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Culture
2022.12.01

冬至の日は、今生かされていることを太陽に感謝する日【彬子女王殿下と知る日本文化入門】

この記事を書いた人

私が留学していたオックスフォード大学のカレッジには、必ずチャペル(礼拝堂)があり、そこにはチャプレンと言われる牧師さんがいる。私がいたマートン・カレッジのチャペルは、毎朝お祈りの時間があって自由に参加できるようになっており、日曜の礼拝には、それなりの数の学生が集まっていたように思う。日本にいたときは、宗教に特化した大学以外で、礼拝施設がある大学というのはあまり聞いたことがなかったので、やはり英国はキリスト教の国なのだということを実感した。

でも、ある年の12月、ふと気になることができた。12月24日のクリスマス・イヴ、深夜の礼拝が行われる旨が書かれたポスターがそこここに貼ってあるのを見ながら、なぜ世界中で、その土地の0時に合わせて礼拝が行われるのかが不思議になったのだ。イエス・キリストが生まれたとされるベツレヘムの時間に合わせてやるのであればわかる。英国でも、日本でも、アメリカでも、オーストラリアでも、12月25日の0時に礼拝があるから、その日は1日中様々な時間にキリストの降誕祭が行われていることになる。ベツレヘムの時間に合わせて、世界中の人が同じ時間に降誕祭をする方が、盛大で、意味があって、おめでたいのではないかと思ったのである。

そんな疑問を、史学科時代の先輩にぶつけてみた。すぐに返ってきた答えは、「だってさ、2000年前の人が何月何日の何時何分に生まれたかわかると思う?」だった。確かに。先輩によると、当時のキリスト教は新興宗教であり、キリスト教が公認される前の3世紀ころに流行っていたのはミトラ教(ミトラス教)という太陽信仰の宗教だったのだそうだ。ミトラ教では、太陽の力が一番弱まる(1年で太陽が出ている時間が一番短い日)である冬至に、太陽が生まれ変わったとして、大きなお祭りをする。この日に多くの信者が集まるので、この辺りにキリスト教の大きなお祭りをぶつけようということで、12月25日にキリストの降誕を祝うようになったのだと言うことを教えてくれた。結果的にミトラ教は衰退し、キリスト教は世界でこれだけの広がりを見せたのだから、その戦略は大いに成功したと言えるのだろう。

「キリスト教の国にいるのに、そんなこと思いもよりませんでした」と言うと、先輩は「キリスト教の国にいるからわからないんだよ」と笑っていた。「自分たちの信じている人の誕生日、本当に12月25日だと思ってます?なんて聞けないでしょ。だから、宗教学と言うのは、信者じゃない人が客観的にその宗教のことを分析するから成立するものなんだよ」と。クリスマス誕生のミステリー。重大な秘密を知った気分になり、なんだかとてもわくわくした。

太陽と日本文化の関わり

日本でも、冬至は「一陽来復(いちようらいふく)」として大切にされてきた。万物を陰と陽に分けて考えると、冬至が陰の極みとなり、この日から陽が増していくことから、冬が去り、春が来る日として、祝う習慣があった。冬至が含まれる月は11月とする決まりがあり、特に冬至が11月1日になったときは、朔旦冬至(さくたんとうじ)と言って大変おめでたいこととされ、宮中では祝宴が行われ、恩赦や税の免除などが行われることもあったのだという。

余談であるが、皇位を継承することを「日嗣(ひつぎ)」というのは、日(太陽)の神の名で大業を次々としろしめすという意味であり、その皇位を継承する皇太子のことを「日嗣の御子(ひつぎのみこ)」と言う。太陽が生まれ、昇る方向は東。皇太子のことを「東宮」というのは、次に上がってくる太陽の生まれるところであるから。天皇陛下が賢所でのお儀式などでお召しになる黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)は、黄味がかった茶色だが、これは天皇しか使用が許されない禁色(きんじき)であり、頂点で輝く太陽の色を表している。対して、皇太子殿下がお召しになる黄丹袍(おうにのほう)は、赤味のある黄色で、これは朝に上がってくる太陽の色を表しているとされる。つまり、もうすぐ輝く東にある太陽の色。御御代替わり(おみよがわり)は、冬至と同じように、太陽が生まれ変わる儀式と言えるのかもしれない。

雛人形の男雛は黄櫨染の袍を着ている。出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

冬至には、かぼちゃを食べたり、柚子湯に入ったりする習慣がある。理由には諸説あり、夏の太陽が育てた野菜や果物を食べて、生命力を養うとか、冬至の頃は一番野菜が少ない時期であるので、貯蔵がきき、栄養価の高いかぼちゃを食べて、健康維持に役立てるため、など様々言われているが、冬至に食べるには、とても適した食べ物であると思う。私には、かぼちゃの色が、東から上がる朝の太陽の色に見えて仕方ないからである。

そう考えると、柚子は昼間の太陽の色に近いだろうか。人の生命力も、太陽の巡りと同じように、夏に盛りを迎え、冬に衰えると考えられていた。柚子湯に入るのは、衰えた生命力を、植物の力をもらってよみがえらせるという意味があると考えられているが、実際に柚子には血行を促進させる効果があるのだそうで、冬至に柚子湯に入ると風邪をひかないと言われるのは、きっとこのような理由があるからなのだろう。

太陽がなければ、人間は地球上で生きていくことができない。冬至の日は、かぼちゃを食べて、柚子湯に入りながら、今生かされていることを太陽に感謝する日にしようと思った。

アイキャッチ:『玄圃瑤華のうち南瓜・浜梨』 伊藤若冲 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

書いた人

1981年12月20日寛仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。