Culture
2018.11.06

中村福助5年ぶりの歌舞伎復帰。中村児太郎も登場!

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歌舞伎座に割れんばかりの拍手と、「待ってました!」と大向こうの声! 病に倒れてリハビリ中だった中村福助(ふくすけ)丈が、歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」の「祇園祭礼信仰記 金閣寺」慶寿院尼(けいじゅいんに)役で、4年10か月ぶりの復帰を果たしました。そこには、父を支えるかのように、祖父・七代目中村芝翫や父・福助が幾度も演じた女形の難役・雪姫を初挑戦にして立派に勤め上げる長男・中村児太郎(こたろう)の美しく逞しい姿もありました。歓びと、希望に包まれたあたたかな舞台をご覧いただきましょう。

中村福助丈 歓喜の復帰舞台

約5年にわたる、長期の療養生活

中村福助2013年6月、歌舞伎座新開場の杮葺落(こけらおとし)六月公演で勤めた「助六由縁江戸桜」で女形の大役・揚巻(あげまき)を堂々勤めた中村福助。

七代目中村歌右衛門という大名跡の襲名を目前に病に倒れ、過酷なリハビリと療養の日々を経て、約5年にわたる沈黙を破り、ついに舞台に復帰した成駒屋(なりこまや)・中村福助丈。遡ること、2013年11月。歌舞伎座「仮名手本忠臣蔵 七段目」遊女おかる役で出演中、体調不良で降板し、脳内出血による筋力低下でそのまま長期療養を余儀なくされたのでした。翌年3月に約束されていた歌舞伎座での歌右衛門襲名を延期しての療養生活。どれほど無念だったことでしょう。その後、役者魂か…復帰のその日までご贔屓にも近況は知らされず、一切公の場に姿を見せることはありませんでした。

一方、同時に十代目中村福助を襲名するはずだったご子息の中村児太郎丈も襲名は延期。父の復帰を祈りながらも、坂東玉三郎丈はじめ歌舞伎界の諸先輩方の薫陶を受けながら、“逆境を乗り越えてこそ本物になれる”という激励を信じ、芸に精進。今や「藤娘(ふじむすめ)」「道成寺(どうじょうじ)」「関の扉(せきのと)」など女形の大役がつくまでに成長を遂げたのでした。

この声! まさしくこれぞ、福助丈の声。この声が聴きたかった!

中村福助

さて、いよいよ約5年ぶりの舞台! 歌舞伎座の公演「秀山祭九月大歌舞伎」の「祇園祭礼信仰記 金閣寺」の慶寿院尼役で復帰を果たすとあり、9月2日初日、「金閣寺」の客席は、福助の復帰を待ち望んでいた観客の熱気に溢れていました。筋書にあった「この5年近く、毎日のように芝居の夢を見ました。目覚めて涙した事もありましたが、今日の私があるのも諸先輩方、関係各位、とりわけファンの皆様のおかげ。まだ万全ではないですが、見守っていただけたら幸いです」という、福助のコメントにほろり。

中村福助中村児太郎が今回初役で勤めた「金閣寺」雪姫。

「金閣寺」では、まず児太郎が歌舞伎の三姫のひとつにも数えられる女形の大役・雪姫に初挑戦。舞台上で縄に縛られた姫が15分近く、ひとりきりで演じる場面がありますが、堂々たる演技。花道の引っ込みで、夫のもとに急ぐ雪姫が、刀の刃に自分を映して髪を整える仕草が微笑ましく、客席から大きな拍手!

中村福助幽閉されていた慶寿院尼が救出される喜びを左手で表現し、自らの心情を重ねるかのように喜悦の表情を見せた福助の風格漂う演技。

やがて金閣寺の二階の幕が上がり、いよいよ幽閉された将軍の生母・慶寿院に扮した福助の登場です。紫色の袈裟と真っ白な袖頭巾に尼身を包む慶寿院の姿は高貴な光を放っており、圧倒的な存在感。その瞬間、約2千人の大きな拍手が湧き起こり、大向こうの「待ってました!」「成駒屋!」という声が飛び交いました。しばらく拍手は鳴り止まず、感極まってハンカチで涙を拭うご婦人も目立ちます。そんな温かい雰囲気の中で、「何、春永が迎いとや」と、第一声が響きました。「未来の仏果を」「さらば久吉」そうそう、この声! まさしくこれぞ福助丈の声。この声が聴きたかったのです!!

中村福助慶寿院尼を助けに来た東吉役の中村梅玉(ばいきょく)を相手に、名演技を見せた慶寿院尼役の中村福助。古風で品格のある存在感は健在!

義太夫(ぎだゆう)節の「嬉しさよ」という語りの部分では、自らの心情を重ねるかのような喜悦を帯びた表情。座ったままの出演でしたが、慶寿院尼が救出される喜びを左手の動きで表現。その風格漂う演技に「お見事」「日本一!」と声がかかりました。とてつもなく存在感のある、古風で高貴なオーラが漂う慶寿院尼。4分ほどの復帰舞台を勤め上げた名役者に鳴り止まぬ拍手。観客の脳裏には福助の懐かしき舞台も走馬灯のように巡ったのではないでしょうか…。復帰の歓びと、福助の健在に安堵し、さらに、児太郎の頑張りと、それを支えた歌舞伎界の優しさに涙したのでした。

歌舞伎座ロビーには、ご贔屓に優しく声をかけていただいて涙する香璃(かおり)夫人の姿がありました。そして、福助の母であり先代芝翫夫人・中村雅子さんは腰を低くお客様に挨拶しながら「応援してくれて有り難う、有り難う! まずは、これが第一歩!」と、はつらつと微笑むのでした。先代芝翫の悲願だった福助の七代目歌右衛門襲名。今回の舞台が次に繫がる第一歩と信じて、また新たな歌舞伎の愉しみが増えました。