次世代の日本の伝統文化を担う、 才能あふれる二人が対談! 歌舞伎俳優 尾上右近×人形師 中村弘峰

次世代の日本の伝統文化を担う、 才能あふれる二人が対談! 歌舞伎俳優 尾上右近×人形師 中村弘峰

注目の若手歌舞伎俳優・尾上右近さん(27歳)と、福岡市在住の新進気鋭の博多人形師・中村弘峰さん(33歳)。若き才能あふれるふたりの対談が実現しました。

右近さんは2019年8月28日(京都)と、9月1日(東京)で自主公演・第五回「研の會」を、弘峰さんは8月8日〜9月1日、東京・銀座のポーラ3階にある「ポーラ ミュージアム アネックス」で個展を開催します。

明治時代から続く博多人形師の家に生まれた若き4代目・中村弘峰さんは、2011年に東京藝術大学の大学院修士課程を修了後、父・中村信喬に師事。同年より、それまで父親が手がけてきた博多祇園山笠・土居流(ながれ)の舁(か)き山人形も制作しています。斬新な作風で、今、伝統工芸の世界に風穴をあけつつある弘峰さんの福岡市内にあるアトリエを、尾上右近さん(ケンケン)が訪問。ちょうど製作中だった舁き山人形を工房の1階拝見した後に、2階にある工房を案内していただきました。

製作中だった博多祇園山笠・土居流の舁き山人形を工房1階で拝見。

何でもするというのが人形師!

博多人形というのは粘土を焼いて、絵具で色を塗ります。この工房は焼く場所であり、生地をずっと置いてあります。ここには父と僕の作品が混ざっていて、色を塗っていないものも面白いんですよ。僕は(歌舞伎の)狂言っぽい感じのオーソドックスな作品のほかに、太宰府天満宮の正月の干支もつくっています。今度、エヴァンゲリオンとコラボもします(笑)。

へえ、何でもつくるんですね。

ええ、何でもつくるというのが人形師というのが、家訓です。あるとき、福岡市美術館限定のミュージアムグッズとして、素焼きの人形に自分で自由に色を塗る絵付け体験できるものをつくったら、来年はエヴァンゲリオンの映画が公開されるということで、「エヴァンゲリオンの博多人形を作ってください」と、話が来たんです(笑)。そもそも絵付け体験をしたいという要望は多かったんですが、忙しくてなかなかできなかったのと、僕らがつくった形にみなさんが色を塗るというのに需要があるかなと思って…。

希望にこたえるという意味で、何でもやるということですね。

そうなんです。

博多人形には型があって、それがまた面白いんです。まず、原型を彫って型取りをします。それに粘土を押し込んで、抜く。大体の形が出てくきたら、はみ出た部分をヘラできれいに成形して、乾燥させてから焼きます。

型もいちから全部つくるんですね。

はい。この「暫」の人形なんて相当複雑なんですよ。いきなりこの形がポンと出てくるわけじゃなくて、30パーツぐらいに分かれています。手とかは別に型をつくって、粘土のプラモデルみたいな感じで、パーツとパーツをくっつけていくんです。

ああ、そういうことか! すごい。

全国の人形はもっと素朴なものが多いんですが、細かいものをつくれる粘土が博多で採れることと、大陸が近いので新しいもの好きだったという性格がマッチして、博多人形はどんどん写実的に、新しいことに進化していったんです。

たしかに日本に伝統的な人形はたくさんある中で、博多人形は現代的というか、時代と共にある印象が強い感じがしますよね。

ええ。江戸時代から変わらないコレという形式がない。常にその時代に合ったものがつくられていて、でも高度経済成長期で売れてしまったから発展が止まったんです。考えなくなって。今、全体的に落ち込んでいるという状況でしょうか。

