンタジーノベル大賞受賞。(photo by 横川和里(よこかわなぎさ))

目指すのは「青い法螺話」
子ども時代の読書遍歴や小説を書くきっかけ

――藍銅さんの子ども時代について、教えていただけますか。

藍銅:絵本を読むのは比較的早い段階で卒業して、小4くらいから、はやみねかおるの作品をはじめ、講談社青い鳥文庫の本を多く読んでいました。他には海外ファンタジーを読むことが多くて、ダレン・シャンの『ダレン・シャン』やデブラ・ドイルとジェイムズ・D.マクドナルドの『サークル・オブ・マジック』、エミリー・ロングの『リンの谷のローワン』などが好きでした。ドイツの作家ラルフ・イーザウの『ネシャン・サーガ』もお気に入りで何度も読みましたね。

――日本の作品はミステリーも含まれますが、海外作品はファンタジーで魔法が出てくるシリーズものが多い印象です。それにしても、たくさん読まれていますね。

藍銅:そうですね。考えてみると、小学校時代が一番本を読んでいたと思います。ゲームも好きだったのですが、子どもの頃にゲームをやりすぎると怒られるので、本に向かった部分もありますね。大人になった今は止める人もいないのでゲームばかりしていますが。
中学校や高校では、図書室にあった時雨沢恵一の『キノの旅』や谷川流の『涼宮ハルヒ』シリーズなど、ライトノベルにもはまりました。あとは大人になってから読んだんですが、ミヒャエル・エンデの『モモ』なども好きです。

――大学では何を専攻されていたのですか?

藍銅:大学は「総合科学部 人間文化学科」にいました。文系らしくはあるけれども何をやってもいいという、自由度の高い学部でしたね。文化や歴史を広く学べるという意味では、今小説を書くのに役立っていると思います。
大学時代に読んだ本の中では、オスカー・ワイルドの作品が好きでした。オスカー・ワイルドに『幸福の王子』※という話があり、ツバメが登場するのですが、私の「藍銅ツバメ」という名前は、その話に由来しています。葦や王子に惹かれて秋を逃し、幸せの中で全てを終わらせたツバメのように、自分が綺麗だと思ったもののために骨身を惜しまず、全てに満ち足りた終わりを迎えたいという願いがこもっている、かもしれません。

※『幸福の王子』…オスカー・ワイルドによる短編小説。宝石と金箔で飾られた王子像が、ツバメと共に、装飾のルビーや両目のサファイア、金箔などを貧しく不幸な人々に分け与える。ツバメは目が見えなくなった王子にさまざまな話を伝えた。そしてみすぼらしくなった王子と渡りの時期を逃したツバメのもとに、寒い冬が訪れ……。

――お名前の「ツバメ」の部分はオスカー・ワイルドに由来するんですね。苗字の「藍銅」は何に由来するのでしょうか?

藍銅:鉱物のアズライトの和名が藍銅鉱(らんどうこう)で、そこから取っています。藍銅鉱を削った顔料で描く鮮やかな青い絵が好きなんです。
先述のはやみねかおるの作品には「赤い夢」という言葉がキーワードのように登場するのですが、私も僭越ながらそれになぞらえ、この身を削って溢(こぼ)れる粉を溶いて「青い法螺(ほら)話」を書いていこう、という気持ちでこの名前にしました。
私は自作でリアリティを追求したいとか、何かの役に立てたいという気持ちはあまりなくて、読んでくださった方に、生きている今、この一時だけ楽しんでいただける法螺話や妄想を書きたいと思っています。

――今のお仕事と小説との両立はどうされているのでしょうか。

藍銅:私は都内の図書館で働いていて、小説のネタを職場で仕入れている感じですね。児童本を扱うことが多いので、子ども向けの月刊誌『かがくのとも』などは小説の参考になっています。執筆作業は仕事がオフの日にまとめて行っていますね。

――小説を書き始めたきっかけはあるのでしょうか。

藍銅:小説は大学生の頃から趣味で書いていました。何となく作家になれたらいいなあ、くらいに思っていたのですが、社会人になって職場の図書館の人に自作を読んでもらったらすごく褒めていただけたので、自信がつきました。
また、その時読んでくれた人がゲンロンスクールのSF創作講座を紹介してくれました。SF創作講座は梗概と、梗概に沿った小説を提出するシステムで、受講期間中はほぼ毎月のように2万字程度の中編小説を提出していました。

