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2026.04.25

昼はこの世、夜はあの世でアルバイト。閻魔王にスカウトされた人間たちの忙しすぎる日常

働きたくない。仕事へ行きたくない。だって、職場が地獄なんだもの。いや、比喩的な意味ではなく、ほんとうに。世の中にはいろんな仕事がある。もちろん、地獄にだって仕事はある。働き方改革がうたわれる今こそ知っておきたい、知られざるあの世のお仕事事情をご紹介します。

冥官というお仕事

『十王寫』
出典:国立国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/2541052/1/34)

死んだら働かなくてもいい、わけもなく、あの世で働く者たちの様子を伝える話がある。

勘解由相公有国(かげゆしょうこうありくに)なる人物が筑紫(現在の福岡県)にいた頃の話である。有国は病で倒れた父親を生き返らせようと、陰陽道の祭祀を執り行った。これにより無事生き返った父親は、起き上がるやいなや自分が死んでいたときに見たことを語った。

「死んだ私は閻魔王の宮殿に連れて行かれた。そこで冥官のひとりが『この者の息子が供え物をしてくれたことに免じて帰してやるべきだ』と言った。
するとべつの冥官が『帰すのはよいが有国を召喚すべきだ』と言った。陰陽道を極めた者でもないのに祭りを行ったことは罪であるとの考えらしい。
しかしまたべつの者が『有国に罪はない。親を想う心から祭りを行ったのだから』と言い、着座の者たちがみな意見に賛同してくれたから、私はこうして帰って来れたのだ。」
父親は冥官の議論の結果「この世」へ帰ることが許されたのだった。

これは鎌倉時代の『十訓抄(じっきんしょう)』のなかの逸話である。なるほど、「あの世」は冥官たちの合議制で成り立っているらしい。冥官とは、冥府の官僚のようなものだろうか。妙にリアリティがあって既視感すらある。
冥官たちが次々と招かれる死者をひとりひとり精査しているのだとしたら、きっと途方もない仕事量にちがいない。あの世で働く者たちは忙しいのだ。冥官たちのことを思うと、死ぬのもちょっと気後れする。

閻魔王からのスカウト

『十王寫』に描かれる閻魔王
『十王寫』
出典:国立国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/2541052/1/18)

人間たちの命運を左右する誇り高き冥官のお仕事だが、いったい求人情報はどこに出ているのか。希望すれば誰でも働けたりするのだろうか。冥官の働き口については、柳智感(りゅうのちかん)の伝説に詳しい。

柳智感は、もともと地方の長官だった。しかし突然、死んでしまう。そして、あの世の役所へと連行されることになった。役所に招かれた柳智感は閻魔王に会う。
「今、冥府には役人がひとり欠けている。だからお前を召した」
こうして柳智感は見事(?)冥官に任命される。

どうやら地上でも優秀な人材は、あの世でも重宝されるらしい。
それにしても迷惑な話ではないか。欠員が出たことを理由にこんなところまで引っ張ってこられて、どんなに高給でもお金は地上でしか使えない。気の毒でならない。しかし、閻魔王直々のスカウトである。
ただ、柳智感にはひとつ心残りがあった。

「私には老いた親があります。それに善行を積んできました。どうして今、死ななくてはならないのでしょうか」

もっともな意見である。閻魔王というのはなかなか良い上司らしく、それではと柳智感に権官(臨時職員のようなもの)の職務を与えた。以来、柳智感は昼はこの世で役人仕事をし、夜はあの世で冥官の任務に就くことになった。

突然の採用、突然のリストラ

この話には、続きがある。

あの世でアルバイトを始めて三年が経ったある日のこと。冥府の人事部の役人がやって来て柳智感に告げた。
「このたび、あらたに李司戸(りのしこ)が君の代わりに正式の冥官として任命された」

リストラ宣告だ。柳智感はあの世での仕事を失った。
さて、この世に戻った柳智感は李司戸なる人物を探してみることにした。そして、見つかった。しかし李司戸は既に死んでいた。死んだ日は、まさに柳智感に人事が告げられたあの日だった。
(『今昔物語集』巻九第三十一話 生きながら冥府につとめた男の話)

李司戸もかつての柳智感と同じように閻魔王からスカウトされたのだろうか。そして彼にはきっと、生き返る理由がなかったのだ。だから閻魔王もこれ幸いと李司戸を正規の職員として採用したのだろう。
でも、本当にそうだろうか。心残りがなかったとしても、李司戸は生き返りを望んでいたかもしれない。閻魔王はきちんと李司戸から許可をとったのだろうか。あまり大きな声では言えないが、私は閻魔王の人事にちょっと納得がいかない。

