Culture

2024.05.09

歌が恋の行方を決めた時代だから。小野小町、伊勢…平安女性5人の恋歌【和歌の歴史を彩る女性の恋歌・2】

「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ後編、歌人の小島ゆかりさんに選んでいただいた、万葉時代から現代までの女性歌人の恋の秀歌30首を、時代ごとに5首ずつご紹介していくシリーズ。第2回の今回は「平安時代その1」です。

「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ一覧はこちら

平安時代その1:小野小町、伊勢、小大君、中務、斎宮女御

平安時代は、天皇や貴族を中心とした世の中。国風文化が生まれて、ひらがなが登場し、華やかな王朝文化が花開いていきます。この時代の高貴な女性は、男性と顔を合わせる事はなく、宮廷の簾の内からそっと様子を見るだけ。和歌のやりとりがすなわち恋であり、和歌の巧拙が恋の行方を左右する。そのために、たくさんの女性の恋の歌が登場するようになるのです。

そんなころ、最初の勅撰和歌集である『古今和歌集』が編纂されます。和歌も万葉時代とは異なり、例えば上の句で自然を詠み、それに心を付随させるような和歌の美のスタイルができあがるのです。また、いろいろな物語を踏まえ、やわらかい言葉を用いて文芸的な手法を駆使するようになるのも特徴です。(小島ゆかり)

色見えでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける 
小野小町

『古今和歌集』(905年)

読み:いろみえでうつろふ(う)ものはよのなかのひとのこころのはなにぞありける
意味:移ろい変化していく、その移ろいの変わり目さえわからないほど、微妙に静かに変わっていくもの、それは世の中の人の心の花の色でした。

【解説】
六歌仙、三十六歌仙のひとりで、美女の代名詞とされる小野小町(おののこまち)は、平安時代前期の歌人。社交的で風流な歌い手としても人気の的であったらしいが、実像についてはわからない部分が多く、小野篁(たかむら)の孫という説もある。容貌の衰えを嘆いて詠んだ歌が有名になるなど、伝説がひとり歩きしているというのが本当のところのよう。

『藤房本三十六歌仙絵(ふじふさぼんさんじゅうろっかせんえ)(模本) 小野小町』 江戸時代・19世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

年をへて花の鏡となる水はちりかかるをやくもるといふらむ
伊勢

『古今和歌集』(905年)

読み:としをへてはなのかがみとなるみずはちりかかるをやくもるといふ(う)らむ(ん)
意味:長い年月をかけて花の鏡となった池の水ですが、落ちた花びらに白く埋もれたその美しさを、曇っているとでも言うのでしょうか。

【解説】
三十六歌仙のひとりである伊勢(いせ)は平安中期の歌人。歌人・中務の母で、宇多(うだ)天皇の皇子を生むが夭逝。これは宇多院から花の宴への参上を促された伊勢が、院に返した歌。贅をこらした絢爛たる春の様子を、池から見て、あえて曇ると表現することで意表をつき、面白みを出している。伊勢は技巧的な見立てを得意とし、紀貫之(きのつらゆき)に比肩(ひけん)される。

『藤房本三十六歌仙絵(模本) 伊勢』 江戸時代・19世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

岩橋のよるの契りも絶えぬべし明くるわびしき葛城の神 
小大君

『小大君集』(平安中期)

読み:いは(わ)はしのよるのちぎりもたえぬべしあくるわびしきかつらぎのかみ
意味:私の醜い容貌が朝の光で見られてしまったら、昨夜の契りも終わりになってしまいます。どうぞ、早くお帰りください。

【解説】
三十六歌仙のひとりである小大君(こおおいぎみ)は、三条院が東宮であったときの女蔵人(にょくろうど)。これは、すっかり疎遠になっていた恋人が急に訪れ、よりを戻そうとして人目もはばからないので、困り果てて詠んだ歌。「葛城の神」は役行者(えんのぎょうじゃ)に岩橋をかけるように命じられるが、醜いために夜のみ架橋に携わったという。その故事が下敷きにされている。

『藤房本三十六歌仙絵(模本) 小大君』 江戸時代・19世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

うつつとも夢とも分かで明けぬるをいづれのよにかまたは見るべき 
中務

『中務集』(平安中期)

読み:うつつともゆめともわかであけぬるをいづ(ず)れのよにかまたはみるべき
意味:うつつのことか、夢であったのか判断がつかないうちに夜が明けてしまいましたけれど、これから先、いったいいつになったらまたお逢いすることができるのでしょう。

【解説】
三十六歌仙のひとりである中務(なかつかさ)は、字多天皇の皇子・敦慶親王と伊勢との間に生まれる。『後撰和歌集』の時代の宮廷で華やかに活躍したが、これを贈った相手がだれかはわかっていない。この歌から、王朝和歌がだんだんと演技的、技巧的になっていったという。

さらでだにあやしきほどのたそかれに荻ふく風の音ぞきこゆる 
斎宮女御

『斎宮女御集』(平安中期)

読み:さらでだにあやしきほどのたそか(が)れにを(お)ぎふくかぜのおとぞきこゆる
意味:普通でさえもあやしく心が動いてしまう夕暮れ、荻をそよぐ風が秋を知らせて、心づくしな物思いをする私です。

【解説】
三十六歌仙のひとりである斎宮女御(さいぐうのにょうご)は、斎宮をつとめた後、村上天皇の女御となった。これは『源氏物語』さながらの村上天皇の後宮で、決して多くはない帝のお渡りを待つ夕暮れに詠んだ歌。女御は村上天皇の皇女・規子(きし)内親王を生むが、天皇亡き後、斎宮となった内親王に伴って伊勢へ下向している。

『三十六歌仙画帖(さんじゅうろっかせんがじょう) 斎宮女御』 住吉具慶 江戸時代・17世紀 メトロポリタン美術館 ©The Metropolitan Museum of Art. Mary Griggs Burke Collection, Gift of the Mary and Jackson Burke Foundation,2015. 2015.300.24

Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞歴多数。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。

アイキャッチ画像:『藤房本三十六歌仙絵(ふじふさぼんさんじゅうろっかせんえ)(模本) 小野小町』 江戸時代・19世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

※本記事は雑誌『和樂(2005年9月号)』の転載です。構成/山本 毅 
参考文献/『男うた女うた 女性歌人篇』(中公新書)、『女歌の系譜』(朝日選書) ともに著・馬場あき子

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和樂web編集部

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