――毎月提出するんですね。その時はまだ小説家ではなかったとはいえ、お仕事との両立もありますし、きつくなかったのでしょうか。

藍銅:きつかったですね(笑)。その時期に司書の資格も取ろうとしていたので、余計に時間がなかったです。でも、SF創作講座では最終的に優秀賞をいただきましたし、司書の資格も取得できました。講座で実力がついたのか、受講後一年くらいで書いた小説でファンタジー大賞をいただきました。

『鯉姫婚姻譚』執筆秘話
昔話に現代のエッセンスと自分しか書かないものを付加

――2021年の日本ファンタジーノベル大賞を受賞された『鯉姫婚姻譚』ですが、ヒントにしたものはありますか。

藍銅:宮部みゆきの怪談シリーズ『三島屋変調百物語』は、主人公がお客さんに怪談話を聞いていく話なのですが、こういう書き方もあるんだなと思って参考にしています。あとは畠中恵の『しゃばけ』シリーズは、私の中で時代物ファンタジーの基礎になっています。母が好きだったもので家に常に最新刊があり、小学生のころから読んでいました。日本ファンタジーノベル大賞に応募しようと思ったのも『しゃばけ』が出た賞だという認識があったからですね。私が今も妖怪ものの話が好きなのは、『しゃばけ』の影響かもしれません。

――『鯉姫婚姻譚』にも、妖怪ではないのですが、人語を喋る猿や蛇が登場しますね。

藍銅:そうですね。『鯉姫婚姻譚』にでてくる生き物は、ただの動物ではなく妖怪や神に近しいものだと思います。『鯉姫婚姻譚』の大枠としては、主人公が人魚に物語を話すのですが、語られる物語にはいずれも元になった異類婚姻譚があります。昔話はそのままで王道の面白さがあるので、あまり改変したくないと思いました。昔話に今の時代のエッセンスと、私でないと書かないものを加えているので、それで面白いと思ってもらえたら嬉しいですね。
主人公と人魚の部分はオリジナルです。複数の昔話を重ねた上で、昔話のような雰囲気の話を新たに生み出せたかなと思います。

――人と人魚のやりとりでは、人魚が人の話をあまり聞いてない点や、我儘を言ったりする部分が面白かったです。

藍銅:図書館で働いている時によく見かける、親御さんがお子さんに読み聞かせている情景が好きなんです。お子さんがいまいち話を聞いていなかったり、途中で質問されたお父さんが困ったりするのを見るのが楽しくて。その様子などが参考になっているんでしょうね。

――藍銅さんがお好きだというミヒャエル・エンデの『モモ』にも、モモに物語を話してくれるお兄さんのような存在、ジジが登場します。また、藍銅さんの名前の由来にもなった『幸福の王子』も、ツバメが王子に話を聞かせますね。

藍銅:そうですね。多分私は、誰かが誰かにお話を聞かせてあげる、物語を伝えるシーンが好きなんだと思います。

創作の源は昔話や月岡芳年!?
描(書)かれたものの奥を想像させる作品に惹かれる

――創作を行う上で影響を受けた画家や、好きな絵などはありますか。

藍銅:図書館で、江戸の人々が抱いた恐怖のイメージを体現する浮世絵を紹介している本『怖い浮世絵』などをよく見ていて、幽霊や妖怪の絵が好きになりました。特定の画家だと、特に月岡芳年が好きですね。最初に月岡芳年の作品と出会ったのも図書館だったと思います。

ご持参いただいた本『最後の浮世絵師 月岡芳年』を手に、お気に入りの絵を探す藍銅さん

――月岡芳年は妖怪画や残酷な作品が多い絵師ですが、どんなところがお好きなのでしょうか。

藍銅:月岡芳年の描く妖怪は、実は可愛らしいものが多いんです。例えば『新形三十六怪撰 おもゐつゝら』※の後ろにいる妖怪などは、ナメクジのようでとてもユニークで、つづらの絵もキュートです。月岡芳年の妖怪画は、可愛くて綺麗で、それでいてちょっとエグいところが好きですね。

月岡芳年『新形三十六怪撰 おもゐつゝら』国会図書館デジタルコレクション

※『新形三十六怪撰 おもゐつゝら』…『新形三十六怪撰』は昔話に登場する幽霊や妖怪たちの画集で、月岡芳年晩年の代表作とされる。『新形三十六怪撰 おもゐつゝら』は「舌切雀」を題材としており、意地悪な老婆が雀のお宿でもらったつづらを開けたシーンが描かれている。