やっぱり土と気性なんですね。もともと土が採れるというのはすごく大きいですよね。それがひとつの博多人形の定義ということにもなるわけじゃないですか。

そうです、そうです。

土というベースが決まっていれば、形を変えても、いちいちその定義は問われない。だから、いくらでも変幻自在にできるところが面白いですね。歌舞伎も結局、定義がないんですよ。白く塗れば…ということになってくる。僕はお能が好きですが、たとえばシンセサイザーが入るとおそらくお能じゃなくなる。けど、シンセサイザーで歌舞伎をやっても、歌舞伎は歌舞伎だということで…。

でも、基本がないと歌舞伎は成立しないから面白いですね。かぶくということは、何かから傾(かぶ)くということでしょう。

そうなんです。だから厳しい世界であるということになるんですが、厳しい世界のままで終わると、かぶいてない感じになるので難しいですよね。

ご先祖が見守る工房

アトリエの2階は作業場。お父様の作業スペースの壁に、祖父様(左)と、初代の曾祖父様の写真が飾られている。

紋付のお人形は、祖父が曾祖父をつくったお人形です。

お父さんをつくったということですか。やはり、こうしてご先祖の写真とかを置かれるんですね。僕たちの世界でいうと、鬘をつくる床山さんの仕事場にすごく似ています。なかなか工房とか工場にお邪魔することはないんですが…、僕こういう工房が大好きなんです。(本棚を眺めて)歌舞伎の本とかも沢山あるんですね。

ええ。人形を一つつくるのに、たとえば画像検索しても背中の画像なんて出てこないんですよね。絵と違って、人形は全部つくらなきゃいけないから、着物の理屈がわかっていて、たとえば袴の切れてる部分には何が見えているのか、というのを理解してないとダメなんで。着想の本もいるけど、出来栄えの最後の演技をしているところの資料もいる。しかも、歌舞伎専門の人形屋なら歌舞伎の本ばかりでいいのですが、オールジャンルなので。古墳時代から平成までの男女の服装史がある程度なければ、こういうお人形をつくってくださいと言われたときにのために、なかなか本は捨てられないんですよね。

そうでしょうね。

使う道具はすべて手作り

これは伝統工芸展に出展する作品で、狂言の「唐人相撲」の演目の服装でつくろうとしているんです。僕らはこうして使用するヘラとか道具も全部自分でつくります。

えっ、道具も自分でつくるんですか?

ええ、父が持っているヘラと大体一緒です。最初、弟子入りしたときに「これと同じものをつくりなさい」と、柘植の木を渡されました。けっこう堅くて…まあまあ近い形に仕上がっています。色が濃いほうのヘラは曾祖父がつくったのを父がもらって使っていたので100年ぐらい前のものじゃないでしょうか。

で、象牙だとどうなるかと思って、道具屋で三味線のバチを買ってきて3本くらいつくりました。三味線のバチはひびが入っていると安いんですよね。

じゃ、これらは三味線のバチで? 木とどう違いますか?

土離れがいいです。まったく水分を受け付けない感じで、椿油をしみ込ませなくても、しみ込んでいる感じになる。使っていてちょっと重いし(笑)。

なるほどね。堅い感じというか、冷たい印象になるような気もする。

ええ、エッジが利きすぎていて、仕上げたときに堅い人形が出来るかなというのがありますね。全部これでいったら、キレッキレな人形ができるので良し悪しです。

こんな丸くて可愛い顔してるのに…ということになりますね。でも面白いですね。だからポイントでシャキッとどこかで使うんですね。

そう。ここが境界線ですよ、ってこういうふうにスケッチを入れていくのにはすごくいいんです。

(実際にやってみて)うわ、すごい。やっぱりつくってみないとわからないですね。

そうなんです。やってみてわかる。象牙のヘラなんて、高すぎて誰もつくらなかったから、人形師は誰も確かめていないわけです。鼈甲のヘラもつくりました、簪を買って(笑)。

へえー。鼈甲どうですか?

