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Culture

2026.07.01

蝉時雨はノイズ?虫の音を「声」と感じる不思議な感性【彬子女王殿下が未来へ伝えたいにっぽんのことば】

英国人の友人が驚いた「大きなノイズの虫」

オックスフォード大学に留学し、初めてできた友人が二人いた。英国に到着してから1カ月の間ホームステイをしていたのだが、英語の先生でもあったホストマザーが、同年代の友人がいたほうがいいだろうと知り合いのオックスフォード大学在学中の学生を二人紹介してくれた。そのうちの一人が、私の所属するマートン・コレッジで音楽を専攻しているマシューだった。

マシューは、マートンのオルガン奨学生で、礼拝が行われるときはいつも彼がオルガンを弾いていた。奨学生の特権で、チャペルに一番近い広い部屋に住んでおり、いつも聖歌隊の学生たちのたまり場になっていた。遊びに行くと、よくチャペルでオルガンの練習をしていて、「終わるまでちょっと待ってて」と彼の演奏を聞きながら待つことも多かった。チャペル内で幾重にも反響する壮大なキリスト教音楽や聖歌に魅せられたのは間違いなく彼の影響であったし、暖房のない冬場のチャペルでは手がかじかんで指がうまく動かないというので、日本の使い捨てカイロをプレゼントしたら、「なんという魔法の袋が日本にはあるんだ!」と大喜びしてくれたあの時のうれしそうな顔が忘れられない。

そのマシューと初めて会ったときに話題になったのが、日本の暑い夏のことだった。何年か前、聖歌隊のワールドツアーで日本を訪れ、湿気のある暑さにだいぶ辟易したそうだが、何よりも印象に残ったものがあったという。彼は、眉を八の字にしてしばらく言葉を探すようにして言った。「なんだっけ、あの大きなノイズの虫…そう、semi?semi!」と。

蝉は、英語でcicadaという。言葉は知っているけれど、英国には生息していないので、見たことも鳴き声を聞いたこともなかったという。「あんな大きな音で鳴く虫がいることにびっくりしたんだ!」と、懐かしそうに蝉の鳴き声の真似をしていた。さすが音楽専攻、声帯模写の巧みさに驚かされたのだが、少し引っかかったのが、マシューが蝉の鳴く音を「ノイズ(雑音)」と言っていたことだった。

『雀と蝉』(葛飾北斎筆、19世紀、東京国立博物館蔵)
(出典:ColBase[https://colbase.nich.go.jp/])

自然の音を「声」として聞く日本人

日本では、蝉の鳴く音を「声」という。『万葉集』にも「石走る滝もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば都し思ほゆ」(大石蓑麻呂)という歌があるように、古くから夏の蝉、秋の鈴虫や松虫の奏でる音を「声」として聞く文化がある。これは、日本人が虫の鳴き声を、言語をつかさどる左脳で処理するのに対し、外国人は音楽をつかさどる右脳で処理するからなのだそうだ。外国人は、虫の鳴き声を雑音や機械音と同じように「音」と認識するので、鳴いていることにすら気付かなかったりする。だから、マシューが言っていたように、外国人にとって、虫の声は「ノイズ」でしかないのである。

そして、日本人でも外国語を母国語として成長すると、脳が西洋型の処理をするようになり、外国人が日本語を母国語として成長すると、日本型の処理をするようになるのだそうだ。日本語という「言葉」を浴びて育つことが脳の仕組みに影響を与えるというのがとても興味深い。以前何気なくテレビを見ていたとき、風鈴の玲瓏なリーンリーンと鳴る音を日本人が聞くと、涼しさを感じ、サーモグラフィの映像でも少し体温が下がるのに対し、外国人は雑音だと思うので、うるさいと感じ、いらいらして体温が上がるという検証を見て、そんなことがあるのかと驚いたことがあるのだが、脳の働きの違いだとすると大いに納得できる。

日本人は虫の鳴き声を、「言葉」として認識するので、「声」に聞こえる。日本人は、虫の声に限らず、自然界の水や風などの音も左脳で聞いているのだそうだ。日本では、滝や草、木、小さな石ころに至るまで、自然界のありとあらゆるものに八百万の神々が宿ると考えられている。自然界の音を聴くということは、神々の声を聴くということ。日本人が自然界の「声」を聴くことができるのは、こんな理由があるからなのかもしれない。

たくさんの蝉が一斉に鳴く声が、大きくなったり小さくなったり、まるで時雨の降る音のように聞こえることを「蝉時雨」という。これもまた、雨の音を「言葉」として左脳で聞く日本でしか生まれ得ない表現なのだろう。時雨は、晩秋から初冬にかけて、さっと降っては通り過ぎる小雨のことを言うけれど、夏の現象を冬の言葉で表現しているのもおもしろい。夏のじりじりとした暑さの中、降り注ぐ蝉の声を浴びると、時雨そぼ降るどんよりとした雲の色と吹く風の冷たさを思い出して、脳が涼しいと感じてくれるようになるといいのだけれど、これには修業が必要なのだろうか。

しとしとと雨が降る梅雨空の下、湿気に包まれてなんとなく気持ちも鬱々としてしまう日々が続く中で、ある日突然蝉が鳴きだすと、急に夏がやってくる。蝉時雨は、梅雨の終わりを我々に教えてくれる合図でもあると思う。蝉は数年から10年以上地中で過ごし、地上で成虫となり、約2〜3週間の寿命を全うし、次世代へと命を託して死んでいく。蝉時雨の音量が低いときは、数年前に蝉の世界に何かがあったということ。毎年当たり前に聞こえるはずの蝉時雨が聞こえなかったら、我々はきっと不安になると思う。蝉時雨が変わらずに聞こえるということは、変わらない自然の営みがあるという証。蝉時雨の時期が終わり、ツクツクボウシやヒグラシの声が聞こえるようになると、今度は秋の訪れの合図。これからも自然界の声に耳を傾けながら、四季の移り変わりを大切にできる日本人でありたいと思う。

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彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。

アイキャッチ画像:歌川国芳『東都名所 かすみが関』(出典:The Art Institute of Chicago [ https://www.artic.edu/ ] パブリックドメイン)
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