――一番後ろのナメクジみたいな妖怪、宇宙人のようでユニークですね。月岡芳年作品の中で、好きな絵を一つ選ぶとしたらどれにしますか。

藍銅:そうですね、印象に残っている作品だと、『奥州安達がはらひとつ家の図』※でしょうか。

月岡芳年『奥州安達がはらひとつ家の図』国会図書館デジタルコレクション

※『奥州安達がはらひとつ家の図』…竪(縦)二枚続きの錦絵で、月岡芳年円熟期の作品。老婆・岩手の家に生駒之助と恋衣という夫婦が訪れる。岩手は、世話している子の病気を治すために胎児の血を必要としていた。そのため岩手は身重の恋衣を殺すが、実は恋衣は岩手の実の娘だった。

――半裸の妊婦が逆さ吊りにされ、今にも殺されようとしている大変刺激的な絵ですね。

藍銅:絵自体にとてもインパクトがあります。絵の中のストーリーとしては、老婆が、世話している子どものために、自分の娘を殺してしまうのですが、胎児なら誰でもよかったのに、老婆が捕らえて手をかけた妊婦が、よりによって自分の娘だったという因縁や、運命的な悲劇性に惹かれました。

――『奥州安達がはらひとつ家の図』は、老婆と妊婦の関係性や、妊婦がこれからどうなってしまうのかなど、いろいろ考えさせられる絵です。

藍銅:一枚の絵の中で、どんな話が展開されているのかとても気になりますね。結局のところ私は、ストーリー性が強くて想像させられる絵が好きなのかなと思います。

――ご自身の想像力を刺激する、物語性のある絵がお好きだということですね、小説家らしい好みだと思います。ところで今後はどういう話を書いていく予定でしょうか。

藍銅:一つには、『鯉姫婚姻譚』のようなファンタジーですね。私は日本や中国をはじめとするアジアの文化や歴史に興味があるので、中国や日本の伝承などを参考にして創作に生かしたいと思っています。
ファンタジー以外だと、2022年4月号『小説すばる』の特集が「メタバース最前線」で、私は杜子春を題材としたメタバースのSFを掲載させていただいています。

――「杜子春」は芥川龍之介の小説『杜子春』の主人公で、「メタバース」は平たく言うと仮想空間のことですよね。「杜子春×メタバース」とは斬新です。

藍銅:メタバースを書くという依頼が来ていくつか案を考えているうちに、仮想空間としての地獄を書きたい、という気持ちになりまして。そういえば杜子春って地獄VRみたいな話だな、と思ったのが書くきっかけでした。『杜子春』は芥川龍之介の小説が有名ですが、中国の伝記小説集である『玄怪録(げんかいろく)』や『続玄怪録(ぞくげんかいろく)』に収められている同名の物語が元になっています。芥川龍之介の作品は元の話と異なる部分もあるので、執筆にあたって中国の物語の方を調べました。

芥川龍之介の杜子春を読むと、元の話とは全く違った結末になっています。もちろん芥川の『杜子春』は魅力的ですが、こういった改変が生きてくるのも元々の伝承自体に力があるからだと思います。長く語り伝えられ、書き残されたものには、今にも通じる物語としての面白さがある。だから私はなるべく多くの物語を知り、楽しみたい。昔話を生かしながら私しか書かないものを加えてファンタジーやSFの形にして「青い法螺話」を作り上げ、今を生きている皆さんと一緒に楽しめたらと思っています。

藍銅さんは昔話をなるべく改変せず、良いところを残したままアレンジし、『鯉姫婚姻譚』という独自の作品を創りあげました。昔話を引き継いで共有していくということは、藍銅さんが勤務されている図書館の機能や役割にも近いように感じます。

また、今回のお話の中で、もともとあったものの良さを残しながら、現代のエッセンスと自分しか書かない要素を付与していくというエピソードも印象的でした。藍銅さんがお好きだという月岡芳年をはじめとする過去のアーティストの作品は、現代においてもインスピレーションの源となっており、現代の作家は元の作品の良さを生かしながら独自のアレンジを加えて世に出しています。伝統と革新を織り交ぜながら創作に向かう作家の姿勢は、小説やアートといったジャンルを超えて共通しているのだろうと思いました。

photo by 久下典代

関連書籍

『鯉姫婚姻譚』

著者/藍銅ツバメ
出版社/新潮社
発売日/ 2022年6月30日
定価/1,760円(税込)
頁数/ 240頁
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書いた人

哲学科出身の美術・ITライター兼エンジニア。大島渚やデヴィッド・リンチ、埴谷雄高や飛浩隆、サミュエル・R.ディレイニーなどを愛好。アートは日本画や茶道の他、現代アートや写真、建築などが好き。好きなものに傾向がなくてもいいよねと思う今日この頃、休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。