昼はこの世、夜はあの世で大忙し

『十王寫』
出典:国立国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/2541052/1/7)

閻魔王に仕えた元・人間の冥官はほかにもいる。
冥官の名は小野篁(おののたかむら)。生きていた頃には嵯峨天皇に仕える高官で、詩人・歌人としても名高い人物だった。小野篁の仕事ぶりについては、こんな話が伝わっている。

ある大臣が重い病気にかかり亡くなったときのことである。例のごとく閻魔王宮に連れていかれ、裁判を受けることになったのだが、閻魔王宮の並みいる冥官のなかに見知った顔があった。かねてからの知り合いである小野篁がいたのだ。
「これはどういうことだろうか」
大臣が不思議に思っていると、小野篁は閻魔王に向ってこう申し上げた。
「この日本の大臣は実直でとても善い人物です。このたびの罪は私に免じて許していただきたい」
それを聞いた閻魔王は答えた。
「それは極めて難しいことだ。しかし今回だけは許してつかわそう」
すると小野篁は「すみやかに連れて帰るように」と命令し、大臣は息を吹き返したという。

大臣が蘇生できたのは小野篁の口添えがあったからだ。じつは、かつて小野篁は朝廷から処罰されたことがある。その時に助けてくれたのが、この大臣だった。小野篁はそのお礼に閻魔王に弁護したというわけだ。死んだときのためにも、この世での人徳は積んでおくべきだということがよく分かる話である。

後日、この世へ帰って来た大臣は小野篁に再会する。そこで気になっていた閻魔王宮でのことをそっと尋ねると、小野篁は少しだけ微笑みながら言った。
「このことは他人には仰せくださいませんように」
(『今昔物語集』巻二十第四十五話 小野篁、右大臣の良相を蘇生させる)

あの世では閻魔王に仕える冥官として、この世では嵯峨天皇に仕える高官として働く小野篁。なんとも多忙な身である。役人は忙しいと聞くけれど、これは並大抵の忙しさではない。これぞ、まさに地獄。

あの世のお仕事風景

そもそも日本の説話集に登場する冥官たちのイメージのおおくは、中国唐代の仏教説話集『冥報記(めいほうき)』の影響によるとされている。この古い書物は、日本の説話に大きな影響を与えたという意味でかなり重要なのだが、いっぽうで日本風にアレンジされた冥官伝説もある。

鎌倉時代の『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』に、あの世からの使者が描かれている。この使者は「白張に立鳥帽子」という、平安時代の下級官人のいで立ちで現れるのだ。
この説話を読んだり聞いたりした人は、あの世の役人の姿がこの世の役人の姿とそう変わらないと知り、どう感じたのだろう。なあんだ、あの世はこの世の写しなのか、と思ったかも。あるいは人の姿をして現れた使者に驚いたかも。
あの世とこの世が似ているということは、ひょいと簡単に向こう側へ行けてしまうということでもある。死は、想像しているよりもずっと近くにあるのだ。そのことに気がついて、ぞっとしたかもしれない。

あの世で働くということ

『十王寫』
出典:国立国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/2541052/1/20)

優秀な役人だからとスカウトされたり、無理矢理引っ張って来られたり、アルバイト勤務を許してもらえたり、勤続年数があったり、突然の人事異動に振りまわされたり。この世と同様、あの世で働くのも楽ではない。それどころか、この世とあの世の二重生活を強いられているのだから、むしろ気の毒である。どんな職場でも、上司の命令は絶対ということか。

それにしても、古典文学のなかに古今変わらない人間模様が描かれているのはおもしろい。冥府の役人たちが勤勉に働いてくれるおかげで、私たちは安心して「あの世」へ行くことができる。閻魔王さまにおかれましては、今後もぜひ優秀な人材の採用に務めてもらいたいところです。

【参考文献】
日本古典文学大系『今昔物語集 九』岩波書店、1962年
日本古典文学全集『日本霊異記』小学館、1989年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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※『和樂』2026年4・5月号 美術展カレンダーに誤りがありました。P.224で紹介しました、福岡県・久留米市美術館で開催中の「美の新地平ー石橋財団アーティゾン美術館のいま」の入館料は、正しくは一般1,500円となります。お詫びして訂正いたします。
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