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2026.07.24

48人目の赤穂義士旧邸で、竹本織太夫が「忠臣蔵」を語る【文楽のすゝめ 四季オリオリ】第17回

47人の義士が、主君のために討ち入りする史実から生まれた『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』。竹本織太夫さんは、2026年9月文楽東京公演で、この演目の「早野勘平腹切の段」を語ります。大阪府箕面市に、勘平のモデルで、48人目の義士と伝わる人物の旧邸があると知り、織太夫さんと向かいました。

無念の思いが伝わる、自刃の場所

北大阪急行・箕面萱野(みのおかやの)駅からタクシーに乗車して5分ほどで、「箕面市立萱野三平(かやのさんぺい)記念館 涓泉亭(けんせんてい)」に到着。赤穂藩士として歴史に名を刻む萱野三平は、赤穂浅野家に中小姓として仕えました。『仮名手本忠臣蔵』に登場する早野勘平のモデルといわれています。元禄14(1701)年、3月14日、江戸城松の廊下にて、赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)が吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)に斬りかかる刃傷(にんじょう)事件が起こります。この一報を赤穂に知らせる使者となったのが三平でした。

元禄時代の面影を残す長屋門と東土塀が現存していて、タイムスリップしたかのような気分に。記念館では「長屋門 伝自刃(じじん)の間」を見学することができます。三平が辞世の句を残して自刃したと伝えられる場所です。大石内蔵助らの仇討ちに加わろうとしたところ、父の反対にあい、主君への忠義と親への孝行の板挟みに悩み、主君の月命日である元禄15(1702)年、1月14日に27年の生涯を終えました。

織太夫さんは自刃の場所へ、手を合わせられました。「胸がいっぱいになりますね」と、なかなか言葉が出ない様子でした。

辞世の句は「晴れゆくや日ごろ心の花曇り」 三平は、涓泉の俳号を持つ優れた俳人でもあったそう。

三平が亡くなった同年12月14日夜、吉良邸の討ち入りが行われ、亡き主君の仇討ちが果たされました。大石内蔵助は「三平が生きていたならば、当然この一挙に加わっている忠義の者」と語ったそうです。現在、赤穂大石神社には赤穂義士47人とともに三平も祀られています。

30代でドキドキしながら勤めた「勘平腹切の段」

『仮名手本忠臣蔵』は赤穂浪士討ち入り後、ちょうど47年後に大坂竹本座※1で初演されました。当時、事件を脚色することは禁止されていたため、太平記の世界に移しかえて描かれています。

「今回の『早野勘平腹切の段』は、30代の時に一度語っているのですよ」と、織太夫さんは振り返ります。「端場(はば)の『身売りの段』は七歩会という素浄瑠璃の自主公演の第一回、21歳の時に清志郎くんと語ったのを皮切りに、何度も何度も、それこそ2年前の国立文楽劇場の通しでも語ったほどなんですけども。なかなか切場(きりば)の『勘平腹切』は語る機会がなかったんです。初めて語ったのは、若手の人形遣いを中心に行われていた『文楽十色会(といろかい)』という自主公演で、平成26(2014)年11月、27日と28日の2日間の上演でした。11月の本公演では『奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)』※2の『朱雀堤の段』に出演しておりましたし、『引窓(ひきまど)』※3を語っていた師匠の身の回りのお世話もやりながらでしたので、とにかく必死だったことを覚えています。令和4(2022)年の鑑賞教室でも勤めておりますので、今回で3回目になろうかと思います」

(※1)義太夫節の祖・竹本義太夫(たけもとぎだゆう)が道頓堀に開いた人形浄瑠璃の芝居小屋。
(※2)文楽の時代物。都の勢力に滅ぼされた安倍一族の生き残りが、奥州に独立国家建設をもくろむ物語。
(※3)文楽の世話物。『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』「八幡里引窓の段」のこと。

「早野勘平腹切の段」は、このような内容です。

主君(塩谷判官)の重大局面に居合わせられなかった元武士の早野勘平は、仇討ちの同志に加わりたいと願いますが、それには資金がいります。見かねた妻のおかるは身を売り、その前金が実父の与市兵衛に手渡されます。今は猟師となっている勘平は、妻の犠牲的な行動を知りません。猟をしている時に、誤って人を鉄砲で撃ち殺してしまいます。そして、死んだ人間が持っていた五十両を、悪いとは思いつつ仇討ちの資金として持ち帰ります。勘平は、誤解や行き違いで、次第に追い詰められていき……。主君への忠誠心を持ちながらも、仇討ちの仲間から外されてしまった勘平の悲劇を描いた、物語屈指の場面です。