鼈甲がいいのは、透明なところ。ふつう顔なんかをつくるときはヘラで隠れて、つくっているところが見えないんですよ。でも、鼈甲のヘラだとつくっているところが見えるんです。でも、もろくて、力を入れたりするとポキッと折れちゃったり…一長一短ですね。

基本は指でつくれと言うんです。で、指の延長線上にあるものがヘラという考え方で、指で届かないところや、指じゃ出来ない表現をヘラでやります。

補助みたいなこと。

ええ、あくまでも手が基本です。線を引いたりするのは、爪だとうまく出来ないじゃないですか。だからヘラで引いて、上からまたちょっと撫でると柔らかくなる。

はい、はい、はい。僕、こういうの大好きです。自分でやるのも、見るのも好きなんです(笑)。楽しい、なるほどなー。水をつけながらやったりはしないんですか。

します、します。あとは、椿油をつけると、反発するのでピカピカに光ってくる感じになるかな。キンキンに仕上げたいときに使うんですね。

ほんとだ、つやつやして、密度が違う感じになる!

今、これはまだ形を追っていて、どういうポーズにしようかと考えているところです。側転しているような感じにしたいなと思っていて…。今、ちょっと悩んでいます、手の感じとか。

なるほど。じゃ、この体勢じゃなくて、もっとこんなふうに(と、真剣に考える)。どう置いても飾れるみたいな。どうですか、こんな感じ!

いいかもしれないですね、たしかに(笑)。

日本全国の人形の技法を残していきたい

この顔が丸いのが特徴なんですか?

僕は顔が丸い、京都のお人形のスタイルが好きです。僕は博多人形師ですが、日本全国の人形が好きなんです。でも、今はどこも後継者がほぼいないので、全部うちで技法を残していかないと、なくなっちゃう状況なんです。この顔は雛屋次郎左衛門という人が開発した顔。お雛様の顔です。  

わかります。見たことあります、なるほどこれ京風なんですね。

御所人形のあとに生まれていて、御所をさらに簡略化しています。

お弟子さんはいらっしゃるんですか?

僕の弟子は息子かなと思っています。4歳(笑)。

4歳!(笑)まだ全然。粘土をいじってというようなことをご自身がなさり始めたのはどれくらいの年齢から?

2歳とか3歳だと思うんですけど、自分の息子を見ていると、僕もこうやって育てられたんだというのがわかります。僕も子どもの頃は父の仕事場に入り浸りでしたし、保育園の卒園文集で将来の夢は人形師と書いていた。スポーツも得意じゃなかったし、絵が好きで、こんな楽しいことをしながら1日暮らせるって最高じゃねえか、みたいな感じに思っていたんで、なんか楽しいですね。それに、うちの場合はこれをつくりますというものがないので、自分で考えなさいという感じでした。

この道が厳しいなと思ったことってあります?

大学生のときは、新しくつくった作品を古びた感じに見せてフィニッシュというのが僕の手段でした。が、ずっと疑問を感じていて、要は古いものへの憧れからそういうことしていたんですが、古いものって生まれたときは絶対新しいんですよね、名品と言われるものは。それを自分のときに最初からフェイクをつくっていたら、時代がたってもフェイクになっちゃうんじゃないかという疑問があったんです。それで新しいものを新しいものとしてつくれるようになりたいという願望があったんです。当時は時代に任せる勇気がなくて、常に汚したり、壊したり、欠けた石像とかカッコいいじゃないですか。ああいう感じに作品をつくって発表したりしていました。

そうなんですね。そういう時期を経ての今なんですね、すごいなあ。

桃太郎は現代でいうとアスリート

キャッチャーのユニフォームの部分に桃がついています。桃太郎なんです、イヌ・サル・キジがあって…。「Peaches」って書いてあるんです。

桃太郎ということなのか、めちゃめちゃ洒落てる。

僕、人形の本質を悩みぬいた時期があったんです。4代目を継ぐけど、人形師って一体なんの仕事なんだろうって、ずっと考えて悩んでいたんです。僕は藝大の大学院を卒業しましたが、友達はみんな現代アーティストになって、海外へ留学したり、自分でインスピレーションを受けて何かを生み出すということをしている中で、僕は福岡に帰って跡を継ぐというのが決まっていた。自分の中で落とし前をつけたいというか、これから何の仕事をするかを理解したいと思ったんです。

