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2022.12.30

これ何の文様に見える?動物をモチーフにした謎かわいい縄文の土器片大集合!

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私たちが日常生活を送っている場所は、昔は全く別のものがあったのかもしれません。もしかすると、古代人が家や倉庫を建てて暮らしていたのかもしれないと考えると、いろいろな想像が膨らみますね。
今回は、埼玉県北本市で出土した縄文土器をご紹介します。5千年以上前にさかのぼり、当時の人々が何を考え、どんな暮らしをしていたのか追ってみましょう。

縄文の生活が垣間見える!氷川神社北遺跡の「獣面突起」

北本市内にはたくさんの遺跡がありますが、今回はまず、北本団地の北西にある氷川神社北遺跡(石戸6丁目)に注目します。
なお、縄文時代は、草創期(約16500年前~11500年前)、早期(約11500年前~7000年前)、前期(約7000年前~5500年前)、中期(約5500年前~4500年前)、後期(約4500年前~3300年前)、晩期(約3300年前~2400年前)の六つの時期に分けられ、氷川神社北遺跡は縄文時代前期の遺跡とされています。

左上の赤丸付近が氷川神社北遺跡です。全体図はこちら

氷川神社北遺跡で出土した土器の破片の中には、動物の顔に見えるものがありました。こうした動物を図案化した遺物(過去の人間による物的資料)は、「動物意匠」と言います。
今回注目する動物意匠の破片は「獣面突起(じゅうめんとっき)」と呼ばれ、もともと土器の口の部分などに接合していた出っ張り部分とされています。獣面突起は、基本的に一つの土器に四つあるもので、今回ご紹介する動物たちは、それぞれ異なる土器についていました。左から猿(または人)、蛇(または亀)、猪、鳥に見えると言われています。

北本縄文アニマルズ。これらはいずれも、関東や山形辺りにまで広がった諸磯式土器(もろいそしきどき)に該当します。

小さな獣面突起たちは、もともと土器の口の部分などに接合していました。

四つの獣面突起は同じ竪穴式住居から出てきました。発掘の際はまず住居の範囲を見極め、十字に畦を残して掘り、その断面から層を見ます。獣面突起と同時に発掘された土器は、全て破片の状態だったといいます。

一体何の生き物?謎かわいいアニマルズ

それでは、一つひとつの動物たちを見ていきましょう。
一番左は、三つの穴が空いています。こうした表現は、この時期の土器の文様としては見られないそうですので、何かの意匠なのだと推測できます。横の部分を耳、穴を目・口に見立てると、猿や人に見えてきませんか? とぼけた表情はユーモラスで、見れば見るほど親近感が湧いてきますね。

とぼけた表情の猿!?つぶらな瞳と驚いているような口元がキュート。

左から二番目は爬虫類系で、蛇の顔に似ています。当時の土器の中には、粘土紐をはりつけて刻みを入れる浮線がついた浮線文土器(ふせんもんどき)が見受けられます。こちらの蛇の顔も浮線文土器の一部で、下部の波のような模様を蛇の体と見立てることもできます。蛇がとぐろを巻いている土器だとすれば、とてもダイナミックな外観だったことでしょう。
なお、こちらの突起は顔だけを見ると亀にも見えてきますが、当時の人は亀(スッポン、ウミガメなど)も食べていたそうですので、亀である可能性もあります。

蛇、もしくは亀でしょうか。小さな顔からいろいろな想像が膨らみますね。

右から二番目の猪の突起は、令和3年に出土したものです。目と耳が一体化して表現されている点がユニークで、キャラクター性を感じさせます。なお、穴と線を組み合わせた鼻の表現は、他の遺跡の猪の意匠と共通しているそうです。こうした共通点から、当時の人々は、離れた場所に住んでいても交流があり、共通の型を観念としていたのだと推測できます。
なお、縄文の人々は、鹿と猪を食糧として重用しており、特に猪は飼育されていた可能性が高く、土器の意匠としても多く使っていました。その一方で、鹿をデザインした土器はほとんどないそうです。

目と耳がつながっていて、鼻が丸と線だけで表されているのに、ちゃんと猪に見えます。当時の人は、対象を単純化して表すことに長けていたのでしょう。

一番右の動物は、魚のようにも思えますが、横から見ると翼やくちばしを象ったような形から、少し口を開いた鳥に見えてきます。こちらは他の遺跡の鳥と思しき土器で似た事例があるので、恐らく鳥を表しているのでしょう。
縄文時代の人々は、対象を写実的に捉えるのではなく、抽象化する傾向があったといいます。こちらの鳥の獣面突起も、当時の人々が、ものを見たままではなく抽象化していたことの表れなのだろうと思います。