家の芸を受け継ぐということ

咲太夫師匠から「早野勘平腹切の段」の指導を初めて受けられた時のエピソードを、聞かせていただきました。

「三味線の清志郎くんと咲太夫師匠・清治さんの舞台音源をもとに勉強していました。本番3日前、師匠に稽古に伺いますと、師匠が舞台で勤めておられたものとはまったく違うのです。師匠が『お前は誰のテープ聴いて勉強したんや!』とおっしゃられたので『師匠と清治さんです』とお返事しますと、『あんときは清ちゃん(清治)がずっと三味線、で呂太夫(五代目)と打って替え※4やったから家のと違うやつや!清ちゃんが両方覚えるの大変やから、越路(四代目)さんのところへ行って稽古したやつや』と。心の中では、そんなん知らんがな……と思いましたけどね。徹夜で綱太夫(八代目)師匠のテープを聴いて覚えて、翌日稽古していただき、ほとんどぶっつけで勤めました」

(※4)ダブルキャストのこと。日替わりや前半/後半という形で同じ役を複数人で替わりながら務めること。

織太夫さんの当時の話は続きます。
ーーー
今思えば、当然にそのテープを聞いたときに「これ(綱太夫)家のやり方と違うな」って思わないといけないですよね。師匠が怒るのも当たり前です。「そんなこともわからんのか。お前誰の弟子やねん」って。今自分の弟子が同じことをしてきたら、師匠と同じことを言うと思います(笑)。私も清志郎くんも若かったので、お互いの師匠が勤めているテープが目の前にあったら、飛びついちゃいますよね。こんなお誂え向きのお手本はないわけですから。若気の至りです。

これもテープで覚えることの恐ろしさですよね。様々な諸先輩方がおっしゃっておられますけども、テープ(や映像)は、自分の力量でわかる部分しかお手本として取れないわけですよ。まさにそれを痛感しました。咲太夫・清治という名前しか見ていなくて、語られている芸の中身はさっぱりわからないまま、それをモノマネしようとしてしまったわけですから。「口伝は師匠にあり」とはこういうことですよね。

でも、だからといって、八代目綱太夫・十代目弥七のテープを「これで覚えてこい」って渡されて、その通り覚えてきたって、やらされ仕事にしかならなかったと思いますし。若いふたりが一生懸命覚えていって、師匠に「違う」と言われて、徹夜で覚えたらできたわけですから、これ以降の代役をするときの自信には繋がりました。代役を伝えられるのが前日だったり、当日だったりと、色々ありましたけど、こういう「失敗」があってこそだなぁと、今振り返ると改めて思いますね。
ーーー
咲太夫師匠からすれば、いくら自分が本意ならずも他のやり方で語った過去があったにせよ、自分の弟子が「師匠の通り」と他のやり方を覚えてきたことを、相当驚かれたように思います。でも、咲太夫師匠から指摘を受けて、徹夜をして家の芸を語ることに挑戦し、そしてやりとげた織太夫さんの話を聞いて、浄瑠璃の奥深さを感じました。家によっての違いとは、どういうものなのかを、教えていただきました。

「文章も細かなところで変わる場合もありますが、歌舞伎のようなそれぞれの家の型のように、衣装から台詞から道具から全部違うというわけではないのです。文章は基本的には同じなのですが、語り方や曲の節とやり方が異なることもあります。その家に伝わってきた語り方が残っている以上は、その語り方でなければいけないのです」

六代目尾上菊五郎をイメージした、“しゅっとした”勘平像に?

『仮名手本忠臣蔵』は、独参湯(どくじんとう)と呼ばれて、文楽はもとより歌舞伎でも度々上演されてきた人気演目です。

「六段目※5ですが、時代物の五段構成で見ると、この場面は三段目の切に当たります。八代目綱太夫は、六代目尾上菊五郎のことが大好きで。本名は寺島幸三というのですけれど、息子の咲太夫師匠に陽三と長男なのに『三』の一字を取り入れたぐらいなんですよ。陽の字も、太陽のような幸三(六代目菊五郎)ということで、陽三なんですね。当時『太陽の子』という映画が流行っていたのもあったようなんですが、太陽のように明るかった六代目菊五郎のように育ってほしかったんですね。八代目綱太夫の「早野勘平腹切の段」は、六代目尾上菊五郎の影響が色濃く出ているそうです。豊竹山城少掾(とよたけやましろのしょうじょう)※6の勘平像と違って、八代目綱太夫は六代目尾上菊五郎を意識していたそうです。『とにかく、いい男に語れ』と師匠からも言われました。文楽の人形は着ませんが、音羽屋型の勘平が着る浅葱色(あさぎいろ)の紋服が似合うように語らないといけないと、八代目は言っていたそうです。ちなみにこの場の肩衣は、物語のキーアイテムの縞の裂(きれ)の財布に合わせて、桟留縞(さんとめじま)か唐桟縞(とうざんじま)のものを着ます」