20前半ぐらいですか、じゃあ。

そうですね、で、ずっとわからなかったんです。が、長男が生まれて、長男の五月人形をつくろうと思ったんですね。長男の名前が桃伯(とうはく)というんですが。

可愛い名前ですね。

お人形屋さんの定番は五月人形の定番・桃太郎なんですね。人形師の家に生まれた子だから、特別な桃太郎の人形を息子のためにつくってやろうかなと。ありきたりの桃太郎じゃ味気ないので、その頃に自分が考えていた作品のコンセプトと、息子に五月人形をつくってあげるというのがクロスして、桃太郎のキャッチャーをつくろうと思ったんです。

桃太郎や戦国武将は五月人形の定番です。かたや伝統工芸展の作品をつくる仕事は、自分の思いやインスピレーションを形にしていくんですが、学生時代の作品づくりもそうですが、あまりしっくりこなかったんです。僕は、誰か貰い手がいる作品をつくるときのほうが活き活きしていたんです。人から孫へのお雛さまを頼まれたときとか、山笠を父がつくっているときに町の人が喜んでいる状態とか、クライアントがいるけど自由に任されて何かつくる、表現してくださいという仕事はものすごく意義があるなと思って。そっちのほうが生きてる実感が得られたんです。必要とされていて、それを表現できてる自分というものに。

五月人形というものが今までずっとつくられてきたこととかを鑑みたときに、なんで僕は人のお雛さんとか節句物をつくるときに生きてる実感が得られるんだろうと思ったんです。で、五月人形をかみ砕いて咀嚼してみたんです。あれは自分の子どもが生まれたときに、すこやかに育って欲しいという気持ちの表れで、秀吉とか金太郎や桃太郎をつくってきたんだなと思ったんです。で、現代の金太郎、桃太郎をつくらなきゃいけないけど、現代の桃太郎って何かなと思ったとき、大谷翔平だなと(笑)。現代の英雄、腕白小僧。子どもの頃から逞しくて、剣術とか武道をやって、身体も大きくなって、武将として有名になった桃太郎。その英雄物語は現代で言うとアスリートにあてはまるなと思って。我が子にすこやかな成長を願う気持ちの置き所、五月人形の本質は、現代で言うとアスリートに置き換わっているんじゃないかなと思ったんです。で、人形の部分はまったくずらさずに、顔の部分やフォルム、デザイン、柄とか、コンセプトだけ侍からアスリートに変えた人形をつくってみようと実験したんです。まずは自分の息子の五月人形で(笑)。

愛ですね! 結局、アーティストと職人の違いというのは、自分が思ったものをつくるか人に求められたものをつくるか、どっちにベクトルがあるかということだと思うんです。

歌舞伎の話をさせていただくと、歌舞伎って自分の思ったようにもともとあるものをやる。そこからはみ出ると違うものになったりするし、もともとある古典のお役を新作のようなつもりでやるというか。そのお役がいろんな型としてあるというのは、結局、もともとあるお役を自分の思ったようにやり、お客様が「あなたのこの役を見たい」という気持ちと一致したとき、型として成立し、再演が繰り返されるようになっていくという。だからどっちもなんですよね。

僕は完全に体質は職人気質です。組み合わせで新しいものをつくりたいという思いというのがあって、僕なんかはまったくゼロからつくれたり、降ってきたりはしないと思っていて。でもこれとこれの組み合わせでやったらすごく新しく見えて、今までにないものが生まれたように思えて。でもあるものをこうやって組み合わせたということが伝えられたら自分の役目になるというか…そういうことをすごく思っているんです。ずっとそれを続けていくと「何のために」というのが絶対生まれてくるじゃないですか。でも、弘峰さんのお話をうかがっていて、ずっと楽しむというのがテーマとしておありなんだなというのをめちゃくちゃ感じます。

