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永遠のふたり 白洲次郎と正子

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Culture

2024.05.01

面倒くさがりな私でも。おいしい「お出汁」を楽しむ方法【彬子女王殿下が次世代に伝えたい日本文化】

コロナ禍になってから、心游舎ではオンラインのトークセッションやワークショップなどを始めた。中でも好評なのがオンライン料理教室である。一般的な料理教室は、キッチンスタジオのようなところに生徒が集まり、同じ材料と同じ調理器具を使って行うものだと思うが、心游舎の料理教室はオンライン。京都の名店に伺い、現地からウェブ会議のシステムを使って配信し、参加者の皆様には、ご自宅の台所からスマートフォンやパソコンをつないで参加していただくというスタイルである。

オンラインだからこそできる、貴重な体験

オンラインなので、日本全国、また海外におられる会員の方にも参加していただけるし、お子さんが小さくて、なかなか対面のワークショップには参加できないという会員さんも、ご自宅からなら参加しやすい。こちらから材料をお送りする場合もあるけれど、基本的にはご自身で材料を調達していただくことになっているので、近所のスーパーで手に入る材料で、使い慣れたご自宅の調理器具を使っての参加になる。だから画面の向こうからは、特別なことが始まるというアウェーの緊張感ではなく、ホームゲームの安心感のようなものが伝わってくる。

子どもたちが走り回っているのを注意しておられる姿を目にすることもあるけれど、試食の時にはちゃっかりおいしそうに頬張っている姿を見ると、なんだか気持ちがほっこりとする。年数を重ねるにつれて、最初はのぞき込んでいるだけだった子が、しっかりお手伝いをするようになるのも、子どもの成長を共に見守っている気持ちになれてとてもうれしい。何といっても、普段料理教室をされることはない京都の名店の味が、ご自宅で手軽に再現できるのだから、とても貴重な機会であることは間違いないと思う。

画面越しに伝わる、昆布の「今!」

第一回の料理教室のテーマは、日本料理の基本のキである出汁の取り方だった。講師になってくださったのは、京都の日本料理店、木山の木山義朗さん。この時の最大の課題は、昆布を引き上げるタイミングを、如何にして離れたところにいる参加者の方たちに伝えるかということだった。

「火をつけてから何分とか、こんな色になったらとか、わかりやすい基準みたいなものはないんですか?」と聞くと、「そういうんじゃなくて、やっぱり味なんですよね。味見をし続けていると、今!っていう瞬間があるんですよ」と、にこやかに、そしてきっぱりと言い切る木山さん。妥協せずに、いつも真摯に料理と向き合う木山さんの料理人としての誇りを感じ、心打たれたのは間違いない。ただ、これはオンライン料理教室である。対面の料理教室ならば、木山さんに各所を回って味見をしてもらい、「もう少し」とか「今上げて」など、タイミングを直接教えてもらうことができるけれど、画面の向こうにいる参加者の方一人一人に、「今!」という味を本当に伝えることができるのだろうか。不安な気持ちを抱えたまま、料理教室は始まった。

心游舎 お料理教室 第1回「日本料理木山の木山義朗さんによるお出汁の取り方講座」の様子

参加者の皆さんには、前もって昆布を2時間ほど水につけていただいている。それを鍋に移し、60~65度になるまで火にかけ、グラグラと沸かさないように、その温度を保ちながら味見を繰り返す。最初は昆布の味がするお湯だったものが、少しずつ甘みを増していく。参加者の方たちからは、チャット画面に「とろみが出てきた」「甘さが出ないのですが、大丈夫でしょうか?」「味に丸みが出てきました」などというコメントが次々に入る。不安げな表情で首を傾げられる方もいたけれど、木山さんがその都度やさしくアドバイスをされ、皆さんの表情も、昆布の味と比例するようにだんだんと和らいでいった。

参加者の方たちをこちらは眺めることしかできないのだけれど、味見を繰り返している皆さんが、小皿を口に持っていかれた瞬間に「おっ」という顔をされたり、大きく頷かれたりし始めた。「そう、それが『今!』という瞬間です」と得意げな木山さん。画面越しに「今!」が伝わることに、妙に感動してしまった。オンライン料理教室を始めてよかったと思った瞬間だった。

お出汁をおいしく頂くポイント

昆布出汁が取れたら、あとは一瞬。袋から取り出した鰹節の粉を軽く落とし、鍋にふんわりと入れて、やさしく動かしたら火を止めて漉していく。ボウルから立ち上るお出汁のかぐわしい香りにうっとりとしてしまうのだが、ここからがまたポイント。お出汁の香りは揮発性なので、熱いまますぐラップで蓋をして冷まし、なるべく動かさないように、そっとペットボトルなどに移し替え、冷蔵庫へ。動かすとまた香りが飛んでしまうので、大きなペットボトルに入れて何回も使うより、小さいペットボトルに小分けにして入れて、1回ずつ使ったほうがよいのだとか。知らないことはまだまだたくさんあるものである。

ただ、面倒くさがりの私はいつも出汁パックを使ってしまう。昆布とそんなに長時間向き合ったことは、正直なところ一度もない。でも「毎日出汁を取らなくてもいいから、3日に1回、1週間に1回でもしっかり出汁を取って、冷蔵、もしくは冷凍して美味しい出汁を日常的に味わって欲しい」と木山さんは言う。「昆布と毎日毎日対話してるみたいでね。面白いですよ」と。

おいしく出汁が取れれば、調味料の量も減り、素材のおいしさをそのまま味わうことができる。私ももう少し昆布と向き合ってみよう。そう思えた料理教室だった。

撮影/篠原宏明
アイキャッチ画像:「茶の湯日々草」「料理献立の図」 水野年方 東京都立図書館
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彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。
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