(※5)『仮名手本忠臣蔵』の第6幕、「身売りの段」と「早野勘平腹切の段」を指す。
(※6)昭和を代表する文楽の太夫。八代目竹本綱太夫は一番弟子になる。

『こし元おかる・早野勘平』 豊国画 国立国会図書館デジタルコレクション

咲太夫師匠は、織太夫さんへ綱太夫家の勘平の口伝(技術の習得)を厳しく指導されたそうです。

「まずは、やはり技術を覚えないといけませんので。でも、お稽古の後にアイスキャンディーを食べながらの雑談では、その作品のポイントとなることを話してれることが、よくありました。『勘平は、お客さんにこんなキレイな人が、何で死ななあかんねんやろって思ってもらわなあかんねんで』とずっと言っていて。『早野勘平腹切の段』は、お客様にそう思っていただけたら正解だとの言葉が、心に残っています。ですから、今回私が語る勘平はしゅっとした※7感じになっていると思います(笑)。また端場の『身売り』と合わせて六段目には『金』の字が四十七出てくるんです。『身売り』に二十字、『勘平腹切』に二十七字。赤穂浪士四十七に合わせてあるから、『金は女房売った金』の後に、『金は』を重ねてはいけないのです。四十八になっちゃいますからね。『山城少掾聞書』にも八代目綱太夫がどこかで聞いてきて、『師匠、金の字が四十七使ってある』と言ってきたと書かれています。そして家に帰って、本当に数えたんだそうです。その光景が目に浮かぶようですよね」

(※7)主に関西地方で使われる「スマートでかっこいい」「垢抜けている」という意味。

織太夫さんは咲太夫師匠との稽古の思い出を振り返って、「勘平腹切」の段について続けられます。

ーーー
当然に勘平が主役なんですけども、やはりおかるの母(婆)が難しい。なんといっても初演で由良助を遣った当時の人形遣いのトップ・吉田文三郎は、由良助とこの婆を遣ったんですよね。それだけ重い役なんですよ。娘を売ってまで婿である勘平の身を立ててあげようとしたのに、その恩を舅殺しという仇で返してきたことに気がついて、勘平を問い詰める描写があります。「よもや」を3回言うんですが、同じ事を言っているのに、婆の怒りのボルテージが見えるように語らないといけないんですよね。ぜひ、お客様にも注目していただきたいところです。

そこに、ふたり侍が訪ねて来るわけですが、「原郷右衛門、千崎弥五郎御意得たし」は、郷右衛門ひとりの詞(ことば・せりふ)で語らないといけないんです。語り分ける方もあるようですが、漫才コンビがサンパチマイクの前で「○○です」「□□です」「よろしくお願いします」ってそれぞれ挨拶してるようですよね(笑)。

もうひとつ、なるべく本文=五行本の通りに語るようにするのが綱太夫家のやり方です。「聞くに驚き両人刀押し取って」ではなく「刀押っとり」。「突き戻されたる由良助殿の眼力」ではなく、「由良助の眼力」。「いかなる天魔が魅入りしか」ではなく「魅入れしか」です。また「お身はどうしたものだ」といった入れ事もないです。

「事を分け理を責むれば」もドカーンと大砲を撃つようにではなく、勘平の身体を貫くように問い詰める鋭さを表現するだとか、口伝が一言一句にあるような状況なのですが、八代目綱太夫の『芸談 かたつむり』という本にも載っておりますので、ぜひご一読ください。

ちなみに大伯父の四代目鶴澤清六※7が、五代目徳太郎から四代目清六を襲名した披露狂言も、この六段目です。大正12(1923)年10月の御霊文楽座での公演でした。9月1日の関東大震災で、出身地の東京へ送った襲名のご挨拶の品が焼けてしまって大変だったそうです。その品は家庭用の上等な石けんだったそうですから、洒落ていますよね。

(※7)昭和代表する文楽の三味線弾き。有吉佐和子の小説『一の糸』に登場する天才三味線弾きのモデルとしても知られる。

修業の階段を一段ずつ上がると、見えてくる景色が変わる

記念館から徒歩約5分の「萱野三平墓碑」へ、織太夫さんとお参りに立ち寄りました。生家を見下ろすように小高い丘に建つ墓碑は、三平没後38年が経過した元文5(1740)年に、姉「おとら」と兄「重通(しげみち)」の関係者が建立したそうです。織太夫さんは、一心に祈っておられました。