今のお話の中で、古いものと古いものを組み合わせて新しくなったように見えるってあるじゃないですか。その組み合わされたことが今までなかったから、やっぱりそれはその時代に生まれて、それを組み合わせるために生まれてきたという意味では、めちゃ新しいんですね。

そうですね。僕はそれで行こうと思っているという話をちょうどこの間もしてたんですけど、そういうことですよね。

僕がつくっているのは、新しいものは1つもないと思う。柄も全部、能装束とか古典の人形とかそういうのから持ってきて、わざと自分でつくらないようにしています。ただ組み合わせだけは俺のものというのがあって。

じゃ、まさに僕が目指すところです(笑)。

DJのサンプリングとかなり近いですけど、打ち込みの音楽とか、そういうものと伝統工芸とかけるとどうなるかという実験みたいな感じです。

ええ。僕、今ラジオをやっているんですけど、この間、『ロミオとジュリエット』を坪内逍遥が和訳しているものがあって、それに西洋音楽をかけながらセリフを言うとどうなるのか。これを歌舞伎調で喋ると意外とうまくいったんですよ。組み合わせで新しい感じになるんだなというのは、そのときにちょっと感じました。

面白いですね。

面白い。

そのとき歌舞伎調の口調の部分というのは、おそらく目指すべき頂点の何かがあって、ずらそうとはしてないでしょう、そこは。

ええ、全然ずらしようがないんです。それでしかないぐらいに…。

それが下手だとまず成立しないみたいなところもあるじゃないですか。

そうなんです。不思議と歌舞伎を知らなくても、「ん?」という違和感はどんな人が聞いてもバレちゃうことだと思うんですよ。

それが僕の場合は顔なんです。江戸時代のほんとに数点しかない御所人形の中でもいちばん自分が好きなゾーンの顔があって、それに向かっているだけ。自分が新しく顔を創作しようとはまったく思ってないし、その頂点に追いつこう、追い越せはまずないなという、そこはまったくずらさないようにしていて、あとは俺の組み合わせは自由にという。

これ、口の脇の点は何ですか。

えくぼです(笑)。その子、ギャップというか、どこ見てるの?みたいな目とか(笑)。力、入っているのか入ってないんだかみたいな…。

桃太郎はけっこうわがままな印象ですね。

そうですね、ちょっと高飛車な。指示していますから(笑)。

口を割ったような感じなんですね。

への字と言って、これが時代が古くて可愛いとされてるんです。これ江戸時代後期になると笑ってくるんです。こっちが4月に生まれた次男の人形。アーチェリーです。

「ずっと考える」がいいものを生み出す秘訣

へえー。たしかに「どこ見てるの?」というような感じ。

次男は松徳(しょうとく)と言うんです。那須与一の現代版をつくろうと思って。

あ、そう言えばちょうど昨日の夜、那須与一の話をずっとしてたんです。

マジですか。ここに「南無八幡大菩薩」と。

あ、ほんとだ!

この作品のタイトルは「この矢はづさせ給ふな」という(笑)。

へえー。

1社から提供されていて、「不老」というブランドで。漢字で不老不死の「不老」なんです。これが「不老2」という…。

ああ、すげえなあ。ずっと考えてます? そういうことを。

そうですね、大体。

他のことを考えている時間てあります?

うーん、まあ、あんまりないかな(笑)。

そうなんですよ。その時間だけやっているだけだと、こういうことって生まれてこないと思うんです。あるとき市川猿翁さんがお弟子さんに「どうやったら歌舞伎がうまくなると思う?」と聞いたんですって。難しいじゃないですか、その質問。たくさん芝居を観ることだとも思うとか、稽古をするとか言ったら、「いや、それは当然みんなもやっていることで、その人たちよりも圧倒的にうまくなるにはどうすればいいと思う?」と。その答えは「ずっと考えることだ」というんですって。

ははあ。

変な話、トイレへ行っているときも、寝る前も、へたしたら寝ているときも考える。「今月のあそこ、何とかもうちょっと面白くならないかな」ということを考えると、絶対にひらめくって。その密度が絶対にいいものを生み出すことにつながると言っていらしたそうです。

