片岡仁左衛門の「実盛物語」の魅力とは? 演劇評論家・犬丸治さん解説

片岡仁左衛門の「実盛物語」の魅力とは? 演劇評論家・犬丸治さん解説

目次

和樂6・7月号(5月1日発売)には、人間国宝の歌舞伎俳優・片岡仁左衛門さんのインタビューが掲載されます。が、ひと足早く、INTOJAPANでは4月歌舞伎座公演で上演中の「実盛物語」を例に、演劇評論家の犬丸治さんに片岡仁左衛門さんの舞台の魅力をお伝えしていただきます。

片岡仁左衛門の「実盛物語」歌舞伎の“型”が織りなす魔術

文/犬丸治(演劇評論家)

今月の歌舞伎座は、まさに平成最後の大歌舞伎、重鎮から若手まで花を競っています。中でも、夜の部・仁左衛門の「実盛物語」は、この三十年の掉尾を飾るのに相応しい名舞台と言えるでしょう。

この物語の主人公齋藤別当実盛のような、情理備わって颯爽たる「捌き役」を、歌舞伎ではその鬘の名前から「生締」(なまじめ)と呼んでいます。ほかにも、「石切梶原」の梶原、「盛綱陣屋」の盛綱がそうです。謀反人の鬘「燕手」(えんで)もそうですが、鬘という類型が、その役柄を規定していくのです。

とは言っても、同じ「生締」でも、梶原・盛綱、そしてこの実盛は微妙にニュアンスが違っていて、この三役全てで好成績を収めた仁左衛門は、近年でも稀有な存在かも知れません。

この芝居の眼目は、平家に仕えながら源氏に心を寄せている実盛が、源氏の象徴である白旗を平家に奪われないために、白旗を握ったまま小万の片腕を切り落とす、そのいきさつを語る「物語」です。

仁左衛門が「矢橋の方より、二十余りの女」と語りだすと、途端にその視線の先に、琵琶湖を真っすぐこちらに向かって泳いでくるひとつの点が浮かび上がり、みるみるこちらに近づいて来ます。白旗をくわえた小万です。「抜手を切ってサッサッと」は、その小万のアップ。場面は喧噪を極めた御座船の船内となります。

ここでは、小万を捕えようとする夫、小万、白旗を奪おうとする飛騨左衛門、そして実盛自身を、仁左衛門がひとりで演じ分けるのです。

「飛びかかってもぎとらん」とする仁左衛門が、ぐるりと身体を回すと「いや渡さじと女の一念」、必死に抵抗する小万が現れます。まるで手品を観ているようですが、これもすべて歌舞伎の「型」が織りなす魔術なのです。

仁左衛門は「型に心を乗せるのではなく、心に型を乗せるのだ」と三月の歌舞伎座の筋書でも語っていますが、この実盛など、心がしっかりとそこにあるからこそ、型の意味するもの、どうしてこのようなしぐさが工夫されたのか、観ていてありありとわかるのです。若さや華やかさだけでは決して処理できない、芸の余裕・年輪がそこにはあります。

この「実盛物語」を、ほかの人形浄瑠璃を歌舞伎化した「丸本物」に比べてユニークなものにしているのは、「天からの眼」ともいうべき、作者の鳥瞰した視点です。もともと齋藤実盛は、武蔵国いまの熊谷辺に蟠踞(ばんきょ)した武将で、木曽義賢が討たれた時は遺児義仲の命を救いました。

それから約三十年後、年老いた実盛は平家方の武将として加賀国篠原で木曽義仲勢と対峙、最期は若々しく死にたいと白髪を染めて、義仲の武将手塚光盛に討たれます。その潔い最期は、「平家物語」に語られ、謡曲「実盛」にも取り上げられていますから、江戸の民衆は当然熟知していました。

そして、この「実盛物語」は、三十年前に立ち返り、なぜ実盛が白髪を染めてまで手塚太郎に討たれたのか、というその由来を辿っているのです。

脈々と芸脈を辿る

本歌舞伎はもともとは人形浄瑠璃。浄瑠璃とは、もともとは有難い寺社の「縁起」を語るものです。しかし「実盛物語」はそこをさらに広げて、主人公自身の運命を明らかにするのです。

実盛は、幼い太郎吉に、加賀国篠原で、成人して手塚太郎光盛と名乗るお前に、親の仇として討たれよう、と宣言します。すると九郎助がすかさず「その頃にはあなたの顔も皺だらけで白髪、人相が変わって太郎吉にはわからないではないですか」と突っ込みを入れます。そこですかさず実盛が「その時は鬢髭を墨で染め、若やいで死のう」と思いつくのです。

さらに実盛は、「坂東訛りの武者の首を取ったら、池の溜りで洗ってみるが良い」とまで言います。このくだりは、実はすべて浄瑠璃作者が謡曲「実盛」の文句を下敷にしています。江戸時代の観客たちは、ここで颯爽と若やいだ実盛と、謡曲に描かれた潔い老武士の姿を重ねるのです。

「老武者の悲しさは、軍(いくさ)にしつかれ…」というくだりで、歌舞伎では実盛が腰が曲がり杖を突いた老人の振りを見せます。仁左衛門の実盛を観ていると、そこにこれから三十年、死ぬまでのこの武将の戦歴が、走馬灯のように浮かんでは消えていくのでした。

仁左衛門は若き日、この役を玉三郎の養父十四代目守田勘弥から学びました。

勘弥の型のもとは十五代目市村羽左衛門。羽左衛門は、伯父で明治の名優五代目尾上菊五郎から「これはお前のうちのものだから、観て憶えておけ」と直接教わりました。

というのは、実盛の型は菊五郎の父十二代目羽左衛門が、文化文政時代に活躍した三代目坂東三津五郎に憧れて伝えたものだからです。

歌舞伎の芸脈は、こうして辿っていくことが出来ます。逆にいえば、今、仁左衛門の身体の内には、こうした多くの先人たちによって伝えられてきた様々な型が集積され、発酵しているということです。

歌舞伎に様々な新味を求めるのは当然ですが、この「実盛物語」の様に、黙々と前代から次代へと継承するあり方こそ、尊いのではないでしょうか。

公演情報

日時:平成31年4月2日〜4月26日 【夜の部】16:30 開演
場所:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
松竹公式サイト

犬丸治(いぬまる おさむ)

演劇評論家。1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。歌舞伎学会運営委員。著書に「市川海老蔵」(岩波現代文庫)、「平成の藝談ー歌舞伎の神髄にふれる」(岩波新書)ほか。

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