墓碑正面の「萱野三平墓」の文字は、臨済宗の高僧「百拙元養(ひゃくせつげんよう)」、側面の碑文は儒者として有名な「堀南湖(ほりなんこ)」によるもの。

「早野勘平腹切の段」を4年ぶりに語られるわけですが、その時とは、やはり違いますか?と織太夫さんにお尋ねしました。

「芸にエスカレーターやエレベーターは無いとよく言われますけど、芸の階段を一段一段上がってきて、見える景色というのがあるんですよ。自分の実力が上がった時に、色々なものがやっと掴める。その景色にならないと手が届かないんじゃないですかね。登っては掴み、登っては掴みの繰り返しですね」

師匠や名人たちの口伝で作り上げる醍醐味

織太夫さんは、今回の「早野勘平腹切の段」を、鶴澤藤蔵さんの三味線で語ります。

「今度弾いていただく藤蔵さんは九代目綱太夫の息子さんであり、九代目綱太夫襲名以降、三味線を弾いておられた中で、この段も弾いていらっしゃいます。ですから、八代目から九代目に受け継がれた口伝をお聞きすることができる。八代目が残してくれた音源を聞きながら、八代目はこのようにしていますが、九代目はどうだったんでしょうね?と。私は八代目綱太夫から咲太夫を通して教わっているわけですし、藤蔵さんは八代目綱太夫から九代目綱太夫を通して、なわけですから。寸分違(たが)わぬ(糸入り縞じゃないですが)かもしれませんし、もしかしたら異なるところがあるかもしれない。そういったコミュニケーションをしながら作り上げるのは、すごくワクワクします」。続けて織太夫さんは話します。

「先ほども引用しましたが、初代竹本義太夫は、口伝は師匠にあり、稽古は花鳥風月(かちょうふうげつ)にありと遺しました。ですから、こうして勘平のモデルである萱野三平さんゆかりの場所を訪ねるのも、稽古のひとつだと思うんですよ。関連する歴史や、自分のアイデンティティについて、調べたり考えたりしながら、作り上げたいですね。御堂筋線から直通の北大阪急行も箕面萱野駅まで延伸しましたので、箕面萱野駅ってどんな感じなの?と見に行くのに合わせて、萱野三平さんゆかりの場所を、みなさんぜひ訪れてみてください」

脈々と受け継がれてきた名人たちの口伝と、修業を重ねてこられたからこその織太夫さんの気づき。どのような「早野勘平腹切の段」になるのか、楽しみですね。

取材・文/瓦谷登貴子 取材協力/箕面市立萱野三平記念館「涓泉亭」

竹本織太夫さん出演情報

令和8年 9月国立劇場第58回文楽鑑賞教室
『仮名手本忠臣蔵』Aプロに出演
※『二人三番叟(ににんさんばそう)』と、解説・文楽の魅力を同時上演
■期間:2026年9月10日(木)~9月20日(日)
※14日(月)は休演
■開演時間:Aプロ 午前11時開演(午後1時45分終演予定)
Bプロ 午後2時半開演(午後5時15分終演予定)
■観劇料:一般 6000円(学生2000円)
■会場:江東区文化センター ホール(東京メトロ東西線「東陽町駅」1番出口から徒歩約5分)

◎大人のための文楽入門
9月13日(日)、20日(日)午前11時、午後2時半開演
演目、出演者、料金は「文楽鑑賞教室」と同じ

公演の詳細な内容:日本芸術文化振興会
https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2026/0809/

チケットの申し込み:国立劇場チケットセンター
https://ticket.ntj.jac.go.jp/

Spotify podcast『文楽のすゝめ オリもオリとて』
X文楽のすゝめ official

箕面市立萱野三平記念館「涓泉亭」基本情報

大阪府箕面市萱野3丁目10番4号
公式ウェブサイト
https://www.city.minoh.lg.jp/bunkazai/sanpei.html

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竹本織太夫

竹本織太夫(たけもと おりたゆう)人形浄瑠璃文楽 太夫。1975年生まれ。大阪市出身。大伯父は四代目鶴澤清六。祖父は二代目鶴澤道八。伯父は鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗。1983年、8歳で豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、10歳で国立文楽劇場小ホールにて初舞台。2018年六代目竹本織太夫を襲名。実業之日本社から『文楽のすゝめ』シリーズを3冊既刊。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』に2005年からレギュラー出演するなど多方面で活躍。国立劇場文楽賞文楽優秀賞等受賞歴多数。
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