お釈迦様の生い立ちと涅槃入滅
紀元前5世紀ごろ、ヒマラヤ山麓に存在したシャカ族の国、カピラ国の王子としてお釈迦様は生まれました。何不自由なく暮らしていましたが、苦しんで生きる人々の姿を知り、29歳の時に宮殿を出て出家します。そして修行の道へ入り、35歳の時にブッダガヤの菩提樹(ぼだいじゅ)の下で、ついに悟りを開いたのです。
お釈迦様はインド各地をまわって、人々に教えを広め、80歳を迎えます。ある日、弟子達と出向いた場所で振る舞われた料理を食べたお釈迦様は、腹痛に見舞われます。耐えながら生まれ故郷のカピラ国を目指して旅を続けますが、死期を悟ったお釈迦様は、沙羅双樹(さらそうじゅ)の下に床を用意するようにと、弟子に命じます。そして頭を北に、顔は西に向き、右脇を下にして横たわり、「この世は全て諸行無常である。怠ることなく務めよ」との最後の言葉と共に亡くなります。
描かれる参集した大勢の人たち
お釈迦様が亡くなったことを聞き、大勢の人が集まってきます。それは現世に生きる人だけではなく、天上人や菩薩や金剛力士や鬼神たちも含まれていました。その様子が涅槃図に描かれています。
こちらは、お釈迦様のお母さん、摩耶夫人(まやぶにん)が雲に乗って駆けつけている様子です。摩耶夫人を先導しているのは、お釈迦様の弟子の阿那津尊者(あなりつそんじゃ)。急ぎ天上界へ報告して案内役を担っているのです。

悲しみのあまり仰向けに倒れている人物は、お釈迦様の弟子で、従兄弟の阿難尊者(あなんそんじゃ)。容姿端麗で色白だったとされていて、涅槃図ではそのように描かれることが多いようです。容貌の美しさから女性から憧れの対象とされて、修行の妨げとなり悩み苦しんだ状況から、お釈迦様が救ったと伝えられています。

続々集まる動物たち。猫はいない?
お釈迦様が亡くなり、菩薩や神、人間はもとより、動物たちまでが嘆き悲しみました。その数は52種類に上ると言われています。しかし、多くの涅槃図には「猫」が描かれていません。それは、どうしてなのでしょう?
これには、色々な説があります。
お釈迦様の体調不良を心配した摩耶夫人が投げた薬袋が、木に引っかかってしまいます。それを取ろうとした鼠を猫が邪魔をしたため、薬が届かず「不吉な存在」として描かれなくなったというものなど。

けれども、全ての涅槃図に猫がいない訳ではありません。画家の計らいによって猫が描かれた涅槃図も存在します。東福寺(京都府京都市東山区)の涅槃図は、猫が描かれていることで知られています。縦約12m、横約6mの大涅槃図で、室町時代の著名な画家・明兆(みんちょう)の作によるものです。製作中に一匹の猫がよく遊びに来たので、図中に入れられたと伝わります。各地の涅槃会に出かけて、それぞれの違いを見比べるのも、楽しそうですね。
各地の涅槃会情報
お寺で営まれる涅槃会では、涅槃図が掲げられて、法要が行われます。通常は非公開の涅槃図を間近に見ることができ、寺院によっては絵解き解説をしてくれるところも。また甘酒の振る舞いや、大阪では五色の団子を撒く「だんご撒き」が行われるところもあります。お釈迦様が入滅した旧暦の2月は、現在の暦の3月にあたることから、3月15日に涅槃会を行うお寺もあるので、事前に開催日を調べてお出かけください。
■興福寺
住所:奈良県奈良市登大路町48
公式サイト:https://www.kohfukuji.com/
■四天王寺
住所:大阪府大阪市天王寺区四天王寺1ー11ー18
公式サイト:https://www.shitennoji.or.jp/
■東福寺
住所:京都府京都市東山区本町15ー778
公式サイト:https://tofukuji.jp/
参考文献:『世界大百科』平凡社、『日本大百科全集』小学館
アイキャッチ:『仏涅槃図』奈良国立博物館 ColBase

