日本文化の
入り口マガジン
3月1日(月)
専門家とは、非常に狭い分野で、ありとあらゆる失敗を重ねてきた人間のことである。(ニールス・ボーア)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
3月1日(月)

専門家とは、非常に狭い分野で、ありとあらゆる失敗を重ねてきた人間のことである。(ニールス・ボーア)

読み物
Culture
2019.12.20

文豪たちの酔っ払い伝説!太宰治は酒好き、夏目漱石は下戸だった!

この記事を書いた人

お酒好きにとって年末年始の飲み会は楽しみのひとつ。
友人や家族との正月の祝い酒を心待ちにしている人もいるだろう。かくいう私も大がつくほどのお酒好き。

酒をこよなく愛する作家、坂口安吾(1906-1955年)は「なぜ酒をのむかと云へば、なぜ生きながらへるかと同じことであるらしい」(『酒のあとさき』)とまで断言している。日本の文学史にはお酒を愛する作家がたくさんいて、どうやらお酒と作家は切っても切り離せない関係にあるようだ。
今回はそんな酒好き作家たちの華麗なる酔っ払いエピソードを紹介しよう。

夏目漱石は下戸だった!

夏目漱石『吾輩は猫である』 (新潮文庫) 2003

夏目漱石(1867-1916年)は短い作家人生のなかで、現代に読み継がれる数々の名作を生み出した小説家であり、英文学者だ。
漱石作品には印象的な場面でビールが登場することがあるが、実は漱石自身は酒があまり好きではなかったらしい。

一杯飲んでもまっかになるくらいですから、とうてい酒のおつきあいはできません。(中略)いつかロンドンにいる時分、浅井さんといっしょに、とある料理屋で、たったビール一杯飲んだのですが、たいへんまっかになって、顔がほてって町中を歩くことができず、ずいぶん困りました。(『文士と酒、煙草』夏目漱石)

漱石とビール、といえば印象深いのがデビュー作『吾輩は猫である』のラストだろう。
本書は「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。」という書き出しで始まり、中学校の英語教師に飼われている、吾輩(猫)の視点から人々の肖像を描いた物語。
ところでこの猫、飲み残しのビールを口にして酔っ払った末、悲劇的にも水甕のなかに転落してしまう。漱石のユーモアが百年後の読者の頬を緩める。この滑稽味は漱石ならではだ。

だけど、もし漱石がアルコールを飲める体質だったらこの猫も水甕になんて落ちずにすんだのかも知れない…なんて考えると猫が少し気の毒に思えてくる。

お酒への愛が止まらない。酒仙と呼ばれた幸田露伴

幸田文『みそっかす』(岩波文庫)1983

『風流仏』『五重塔』『運命』などを著し、日本近代文学を代表する作家・幸田露伴(1867-1947年)。「露伴」の筆名は「旅路の中で、露を伴侶とす」の意味である。その名の通り、露伴は文学界の一匹狼だった。しかし、お酒に関してはそうでもなかったようだ。
露伴の娘で随筆家・幸田文(1904-1990年)がアルコールを飲む父親の姿を多く書き残している。

父はよく酒を飲んだ。一人でも飲み客とも飲んだ。(中略)私たちにもしつこかった。機嫌よく酔っているときは話を聴かせてくれるにしても、浮きたつようなおもしろさであった。そのおもしろさが遂におわりまで続いたことがなかった。ひきこまれて夢中になっているうちに泣かなくては納まらないような羽目にさせられてしまう。(『みそっかす』幸田文)

露伴というと、文章の難解さや「大露伴」の敬称からどうしても厳格なイメージを抱きがちだが、晩酌をして家族と談笑することを楽しんだというエピソードからは、彼の親しみやすい一面を垣間見ることができる。
ビール、ウイスキー、清酒・・・露伴はアルコールならなんでも好きだった。ちなみに酒の肴にもうるさかった。いたずらに高価な肴を求めるのは俗だとし、豆腐や浜納豆、柚味噌をよしとした。これは酒好きなら皆、おおきく頷くにちがいない。

露伴は釣り好きでも有名で、でもそれ以上にお酒好きだったので、寒空の下わざわざ海に舟を出したのに釣りをやめてお酒を飲み始めてしまったなんて逸話も残っている。だけど、これに頷く酒好きはあまり多くはなさそうだ。

まだまだたくさんいる、愛すべき酔っ払いの文豪たち

「酒を呑むと、気持を、ごまかすことができて、でたらめ言っても、そんなに内心、反省しなくなって、とても助かる」(『酒ぎらい』)と書いたのは無類の酒好きだった太宰治(1909-1948年)。そんな太宰は、酔っ払った中原中也(1907-1937年)に低俗な嫌がらせを受けてほとほと困っていたらしい。

詩人であり歌人の中原中也は酒乱で周りの人に喧嘩を売るほど酒癖が悪かった。自分から飲みに誘っておいて、相手があまりお金を持っていないことを知ると「これじゃ、女給にチップも渡せないじゃないか」となじるのだから、最悪だ。

お酒の失敗談は誰にでもあるもの。代表作『檸檬』が有名な梶井基次郎(1901-1932年)といえば若くして亡くなった病弱なイメージが強いが、その実「焼き芋・甘栗屋の釜に牛肉を投げ込んだ」など酒に酔っての奇行が見られたそうで、しかも放蕩の借金で下宿代を払えなくなって友人の下宿を転々としていたというからちょっと情けない。

酒は飲んでも飲まれるな

バーで友人と語らう太宰治、家族との談笑を好んだ幸田露伴、酒癖の悪い中原中也、酒を飲むと扱いづらくなる梶井基次郎・・・酔いが回ると本性がにじみ出て作家たちの人柄が表れる。お酒をめぐってのエピソードは面白い。
もしかすると、彼らはお酒からインスピレーションを得て創作に活かしていたのかもしれない。

お酒を飲むことの増える年末年始。
大勢で集まっての乾杯もはもちろん楽しいけど、本好きの私からの提案は、小説片手にゆっくりと一人晩酌、なんてどうだろう?酔っ払った作家達のことを思い出しながら、彼らの傑作小説も一緒に堪能してもらいたい。

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。