ある国の伝統や文化に詳しくなりたいと思ったとき、私はまずその国の結婚式について調べてみることにしています。なぜなら、結婚式にはその土地に暮らす人々の価値観、宗教観、人生観の全てが詰まっているといっても過言ではないからです。
今、私水鳥が特に注目している国、それはスリランカ。移住するほどその国に惚れ込んだという写真家の石野明子さんが撮った写真を見て、強く心惹かれるようになりました。
さらに調べてみたところ、島国であり、仏教への信仰が厚く、お米を主食とするなど、日本と少なからず似ている部分があることも判明。
そんなスリランカのことをもっと良く知りたい! と石野さんに取材をオファーしたところ、快諾してくださいました。この記事では、石野さんが現地で出席した結婚式の様子をたっぷりご紹介します。ぜひ参列者のひとりになった気分で、文化的な共通点や違いもまた楽しんでみてください。
写真家・石野明子
19歳のときに旅行先のインドで、スリランカの魅力について聞き、「新婚旅行はスリンランカに行く! 」と決心。27歳でその夢を実現させ、30代半ばで夫と娘とともに移住。写真館STUDIO FORTをオープンし、大好きなスリランカの魅力を伝える活動を続けている。
スリランカって、どんな国?
本題である結婚式について深掘りする前に、まずは石野さんが移住したスリランカという国について簡単にご紹介したいと思います。正式名称は「スリランカ民主社会主義共和国」。国土面積は北海道の約8割という小さな島国です。この国を端的に言い表そうとするならば、かつてスリランカに住んでいた作家、アーサー・C・クラークの言葉を借りるほかありません。
「セイロン島はひとつの小宇宙だ。そこには、この十二倍もの面積を持つどこかの国に匹敵するくらい色々な文化や、風景や、気候の変化がある」
スリランカの基礎となる文化は、隣国のインドから伝わったと言われています。紀元前5世紀頃に北インドからシンハラ人が、その後南インドからタミル人が入植し、長い歴史の中で両者はときに争いながらも共生し、独自の文化を築き上げてきました。
海洋貿易が盛んになった16世紀以降は、ポルトガルやオランダ、イギリスの植民地になった歴史も。イギリスの植民地時代には、紅茶のプランテーションが盛んに行われ、当時は「セイロン」という名前で呼ばれていました。
街のいたるところで、貴重な仏教史跡を見ることがでるのも魅力のひとつ。
国民の約7割は、上座部仏教の熱心な信奉者。第二次世界大戦後、日本の国際復帰を議論する会合の場で、スリランカの代表が「憎しみは、憎しみによって癒えず、ただ愛によってのみ消える」というブッダの言葉を引用したことは有名な話です。
「スリランカ」、つまり「光り輝く島」に国名を変えたのは1972年のこと。様々な国の文化が混ざりあい神秘性を増したスリランカに、今や多くの旅行者が熱い視線を注いでいます。先にご紹介した写真家の石野さんも、そんなスリランカの魅力にとりつかれたひとり。続いては、石野さんが現地で撮影した結婚式の写真とあわせて、スリランカの文化を少しずつ紐解いていきたいと思います。
結婚式の衣装に見るスリランカの民族性
結婚式用のサリーを纏ったスリランカの花嫁。
スリランカのことを良く知るための手がかりとして、まずは衣装に注目してみましょう。他の南アジア諸国と同様、スリランカの女性もまたサリーを着用しています。普通のサリーが日本円で約700円から買えるところ、結婚式用のサリーは10万円以上することも。かつては日本の花嫁もそうだったように、衣装のレンタルはせず、こだわりの一着を仕立てる女性が大半です。
さてこちらの花嫁衣装、よく見ると、他の国のサリーとちょっと違う部分があることに気づきませんか?