朝10時から夜中の3時ぐらいまでずっと新作の歌舞伎の稽古をなさって、それからお弟子さんを連れて2時間ぐらいご飯を食べに行くんですって。その間ずっと芝居の話をしている。で、解散になって5時過ぎぐらい帰り、そこから映画を1本観るんですって。

えー。寝ない。

夜はちょっとだけ寝て。それはインプットなんじゃないですかね。すごい。

パワフルですね(笑)。

自分のペースというのがあると思いますが、時間は自分でつくるものだから。結局、楽しいことやっている間はあっという間に時が過ぎるし、疲れも感じないじゃないですか。楽しくもない、自分のやりたいことでもない瞬間もあるけど、それをいかに楽しむ方向に転換してとらえられるかということで、全然違うでしょ。

つまり職人てそういうことだと僕は思うんです。僕の世界では、求められて、何分のものを30秒でということを振付けの先生なんかは出来るわけで、それって本当に職人集団だなと思うんですけど、そこに自分の彩りをパッと入れることが出来る人が、バランスがすごくいいなと思うんです。伝統の世界の中で新しいものをつくるということ、もちろん基本を踏まえて基礎も出来て、形なしじゃなくて型破りとして出来るということが、素晴らしいことだと思う。ただ、そこでチャラさが発生する人がいると思うんです。いるじゃないですか。

はい、います、います。

それがないというところが、僕は、いちばん心から尊敬できます。

よかった。ないですか、チャラさ。

全然ないです。何と言ったらいいんだろう…。

うちでは、品格を大切にとずっと言われるんです。

それを感じますよ。何て言ったらいいんだろう(笑)。

そんな滅相もございませんが(笑)。

いやいや、この笑顔がすべてを物語っているというかね。

家訓は「お粥食ってもいいもんつくれ」

このTシャツね、うちの家訓で、初代の言葉を英語にしただけなんですけど、「お粥食ってもいいもんつくれ」というのがあるんですよ。

すごい、すごい!

面白いでしょう。「Create great work even by eating meager rice porridge!」でも、これ英訳にすると、貧しいコメのべちゃべちゃべした食べ物、要は刑務所の臭いメシみたいな意味になっちゃって、外国人が見ると笑われるんですけど、これ(笑)。

へえ、いいじゃないですか。面白い。

うちのロゴが鬼で。

あ、ロゴなんですね。

中村人形のロゴなんです。鬼ってプロという意味があるじゃないですか。何とかの鬼、仕事の鬼。そういう意味で鬼にしてるんです。

へえー。めちゃめちゃ面白い。たしかに品格というか。

落ちない、ぎりぎりというか。品格ってカッコいいなと思い出すと、自分の中で外しちゃいけないとこだなという感じです。藝大とかだとめちゃくちゃですから。

いると思うんですよ、きっと。べつに何やってもいいんだけど。

ぐちゃぐちゃみたいな。それで話題になったりするんですけどね。自分の中で、時代とはリンクしていたいという、もう一個違うゾーンのものをつくりたいというところがずっとあって、それは今の作品でひとつの答えとしては出している感じです。

僕は、それが結局、伝統というか、家を継ぐということを担っている方の強みだと思うんです。第一代でということももちろんすごいことですが、代々というある意味の縛りがある中で、縛りがあるからこそ自由というのがあるじゃないですか。最近思うのは、何やってもいいという状況でやっていてもあまり生まれないような気がします。

そうですね。型があるから、形なしじゃなくて型破り。

ということの重要性と、先ほども申し上げた「愛情」というのが…。

「愛情」って今日のパワーワードでしたね(笑)。なんか面白いですね、愛情ね。

僕は結局、愛情だなということを感じます。光っている人に愛がない人は絶対いない。どこか素人なんですね、愛を持ち続けるって…。でもそれが僕はステキだと思う。

わかる。永遠の素人でいたい気持ちは僕の中にはある。

それは愛なんだっていう(笑)。どうやら、そうらしいんです。

ハハハハ。面白いですね。

すごく感じることなんですよね。今パッと初めてこの人を見たらどう思う? ということを思い続けて密度を高めていくことが出来る人というのは、「親切」ということじゃないですか。どんな人が見ても、楽しんでもらいたいという。