少し首を伸ばした水鳥のように見えますね。

紙の画像は他の遺跡から出土したもの。形が似ています。

これら四つのアニマルたちは、一体何の動物に見えたでしょうか? 
縄文の人々が何を考えていたのかをはっきり知るすべはなく、推測するしかありませんが、当時の人がどのような思いでこんな愛嬌のある顔をつけようと思ったのか、考えはじめると楽しいですね。
縄文時代においては、こうした土器は、共通性を保持したまま広い範囲でつくられていました。当時、製作方法や形や文様といった、土器をつくるための手段や構成要素が共有されていたのです。また、製作時には道具も必要ですので、そうしたものも交流によって流布していたのだろうと考えられます。
縄文土器はしばしば芸術性が高いと言われますが、縄文人は個人の個性を反映するのではなく、集団が共有している形や意匠に従って制作していました。従って縄文土器は、集団の作家性によってつくられた芸術作品であると言えるでしょう。この時代の土器は、デザインや形は斬新で抽象性が高いのですが、特定の型に従って極めて保守的につくられたというのは非常に興味深い点だと思います。

蜘蛛か蛙が見えてくる!デーノタメ遺跡の神秘的な浅鉢

次に、北本市の中でも有名なデーノタメ遺跡(北本市下石戸下)から出土した土器を見てみましょう。
デーノタメ遺跡は、縄文時代中期と後期の低湿地遺跡があり、地下水を含む泥炭層によって遺物(過去の文化を示す土器や石器など)が空気から遮断されたため、漆製品やクルミのような有機質の遺物が残っています。そのため、当時の生活様式を現代に伝えるという意味でも、規模の大きさからしても、大変貴重な遺跡です。

右下の赤丸付近がデーノタメ遺跡です。全体図はこちら

まるでサラダボウルのような形をしたこちらの土器は、約5000年前につくられたもので、壺などに比べて浅い形をしているため「浅鉢(あさばち)」と呼ばれています。浅鉢は儀礼性が高い器で、神様にお供えするものを入れたとされます。また土器には、底が深い「深鉢(ふかばち)」も存在し、ハレとケで言うと、浅鉢はハレ、深鉢はケの時に使っていたとされています。

迫力ある形の浅鉢。当時の人々は、どうやってこのような形を思いついたのでしょうか。

この浅鉢は他の縄文土器と同様、粘土紐を鉢の形にはりつけ、刻みを入れる方法で作成されており、出土した時はほぼそのままの形で発掘されたそうです。形において特徴的なのは内側に鍔(つば)があるという点で、入っているものがこぼれないようにする工夫もあったのだろうと思います。また、目のように見える穴の部分には紐や枝などを通し、ぶら下げて使ったりしていたのかもしれません。

こちらは、ほぼそのままの形で出土したそうです。足りない部分は江戸東京博物館で展示される際、専門の修復家によって補修されたそうです。

表面の文様に注目してみましょう。穴の部分は蜻蛉の眼鏡のようにも見えるということで、トンボ眼鏡状突起と呼ばれます。
この器の穴の部分を目、周囲の網のような線を脚に見立てると蜘蛛に見えてきますし、顔に注目すると蛙にも見えます。このような文様は、縄文人の世界観を反映した物語を盛り込んだものとして「物語性文様」とも呼ばれています。
この浅鉢はもともと漆で彩色されていました。黒や赤で彩色されたこの器を想像すると、複雑な文様と目のような意匠により、神様に供える器にふさわしい神秘性と迫力を備えていたのではないかと思います。

神秘的な器ですが、ぎょろりとした目はなんだかユーモラスですね。

今回ご紹介した土器を見た時、まず奇想天外な形や意匠に驚き、それから縄文の人々が何を考えてつくり、どういう用途で使ったのだろうか、などと想像しました。その時、当時の人々の生活に思いを馳せ、知らず知らずのうちに、彼らの感性に共感しようと試みたように思います。
縄文時代は、農耕や牧畜に頼らずに独自の発展を遂げた時代であり、人々は自然の中で工夫を凝らし、循環する社会を構成していました。縄文の遺跡を保存して調査・研究することは、自分のルーツを知ることであり、当時の人々に心を合わせ、循環可能な社会への可能性を探ることにつながります。北本市に貴重な縄文の文化が存在したということは非常に誇らしいことですので、日本の宝として広く共有され、長く守られることを願ってやみません。

取材協力:磯野治司(埼玉県北本市役所 市長公室長)
     坂田敏行(埼玉県北本市教育委員会文化財保護課主任)

書いた人

哲学科出身の美術・ITライター兼エンジニア。大島渚やデヴィッド・リンチ、埴谷雄高や飛浩隆、サミュエル・R.ディレイニーなどを愛好。アートは日本画や茶道の他、現代アートや写真、建築などが好き。好きなものに傾向がなくてもいいよねと思う今日この頃、休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。