「一枚のサリーを器用に体に巻きつけ、腰回りにフリルがくるように着付けています。これは、キャンディアン式と呼ばれるスリランカ独自の着付け方です」と、石野さんが教えてくれました。
上半身にはピタッとしたブラウスを身に着け、腰回りの肌をちらりと見せるのがスリランカ流。母性を大切にするスリランカでは、女性の体型はふくよかなほうが良しとされ、サリーは体のラインを美しく引き立ててくれます。
胸元には豪華な7連のネックレス。夫婦がずっと一緒にいられるようにと、結婚式ではスワンのつがいをモチーフにした首飾りをつけるのだそう。日本人が花嫁着物の柄に、夫婦円満の象徴である鶴やオシドリを好むのとよく似ていますね。
結婚式の衣装を紹介する現地のパンフレット。スリランカ人は写真に映るのが大好きで、特に婚礼写真は、モデル並に気合いを入れて撮影します。
一方の花婿は、西洋風にスーツを着る場合もあれば、写真にある通り伝統の「ニラメスタイル」を選ぶ人も。この衣装は、スリランカ最後の王朝である「キャンディ王国」の王様の衣装を真似て作られているのだそう。どうりで豪華な金の刺繍が入るなど、デコラティブなわけです。
この写真を見ながら、石野さんと「どことなく武士っぽいよね! 」という話で盛り上がりました。肩周りの広がりといい、腰に刀を差しているところといい、裃(かみしも)を纏った武士の姿と近いものがある気がします。
二人の前途は占星術で決まる?! 占い大国スリランカならではの結婚観
人生の門出に際し、人は誰もが幸せになれるという確証が欲しいもの。例えば日本では、大安と呼ばれる日に、結婚式場が大勢のカップルで賑わいます。これは中国が起源とされる「六曜」の占いにおいて、大安は全てのことに吉と言われているからです。
さて、スリランカではどうでしょうか?
「結婚式の日取りだけでなく、式が始まる時間もスリランカでは占いで決まります。深夜2時から支度を始める花嫁もいるほどです」と、石野さん。
スリランカは占い大国。それぞれの家庭に、かかりつけの占い師がいるそうです。
日本が隣国の中国と関わりが深いように、スリランカにはインドとの深い繋がりがあります。古来からインドで発展した「インド占星術」がベースとなり、「スリランカ占星術」は、人々の生き方や行動にまで大きな影響を及ぼしているのです。なんでも、子供が生まれた時に、占い師が作成するホロスコープには、生まれてから死ぬまでの全ての運命が記されているのだとか。
結婚は、違う星のふたりが出会う重要な局面。だからこそ、ふたりの相性も結婚前に必ずと言っていいほど占うのだそう。もし相性が悪かったときは…?
「どうしてもダメな場合は、破談ということもありえます。そうならないように、家の場所をあそこにして、結婚式は何日の何時からスタートしたほうがいいと、ふたりの未来が少しでも良くなるように改善策を占います」
不確かに思える未来を前に、占いを道しるべとする傾向は、日本もスリランカも同じだと言えそうです。
幸せをおすそ分け! とにかくゴージャスなスリランカの結婚式!
占いともうひとつ、スリランカを語る上で欠かせないのが、国民の多くが信仰する仏教です。ブッダがこの世を去った後、仏教は大乗仏教と上座部仏教に分類されるようになりました。日本では前者が、スリランカでは後者が広く普及しています。
例えば「ポヤデー」と呼ばれる満月の日、スリランカでは学校も会社も公休になり、みんな朝早くからお寺に出向くのだそう。特に5月の満月には、ブッダの生誕を祝う祭りがスリランカ中で開催され、個人や団体が食べ物や飲み物を無料で提供します。これは施しをすることで、徳を積むという教えに基づく行動です。
自分の幸せを分かち合うことが徳に繋がるという考え方ゆえに、スリランカの結婚式もまた、できる限り招待客をもてなし、豪華にするのが基本。具体的にどんな儀式が行われるのか、詳しく見ていきましょう。
1度目の結婚式で花婿が入場するシーン。とっても賑やか!
