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平安時代その3:周防内侍、清少納言、待賢門院堀河、小式部内侍、二条院讃岐
平安時代中期から後期には、『蜻蛉日記』や『枕草子』、『源氏物語』など数多くの女性による文学が登場。八代集(はちだいしゅう)と呼ばれる勅撰和歌集がつぎつぎに編まれ、女性歌人も大活躍。和歌にとっての最盛期を迎えます。清少納言はNHK大河ドラマ『光る君へ』でご存じのように、紫式部や赤染衛門と同じ時代に活躍した女性歌人ですが、後世の和歌集に掲載された歌を紹介しているので、前述の女性歌人とは別の時代で紹介しています。
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたむ名こそ惜しけれ
周防内侍
『千載(せんざい)和歌集』(1189年)
読み:はるのよのゆめばかりなるたまくらにかひ(い)なくたたむ(ん)なこそおしけれ
意味:春の夜のはかない夢みたいな手枕をうっかり借りでもしてしまったら、きっと浮き名が立ってしまいます。そんな甲斐のない評判は口惜しいだけです。
【解説】
周防内侍(すおうのないし)は周防守(すおうのかみ)平棟仲(たいらのむねなか)の娘。後冷泉、後三条、白河、堀河の4人の天皇に仕えた。のどかな春の夜 、周防は半ば臥しながら「枕があるといいのに」とつぶやいた。ちょうど御簾の外には藤原忠家(ただいえ)がいて、「これを枕におやすみなさい」とその腕を御簾の中に差し出してきた。そのときの即詠がこの歌。
よしさらばつらさは我に習ひけりたのめて来ぬは誰か教へし
清少納言
『詞花和歌集』(1151年)
読み:よしさらばつらさはわれにならひ(い)けりたのめてこぬはだれかおしへ(え)し
意味:あらそうなんですか。私によってつらさを味わわされたとか。それでは、来ると言っておいて来ない、そういう不実はいったいだれがあなたに教えたのでしょうか。
【解説】
清少納言(せいしょうなごん)は清原元輔の娘 。中宮定子に仕え、エッセイ集的な『枕草子』を著す。この歌は、ある男に対して詠んだもの。「今夜必ずうかがいます」と言いながら、結局やって来なかった男が後日逢いに来たとき、清少納言は不実をせめ、逢わなかった。すると男が、「なんというつらさを味わわせるのか」と言うので、お返しに詠んだとされる。この知性のひらめきは、清少納言ならでは。
長からむ心もしらず黒髪の乱れてけさは物をこそ思へ
待賢門院堀河
『千載和歌集』(1189年)
読み:ながからむ(ん)こころもしらずくろかみのみだれてけさはものをこそおもへ(え)
意味:末永く思い続けてくださると言ってくれたけれど、人の心はわからないもの。あなたが去ってしまった後朝(きぬぎぬ)の床で、寝乱れたこの黒髪のように、私は心乱れてもの思いに沈んでいるのですよ。
【解説】
待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)ははじめ、前斎院の令子(れいし)内親王に仕え、のちに待賢門院藤原璋子(しょうし)に仕えて堀河と呼ばれた。院政期を代表する女性歌人で、『百人一首』にも歌を採られ、西行と親交があった。この歌は後朝の別れを歌ったものだが、あてた相手は不明。
死ぬばかり歎きにこそは歎きしかいきてとふべき身にしあらねば
小式部内侍
『後拾遺和歌集』(1085年)
読み:しぬばかりなげきにこそはなげきしかいきてとふ(う)べきみにしあらねば
意味:愛情がなかったのではありません。心配をしなかったのでもありません。 息も止まるほどに嘆いていたのでございます。しかし、私に何ができますでしょう。あなた様のご身分にくらべると私の存在はあまりにも小さすぎます。生きて(行きて)お見舞いが許される立場ではありませんから。
【解説】
小式部内侍(こしきぶのないし)は橘道貞と和泉式部の子。中宮彰子(しょうし)に仕え、藤原教道や藤原公成(きんなり)の子を生む。この歌は、藤原道長の子教道(のりみち)が長く病に臥していたとき、小式部からの見舞いが届かないのを物足りなく思い、問いただしたときの返歌。
一夜とて夜がれし床のさむしろにやがても塵の積もりぬるかな
二条院讃岐
『千載和歌集』(1189年)
読み:ひとよとてよがれしとこのさむしろにやがてもちりのつもりぬるかな
意味:あの夜、寝床を浄めて待っていたのに、「今夜ひと晩だけは」と言ったまま訪れの絶えてしまった寝床には、塵が積もってしまいました。
【解説】
二条院讃岐(にじょういんのさぬき)は源頼政(みなもとのよりまさ)の娘。はじめ二条院に仕え、のちに後鳥羽天皇の中宮任子(にんし)に仕える。感情を抑えながらも、じわじわと気持ちが伝わってくるような、歌の表現に優れた、平安末期の代表的な女性歌人で、この歌はその面目踊如といったところ。
Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞歴多数。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。
※本記事は雑誌『和樂(2005年9月号)』の転載です。構成/山本 毅
参考文献/『男うた女うた 女性歌人篇』(中公新書)、『女歌の系譜』(朝日選書) ともに著・馬場あき子