Culture

2024.05.27

『光る君へ』登場の歌も!和歌が最後の輝きをみせた時代【和歌の歴史を彩る女性の恋歌・5】

「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ後編、歌人の小島ゆかりさんに選んでいただいた、万葉時代から現代までの女性歌人の恋の秀歌30首を、時代ごとに5首ずつご紹介していくシリーズ。第5回の今回は「鎌倉~南北朝時代」の和歌集よりご紹介します。

「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ一覧はこちら

古典和歌の夕映えと暗黒の時代。鎌倉~南北朝時代の和歌集

鎌倉時代は『新古今和歌集』によって、和歌史上最高の技術的レベルに達し、その後『玉葉和歌集』、『風雅和歌集』へと、王朝和歌は最後の輝きを見せます。 厳しくも艶が余情を見せる式子内親王や自然の中に心情をにじませた永福門院などの女性歌人が登場し、古典和歌の夕映えと言ってもいい時代です。その後の室町、南北朝時代は、和歌にとってまさに暗黒の時代。もう、和歌などを詠むような時代ではなくなります。(小島ゆかり)

うきも契りつらきも契りよしさらばみなあはれにや思ひなさまし 
永福門院

『風雅和歌集』(1349年)

読み:うきもちぎりつらきもちぎりよしさらばみなあは(わ)れにやおもひ(い)なさまし
意味:恋人との関係がいやになったりつらくなったり、けれどもそれが定めならば、そのような気持ちをみんな、愛しいと思うことにしましょう。

【解説】
永福門院(えいふくもんいん)は西園寺実兼(さいおんじさねかね)の娘。伏見天皇の中宮。この時代きっての才能に恵まれた永福門院の歌は、清新であり、艶の叙情美を併せ持っている。自然を詠みながら、そこに心象を投影していくところなどは永福門院ならでは。平安和歌の最後の輝きを放っているかのようだ。彼女の美貌と寵愛に輝く様子は『増鏡』に特筆されているほど。

『手鑑「藻塩草」(てかがみ「もしおぐさ」) 西園寺実兼百首和歌巻断簡(野宮切)』 国宝 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする 
式子内親王

『新古今和歌集』(1205年)

読み:たまのおよたえなばたえねながらへ(え)ばしのぶることのよわりもぞする
意味:私の命よ、絶えるのならいっそ絶えてしまっておくれ。このまま生き長らえていると心に秘めた恋を忍ぶこともできず、心が外に知られてしまうから。

【解説】
式子内親王(しょくしないしんのう)は後白河天皇の皇女。賀茂斎院となり、のちに出家している。忍ぶ恋を韻律で体現するかのような、思いつめた様子で耐えている。そんなところが式子内親王の歌の特徴。禁欲的でありながら、内に秘めた強い思いがにじみ出てくるよう。

『新三十六歌仙図帖(しんさんじゅうろっかせんずじょう) 式子内親王』 狩野探幽 江戸時代・寛文4年(1664)東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

忘れじの行末まではかたければ今をかぎりの命ともがな 
儀同三司母

『新古今和歌集』(1205年)

読み:わすれじのゆくすえまではかたければきょうをかぎりのいのちともがな
意味:あなたは私のことをいつまでもわすれないと言うけれど、遠い将来のことまで頼みにはできません。この幸せな今日という日が、私の命の最後の日であってほしいものです。

【解説】
儀同三司母(ぎどうさんしのはは)の本名は高階貴子。藤原道隆の妻で、息子である伊周の号「儀同三司」から儀同三司母と称される。『百人一首』にも歌が採られている。この歌は、夫である藤原道隆にあてた歌。漢詩にも優れており、早くからその歌は高い評価を受けていた。

『百人一首 三十六歌仙和歌 儀同三司母』 角倉素庵 江戸時代・17世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

橘のにほふあたりのうたた寝は夢も昔の袖の香ぞする 
藤原俊成女

『新古今和歌集』(1205年)

読み:たちばなのにほ(お)ふ(う)あたりのうたたねはゆめもむかしのそでのかぞする
意味:橘の花の香りがただようあたりでうたた寝をしていると、夢の中であっても昔懐かしい人の袖の香りがするのです。

【解説】
藤原俊成女(ふじわらのしゅんぜいのむすめ)は祖父である藤原俊成の養女。源道具(みなもとのみちとも)と結婚するが雛婚。のちに出家する。この歌は『古今和歌集』の読み人知らず、「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」の本歌取り。春らしい、甘美な香りが伝わってくるよう。

『新三十六歌仙図帖 俊成女』 狩野探幽 江戸時代・寛文4年(1664)東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

月をこそながめ馴れしか星の夜の深き哀れを今宵知りぬる 
建礼門院右京大夫

『建礼門院右京大夫集』(1233年ごろ)

読み:つきをこそながめなれしかほしのよのふかきあわれをこよいしりぬる
意味:月を眺めるのはなれ親しんでいるけれど、今夜はなんと澄み切って星が美しく輝いていることか。そんな星月夜なのに、ともに見る人はもういないのだ。

【解説】
建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)は、高倉天皇の中宮建礼門院に仕えた歌人。これは、恋人であった平資盛(たいらのすけもり)を失った後の冬の歌。冴え冴えとした冬の夜空が、右京大夫の寂しさを際立たせている。月を詠んだ歌は数多くあるけれど、星を歌ったものは珍しい。

『建礼門院右京大夫集』 紅葉山文庫 国立公文書館デジタルアーカイブ https://www.digital.archives.go.jp/file/3690164

Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞歴多数。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。

アイキャッチ画像:『扇面散屏風(せんめんちらしびょうぶ)』 伝俵屋宗達 江戸時代・17世紀 六曲一双 各167.0×375.0㎝ 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

※本記事は雑誌『和樂(2005年9月号)』の転載です。構成/山本 毅 
参考文献/『男うた女うた 女性歌人篇』(中公新書)、『女歌の系譜』(朝日選書) ともに著・馬場あき子

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和樂web編集部

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