ラジオは最高のインプット

アイディアが出たらあとは作業です。作業の時間は長いですけど、アイディアが出るのは早いですね。ただ、そのアイディアを出すには僕の人生30年以上かかっているということじゃないですか。ただ作業はそれを実現するための行為みたいな感じです。

インプットはどういう瞬間に行われているんですか?

僕は作業中はほとんど視覚を奪われているので、基本的にはラジオと音楽です。ラジオは最高のインプットですね。

そうなんですね。僕自身はラジオ番組を持っているんですが、収録しながらインプットするというか。だから僕、最悪のパーソナリティなんです(笑)。

自分がインプットしてるからですか(笑)。

そうです、そうです。謎の現象が起きていて、最初のうちはめちゃめちゃ怒られたんです。マネージャーに「ゲストが来た時は、ホストだから」と言われて。ホストなのに話を拾わない。「わかった。じゃ頑張ってみる」と言って頑張ってみたけど、ダメなんです。

ハハハ。それはもう生まれ持ったスターだからいいんじゃないですか。

いやいや、ダメです。でも、周りのスタッフは、べつにケンケンはケンケンなりの良さがあるから、それで良しとしていると言ってくれるんですけどね。ずっと僕の話ばっかりして聞いてもらっているんです。それでちょっと返してもらうことによって何とか成立しているのかなというような感じはあるんですけど、ゲストにホストしてもらうような状況になって喋ってるわけです。

ゲストがホストみたいに(笑)。

そう、ゲストが気をつかって…。仕事として終わっていくというような感じがあたり前の中、スタッフ側もゲストも僕もブースから出てくると全員が「楽しかった〜!」と言う。それって謎の現象だって…。最近はマネージャーがついにあきらめたんです(笑)。

ゲストのホスト性を引き出す天才なのかもしれないですね(笑)。

そうなのかもしれない(笑)。でもゲストの話はやっぱり面白いです。話を聞いていて、インプットになる。最近、僕は人と話すのが趣味です。

僕はラジオで1個めちゃくちゃ好きなのがあって。たぶん今、いちばん面白いんじゃないですかね。TBSラジオの「ライムスター宇多丸のアフター6ジャンクション」というのがあって、いつか右近さんに絶対出て欲しいです!ヒップホップのライムスターの宇多丸さんがパーソナリティで、平日のアフター6にやっていますが、まず映画の評論がいいんです。

あ、いいですね。

僕、映画を観る時間はないけど。映画評を聞いて、つくり手の思いやアカデミー賞の動向とか、国内映画の動向、どんな人が鬼才なのか、こういうメンツでつくった映画はヤバいとか、まずものづくりの現場の情報が入ってくるんですね。脚本家の人とかいっぱい出てきたりするんで、ものをつくる人たちの言葉がそこに出てくるので、めっちゃ面白いです。そういうのを聴くと面白くて、その感じでここに戻ってきます。組み合わせの妙とか、このへんから探ってみようとか、つくり手の意図をあの映画みたいにこういう感じでしのばせてみようとか。

ああ、そこにリンクするんですね。

そうなんです、形をつくる仕事なんで、ラジオとか音楽とか形がないものにすごくインスピレーションを受けたりします。

今度、是非僕のラジオ番組「KABUKI TUNE(カブキチューン)」にもゲストで来てください。あ、僕の自主公演「研の會」にも!

ありがとうございます。8月は東京で個展をやりますので、是非うかがわせていただきます。

撮影/鎌田ひでこ

次世代の日本の伝統文化を担う、 才能あふれる二人が対談! 歌舞伎俳優 尾上右近×人形師 中村弘峰
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