スリランカの結婚式は、ハネムーンを挟んで2度行われます。最初は新婦側の縁者、2度目は新郎側の縁者が中心となります。入場は鳴り響く太鼓のリズムにあわせて、キャンディアンダンサーたちが花婿を先導します。このダンスは、キャンディ王朝時代に宮廷内で踊られていた伝統舞踊です。
日本の結婚式で雅楽が演奏されるのと比べると、ずいぶん賑やかですね。厳かであることが良しとされる日本と、華やかなことが良しとされるスリランカの違いが、如実に現れているように感じました。
日本人が高砂装花にこだわるように、スリランカ人もセレモニーの場を生花で飾り付けます。
結婚式を挙げる場所は、自宅やホテルなど。4本の柱からなるポールワという台の上で儀式を行います。
日本の結婚式でいう司会者のことを、スリランカではアシタカと呼び、必ず男性が務めます。
中でも欠かせないのが、写真にある祝福の儀式。ふたりの小指に白い糸を巻き付けて、一生幸せに暮らせますようにと、上から銀細工の水差しで聖水を注ぎます。
スリランカの結婚式で度々登場するキンマの葉。
ハート型の葉が特徴のキンマは、医療品や嗜好品、工芸品にも使われるスリランカの生活に欠かせない植物。ブッダのご加護を求める様々な行事の場でも、この葉が活躍します。
結婚式では司会のアシタカから新郎へ、新郎から新婦へと手渡され、渡されるときに願いを込めるのだとか。それを何度か繰り返した後で、床に落とします。さらに、客人のひとりひとりに歓迎の挨拶をする際にも、キンマの葉を手渡します。
石野さんから一連の流れを聞いて、日本の神前式で行われる「玉串奉奠」(たまぐしほうてん)という儀式を思い出しました。玉串は、神さまが宿るとされる榊(さかき)の木の枝に、紙垂(しで)や麻を結び付けたもの。神職から受け取って、祈念をし、神前にお供えします。仏教と神道という宗教の違いはあれど、神仏と人の心をつなぐ橋渡し役に、植物が使われているという共通点が、とても興味深く感じられました。
式の途中で、赤いサリーをプレゼントする花婿。
さて、私が何よりも驚いたのは、日本のお色直しに似たシーンがスリランカにもあるということ。スリランカでは、花嫁は1度目の式の途中で、花婿から贈られた赤いサリーを羽織り、2度目の結婚式にはその赤いサリーを着て臨みます。
日本の伝統的な結婚式でも、花嫁は最初に白無垢を纏い、後に赤などの色打掛に着替えます。お色直しの意味には諸説ありますが、両国ともに「新たな家族の色に染まる」という意味が含まれているようです。
「食べさせ合い」の儀式は、スリランカの結婚式でも恒例。
欧米をはじめ、最近では日本でも見られるような「ファーストバイト」に似た儀式が、スリランカにもあるのも面白いところ。キリバットというココナッツミルクで炊いたライスを、新郎新婦間、さらには両親や親戚などにも食べさせるのだとか!
儀式後には、スリランカならではのカレービュッフェを中心に、たくさんの美味しい料理が招待客に振る舞われます。その後はスピーチ合戦にダンスと祝宴は永遠と続き…、お開きになる頃には全員ぐったり、なんていうことも。それほどまでに、スリランカの結婚式は、一家総出で華々しく行うものなのです。
いかがでしょう、現地の結婚式事情を知ることで、スリランカの文化や伝統に少し詳しくなった気がしませんか? もっとスリランカについてよく知りたい方は、ぜひ記事の最後に記載する「STUDIO FORT」のホームページをチェックしてみてください。現地在住の石野さんの目線で捉えたスリランカの魅力が、定期的に発信されています。
ハネムーンならびに、結婚式の前撮りや後撮りを考えている人にも、スリランカはとってもおすすめ。スリランカ最大の都市・コロンボにある石野さんのフォトスタジオでは、伝統的な婚礼衣装を着ての撮影や、挙式セレモニーを行うことができます。ちょっぴり勇気がいるけれど、ついでにふたりの未来を占ってみるのもいいかもしれません。
文/水鳥るみ
写真提供/STUDIO FORT(石野明子)